第4話 声で疲労を判定するシステムの話

車の進歩は止まらない。

より便利に。より高効率に。そして、なによりも――より安全に。


2025年、ドライバーの声から疲労状態を測定して休息を誘導するシステムが

輸送業務に使われる車種に標準装備された。


この音声解析システムは、車が走行して一定時間経つと

AIが適切な会話や質問を行う。

居眠りの防止にもなるが、同時に声を解析しており

疲労が溜まっていると判定した場合は休憩するように誘導する仕組みだ。

今までドライバーの努力に頼っていた部分を

システムで補助し、より安全に、事故を未然に防ごうという機能である。


にもかかわらず、とある会社で自損事故が起きてしまった。

電柱にかすってミラーを破損したのだ。

けが人はいないが、導入されたばかりの音声解析システムの不備も疑われた。


本社には関係各所から人が集められ、原因調査が行われた。


「いったいなぜ事故が起きた」

「ドライバーの不注意では?原因調査なんて大袈裟な……」

「”不注意”を事故原因にしないためのシステムでは?」

「そりゃゼロにはできませんよ」

「まぁまぁ、みなさん。落ち着いて」


集められたメンバーは全員、言外に理解していた。

この調査は”音声解析システムには問題が無い”

という結論を出すためのモノだ。

そのため、真っ先にドライバーに問題があると疑われた。


「このドライバー。直前の音声解析で”疲労”判定されてますね」

「では、ドライバーが休息指示を無視したと?」

「なら、原因はドライバーですな」


早速、予定通りの結論が出るか、と思われた時。

若い男の声が響いた。彼は音声解析システムの技術担当であり、

このシステムに対して最も責任を感じている男であった。

「いや、待ってください。事故が起きてるのは音声解析中です」

「それがどうした」

「”AIとの会話に気を取られた”とは考えられませんか?会話中の事故ですよ?」


「会話内容に、集中力を削ぐようなモノはあったのか?」

「いえ。ログには不自然な所は……」

「ドライバー本人は何と言っていた?」

「証言は取れていません。”不注意だった”としか」

「直接話せないでしょうか?」

「自宅待機中です」

「呼び出せるか?」

「少々お待ち下さい」


地域担当者は離席して電話をかけ始めた。それを尻目に会議は続く。

技術担当がまたあることに気が付いて、声を上げる。

「もう一点気になる所があります」

「なんだ?」

「このドライバー、帰路で毎回、疲労判定が出ています」

「そりゃ、長距離走れば疲労するだろ」

「いえ、距離に関係無く、判で押したように帰路で休憩しています」

「本当だ……この日なんて行きに一回、帰りに二回の疲労判定が出ている」

「このドライバー……健康状態に問題はなかったんですか?」

他のドライバーに比べて頻繁に出ている疲労判定。

疑われたのは健康上の問題だった。


「い、いえ。健康でした。健康診断も、普段の様子も普通でした」

電話から戻ってきた地域担当者が答える。

彼はドライバーの直属の上司でもある。

「本人に聞けば分かるだろ。で、来れるのか?」

「は、はい。すぐに向かうとのことで。あと一時間ほどです」


重苦しい空気の中、一時間が経ちドライバーが会議室に通された。

今にも倒れそうな青い顔をしている。

技術担当が、努めて穏やかに聞いた。

「体調が悪いんですか?」

「い、いえ……緊張してまして」

「大丈夫ですよ。リラックスして、本当のことだけ話してください」

「はぃ……」

「貴方は毎日の仕事で、疲労判定が多く出ています」

「……」

「何か、隠しているんですか?例えば持病とか」

「……すみません!!じつは……」

「実は?」

「じつは……サボってました」


全員がキョトンとした。

「え?サボり」

「はい……」

「いえ、疲労判定が出た時に休憩するのはサボりでは」

「違うんです……疲労判定を出す方法があるんです」


誰もがその発言を信じず、会議室にいるほとんどの人間が一笑に付した。

その中でも、技術担当は特に強く否定したかった。そんなことが出来るはずがない。

しかし、彼だけが”事実を確認する必要がある”と判断した。

「実際にやって見せてもらえますか?」


そうして、全員が本社の地下駐車場へ移動した。

該当車種が用意され、技術担当者の手で音声解析システムが起動する。

AIが組み上げた会話が合成音声で流れる。

「こんにちは。今日は天候が不安定です。安全に気を付けて運転しましょうね」


「さぁ、実演してみてください」

「……はい。まず、頭をグッと下げて、両手で耳を横に引っ張ります」

ドライバーはそのようにして話し始める。

「ごんにじわ……いやぁ、もう疲れてぎだなぁ」

「解析中……疲労が見られますね。近くで休憩できる場所へ誘導します」


「こんな方法があったのか……」

「これは……事故はドライバーのせいです……よね?」

「当り前だろ!!頭下げて前方確認不足!!両耳引っ張って手放し運転!!」

「お前ふざけんなよ!!!」

「すみません……この手ならいくら休憩してても文句言われないから」


面々がドライバーを責める中、技術担当が独り言ちた。

「解析方法の見直しも必要だな。姿勢の監視も必要かなぁ」

「声に疲労が見られますね。休憩されてはどうですか?」


AIだけが彼に返事した。



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