一釣さんと…
『三坂百貨店』を後にしたあたしは、一釣さんと一緒に彼の自宅へと向かった。
――あたし、一釣さんを独り占めしたいです…
言ってしまった…。
自分をコントロールするのをやめて、欲張りになることを決意して、言ってしまった…。
一釣さんの自宅を訪ねるのは、大雪警報のあの夜以来だ。
彼の部屋は整理整とんが行き届いていて、まじめな性格がよく出ているなと思った。
一釣さんはカーテンを閉めると、それまで身に着けていたコートとマフラーを外した。
それを見ていたら、
「コートとマフラー、外さないの?」
一釣さんに言われたので、あたしもコートとマフラーを外した。
彼の部屋にきたと言うことは、わかっている。
あたしたちは、これから“そう言うこと”をするのだ。
自分から望んで言って、一釣さんが誘って、あたしはそこへ足を踏み入れた。
一釣さんはベッドのうえに腰を下ろすと、
「座って」
自分の隣をたたいて、あたしに座ることをうながしてきた。
「はい…」
呟くようにあたしは返事をすると、彼の隣に腰を下ろした。
その瞬間、一釣さんはあたしを抱きしめてきた。
「俺を独り占めしたいんだよな?」
耳元でささやくように言ってきた一釣さんに、
「はい…」
あたしは首を縦に振ってうなずいた。
「一釣さんを、独り占めしたいです…」
あたしは言った。
「途中から“やめる”なんて言うのはなしだからね?」
「わ、わかってます…」
「身構えるのも禁止だからね?」
「それは、もう大丈夫です…。
あたしも、ある程度の覚悟をしましたから…」
「覚悟って…」
一釣さんがクスクスと笑った。
「わ、笑わないでくださいよ…」
せっかくの覚悟を笑うなんて…。
「まさか、“初めて”じゃないよね?」
クスクスと笑いながら聞いてきた一釣さんに、
「け、経験済みです…」
あたしは答えた。
「あー、それは残念だな。
相楽さんの“初めて”を俺がもらえると思って期待してたのに」
「なっ…!?」
何ちゅーことを言うんですか、この人は!
と言うか、残念って何じゃい!
「でもいいよ」
一釣さんはクスクスと笑うのをやめると、
「相楽さんに“今までの中で1番よかった”って言わせるまでだから」
と、耳元でささやいてきた。
ドキッ…と、あたしの心臓が鳴った。
カチャッ…と、一釣さんは眼鏡を外した。
それをテーブルのうえに置くと、あたしと見つめあった。
隠しているものがなくなった二重の切れ長の目がニヤリとあたしに笑いかける。
それに対して背筋がゾクリ…と震えたその瞬間、あたしの唇は一釣さんの唇と重なった。
「――ッ、んっ…」
逃げられないようにと後頭部に手が添えられて、頭を固定された。
「――んっ、んんっ…」
チュッチュッ…と、音を立てて何度もキスされる。
肉づきのいい唇の感触と重なったことによって伝わるその熱に、あたしは堕ちそうになる。
気がついた時には背中にマットレスの柔らかい感触があって、あたしは一釣さんに押し倒されたのだと言うことを知った。
「――ッ…」
唇が離れて、視界に一釣さんが入ってきた。
あたしはどんな顔で、彼の精悍な顔を見つめているのだろうか?
一釣さんはニヤリと笑いかけると、
「――まほろ」
と、あたしの名前を呼んだ。
「――ッ、はっ…!」
返事をするために唇を開いたその瞬間を待っていたと言うように、一釣さんはまた唇を重ねてきた。
「――んっ、くっ…!」
口の中に温かい舌が入ってきたかと思ったら、かき回される。
「――んっ、んんっ…!」
自分の舌を彼の舌に絡めて応えようとするけれど、生き物のように口の中をかき回しているその舌にかなうことができない。
苦しい…。
頭の中がぼんやりとし始める…。
そう思っていたら、
「――ッ、はっ…んっ…」
唇が離れて、あたしの唇から熱い息がこぼれ落ちた。
あたしと一釣さんの唇の間には、銀色の糸が引いている。
ぼんやりとそれを見つめていたら、彼はまたニヤリとあたしに笑いかけてきた。
精悍なその顔が近づいてきて、チュッ…とあたしの頬に唇を落とした。
「――んっ…」
先ほどまで唇に触れていたそれが頬に触れたことに、あたしの躰がビクッと震えた。
「――まほろ…」
一釣さんがあたしの名前を呼んだかと思ったら、彼はあたしの耳元に唇を寄せた。
「――ッ、やあっ…!」
チュッ…と、耳に唇を落とされたせいで声が出た。
「――あっ…!」
唇の間に挟むように食まれて、舌で輪郭をなぞられて、耳の穴に舌を差し込まれる。
「――やっ…んんっ…!」
声をあげて感じることしかできない。
「――ひゃあっ…!」
一釣さんの手が服の中に入ってきた瞬間、あたしは大きな声をあげた。
その手はブラ越しから胸を揉んできた。
「――あっ、んんっ…!」
「――まほろ…」
耳元で名前を呼ばれただけなのに、あたしの躰はビクッと震えて感じてしまった。
一釣さんの手によって服を全部脱がされて、あたしの今の格好は下着だけになってしまった。
ブラとショーツを身につけているあたしを一釣さんが見下ろしていた。
彼の手がブラの肩ひもへと伸びてきた時、
「――ま、待って…!」
あたしは止めた。
「――えっ?」
止めたあたしに、一釣さんは訳がわからないと言うように首を傾げた。
「――い、一釣さんも脱いでくれなきゃ、困ります…」
呟くように、あたしは彼に言い返した。
あたしが下着だけなのに対して、一釣さんは服を身につけたままである。
あたしだけが一方的に暴かれるのに対して、一釣さんは暴かれないなんて…。
「不満なんだ?」
そう聞いてきた一釣さんに、あたしはコクコクと首を縦に振ってうなずいた。
「へえ、そう…」
一釣さんはそう呟いてあたしから離れると、
「だったら、まほろが脱がせてよ」
と、言ってきた。
「えっ…ええっ!?」
脱がせるって、あたしがですか!?
あまりの展開に絶句しているあたしに、
「自分だけ脱がされるのが不満なんでしょ?」
一釣さんはそう言って、ニヤリとあたしに笑いかけてきた。
「――ッ、なっ…!?」
あたしの頭の中、読みましたよね?
「前にも言ったでしょ?
まほろは顔に出やすいんだって」
「――ッ…」
確かに、どこかで言っていたような気がする…。
「まほろ」
あたしの名前を呼んで、二重の切れ長の目がニヤリと笑いかける。
「――ッ…!」
押し倒されていた躰を起こすと、一釣さんと向きあった。
あたしを見つめてくるその目から逃げるように、うつむいた。
一釣さんのセーターに手をかけると、
「――両手、あげてください…」
うつむいたままの状態で、彼に声をかけた。
一釣さんは両手をあげた。
あたしは深呼吸をすると、セーターを脱がした。
心臓がドキドキと鳴っている。
ただ服を脱がしているだけなのに、あたしは何で心臓をドキドキさせているのだろう?
白いシャツに手をかけるけれど、一釣さんの顔を見ることができない。
うつむいて服を脱がせているあたしを、一釣さんはどんな顔で見ているのだろうか?
プチン…と、シャツのボタンを外したその手はどこかおぼつかなかった。
落ち着け、落ち着くんだあたし…。
自分に言い聞かせて、ボタンを1つ、また1つと順番に外して行く。
外して行くたびに、一釣さんの肌が露わになる。
どうしよう、あたしはどこを見ればいいの?
目の前で露わになる肌に、あたしはどう視線を動かせばいいのかわからなかった。
顔をあげたら一釣さんがいるから、うつむいたのに…。
追い込まれたとは、まさにこう言うことを意味するんだと思った。
最後のボタンを外したその瞬間、あたしの目の前で全てが露わになった。
キレイな肌だった。
シミもなければ傷もない、キレイな肌だった。
ボタンを外し終えたシャツに手をかけると、それを脱がした。
「――ッ…!」
どうしよう、一釣さんのことを見れないよ…!
あたしの目の前で露わになったその躰は、想像と違い過ぎていた。
意外にも、その躰は鍛えられていた。
スポーツか何かでもやっていたのだろうか?
心臓がさっきよりも早いスピードで鳴っている。
一釣さんの顔を見ることができない。
でも、目の前のこの躰も直視することができない。
もうどうすればいいの…!?
あたしはこんなにもパニックになっていると言うのに、一釣さんは何も言わない。
続けろ、と言うことなのかな?
あたしは深呼吸をすると、ベルトに手をかけた。
その手は震えていて、どうすればいいのか自分でもわからない。
カチャッ…と音を鳴らすものの、それ以上の行動ができない。
落ち着け、落ち着くんだあたし…。
自分に何度も言い聞かせるけど、行動することができない。
「――ッ、あっ…」
深く息を吐いたあたしに、
「――まほろ」
一釣さんがあたしの名前を呼んだかと思ったら、頬を挟み込むように彼の両手が添えられて顔をあげさせられた。
一釣さんと目があって、あたしの心臓がドキッ…と鳴った。
精悍なその顔が近づいてきて、
「――んっ…」
唇が重なった。
「――んっ、うっ…」
チュッチュッと音を立てて唇を重ねながら、あたしの躰はまた押し倒された。
「――ッ、あっ…」
唇が離れると、一釣さんはあたしを見下ろしていた。
「――まほろ…」
あたしの名前をささやくように呼んだ一釣さんの顔が首筋に近づいてきた。
「――んあっ、あっ…!」
首筋に唇が落とされて、温かい舌がなぞるように舐めてきた。
一釣さんの手によってブラの肩ひもがずらされたかと思ったら、唇が首筋からなぞるように胸へと降りてきた。
ブラが上の方にずらされたかと思ったら、
「――やああっ…!」
唇が胸の先に触れて、チュッと音を立てて吸われた。
「――んあっ、やあっ…!」
軽く歯を立てられて、舌のザラついたところで舐められて、そのたびに躰がビクビクと震えて反応する。
「――んやっ…あっ…!」
もう片方の胸の先をつままれて、ビクッと躰が震えた。
「軽くつまんだだけなのに感じちゃうんだ…」
クスッと笑った一釣さんのその声にも、あたしの躰は感じてしまった。
「もうやめて欲しい?」
そう聞いてきた一釣さんをあたしは意地悪だと思った。
やめないとか何とか言ってきたくせに、自分から“やめて欲しい?”って聞くなんて何なのよ…。
躰は一釣さんを感じて、一釣さんを求めているのに…。
あたしはフルフルと首を横に振った…なのに、
「ちゃんと返事をしてくれなきゃわからないなあ。
人が聞いているんだから」
わかっているくせに、一釣さんはあたしを追い込んできた。
本当に意地悪だ。
「――い…」
「えっ?」
本当は聞こえているんでしょ?
あたしの思ったことをわかっているんでしょ?
なのに、そうやって意地悪をしてあたしを追い込んでくる。
「――やめないで、ください…」
唇を動かして、音を発して、彼の問いに答えた。
一釣さんはフッと笑って、
「いい子」
顔を近づけると、あたしと唇を重ねた。
「――ッ、んっ…」
唇を重ねるのは、これで何回目になるのだろうか?
キスをしているだけなのに、あたしの躰はすっかりと感じやすくなってしまっていた。
胸の先をさわっていた指がツッ…となぞるように下へと降りてきたかと思ったら、太もものところで止まった。
「――あっ…」
その指はショーツのうえをなぞってきた。
「本当にわかりやすいね…。
ただなぞっただけなのに、もう反応してる…」
耳元に寄せられた唇がささやいて、クスッと笑った。
その中がどうなっているのかは、自分が1番わかっている。
ゆっくりと、ショーツのうえをなぞるようになでているその指がじれったい。
「――あっ…」
その指に感じてしまっている自分を浅ましいと思ってしまった。
一釣りさんはあたしの顔を覗き込むと、
「どうしたいの?」
と、聞いてきた。
「――あっ…」
わかっているくせに、あえて答えさせようとしている彼は意地悪だ。
そう思いながらにらみつけたら、
「抵抗したところでどうにもならないよ?
どうしたいのか、まほろ自身が答えなきゃ俺はわからないよ」
一釣さんはニヤリと笑いながら言い返したのだった。
意地悪と、あたしは心の中で言った。
じれったいその指は、まだあたしを弄んでいる。
「――さ…」
「さ?」
「――直接…」
「うん」
「――直接、さわって…ください…」
自分でも何を答えているんだと思った。
もう、本当に意地悪なんだから…!
真っ赤になっているであろう自分の顔を今すぐに両手で隠したいと思った。
一釣さんはあたしの返事に満足そうに笑みを浮かべると、
「――いい子」
ささやくようにそう言って、あたしの額に自分の唇を落とした。
なぞっていたその指はショーツに手をかけると、ずるりとあたしの脚から脱がせた。
「――ああっ…!」
待ち望んでいたそこに一釣さんの指が触れた瞬間、あたしの躰が大きく震えた。
「濡れてる…。
じらされて感じちゃった?」
「――あっ、んっ…!」
つぷり…と、中に指が入ってきた。
「――んっ、ふあっ…」
指はグルリと中をかき回して、ゆっくりと抜き差しをしてきた。
「そんなにも気持ちいいんだ?」
「――あっ…ひゃっ…」
少し指を動かされただけでも躰が震えて、感じるあまりに声が出てしまう。
風邪でもひいたのかと思うくらいに躰が熱い…。
もっと気持ちよくなりたいと、躰が叫んで震えている。
「でも、こっちの方がいいのかな」
「――えっ…ひゃああっ!」
親指がすでに敏感になっていた蕾を刺激したせいで、あたしは大きな声をあげてビクッと躰を震わせた。
「ああ、ここがいいんだ?」
「――やっ、違っ…!」
中に入っている指を動かされて、敏感な蕾をこすられる。
「――あっ、あああっ…!」
頬を伝っている涙をぬぐう余裕は、もうすでにあたしの中にはなかった。
「――もう、やあっ…!
無理、ああっ…!」
もうどうにかして欲しくて、泣きながら叫んだ。
それに対して一釣さんはおおげさに息を吐くと、
「仕方ないなあ…」
そう言って指をかき回して、蕾を激しくこすってきた。
「――あっ、あああっ…!」
ただ躰を震わせて、声をあげることしかできない。
もう何も考えることができない…。
「――やっ、ああっ…んっ、ああああっ!」
その瞬間、頭の中が真っ白になって意識が飛びそうになった。
「――ッ、ふうっ…んっ!」
ずるりと、中から指が出て行った。
「指を抜いただけでも感じちゃうんだ?」
一釣さんはニヤリと笑うと、舌を出してペロリと濡れた指を舐めた。
「――あっ…」
な、舐めた…!
「甘い」
そう呟いた一釣さんに、あたしはさっきよりも自分の顔が熱くなるのを感じた。
何をしてくれているんですかー!?
「――い、一釣さん…」
「どうしたの?」
首を傾げて聞いてくる一釣さんに、あたしはもうどうしたらいいのかよくわからなかった。
「――舐めるなんて、信じられないです…!」
そう言ったあたしに、
「さっきまで俺の指に感じて泣き叫んでたくせに、そう言うことを言っちゃうんだ?」
一釣さんはニヤリと笑いかけてきた。
「そ、それは一釣さんが…」
「俺が何?」
「…一釣さんが、意地悪だからです」
「へえ…まあ、いいけど」
カチャカチャと、ベルトを外す音が聞こえた。
「――ッ、んっ…!」
やっと露わになった一釣さんの灼熱が中に入ってきた瞬間、あたしの躰は震えた。
「――あっ、んんっ…!」
ゆっくりと押し広げるように、灼熱はあたしの中へと入って行く。
「――んっ、もう少し…」
一釣さんは何度も息を吐きながら、自身の灼熱をあたしの中へと進めていた。
精悍な顔立ちが苦しそうにゆがんでいるところを見ると、相当なまでに必死なんだと思った。
後少し…と思ったその瞬間、
「――えっ、うわあっ…!?」
グイッと腕が引っ張られて、背中を支えられながら、あたしの躰は起こされた。
「――んあっ…!」
起こされたのと同時に灼熱が深く入った。
「――あっ…な、に…?」
何が起こったのか、全くと言っていいほどに理解ができなかった。
すぐ近くに一釣さんの顔があって身を引こうとしたけれど、
「――んっ…」
一釣さんは逃がさないと言うように、あたしと唇を重ねてきた。
あぐらをかいた一釣さんのうえにあたしが乗っていると言う今の状況を理解した。
唇が離れて、
「――まほろ…」
一釣さんはあたしの名前を呼ぶと、頬に唇を落とした。
距離はとても近くて、お互いの躰は密着している。
「――一釣、さ…」
「“光也”」
「えっ?」
どうして自分の名前を言ったのかわからなくて、あたしは聞き返した。
「“一釣さん”じゃなくて、“光也”って呼んで欲しい」
「――なっ…!?」
あたしに名前を、それも呼び捨てで呼べって言うことなの!?
「そ、そんなの無理です…!」
首を横に振ったあたしに、
「――ああっ…!」
一釣さんは腰を動かして、中の灼熱を突きあげてきた。
いきなり突きあげられたせいで、あたしの躰は大きく震えた。
「――んっ、ひゃあっ…!」
「――まほろ」
一釣さんはあたしの名前を呼んで、あたしを見つめてきた。
二重の切れ長の目に見つめられて、ゾクリ…と背筋が震えた。
この目に見つめられることが弱いんだと、あたしは思った。
見つめている相手が一釣さんだから?
好きな人に見つめられているから?
どちらにせよよくわからないけれど、あたしはこの目に見つめられることに自分の弱さを感じているんだと思った。
そして、この目に従わざるを得ないといけないんだ。
震える唇を開いて、音を発するための準備として、少しだけ深呼吸をする。
「――み…みつ、や…」
あたしを見つめている二重の切れ長の目を見つめると、
「――光也…」
好きな人の名前を呼んだ。
トクン…と、心臓がときめいた。
胸の中が温かくなったような気がするのは、あたしの気のせいだろうか?
名前を呼んだあたしに一釣さんは微笑むと、
「――まほろ」
あたしの名前を呼んだ。
「――ッ、あああっ…!」
一釣さんが腰を動かしたせいで、中の灼熱に突きあげられる。
「――あっ、あああっ…!」
あたしの背中に一釣さんの両手が回ったかと思ったら、強く抱きしめられた。
「――んっ、ああっ…!」
マネをするように、あたしも彼の首の後ろに自分の両手を回すと、ギュッとその躰を抱きしめた。
「――みつ、や…ああっ!」
「――まほろ」
お互いを抱きしめたこともあり、あたしたちの距離はとても近い。
こんなにも一釣さんを近くに感じたのは初めてで戸惑ったのと同時に、嬉しいと感じている。
「――まほろ…」
もっと一釣さんを近くに感じたいと思ったあたしは、わがままだろうか?
…ううん、本能だ。
彼をもっと近くに感じたいと、あたしの中で叫んでいる。
「――まほ…」
自分から顔を近づけて、自分から唇を重ねた。
躰も唇も何もかも全部繋がって、このままひとつに溶けてしまうんじゃないかと思った。
「――ッ、んんっ…!」
灼熱が中を突きあげてきたことに驚いて、思わず唇を離した。
「――まほろ…」
名前を呼んできた一釣さんに、
「――光也…」
あたしも彼の名前を呼んだ。
「――あああっ…!」
もう何も考えることができない。
突きあげてくる灼熱に感じながら、名前を呼ぶことしかできない。
「――まほろ…」
二重の切れ長の目があたしを見つめてきた瞬間、
「――好きだ…」
彼の唇が動いて、音を発した。
「――ッ、えっ…?」
何を言われたのか理解ができなかった。
一釣さんが、あたしに“好き”って言った…?
「――まほろ、好きだ…」
あたしの聞き間違いじゃなかった。
「――みつ、や…」
「――まほろ、好き…」
「――あたしも、好きです…。
光也が、好きです…」
あたしの返事に一釣さんは満足そうに笑うと、灼熱を突きあげた。
「――んっ、ふあああっ…!」
一釣さんをそばに感じて、その熱に躰を震わせて、声をあげた。
意地悪かも知れないけれど、あたしは一釣さんのことが好きなんだ。
会社でのぬぼーっとしたその姿も、あたしの目の前で見せているその姿も含めて、あたしは一釣光也が好きなんだ。
「――あっ、ああああっ…!」
頭の中が真っ白になったその瞬間、あたしは意識を手放した。
一釣さんが深く息を吐いて、強くあたしを抱きしめたのがわかった。
カサカサと紙がこすれあう音がして、あたしは閉じていた目を開けた。
「――んっ…」
倦怠感が躰を襲った。
「ああ、起こしちゃった?」
一釣さんの声が聞こえたので首を動かして、そちらの方に向けた。
首を動かしただけなのにダルい…。
一釣さんは眼鏡をかけていて、下半身はスウェットのズボンを身に着けていた。
「あっ、チョコレート…」
一釣さんの手元には、あたしがプレゼントしたチョコレートの箱があった。
さっきの紙がこすれあう音は、包装紙を開けた音だったようだ。
「生チョコなんだ」
箱の中身に視線を落とすと、一釣さんは言った。
一釣さんへのプレゼントとして選んだチョコレートは生チョコである。
「一釣さんは特別です」
そう言ったあたしに、
「名前で呼ばないんだ…」
一釣さんはすねたように言った。
「えっ?」
訳がわからなくて聞き返したあたしに、
「さっきまでは“光也”って俺のことを泣きながら呼んでたのに」
眼鏡越しの目がニヤリと笑いかけて言い返してきた。
「なっ…!?」
目を閉じる前のその出来事が頭の中によみがえってきて、自分の顔が赤くなるのを感じた。
「い、一釣さんって意地悪だったんですね…」
呟くように、あたしは言った。
「えっ?」
そう聞き返してきた一釣さんに、
「会社での姿とあたしの前で見せている姿が違い過ぎると言うか、温度差を感じると言うか…」
あたしは言った。
「とにかく、本当に意地悪でしたよ。
何なんですか、もう」
思い出しただけでも顔が熱くなって、両手で顔を隠したい衝動に駆られた。
「その意地悪に泣いてよがってたくせに?」
「よ、よがっ…!?」
何ちゅーことを言うんですか!?
「ほとんどは一釣さんが悪いじゃないですか!
わかってるくせにわざと聞いてきたり、じらしてきたり、口で言うように言ってきたり、かと思ったら激しくしたりして…ああ、もう!」
あたしもあたしで何ちゅーことを言っているんだ!
「もうこれからは一釣さんじゃなくて、“意地悪さん”って呼びますから!」
「意地悪さんって…」
「一釣と意地悪は音的に似てるじゃないですか!」
「いや、意味がわからない」
わからなくて結構、コケコッコー!
プイッと、あたしは躰ごと横に向けた。
「まほろ?」
一釣さんがあたしの名前を呼ぶ。
知らない知らない!
「まーほーろー」
いちづ…じゃない、意地悪さんのくせにー!
「生チョコいらないなら食べるよー?」
「…それ、あたしが一釣さんにあげたヤツですよね?」
「あっ、返事した」
しまった!
あたしが返事をしたことに、一釣さんがクスッと笑ったのがわかった。
後ろから彼の手が伸びてきたかと思ったら、
「――んうっ…!?」
何かを口に押し込まれた。
口の中ですぐに広がった甘い味に、押し込まれたそれは生チョコだと言うことに気づいた。
一釣さんの方に振り返って見ると、
「うん、美味しい」
彼は生チョコを口の中に入れているところだった。
フッと微笑んだその笑みに、あたしの心臓がドキッ…と鳴った。
そうだ、あたしが彼に恋をしたのはこの笑顔を見たからだったんだ。
無口で無表情、いい意味でも悪い意味でもぬぼーっとしている一釣さんのこの顔を見たことがきっかけで、あたしは彼のことを知りたいと思ったんだ。
あたしと一釣さんの目があった。
「欲しい?」
一釣さんがそう聞いて、あたしに生チョコを差し出してきた。
「あ…あたしが光也にあげたんですから、光也が全部食べてくださいよ」
そう返事をしたあたしに、
「さっきは俺のことを“意地悪さん”と呼ぶって言ってなかったっけ?」
眼鏡越しの目が笑って、そう言ってきた。
「み、光也があたしに意地悪をしないって言うなら考えます…」
呟くように言い返したあたしに、
「あー、それは難しいかな。
まほろが好きなんだもん」
一釣さんがさらに言い返した。
一釣さんがあたしに好きと言ったことは、本当だった。
「努力できないんですか?」
そう聞いたあたしに、
「無理」
一釣さんは即答した。
無理って、そんなにもはっきりと言わなくてもいいじゃないの…。
「まほろが好きだから仕方がないじゃん。
これでも押さえてる方なんだけど」
「ウソだー」
押さえてる方と言いますと、本気を出すと相当なまでにひどいって言うことですか?
「じゃあ、今度は全開で行こうか?」
「結構です結構です結構です!」
絶対に無理!
あたしの体力が持ちません!
「えーっ、残念だなあ」
一釣さんはクスクスと、それは楽しそうに笑った。
それから生チョコを口に入れると、
「美味しい」
そう呟いて、微笑んだ。
あたしは何だかんだで、一釣光也が好きなんだと思った。
自分でも気がつかないうちに、相当なまでに彼に深く恋をしてしまったらしい。
「まほろ」
一釣さんがあたしの名前を呼んだかと思ったら、
「――ッ…」
自分の唇をあたしの唇に重ねてきた。
その唇にチョコレートの味がしたのは、彼が生チョコを食べていたからだと言うことを思い出した。
唇が離れたのと同時に、
「――好きです、光也」
あたしは言った。
「俺もまほろが好き」
一釣さんはそう返事をすると、またあたしと唇を重ねた。
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