わたしが死ぬと言ったら、ご主人様はどうしますか?
澤松那函(なはこ)
わたしが死ぬと言ったら、ご主人様はどうしますか?
深緑が盛りを迎えた頃、ガーデンテラスの白いテーブルに付いたご主人様を見て、わたしは言った。
「わたしが死ぬと言ったら、ご主人様はどうしますか?」
彼女は、口元まで運んでいたティーカップをソーサーに戻すと、右手の白く細い指に金色の髪を絡めながら、神妙な面持ちでわたしに一瞥をくれる。
「死因は、何かしら?」
「死因ですか?」
「そう死因よ」
ある程度覚悟していたが、彼女らしい返答に少々辟易させられる。
「わたしが死ぬことを悲しんでくださると思いましたが」
「だって本当は、死なないんでしょう?」
「まぁそりゃそうですけど」
「ならいいじゃない。でもね。あなたが本当に死ぬんだとして、たとえば伝染病だと困るわ」
「なにがでしょう」
「私にうつってしまうかもしれないわ」
ご主人様は、酷く真面目な顔をしている。
この人は、こういう所があるのだ。
「ご主人様。あなたは、メイドに対しての愛情が欠落していますね」
「主に病気をうつすメイドの方が最低だと思うけれど? 守るべき人を死なせてしまうほど悲しい事もないわ」
「そうやって話をすり替えるんですから」
「でも、あなた私を死なせたら成仏出来そうにないもの」
からかうばかりのサディストに仕返ししてやりたいのに、煙に巻かれてわたしが折れる。
いつも真面目に取り合ってくれない。
何かしようとしても結局彼女のペース。
年下の子供の分際で生意気だ。
「あなた今ご主人様に対して失礼な事考えていたでしょう?」
お見通しなのもムカつく。
「つまり悲しんでくれないんですね。わたしが死んでも」
「悲しいわよ。だって私には、あなたしか居ないもの」
「友達居ないですもんね、ご主人様」
「そうよ。引きこもりの儚い美少女ご主人様。寄り添うのはたった一人の美人メイド。ああ、私はなんて悲しい女の子なのかしら」
何が儚いだよ。
ゴキブリ並の生命力と持久力してるくせに。
「また失礼な事考えたでしょ?」
「いえ。まったく」
「あなたの心は分かるのよ。あなたを調律したのは、私たち一族なんですもの」
「そうですね。お仕えしてずいぶん長くなったものです」
「二百年は、長いわね。あなたたちフェアリーの感覚でもそうでしょう?」
「わたしには、あっという間の時間でしたよ」
「じゃあわたしと過ごす時間もあっという間なのかしら」
「嫌いな事をしている時間は、長く感じるものです」
「言ってくれるわね」
ご主人様は、からからと子供らしくない笑い声をあげてから私を見つめて微笑した。
「安心しなさい」
何に対してだろうか?
「何がですか?」
思った事を素直に口にする。
ご主人様は、鈴のように笑いながら破顔した。
「あなたが死ぬ時、私は笑顔であなたの旅立ちを見送るわ。涙にくれたりなんかしない。だから安心しなさい」
「優しいですね。ご主人様は」
「そうかしら」
「普段クソ生意気なガキなのに、いざという時は一番欲しい言葉をくれますから」
「そうかもしれないわね。クソ生意気は余計だけど。罰として減俸よ」
「そもそもお給料もらってないんですけど」
「衣食住保証してるだけありがたく思いなさい」
「最低だよ、このご主人様」
わたしたちフェアリーの寿命はおよそ二百年。
近い将来、幼い主に見送る苦痛を強いるのは辛い。
それでもいつ終わるともしれないこの時間がわたしには何より掛け替えがないのだ。
「ところで紅茶がとてもまずいわ。淹れ直してちょうだい。いつになったら覚えるのかしらね。このへぼメイドは。お茶もろくに淹れられない分際でよくメイドを名乗れるわね。大体洗濯物は取りこんだの? いつ来るか分からない末来の話より、目の前の家事に集中してくれないかしら。それに昨日の夕食だってあんなにしょっぱい味付けで――」
やっぱムカつくわ、この人。
わたしが死ぬと言ったら、ご主人様はどうしますか? 澤松那函(なはこ) @nahakotaro
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