one's intimate feelings

「後のことは明日にでも話すから今日は解散てことで」

龍ケ崎は大きなあくびをすると席を立って2階の自身の部屋に向かった。ドアはセキュリティーのため本人しか入れないよう指紋を認証させなければいけない。その煩わしさも惜しいほどに眠い意識の中、階段を上り龍ケ崎の事を追いかけるように階段を上がってきたのは内海だった。

鍵が締まれば本人しかはいれなくなる為、内海はドアに手をかけてそれを防ぎ有無を言わさず部屋の中へと入ってきた。

「少しお話したいことがあります。いいですか」

龍ケ崎は眠気からすぐにでも横になりたくて追い払おうと口を開けようとした時、内海は相手の答えを待たずしてまた言葉を繋げる。

「あなたにしか出来ないことなんです。」

その瞬間、まっすぐ見つめる瞳が少し揺らいだ。今日はポニーテールに結んでいない髪の毛が肩から崩れ落ちた。

「うん、まあ、そこまで言うんなら聞くが...」

龍ヶ崎はその迫力に押され眠気を忘れて答えてしまった。どうやらめんどくさいことになりそうだとは思いながらも、しかし目の前で自身を見つめる人間を見ると断ることはできそうもなかった。

龍ケ崎の部屋には角にクローゼット、真ん中には丸机が置かれており壁際のベットの上に取り付けられた窓からはも明かりが付き始め徐々に活気が出始める秋葉原の様子が見て取れる。

何か話があるといった内海と中心の丸机を挟んで向き合うように座ると暫く沈黙が続いた。こっちから話しかけるべきなのか、それとも内海が話しかけるのか、しばらく探り合う時間が妙な緊張感が漂っていたがしばらくすると内海が言いづらそうな表情を浮かべながらやっと口を開いた。

「あのですね、龍ヶ崎さん。私が今から話すことはこのゲームに関係することなんですけど。少し言いにくいことなのですが」

「そういう前置きはいいから単刀直入に言ってくれ」

龍ケ崎の反論に内海はすぐには口を開こうとはしない、針時計の音が重々しくなるだけで綺麗に正座をした足の上に置いた両手を見つめ続ける。

どれだけの時間が過ぎたのだろうか、5分くらいだと思う。沈黙に耐えかねた龍ケ崎が話を切り出そうと乾いた口を開いた時、俯き髪の毛で表情を覆い隠していた内海が何かを決心したように勢いよく顔を上げると呟くような声を出して言った。

「死ぬかも知れないんです」

懇願、とも聞き取れなくは無い。

「お前何言ってんだ」

龍ケ崎はその言葉に一様に同調することはできず、言葉の突拍子さから聞こえるか聞こえないかの声で聞き返した。

その問い掛けに表情を崩さないで淡々と言った。

「このゲームは量子テレポーテーション技術を応用して作られています。現実世界の肉体を元に仮想空間の肉体を形成しているんです。それにはこの架空世界に元となる肉体が存在しなければいけないわけです」

内海はそこで一旦話を切りやめて目を伏せた。小さな吐息が聞こえ緊張をほぐすように大きく息を吐くと弱々しくもはっきりした口調で言う。

「プレイヤーの肉体の元となっているもの、それが私なんです。」

耳を疑いたくなるような内容だというのに龍ケ崎は不思議とすぐに受け入れることができた。ゲームにおいて人が死ぬということはありえないのが前提条件だ、が例外がある。

「完全な電子移植...」

科学技術が発展し、ゲームの世界も発展したこの世界において人間が仮想空間に進出しているのは随分と昔からだ。

今となっては買い物も旅行も経済の拠点ましてや戦争も仮想空間の中で作り進出している。

それらは全て現実世界に肉体を残しており仮想空間にアバターを作りだして仮想空間の肉体を動かしているのだが、その中でひとつだけ特例がある。それがHES(ヒューマン・エレクトロン・システム)というのものだ。

このシステムは身体に障害がある人が限定的に現実の肉体を仮想の肉体へと移植させ苦痛を和らげるというもの

もちろんこのシステムは仮想空間に体を移すということで危険がともなう。まだテスト段階で実用化は疎か噂程度のもののはずだが。

「そうです、私の体はこの世界が現実なんです。このように」

そう言って内海が見せたのは指先、先程まで気づかなっかたがそこには絆創膏が貼られていた。内海はそれを躊躇なくはがすとそこにはプツリと赤い血が出ていた。

「このゲームは私がこの世界に完全移植することで作ることができたんです」

龍ケ崎はその言葉に息を飲んだ。ここは仮想空間だ、血は出ないはずなのに

だけど事実、目の前に座る内海が見せている指先からは血が出ていた。

「それじゃあ、お前はこの世界で死ぬかも知れないのか」

「ええ、運が悪ければそうなりますね」

どこか他人事のように龍ケ崎を見つめながら内海は淡々と言った。その声色はどこか諦めているように掠れていた。

龍ケ崎はそれを見て思い出したように口を開く

「もしかしてお前が戦う意味ってそれなのか」

考えてみれば龍ケ崎は戦う意味を教えられてはもらえはしていなかった。優勝したら何があるというわけでもなくこの世界に閉じ込められてテストプレイでゲームのトーナメントに参加しているだけだ。

「そうですこのクラントーナメント戦には重要な意味があるんです」

そう言うと内海の視線は天井から目の前の龍ケ崎を見据え口を開いた。その柔そうな唇が小刻みに揺れているようにも見えた。

「このトーナメント戦は私の運命がかかっているんです」

「運命?」

「そうです、私の体は今現在この世界にあります。なにかの手違いで私はこの世界に閉じ込められたんです。」

「手違い?閉じ込められた?」

龍ケ崎には内海の言ってることが何ひとつわからなかった。

「ええ、出られないんです。このトーナメントを勝たないと」

「それがこのトーナメントを勝つのと何か関係があるのか?」

「優勝が決まった段階で優勝クラン、プレイヤーの名前が記録版へと登録されるシステムになっています。その時、一瞬だけこのゲームの中央端末に入り込める隙ができるんです。その隙をつくしか、今の私に出来る手段はありません」

そこでしばらくの沈黙が続いた。龍ヶ崎は次の言葉を言うか言わないかしばらく悩んでから静かに話を切り出す。

「つまり、優勝しないとお前はこの世界から出られないってことか」

龍ヶ崎がそう言ったあとには重苦しい沈黙が続いた。

無理もない、目の前にいる内海は本当の戦場を切り抜けなければ元の世界には戻ることができない、死の恐怖と戦わなければいけないのだから。

「そうですね、だけどまだ希望はなくなったわけではありませんから」

希望がなくなったわけではない、とその言葉がより鮮明に絶望を表しているようだった。

しばらくして無言のまま内海との話し合いは解散となった。

内海が去ったあとも龍ケ崎の部屋には重々しい空気が漂うなか一人ベットに横たわり静かに部屋から出ていく後ろ姿を思い出す。

明日には『Universal Soldier』との対戦がある。

天井の明かりを遮るように目の上に腕をおいて目を閉じると思い出したくもないのに思い出してしまう。心の中に閉まっていた5年前、あの日あの時の悪夢のことを。

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