四章 僕は死体になりましょう?

四章 僕は死体になりましょう? 1—1

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 昨夜の愛波さんの行動。


 今井さんと藤江さんが寝てしまったので、愛波さんは一人で大浴場に行った。三人ぶんのフトン敷いたりして、汗かいたからだ。


 だから、時間的に、僕らが女湯の清掃札をちょろまかし、悪用してるあいだのこと。

 その時間に、愛波さんは、やってきたってことになる。札がかかってないから、ふつうに入って、出ていったというわけだ。ガラすきだったのは、直前まで札がかかってたから。ほかの女性客は札を見て、あきらめたんだな。


「清掃中とはいっても、ほんとにお湯ぬいて掃除するのは、十一時半ごろだって、女将さん言ってたよね。つまり、従業員が入る時間になったら、便宜上、あのふだをかけるってことか。たまたま昨日は誰かがズルして、ちょっと早めに、かけといたってこと?」


 ここは僕らの鶴の間。

 畑中さんは捜査に戻っていった。

 僕らは愛波さん、今井さん、藤江さんとともに、朝食中。りっぱなお膳をかこんでいる。

 刑事さんがいなくなったんで、僕は安心して、蘭さんの悪行をばくろした。


「さすが、お蘭さま!」

「ほんま、小悪魔やねえ」

「顔は天使なのにね」

「酔ってたんですよ。かんべんしてください」

「酔うと、ドSなんだよォ。この人」


 僕らには幼児化だけどね。


「やだな。ドSだなんて。今井さんの記憶違いでしょう」


 僕の前に、ひざまずけ——って、蘭さん、言ってたよね?


 会話は脱線。

 僕らは朝から豪勢なアユの塩焼きや、地鶏の卵、じねんじょの短冊切りなんかの朝食をおえた。


 そこで旅館をチェックアウト。今度、来るときは、ぜひ新館にしたい。旧館は夜中に細野さんの霊と、すれちがいそうで、怖い。

 けど、宿を出る前に、畑中さんにアイサツしに行った。すると、細野さんの所持品の確認をたのまれた。現物は鑑識さんが持っていったあとで、写真だったけどね。


 といっても、僕らに細野さんの持ち物なんて、わかるはずない。どれもこれも、なんとなく見たようなそうでないような……と思ってたら、最後に僕らを「あッ」と言わせるものがあった。


「あッ、ちょっと、これ!」

「なんで細野さんが持ってるんですか?」

「立川さんが持ってったんと、ちゃうんか?」

「かーくん! おれのかーくん——」


 猛め。耳もとで叫ぶなよ。

 とはいえ、いつも沈着な猛が動揺するのも、いたしかたない。細野さんの所持品にまざってたのは、三村くん作の僕人形だ。


「かーくん。かわいそうに、あのオバサンにさらわれてたんだな。一人で、さみしくなかったか? 変なことされなかったか? かーく——」

「うるさい!」


 僕は、とりみだす猛の頭をひとつ、はたいた。

 猛は頭をおさえて、一瞬、だまる。


「……だって、かーくん。見ろよ。このかーくん、泣いてるぞ。『兄ちゃん、怖かったよ』って言ってるだろ」

「猛だって人形の声、聞こえてるじゃん」

「………」


 ようやく、生き恥さらしてることに、猛は気づいたらしかった。こほん、とセキばらいして、とりすます。今さらなんだけど。


「すみません。畑中さん。この人形、細野さんの所持品に入っていたんですよね?」


 さっきは『あのオバさん』って言ってたくせに。心の声、もれすぎだぞ。ほら、見ろ。畑中さんの、あのふきだしたいのこらえた顔。


「すみません。畑中さん。この人形……」


 畑中さんは、くすくす笑いながら、猛の肩をたたいた。こがらな畑中さんには、かなり厳しい角度だ。


「そうや。被害者の車んなかから出てきたんや」


 車といえば、昨日の細野さん失踪(?)事件を思いだすよね。

 細野さんの失踪と僕の人形が関係あるのか?


「この人形、蛭間さんの家で盗まれたやつなんです。三村が作ったものなんですが。もう一方が立川さんの死体のそばにあった。あれの対になるやつです」

「なくなった言うとったやつな。これが、そうなんか。言われてみれば、似とるな」

「でも、なぜ、細野さんが持ってたんだ?」


 といって、猛は、ちょっとのあいだ、にぎりこぶしを口にあてていた。が、今回は短い。


「ところで、この人形、いつ返してもらえるんですか? 殺人に直接、関係してるわけじゃないですよね? すぐ返してもらえますよね? 三村には譲渡の許諾を得てるんで、これの正式な持ちぬしは、おれなんです」


 猛。僕人形に対する執念だけは、ストーカーなみだ。

 畑中さんは二十センチ上から猛に見おろされて、たじたじしてる。


「うん。まあ、そうやな。これで、なぐって殺したわけやないしな。盗品なら、所轄に盗難届け出したら、もどってくるよ」

「わかりました。帰ったら、すぐ出しに行きます。堀川署でいいですよね?」


 まあ、そんな会話をかわしたあと、僕らは畑中さんと別れた。

 宿をでて、タクシーで鞍馬寺へ直行。源義経が修行したってお寺ね。

 おおっ、荘厳だなあ。

 山中に広がる堂々たる伽藍。

 朱塗りの仁王門も、金堂も、初夏の緑陰が映えて、あざやかだ。

 今井さんたちもついてきたんで、にぎやか。


「なんか、昨日から、いろいろあって疲れちゃったね。観光って気分じゃなくなっちゃった」

「ひなちゃん。あかん。そんなん言うたら、イケメンが逃げんで」

「そうだった! 前言撤回! 死ぬ気で遊ぼう」


 今井さんたちが疲れてるのは、昨日、はしゃぎすぎたからだと思う……。


 だが、猛はそんな二人に、いやに優しい。


「むりしなくていいですよ。逃げませんから」


 ちゃんと自分をイケメンだと自覚してるんだな。わが兄。


 今井さんと藤江さんは感動してる。ついでに、ドサクサまぎれに、猛の腕をするっとつかむ。猛、両手に花だ。やっぱり、ホスト。


「お蘭さまぁ。ちょっと彼氏、かりるねえ」

「いいですよ。どうせ、猛さんは、そこらの女には堕とせない。僕が阻止するからね。この僕が、全力で……ヒヒヒ」


 ひひひ? 今、イッヒッヒって言った? 蘭さん。


「おいおい。蘭。やめてくれよ。おれだって、彼女、ほしいよ」


 えっ? そうなのか? 意外。

 猛は続けて、両手の花をウットリさせるようなことを言う。


「今井さんと藤江さんは、彼氏いないの?」

「そんなんおったら、女どうしで遊んでないよねえ」

「そうなんだよォ」

「へえ。二人とも美人なのに、世の中の男は見る目ないなあ」


 すごいなあ。昨日から年上の女の人をキャアキャア言わせまくってるよ、猛。


「立川さん、手、早かったみたいなのに、二人をくどいたりしなかったの?」


 あ、なんだ。そこか。着地点。


「そこは立やんも気をつかってたみたい。あたしらは昔からの友達だから。ね?」

「友情は大事にしとったみたいえ」


 そうなんだ。立川さん、やっぱり根っからの極悪人ではないんだ。


「じつはね」と、猛はささやく。

「立川さん、細野さんをゆすってたふしがあるんだ。心当たり、ないですか?」


 そうそう。すっかり忘れてたけど、そうだった。猛の念写で撮れたんだった。


「げげっ。立やん。ゆすりまでやってたの? かわいそうなやつ」

「美里、罪なことしたねえ」


 二人に心当たりはなかった。

 愛波さんも首をふった。

 どっちかっていうと、三村くんのほうが、なんか変だったかな。この話題になってから、急に、だまりこんだりして。

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