女子高生が年下の恋人にヌードを描いてもらう話
root-M
第1話 ヌード
高校2年の夏休み、『タイタニック』という映画を見た。『久しぶりに観たくなったの』って、はにかみながらお母さんがレンタルしてきたから。
私が生まれる前に公開された古い映画。3時間以上もある長い作品で、当時すごく流行ったらしい。お母さんはお父さんとの初デートで観に行ったんだって。だから、けっこうな思い入れがあるみたい。
最初は、フーン、って感じで眺めていた。まったく冗長な冒頭に、いつ沈むんだろう、早くしろ、って。
ヒロインだって、美人だけど頭が悪そうで好きになれなかった。なんかぽっちゃりしてるように見えるのは、撮影時に妊娠していたかららしいとかお母さんが解説してくれたけど、女優ならそのへんしっかりコントロールしろよ、なんて思った。
けれど、とあるシーンになったとき、私はテレビにくぎ付けになった。
ヒロインが主人公にヌードを描いてもらうシーンだった。
一糸まとわず、ただ首飾りだけを身に着けて。
本当は感動するシーンなんだろう。ロマンティックなシーンなんだろう。でも私の胸に生じたドキドキは、決して真っ当なものではなかった。
これが、私が生まれて初めて自覚した欲望。
***
そのときのケイト・ウィンスレットの真似をして、私は優太の前で全裸になった。一つ違うのは、首飾りさえ身に着けていないこと。
クロッキー帳を手にした優太は、魂が抜けたように突っ立っていた。
「ほ、本当にいいんですか?」
「うん、ずっと前から決めてたの。いつか優太にヌードを描いてもらおうって」
放課後の美術室には私たち以外誰もいない。外からはかすかに運動部の人たちの声が聞こえてくるけれど、廊下側は静まり返っていて、外界から隔絶されているようだった。ただ、カーテン越しの西日だけが二人を照らしている。
優太は困惑を隠せないようで、視線をうろうろとさせていた。私の裸を直視できないみたいだ。
「真剣なの。だからお願い、優太も私を見て。私の隅から隅を見て、ちゃんと描いて」
もうポーズも決めていた。
まっすぐ姿勢よく立ってから、脚をわずかに交差する。これでお尻の丸みも描き手から見えるはず。もちろん、胸も股間も隠すつもりはない。だから手は後ろで組んで、バストが強調されるようにした。
優太はごくりと喉を鳴らしたあと、覚悟を決めたようにこちらを見たけれど、すぐに視線を逸らしてしまった。私たちはまだキスしかしていないから、当然の反応だろう。
タイタニックのヌードデッサンシーンに思考を奪われてから、私は絵を描くということに執着を覚えていた。ううん、執着という言葉が正しいのかはわからない。ただ、胸の内に抑圧しようのない複雑怪奇な想いが芽生えていた。
だから、中学から続けていたバスケは辞めて――当然まわりからは大反対されたけど――五人しか部員のいない、帰宅部同然の美術部に転部することにした。
優太とはそこで出会った。
初めて出会った日のことは今も鮮烈に覚えている。
他の部員も、顧問の先生さえほとんど顔を出さない放課後の美術室は薄暗く、陰気だった。
誰もいないのか、と落胆してから足を踏み入れると、奥に人がいた。電気を点けることさえ忘れ、猫背になって、石膏像をスケッチしている眼鏡の男子。上履きの色から、一年生だということがわかった。
私に気付くこともなく、
まるで大人のような真剣で鋭い眼差し。洗練された手の動き。そのすべてに惹かれた。
これこそ、ローズとジャックのような運命の出会いだと思った。絶対に、この子に私のすべてを描いてもらうんだ。
出会って数週間後、意を決して優太に告白した。
すると彼は、
「僕なんか、あなたと釣り合いません」
と頭を横に振った。脳がシェイクされておバカになるんじゃないかって思うほど、何度も激しく。
尻込みする優太の気持ちを理解することはできた。彼は私よりもずっと小柄だし、ぽっちゃりだし、そもそも女の子に対して苦手意識があるみたいだった。
「そんなの理由にならない。私のことが嫌いじゃないなら付き合って」
って必死に口説き落として、半ば強引に首を縦に振らせた。それでも嫌われないように距離を保って、絵の勉強をして、大人しい優太の心を解きほぐした。
キスをしたのはつい半月前、私からした。そっとくちびるを押し当てる静かなキス。
中学生のときにファーストキスを済ませてしまったこと、いまさら後悔した。
嫌だっただろうか、と顔色を窺うと、優太は真っ赤になってうつむいていた。
二回目は僕からします、と言ってくれた。
でも、その二回目はまだ訪れていない。
【作者より】
ケイト・ウィンスレットが撮影時妊娠していたという件について、当時どこかでそう聞いた覚えがあるのですが、ネットで検索してもソースが出て来ませんでした。ガセだったのかもしれません。ですが、「私」が映画を最初は冷めた目で見ていたということを表現するために、あえて書かせていただきました。ファンの方には不快に感じられたかもしれませんが、ご容赦ください。
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