五章 人形は魂を吸いとるでしょう? 1—3


「犯人が三村か、そうじゃないか。そこは大きなポイントだ。でも、ひとまず、鮭児のことは頭から追いだしてみろよ。そのほうが構造が単純になる」


 ふむふむ。猛がそう言うんなら。

 僕は目玉焼きに水をたしてフタをする。パチパチと水のはねる、いい音。


 猛は言う。


「考えなきゃいけないのは、大きく二つだ。一つ。立川さん、細野さんを殺したのと、蛭間さんを刺したのは同一人物か? 二つ。蛭間さんを刺した犯人は、蘭をねらうストーカーと同一人物か?それとも殺人事件とは、まったく別の事件なのか?」

「三村くんのこと考えないなら、別。だって、関係者にはアリバイあるし」

「そうかなあ。ただのストーカーなら、なんで蘭をとだなに入れたんだ? 立川さん事件のマネなんかして」

「ええと……」


 そう言われると、なんでだろ。


「そこは、やっぱりストーカーだから、知ってたんだろ。蘭さんが殺人事件に巻きこまれてるって。それで、おもしろがってやってみた」

「まあ、ストーカーが対象を怖がらせて、おもしろがるのは、ありそうだな。でも、それなら、やつは、どこから侵入したんだろう?」

「そりゃ奥の出窓だよ。あそこ、この前、泥棒にこわされて、まだ修理してなかった」


 パーティーのとき、蛭間さんが言ってた。

 なんか窓の形が特殊だとかで、専用のガラスが届かないんだそうだ。蛭間さんが外からベニヤ板、打ちつけてたんだけど、その板が、はがされてた。さっき、警察が調べたからね。

 もちろん、そこが犯人の侵入経路。


「そう。出窓だよな。じゃあ、かーくん。ストーカーは蛭間邸に泥棒が入ったこと、知ってたわけだ」

「そうなるね」


「いつ知ったんだろう?」

「いつって……僕らが泥棒のこと聞かされたのは、温泉から帰った日だよね。そのあとは昨日まで、蛭間さんのとこには行ってない。あの件はニュースにもなってないし、新聞にも載ってない。ってことは、あの温泉の帰り道、僕らのあとをつけてきて知ったんだ。それしか考えられない」


「なにしろ、ストーカーだもんな。温泉まで、蘭をつけてきたかな。けど、あの日、おれたちが温泉に行くことになったのは、蘭が急に言いだしたからだ」

「うん。当日予約、とれるとはねぇ」


「そう。予約。ストーカーには、前もって宿を予約したり、さきまわりすることはできなかった」

「できないだろうね」


「しかも移動はタクシーだ。おれたちを尾行するには、車しか方法がない。あの往復のあいだ、何度も同じ車がつけてきたら、おれたちが気づくよ。おれたちの家から、蛭間さん宅によって、温泉。一泊してから鞍馬寺。それでまた蛭間さんとこだ。気づくだろ?」

「気づくね」


「だからな。合理的に考えると、昨夜のストーカーは、おれたちや蛭間さんのまわりにいる人間なんだ。それなら、蛭間邸のマドがこわされてることを知るのは、たやすい」

「ぐうぜんってことは? もともと、窓こわして侵入するつもりだった。行ってみたら、運よく、こわれてた」


「だとしたら、居間の窓こわすんじゃないか? それか、玄関に近いトイレの窓。クギぬいてベニヤ、はがすより、ガラス割るほうが、はるかに手っとりばやい」


 む……それは、そうか。

 このとき、僕は、ひらめいた。


「もしかして、この前の泥棒じたいが、ストーカーのしわざだったんじゃない? あの夜のドロボー、窓こわすだけで、なにも盗んでない。後日の侵入経路を作っておくことが目的だったんだよ。それで、昨日の夜とかに、こっそり、ベニヤをはがしやすくしといたんだ。クギとか、ゆるめといてさ。それなら、わざわざ温泉まで尾行する必要はなかったし」

「それは悪くない考えだけど」


 とか言っちゃってさ。反論してくるんだよな。猛め。


「あれがストーカーのしわざなら、なんでかな? やつは家の主人が寝てるすきに、侵入経路を作った。なのに、まどガラスにガムテープをはっとくとかの、音を出さないで割る手段を講じてない」


 うん。まあ、そうだった。


「やつにとって、侵入経路を作るのは、本当の目的の前駆行動だ。そこで捕まるなんて、絶対にあっちゃいけない。それでいて、ハデに音たてて割ったのは、なんでだろう?」

「だって、あの家の二階は防音性、高いから——」


 僕は、ハッとした。


「そうか。それを知ってることじたいが、蛭間さんの知りあいってことか……」

「ご名答」


 そこで、猛は宣言した。


「いただろ。おれたちの知りあいのなかで、一人だけ。あのナゾの不法侵入があった夜、行方不明になってた人が」


 あッと僕は叫んだ。


「細野さんだ!」

「そう。細野さんは自分の車でやどに来てた。こっそり蛭間邸まで行って帰ることができた。姿を消してた時間は約一時間だ。往復のうえ、家のなかを物色することができる」

「あのドロボー、細野さんだったのか」


 そういえば、あの夜、細野さんは迷惑そうだった。僕らが駐車場で見つけたときのことだ。まるで、僕らを追いはらいたいみたいな。


「そっか。仕事の電話なんて言ってたけど、ウソだったんだな。それにしても、なんのために、蛭間さんちにドロボーなんか、しに行ったんだろ?」


 いくら猛でも、死んだ人の目的なんて、いまさら見当もつかないだろうな。また念写か?

 と思ったら、あっさり、猛は言った。


「あの夜のドロボーは、もう一件あったろ? 東京の立川さんのマンション。家さがしされてたのに、金目のものは盗まれてなかった。しかも、細野さんは立川さんに、ゆすられてたんだ」


 ああ、もう、目からウロコとは、このことかァッ。

 なんで、こんなカンタンなことに気づかなかったのか。


「ゆすりのネタをさがしてたんだね。証拠の品物を立川さんに、にぎられてたんだ」


「そう。細野さんは、立川さんが証拠をかくしておきそうな場所を物色した。東京のほうは知り合いにさせたか。人をやとったか。でも、無関係のやつに任せると、そいつがまた新たな脅迫者になる恐れがある。ということは、自由に動かせる自分のコマだろう。細野さんの店、経理の男がいるらしいじゃないか。そいつくらいかな。だとしたら、店の経営に関して、おどされてたってことだ」


 スゴイ。やっぱり、兄ちゃんは、すごい。猛にかかれば、解けないナゾはないみたい。


「そうか。でも、じゃあ、なんで、蛭間さんちに……おどしてたのは立川さんなのに」

「かーくん。店の経営に関して、ゆすられてたんだよ。細野さんは蛭間さんの人形の委託販売をまかされてる」


「あっ、じゃあ、そのことで不正が……」

「たぶん、そうだ。それを蛭間さんは知らないんじゃないか? 知らずに、証拠になる品物を手元に置いている」


 なるほどねえ。感心。感心。

 むっ。なんか、こげくさい。あっ。しまった。目玉焼きか。すっかり忘れてた。あわてて火をとめたけど、卵は人間の食べ物ではなくなっていた。

 僕は何食わぬ顔で、おこげのかたまりをゴミ箱にすてる。


「細野さん、その夜に殺されたんだよね。ってことは……?」

「蛭間邸で何か見たのかもな」


「立川さん殺しに、つながるようなことかな? つまり、立川さんを殺したのは細野さんじゃない?」

「まあ、細野さんが立川さんを殺すなら、もっといい機会が、いくらでもあるだろう」


 僕は思いきって聞いてみた。

「猛は犯人、わかってるの?」


 猛は笑う。

「なやんでるよ。候補が多すぎる」


 多すぎるってほど、あやしい人いたっけ?


「深草の人も、おれと身長同じくらいだしな。あの人だけは、昨夜のアリバイがない」

「だれ? 深草の人って」

「さあ?」


 さあって、自分で言ったくせに。

 ほんとは、猛。犯人、わかってるんじゃないの?

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