二章 死体は戸棚にしまいましょう 2—4


「自殺なら、殺人ではないのでは?」

「あの家の近くの車道から、斜面に飛びおりたそうです。クツがガードレールのとこに、ぬいであって。でも、遺書はなかった」


「何者かが自殺に見せかけて殺したんじゃないかと、あなたは考える」

「あのころ、兄と谷口さんは別れ話が、こじれていたらしいんです。わたしは、そのへんの事情は、よく知らないんですが。それで警察は、たいして調べもせずに、自殺と断定したって聞きました」

「なるほどね」


 猛は、にぎりこぶし。


 もちろん、別れ話ってのは、谷口さんが立川さんと浮気したせいだろう。が、そこは言わない。念写で知ったとは言えないし。それにもし、別れ話が殺人の動機なら、犯人は蛭間さんだ。


「そのあと、阿久津さんってかたが亡くなったんです」


 学友の一人って人ね。


「わたしは、この人には会ったことがありません。でも、人形を見ると、スレンダーな美人だったみたいですね。ちょっと宝塚の男役みたいな」


 蘭さんみたいなってことか。

 蘭さんほど、超ゴージャスな美人じゃなかっただろうけど。


「谷口さんが亡くなったあと、傷心の兄をはげましたらしいんです。それで、交際が始まって。でも、この人も、一年後、亡くなった」


「死因はなんですか?」


「交通事故だと聞きました。阿久津さんは造形美術のアーティストだったそうです。そういう世界で認められるのって大変なんでしょうね。阿久津さん、当時、東京に住んでたそうです。そのほうが彼女の活動に都合がよかったらしくて。週末になると、東京と京都を自家用車で往復してたということです」


 スゴイ。根性だ。新幹線なら速いのに。でも、毎週となると、お金がかかるか。


「それで疲れがたまってたんだろうって。京都から帰る途中、高速で事故を起こして、即死です」


 それは、やっぱり、呪いなんじゃ?

 魂、吸いとられたんじゃないのか……怖い。


 僕の表情を読んだのか、愛波さんは眉をひそめる。


「でも、なんだか、阿久津さんの死には、ちょっと不審な点があったらしいんですよ。目撃者の話では、車がフラフラして、よっぱらってたみたいだったって」

「居眠り運転だったからでは?」


 猛に問われて、愛波さんは首をかしげる。


「ひなたさんや優羽さんが言ってました。阿久津さんが睡眠薬を常用してなかったか、警察に聞かれたって」

「つまり、運転中に睡眠薬を飲んでた可能性がある」


 なるほど。それなら生きた人間が、飲み物に睡眠薬を仕込んだってことも考えられる。


 呪いじゃない。安心。安心。


「亡くなったのは、それだけですか?」


 おわっ、兄ちゃん。なんて聞きかただ。それだけって。


「それだけです。わたしが知るかぎりでは、ですけど」

「あなたは若いから、もっと前にもってことは、あるかもしれないな」

「二件でも充分だと思うけど。でも、もしかして……」


 言いかけたあと、愛波さんは口をつぐんだ。


「もしかして?」

「いえ……気のせいです。二人も続けて恋人が亡くなって、イヤなウワサも立ちました。兄はイギリスに渡り、七年、向こうにいました。母が亡くなったときにも帰らなかったくらいで」


 ああ、そうなんだ。じゃあ、今、兄妹二人か。うちと同じだね。

 愛波さんがお兄さんを心配する気持ち、わかるなあ。


「ですが、イギリス滞在中に、兄は向こうの人をモデルにして、何体か人形を作りました」

「そのモデルは?」

「もちろん、全員、生きています」


 愛波さんは、『もちろん』を強調して言った。


 猛が、つぶやく。

「海外までは呪いの魔手が、およばなかったわけか」


 そりゃ、犯人が日本人ならね。ちょくちょく海、渡れない。うむ。人為的な殺人の可能性大。


「それで、お兄さんは安心して日本へ帰ってきた」

「もう大丈夫なんじゃないかと考えたんでしょう。二年前に帰国しました。自分をモデルにした人形は、最後の確認だと思います」


 猛は、にぎりこぶしで考え、一拍おいて応じた。


「わかりました。調査はしてみます。ですが、あなたの意に染まぬ結果なった場合、どうしますか?」


 愛波さんは、ひるんだ。


「もしや、兄が……と、考えてるんですか?」

「いえ。もしもって話ですよ」


 まよったすえ、愛波さんは答える。


「そのときは、とにかく、わたしに報告してください」

「わかりました」


 いよいよ、探偵開始か。

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