四章 僕は死体になりましょう? 3—1

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「バカだなあ。なんで、そんなの無視しとかなかったんだ。かーくんが、ほれっぽいのは知ってるけどな。蘭を一人で留守番させるなんて、かわいそうだろ」


 僕から電話の内容を聞いた猛は、あきれた。


「そんなこと言ったって、もう行くって言っちゃったよ」

「まあ、あのメンバーを観察できるのは、ありがたいんだけどな」

「じゃあ、いいじゃん」

「かーくん、胸が痛むだろ?」

「……もう言うなよぉ」


 時刻は正午すぎ。

 僕は猛と二人で五条通を歩いている。蘭さんに、昼食と夕食を作っておいてあげるため、マンションに向かう途中だ。


「猛はさあ。あのメンバーをうたがってるの?」

「そりゃ、この前の状況じゃな。立川さんを殺した犯人は、あのなかにいるよ」

「けど、細野さんは死んじゃったから、あの人は違うよね」


 それで、僕は変なことを思いだした。

 あの最初の日の集まりで、三村くんと細野さん、ちょっと言い争ってたよね。あの前後、三村くんは一人でいたから、立川さんを殺す機会が……って、前も考えたんだっけ。

 まあ、そんなこと三村くんがするはずないけどさ。ないんだけど、ただ、この前から三村くんの口数が少ないのが気になるなあ。そう。ちょうど、細野さんが殺されたあとくらいから……。


 ハッ。いけない、薫。おまえは、なんてこと考えるんだ。今、友達のこと、ちょっぴり疑ったな?


 そうこうするうちにマンションについた。


 僕らが七階の蘭さんの部屋に入ると……。


 スリーピングビューティーふたたび!


 てっきり、蘭さん、書斎にこもってると思ったのに。なんてことだ。蘭さんはリビングルームのソファで眠っていた。


 ほんのり、口あけて……あれ?

 もしかして、よだれ? もしかしなくても、よだれか?

 なのに、この色っぽさ? どうなってるんだ。この人、神か?


 僕は、たわむれに蘭さんの手をとり、指をしゃぶらせてみた。

 ああ、やっぱり、ムグムグするんだ。カワイイなあ……。


 思わず、吸いこまれるように見つめていた。すると、蘭さんの目が、パチリとあいた。ムグムグしながら、僕を見つめかえす。一瞬、理性の消失を感じる。


 次の瞬間、「わあっ」と、蘭さんが悲鳴をあげた。


「なに見てるんですか! あッ、指——見た? 見たねッ? 今度こそ、見たでしょ?」

「み……見てない」

「見たんだ!」


 さけんでから、蘭さんは自分の口もとをぬらすヨダレに気づいた。無意識に手の甲でぬぐおうとして、またまた悲鳴をあげる。そのまま、洗面所へ走っていった。


「蘭さーん。ごめーん。気にすることないよ。よだれぐらい、僕だって、たらすし」


 キャーと女の子みたいな金切り声が、ドアの向こうから返ってくる。

 しまった。ヨダレにはノータッチでないといけなかったか。


「蘭さん、ほんと、ごめん。まさか寝てると思わなかったから」


 なんでか返事のかわりに、シャワーを流す音がしだす。

 しょうがないので、僕はリビングと対面のキッチンまで後退する。待ってるあいだに、甘鯛のお刺身を作る。鯛めしも炊いとこう。米をといでると、蘭さんは出てきた。ほかほか湯上り蘭さん。


「あ、蘭さん。さっきは——」


 ごめんよ、という言葉を、蘭さんは僕に言わせない。

 シャンプーの甘い香りをさせながら、さらりと髪をかきあげて、

「あと少しで終わるので、またメールします」

 冷たく言いはなち、書斎へ入っていった。


 くすくす笑って、猛が新聞のかげから顔をだす。ちゃっかり、『おれは見てないよ』のポーズを作ってたわけだ。


「蘭はさ。おまえの前では、カンペキでいたいんだよ」

「なんで、僕?」

「立ち位置の問題さ。蘭から見て、おれは兄で、おまえは弟だろ。かっこいい兄貴だと思われていたいんだ」


 それは……ムリだ。カッコイイっていうより、妖艶なお姉さんだよ。蘭さんは。寝顔にドキドキする兄って、ふつう、いない。


「蘭さん、傷ついてなきゃいいけど」

「あいつな。攻撃的なくせに、変なとこ繊細だからなあ。まあ、見なかったことにしといてやれよ」

「パーティーのこと、言いそびれたね」

「書き置きしとこう」

「わかった」


 置き手紙を書いて、蘭さんのマンションを去った。


 蛭間さんには、六時に自宅へ来てくださいと言われている。最初の誕生パーティーが、あんな形で終わったので、縁起かつぎ的な意味で、やりなおすのが今夜の趣旨のようだ。

 そういう集まりだから、蛭間さんの家には、あのときと同じメンバーがそろっていた。


「あれェ? お蘭さまは?」

「すいません。仕事中です」

「がっかり。ブラックお蘭に降臨してほしかったなあ」


 今井さんたちを失望させてしまったが、パーティーは、とどこおりなく進んでいった。

 テーブルには多くのごちそう。デザートはケーキ。


 そして、蛭間さんが言いだす。

「じつは先日、ごらんに入れるはずだった新作が完成しました。」


 え? もう? ほんの二週間前じゃないか。


 僕は聞いてみた。

「ずいぶん早いんですね」

「頭部は出てきたからね。ボディーは予備のパーツがあったし。今、持ってくるよ」


 蛭間さんは立ちあがった。


 このパターン。大丈夫か?

 これでまた人形が消えてたら、この前と、まったく同じだ。やっぱり、あの人形は自分で動いてるんだ……なんてことになるのかな。


 僕はビクビクものだった。

 が、しばらくして、蛭間さんはリビングルームに帰ってきた。ちゃんと人形を抱いている。なるほど。この前、首だけ見つかった子だ。胴体がつながって、背の高い男の子になっている。ちっちゃい蛭間さんだ。まあ……やっぱり、かわいくはない。


「へえ。いい出来だねえ」

 と、今井さんが気のないようすで言う。


「かわいくないけど(さすが友人。正直)、気迫は感じるぅ。これ、どうするの?」

「コレクションといっしょに、かざっておく。私が死んだら、これに魂が宿るんだからね。生きてるあいだは、どこにもやらない」


「ケンさんが死んじゃったら、どうするの?」

「私の愛する子たちを散逸させない約束で、ゆずる約束はできてるよ。そのほうがいいだろう。保管してくれと言っても、愛波は困るだろうし」


 愛波さんが、せめるような声をだした。

「兄さん。縁起悪いこと言わないで」

「ああ。すまない。じゃあ、これは美里の部屋に入れておくよ」


 またたくまに、蛭間さんドールは僕らの前から消えた。


 今井さんが、たずねてくる。

「これで、あのとき、かくれてた子たち、全部、出てきたねえ。ムニュ口くんたちの人形は警察から返ってきたの?」

「返ってきましたよ。猛がね。毎日、ながめて、ニヤけてるんです」


 しいッと、猛が人さし指を口にあてる。

 ふっふっ。はずかしかろう。見てるほうは、もっと、はずかしいんだぞ。


 この日のパーティーは、このくらいのことしかなかった。

 京塚さんたちも来てたんだけど、奥さんが暑気あたりだとかで、早めに帰っていった。蛭間さんが自家用車で送っていった。


 そのあと、さらに僕らは一時間ほど、ムダ話をした。


 でも、家では蘭さんが待ってる。帰ることになったのは、そんなに遅い時間じゃない。京塚さんを送って、帰ってきてた蛭間さんが、僕らのことも送ってくれた。車のキイ探すのに、ちょっと手間取って、外で待たされたけどさ。


 家についたのが、九時半ぐらい。


「蘭さーん。帰ったよ」


 自宅は暗い。返事もない。

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