わたしは異世界の奴らを許さない。絶対にだ
澤梛セビン
ep1 わたしは異世界の奴らを許さない。絶対にだ
痛い。痛い痛い痛い、なにこれ痛いよ!
真っ白だった視界が戻ったと同時に、わたしの体におびただしい数の矢が突き刺さった。たくさんの血が流れ、足下が血だまりになっていく。自分でも分かる。間違いなく致命傷だ。
目の前を、誰かの首が通り過ぎていく。一瞬、見開かれた目が合った気がした。
痛い、何でわたしがハリネズミみたいになってるの?
何でこんな場所にいるのよ? 痛い、痛いよ。
そこは戦場だった。
剣や槍を構えて、金属鎧で身を固めた人間達が殺し合いをしている。たくさんの人が倒れて動かなくなっている。
炎の玉が縦横無尽に飛び交い、落ちた端から轟音を上げて燃え上がっている。
時折、氷の矢が雨のように降り注ぎ、鎧兜すら刺し貫き、地面に食い込んでいた。氷の槍に貫かれた者、炎に焼かれ体が溶けている者。もう見るからに、敵味方が関係なくなっている。
「なんなのよ、これは!」
しかし声にならなかった。代わりに自分の口から、大量の血が噴き出した。
体が前のめりに倒れていく。
とっさに手を伸ばそうとするも、矢に貫かれた体は、一切動かなかった。そのままうつぶせに、血だまりの中に倒れ込む。
地面に広がっていた血は、既に冷たくなっていた。体の感覚がない。
そのまま、意識が遠のいていった……。
わたしの名前は鳴海麗奈。
都内の公立高校に通っていて、容姿はまあ、ごく普通かな。良くも悪くも無いと思う。背中の真ん中まで伸ばした髪が、わたしの自慢だよ。
基本ストレートなんだけど、お手入れ油断すると先端がクルンってなっちゃうの、クルンって。だから毎日念入りに、シャンプーとトリートメントかけてる。それでも梅雨の時期になると、そんな努力も無駄になったりするんだよね。
もちろん髪の毛の色は真っ黒だよ。
お友達は結構茶色く染めているんだけど、時代のトレンドは硬派な黒!
わたしが言っているだけなんだけどね……。
今日は学園祭の準備で遅くなって、ついさっきまで友達と喫茶店でご苦労会やってたんだよ。昨日もやったけどね。
クラスでなんちゃってメイド喫茶やるんだけど、学校が、自宅に持って帰って準備しちゃだめだー、みたいに言うからここのところ毎日遅いのよね。
ちなみにあと二日で本番だから、急がないと間に合わない。フリルの縫い付けがなかなか難しくて、みんなで四苦八苦している。
男子はいいよね、黒っぽいスーツ用意するだけだもん。
「じゃあ、麗奈。また明日ね」
「うん、愛美ちゃんも、夜道気をつけてね」
愛美ちゃんは親友なんだけど、ここの喫茶店から別々の方向に帰らないといけないの。学校からはまっすぐ来れるんだけどね。
「最近変質者が出るって言うから、明るいところ帰るんだよ」
「麗奈もね。っても、麗奈んちまでって、暗い道しかなかったか」
「大丈夫だよ、ちゃんとパパから護身術学んでるから」
「そいえば、麗奈のお父さん警察のエリートさんなんだったっけ」
「そだよ。だからばっちり。変質者なんかパパーッと倒しちゃうよ」
「麗奈ならそうかも」
いつもと同じように手を振って、いつもと同じように別れたんだよね。
そこまでは、いつもと同じだったの。
いきなり、音が消えて、世界がモノクロに変わった。
自分の手も色が無い。慌てて振り返ると、まだ愛美がいる。
「たすけて!」
体は何とか動いた。でも声がいっさい出ない。
慌てて、愛美の方に駆け出した。体が重い。まるで水の中を走る時のように、全然前に進んでいかない。
一生懸命走るのに、愛美がものすごい勢いで遠ざかっていく。
「待って! 待って、わたしを置いていかないで!」
届かない声。
自分を中心に世界が遠くなっていく。
周りが明るくなったのに気付いて、思わず空を見上げた。
空の星が流れ出す。自分めがけて、光が落ちてきている。
一瞬にして世界が真っ白に染まり、麗奈は急速に意識が遠のいていった……。
はっと気づくと、麗奈はうつぶせの状態で倒れていた。
血の臭いが鼻につく。
視界は、一面見える範囲が焼けただれ、持ち主を失った剣や鎧がそこかしこに転がっていた。
麗奈の居る場所は、さっき矢に貫かれて倒れた場所のままだった。
こみ上げる吐き気に、慌てて起き上がって蹲る。
涙が止めどなくあふれてくる。
愛美とファミレスで食べたものが、すべて吐き出されていった。
思えばいきなりだった。
何の前触れも無く、この場所に立っていて、何の予告も無く、一瞬にして殺されていた。
そして、確かに死んだはずの自分は生きている。
あの、痛みは間違いなく覚えている。
全身に感じた、激しい痛み。
手足の震えも、自分が恐怖のどん底にいることを、否応なく自覚する。
「ああああぁぁぁ――」
心の底から、叫び声が湧き出てくる。
涙で滲んだ空は、それでも青かった。
しばらくして落ち着いて、やっと周りを見回す余裕が出てきた。
広い戦場のど真ん中にいるようだった。
一周見回しても、ただれた大地と、無造作に転がっている武器や鎧の風景は変わらなかった。血の匂いが否応なしに鼻につく。
風の音だけが、静まりかえった世界において、しっかりと何かを主張していた。
自分の体も酷いものだった。
高校に進学してまだ半年。1年の麗奈が着ている制服は、まだ綺麗なものだった。ちゃんと洗濯をして毎日綺麗にしていた。
それが、穴だらけでぼろぼろになっていた。穴の隙間から、麗奈の綺麗な柔肌が覗いている。
服には汚れが一切無かった。
矢が刺さったときに流れたはずの血も、全て無くなっていた。
たださっき吐き出した嘔吐物だけが、スカートの端に付いている。
麗奈が立っている場所には、白い石が敷かれていた。
丸い石と、三日月のような形の石が組み合わさっていた。太陽と月を表しているようにも見える。
たぶん、ここが一番最初に立っていた場所なのだろう。
「なん……なのよ、これ……?」
ふと出た声は、普段の自分の声だった。
涙がまた溢れてきた。
「うっ……う……うわああぁぁん――――」
怖くて。辛くて。心細くて。
痛かったこと、血が流れすぎて、自分が冷たくなっていく感触が、蘇っては消えていく。
愛美と一緒に食べたパフェ美味しかったな……。
学園祭、出たかったな……。
お父さん、お母さん……会いたいよ……。
お家に帰りたいよ……。
大声で泣いて、泣き疲れて、その場で包まったまま眠りに落ちた。
目が覚めても、なにも状況は変わっていなかった。
たくさん泣いて、いくらか吹っ切れたのか、気持ちは軽かった。
見える範囲には、戦の惨状以外何も見えない。
いつの間にか空もどんよりと曇っていた。諦めて、適当に歩き始めた。
1時間位歩いた頃。小さな村を見つけた。
ここも、蹂躙された後だった。家は破壊され、倉庫は略奪されていた。
また、涙が溢れてくる。唇を噛みしめた。
まだ誰か生き残っていないか、家を覗いてみる。三軒目にさしかかった頃、うめき声が聞こえた。
慌てて麗奈は、中に飛び込んだ。
「ひどい……」
中も酷い有様だった。家具が乱雑に転がっている。
壁に飛び散っている血が、惨状を生々しく顕していた。
声は……台所の方から聞こえてくる。
「エルフ……?」
少女が一人、台所の床に横たわっていた。
傷ついた太ももから流れ出た血が、床に血だまりを作っている。既に真っ白になった顔が、少女がもう助からないことを否応なしに認識できた。
「たす……けて……」
「ぎゃはは。みぃ、つけた――」
部屋に入ろうとしたところで、麗奈の胸元から突然、刃物が生えてきた。
「かはっ――」
思わず咳き込む。口元から血が溢れてきた。
えっ、なんで? 痛い。痛すぎる。
視界にエルフの少女を捉えたまま、力なく横に倒れ込んだ。
「あ? 何だよ、魔族だと思ったら人間じゃねーか」
「魔族保護団体の人たちですかね、確か黒髪ではありませんでしたか?」
「あいつらがわざわざ戦場まで来るわけがない」
男が二人、部屋に入ってきたようだ。
金髪の大男と、銀髪で狐目の男だ。使い込まれた革鎧には返り血がたくさん付いていた。
「そのちっこい魔族が最後か?」
「おそらくそうでしょう。あと見ていないのは、この家だけでしたからね。
もっとも、その黒髪が人間だとしても、こんなヘンテコな服を着ていれば間違えますよ」
近づいてきた金髪の男に髪を掴まれ、無理矢理顔を覗き込まれる。
「外れですね。黒目ですから、これはただの人間でしょう」
「別にいいんじゃねぇか? そいつは無駄だったとしても、そこの魔族からは魔晶石が回収できる。魔族と間違えてても問題ないだろうよ」
「そうですね。帝国と王国には感謝しないとですね」
「全くだ」
男は麗奈を蹴り飛ばすと、エルフの少女に近づいていった。蹴り飛ばされたことで、少女が視界から外れてしまった。
体が動かない。また血を流しすぎたみたいだ。
何をするの?
その子、まだ生きているのよ?
やめて、やめて!
「きゃあ――! ぎゃっ――」
「へへ、魔晶石はいただ――」
激痛の中、また意識が遠くなっていった……。
「また……なんだ」
起き上がると、星と月の石の上だった。
はねるように起き上がると、周りを見回した。
確か……あっちだ。
麗奈は力の限り駆けだした。
結局、エルフの少女は、胸に大きな穴が開いた状態でうち捨てられていた。墓碑は、全部で二十基になった。村をまわって、穴を掘って、遺体を埋葬した。
もっとも男達はもうどこにもいなかった。
墓石の前で手を合わせた。
怒りで体が震える。
「あいつらは、なんの権利があってこの人たちの命を奪ったのよ!
どんな理由で、この少女が殺されなきゃならなかったのよ!
認めない、絶対に認めないんだから。
わたしは異世界の奴らを許さない。絶対にだ」
涙は既に枯れていた。
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