第6話 鉄砂漠③

「よし、集合場所は……ここな!」

 瓦礫と鉄屑が小高く積み上がった天辺に、瓦礫と鉄屑をさらに積み上げて目印を作った。この目印の見える範囲がまず最初の探索場所だ。

 ひとりとふたりを乗せた三台の単車は勝手気ままにあちこちへ走り出す。それを見送ってから、どっちに行ってみようかとアルシノエは周囲を見回す。少し先に、鉄屑の丘が不自然なほど整って壁のように連なっているのを見つけた。向こう側はどんなんだろう、とふと気になった。登ってもいいけど回り込めないものかな、と横を見ると、ガルバもその壁を見ていた。ちらりと目が合った、と思ったらすでにガルバは単車をその壁の方へ走らせやがった。どうでもいい対抗心に駆り立てられてアルシノエもすぐにガルバの後を追う。

 登り切ったのは二人ほぼ同時だった。

 そして二人は同時にそれを目にした。血液さえも凍りついた。

 『繭』、と人々は絶望を込めてそれをそう呼んでいる。

 それは、真っ黒い球だった。大きさは大人の背丈ほどもある、黒いひもをごちゃごちゃと丸めたような球だ。それが何で出来ているのかを知る者は、おそらくこの大地にはいないだろう。どこから来たのかを知る者ももういまい。それは時が来ればバラバラと解け、全く別の形に撚り集まる。それは例えば実に動きやすそうな姿であったり、見るからに戦闘力の高そうな形態であったりする。そしてそれはあらゆる手段で人間を見つけ、襲い、喰らうのだ。その『繭』が、クモの糸を何倍も気持ち悪くしたような粘膜で鉄砂漠の上に貼り付けられて、きれいな円形の窪地の中を埋め尽くしていた。数なんて数えるだけ無駄だった。いくつであろうとも、ここが地獄のほとりであることに変わりはなかった。

 そこは、ファイバの巣であった。あろう事か、アルシノエたちはそんなところに入り込んでしまっていた。

 悲鳴を上げることさえできなかった。アルシノエは単車さえも放り出して、転げ落ちるように鉄屑の丘から滑り降りた。着地に失敗してコケたことも気にならなかった。そのまますぐに駆け出して一刻も早くここから逃げ出したかったが、身体は鉄屑の丘を背にしたまま動かなかった。そうしてないと恐怖に押し潰されて、自分の身体さえ支えられそうになかった。さっきからやけにうるさいと思ったら、なんと自分の心臓の音だった。顔中水を浴びたように汗だらけで、全身に冗談みたいに力が入っていた。このまま死ぬんじゃないかと思った。

 このときになってようやく、アムポとレウコの乗る単車が目の前にいることに気づいた。二人とも、心配とも驚きとも付かない表情でアルシノエの顔を覗き込んでいる。アムポの口が動いている。大丈夫? とかどうした? とか言っているんだろう。

 隣を見ると、アルシノエとまったく同じ状態のガルバがいた。スラの運転する単車がガルバの前に停まる。ガルバもアルシノエに気付き、目が合った。見たか? 見たよね? という無言の会話が交わされたのを、アルシノエは確かに感じた。背にしている鉄屑の丘の向こう側にあったものを目にした以上、無闇に声を出すなんてとてもじゃないが出来なかった。

 『繭』があった以上、巣の見張りがいないはずがない。

 奴らは、今も、どこかから、確実にこちらを狙っているはずだった。

(……ファイバがいる)

 こぼれた砂粒のようなガルバの呟き。しかし、アムポたちを黙らせるにはそれで十分だった。たったそれだけで、魔法にでもかかったかのようにみんな動きさえも止めてしまった。

 恐怖という名の沈黙が広がっていく。

 緊張という名の重荷がのしかかる。

 アルシノエは自分が受けた衝撃をこいつらにもばら撒いてしまいたかった。

(……『繭』があったの。あっち側はね、たぶん、あいつらの巣)

 彼らの反応は、それは見ものだった。人間の表情はここまで恐怖を表現できるのかとむしろ感心した。口元には笑みさえ浮かべていたかもしれない。顔色は本当に青くなるのだ。スラもアムポもレウコもナシカも表情が壊れていた。泣き出しそうにも怒り出しそうにも笑い出しそうにも見えた。アムポとナシカは実際に目に涙をためている。手足が面白いくらいに震え出して、もうどうしていいかわからない状態である。

 とりあえず単車のエンジンを切って全員その陰に身を寄せる。そんなことをしてもこの状況では気休め程度にしかならないが、その気休めさえ今はありがたかった。

 アルシノエたちは息を潜める。

 風の音と自分の鼓動以外に聞こえる音はないか、全力で耳を澄ます。

 どんな異変も見逃すまいと、瞬きさえも忘れてあちこちに目を凝らす。

 今のところ、ファイバはまだどこにもいない。しかし、その一瞬後に鉄屑の丘の向こうから突然姿を現すファイバのイメージが、どうしてもアルシノエの頭から離れない。いないはずがないのだ。だって、自分たちはあれほど脳天気にエンジン音をがなり立てながら単車を走らせてきたのだから。

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