第39話 ちょうどいい加減の話

何事にも、ちょうどいい加減という物がある。

例えば、文章を書く時にも加減が大切だ。


主語や目的語が省略されることが多い日本語では、

省略しすぎれば誰が何をしようとしているのかが

わかりにくくなることもある。


単語の選び方にも加減が存在する。

普段、あまり使われない言葉では意味が通じないかもしれない。

逆に普段よく使う言葉では、情緒を伝えきれないこともあるだろう。


ここにもそういった”加減”に苦しむ者がいた。


「これ、書き直しですか?」

「ええ、このままだとちょっと……」


男は小説家志望の学生。

その向かいに座り、修正の指示をしているのは編集者である。

男が持ち込んだ小説を読み「モノになる」と思ったものの

そのままではまだ技術不足と見て、育てようとしている最中だ。


「”ちょっと……”、なんですか」

「ああ、ほらそういうの」

「”そういうの”って、どういうのですか」


「実際の会話ならわかるんだけどね。文字にするとわかりにくいんだ」

「だから、何が”わかりにくいん”ですか」

「君のセリフ」


「”セリフ”って、小説のセリフのことですよね?」

「そうそう。直前に話した人のセリフを引用するように書くでしょ」

「”直前に話した人のセリフ”を受けて、会話するんだから普通でしょ?」

「文章にすると、ダブルクォーテーションだらけなんだよ」


「”ダブルクォーテーション”って” ” ”のことですね」

「そう、登場人物がみんな引用符を使って話すから読みにくいんだよ」

「”引用符”というのは”ダブルクォーテーション”、” ” ”のことですね」

「そうだよ。和名だね」

「” ” ”が多すぎると”読みにくい”ですか?」

「うん、せめて片方だけにしてほしいな」


「”片方”って会話している人物の”片方”だけ?」

「”会話している人物”の片方だけ。

 両方だともうどこが”引用”されたのかわかりにくくてね」

「でも、”会話している人物”は”両方”とも”引用”しあって”会話”しています

 それって自然な”会話”ですよね」

「”加減”の問題だよ。君の場合はもうね、使いすぎて”引用”っていうか、

 同じ単語を探してるだけに見えちゃうんだ」

「相手と”同じ単語”を使うことは、自然な”会話”ですよ」

「だからね。”セリフ”でやると”わかりにくい”し”読みにくい”と思うんだ」


「そうでしょうか……」


作家志望の男はイマイチ納得できていない様子だった。

編集は一言こういって男を返した。


「今日の会話を文章にしてみな? それを自分で読んでみると良い」



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