第42話 言い間違いの話

「俺は、”結構です”と言ったんだ」

「いえいえ。”結構なこと”とおっしゃいました。

 ですから、こうして契約手続きを進めたんですよ?」


俺は、よく言い間違えをする。

活舌が悪い上に、単語がうろ覚えなのも手伝い、

そこへさらに適切な言葉を選ぶ能力の低さが加わって、よく誤解させてしまう。


いつだか「ごめんください」と「ごめんなさい」を言い間違えた時があった。

このときはそれほど問題はなかった。どこかにお邪魔する時に「ごめんなさい」と

言っても、ただ腰が低い人だと思われるだけだ。


逆に「ごめんなさい」と言うべきタイミングで「ごめんください」と言って、

さらに活舌のせいで”だ”が抜けて「ごめんくさい」になったことがあり、

このときは、ふざけていると思われて大層怒られた。


他にも「青梅おうめ」と「青海おうみ」を言い間違えて待ち合わせに失敗したり、

「電球」を買おうとした時は、言葉を選び間違えて「電気」と言い

その上で「電池」と言い間違えて使う予定のない単一電池の売り場へ案内されたり、

そんなことばかりしている。


だが、今回については明らかに相手側に”悪意”があった。

身に覚えのない請求書が届いたので、どういうことかと不安になり

書かれていた番号に連絡したのだが、のらりくらりと言い逃れされて

話が前に進まない。


すぐに消費者連絡センターにでも通報すればよかった……と、いまさら後悔する。

電話の向こうの詐欺師であろう人物は、見下したような余裕たっぷりの声で言った。


「キャンセルということになりますと、違約金が発生してしまいますよ?」

「キャンセルしなければ、契約金が発生するんだろ」

「もちろん。そういう内容ですので」

「詐欺じゃないか」


「お言葉ですが、こちらはきちんと説明しております」

「だから、”結構だ”と言ったんだ」

「”結構なこと”とおっしゃられたので、契約を進めました」

「それはんだ」


俺の言い間違えで電話の相手が戸惑い、一瞬黙った。

「……負けを認めるとおっしゃる?」

「違う、と言いたかったんだ」

「言い間違えでも契約したのですから、それはそちらの落ち度では?」

「違う! ”結構だ”と言ったのは間違いじゃない」


「ですから、”結構”が間違いでないのなら契約したことになるんですよ」

「もう! いい加減にしてくれ」

「……契約内容の調整ですか?」

「そうじゃない! 、いい加減にしてくれと言ったんだ」


「酷い言い間違えですね」

「これじゃ!」

「えっと……”埒が明かない”、ですか?」

「それ!」


俺はため息をついてから言った。

「もう、だ!」

「……”結構だ!”、でしょうか?」

「そう! それ!」

「では、ご契約ということで」



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