第26話 出張~!! 勇者鑑定団inファドリシア!!


 ついにその日はやって来た。今日までの一週間、俺はファドリシアの勇者として恥じない結果を残すべく血の滲むような努力を続けた。というのは建前で、身バレしない程度に勇者っぽくなる為、必死で頑張った。

 どれくらい必死かと言えば、例えるなら期末テストの一夜漬けを七日連続でやったくらいと言えば分かってもらえるだろうか。本来なら試験前日に行う付け焼き刃の究極奥義を毎日毎日毎日毎日だよ。どれだけ必死で、どれだけやっつけだよ!

 で、結果。


 なーんも変わりませんでした。


 日課のごとく大森林地帯へピクニック(魔獣討伐)に赴き、メイド達によって瀕死の状態に仕上げられた魔獣をひのきのぼうでぺちぺちと叩き(しばらくしてこの行為は意味が無いことが判明。ようは俺はパーティーにいれば良かったのだ)、上がったのは同行したメイドさんのレベルと、エイブルの脳内の俺の虚像の評価。なんだよ【超勇者】って!?


 勇者魔法の特訓は……思い出したくも無い。結論だけ言えば魔法は使えませんでした。大丈夫。俺は本番に強い子、俺は本番に強い子……



 こうして迎えた鑑定当日。早朝から王都の空にはポンポンと花火が打ち上げられ、街全体が大きな盛り上がりを見せていた。


ファドリシア陸軍練兵場ーー

 騎兵戦の訓練や御前試合などにも利用される広大な敷地には今、特設ステージを中心に来賓スタンドや一般観客エリアが設けられ、それらを取り囲むように露店が立ち並び、まるで野外フェスの会場のようである。


「こ、これは……」


 インパクトのある演出がどうとかと言い含められて人目を避けて馬車に乗せられた俺はカーテンの隙間から外の様子を覗いて絶句した。


 老若男女、人、エルフ、ドワーフ、獣人、様々な種族が設けられた入場門を楽しげにくぐって行く。門に掲げられた横断幕には『出張! 勇者鑑定団inファドリシア!!』の大文字が。

 そのままステージ裏の楽屋に通されたのでこっそりと舞台の袖から舞台下を覗くと、既にステージ前は多くのファドリシア国民によって埋め尽くされており、各々が弁当や屋台物をツマミにわいわいと楽しげに談笑しながら開幕を待っていた。


「こ、これは新手の公開処刑……なのか?」


 圧倒的な観衆のエネルギーに気圧され思わず後ずさる。

 これはアレだ勇者の仕事じゃない。こういうやつは大概ロクな事にならない。本能的に逃げ場を求めてさらに2~3歩後に下がった時だ。


 ぽよん。

 ぽよん?


 背中に当たる感触に振り向けば、背後のエイブルが俺をしっかとホールドしていた。いや、当たってますエイブルさん! くっ、体の自由が利かぬう! 恐るべし双丘の呪縛!

 まさか俺の考えを……読まれている!? その上でこの動きか! ムダにハイスペック猫耳メイドめぇ!!


「そろそろお支度をお願いしますね。さあ義雄様のお召し替えを!」


「はーい♪」と双子メイドが進み出る。見た目では区別がつかない。ヴィラールがポニーテールでペロサがツインテールに髪を結っている。はず……だよな。

 今、二人の手には、ぬののふくとひのきのぼう。


「ふっふっふっ、お覚悟を、義雄様♪」×双子メイド。

「えっ? ちょっと待った! 本気でそれ着るのか? もう、このままでいいじゃん!」

「ダーメ♪」×双子メイド。


 エイブルが耳元で囁く。吐息が耳にかかるとか、背中に当たるとか確信犯か!


「うふふふふふ。何を怖気付いているのです義雄様! 潔く覚悟を決めてください。ナカノ、サイガ! ちゃっちゃと義雄様剥いちゃいなさい!」

「覚悟って、何をですかエイブルさん!?」


 エルフのナカノがTシャツの中に指先を這わせる。見ればその表情は恍惚に酔っている。

「無抵抗の殿方……」

「うおいぃ!! 言ってることが怖っ! 怖いから!」


 さらに狼獣人のサイガがカーゴパンツに手をかける。待て! お前何パンツにまで手を掛けてんだよ!

「一気に行きますよ~義雄様~」

「ベイカー! コイツら何とかしてくれ!」

「いやいや、既にまな板の上のコイーー」


 見ればベイカーは黒のタキシードっぽい服に身を包んでいる。


「その格好はなんだよベイカーッ、あと、この世界鯉いるのかよ !? アッ! チョッ、待ってぇーーサイガさ~ん!?」

「義雄様ふぁいおーっ!」×他のメイドの皆さん


「な、なんでそんなに熱いんだよお前ら!?」

「だって」

「ねえ」

 と双子メイド。


「お祭……です」とナカノ。

「全力サポートで~す!!」とサイガ。


「エイブル! コイツら悪ノリしすぎだろ!? だから服を脱がすなあぁ! コイツらを止めろぉ!」

「ハイ?」


 いつのまにかフォーマルな水色のドレスを身に纏ったエイブルが立っていた。ああ、銀色の髪に添えられた髪飾りがすごい合ってます。いつもと違う雰囲気に思わず見惚れてしまった。


「あの、似合いますでしょうか? その、そんなに見つめないで……」

 恥ずかしそうに身をよじるエイブルさん。

「う、うん。ゴメン。ところでその格好は?」

「今回の勇者鑑定団、MCとして義雄様を全力で応援します!!」

「イエェーイ!!」×ALL


 エイブルとベイカーを中心にポーズをキメるメイド隊。


 オマエら……楽しむ気満々かよ! !


「ほらほら! 台車の上に乗って乗って!」

「お、おい」

「はい、この布をかぶって下さい!」

「お、ええっ?」


「エイブル様、足元の装備ですけど、義雄様になんか履いてもらいますか?」

「そうですね~ 裸足は少々残念感がありますので、サンダルでいいでしょう」


「これ、ひのきのぼうじゃないような気が……」

「あー、それ物干し竿です!!」


 俺……どうなるんだろう。一抹どころか十四松の不安で、もう……帰りたいです。うう、こんなことせんでええように今まで頑張ってきたんやで~!


 こうして永遠にも感じられる長い一日が始まった。



『出張~!! 勇者鑑定団in!!』


 ステージ上、ベイカーの右腕が天に向かって真っ直ぐに突き上げられる。


『ファドリシアアアアアァァァァッ!!』×オーディエンス


 会場が揺れた。これ、ナチュラルにウォークライ発動してるだろ!! 多分、ベイカーあたりが騎士団使って仕込んだな。

 幕の隙間から周りを覗くとメイド隊の皆さんが小さくガッポーズしてるし。


 ステージ上のベイカーの声が歓声に負けない大きさで聴こえてくるところをみると、何がしかの音響アーティファクトを使っているのだろう。


「本当は空に大きく姿を映したかったね~」とヴィラール。

「魔王が使うやつよね~。全世界で見れるやつ」とペロサ。


 何、物騒なこと言ってんだこの双子は! そんな事されたら俺、一発で恥死量超えするわい!

 ステージではMCエイブルさんによって手慣れた感じで事が進んでいる。大衆を前に物怖じしないところは、さすが元皇女。


『まずは鑑定家の方々のご紹介です! 勇者鑑定歴50年! 鑑定団団長アンドリュー・カニンガム卿!』

『うおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!』×オーディエンス


『魔法鑑定なら任せなさい! 帝國魔導院総長! イワン・ニキードヴィッチ・コジェドプ卿!』

『うおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!』×オーディエンス


『あらゆる武道に精通! 生きる武神!ジョン・ダットン・フロスト卿!』

『うおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!』×オーディエンス


『どんなチートも見逃さない! 勇者チートのご意見番! ロドルフォ・グラツィアー二卿!』

『うおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!』×オーディエンス


『以上の4名様になります!』


 どんだけ偉いか知らんが俺的には名前を覚える気もない。順番に、白髪、校長、ゴリラ、ハゲ。うん、覚えた。


『さて、今回の鑑定依頼人はーー』


「はあ? 何言ってんだ! 向こうからねじ込んで来たんだろ!?」

「そういう体ですよ、義雄様」


 ナカノが諭すように言ってくるが、納得いかねー。


『ーー第16代ファドリシア王、ヨアヒム・アウル・ファドリシア王!!』

『うおおおおおおおおおおおおおおうおおおおおおおおおうおおおおおぉぉ!!』×オーディエンス

 一際大きく上がる大歓声。


 って、何してくれてんだよ王様!! 文句言ってた割にノリノリじゃねーか!!


『では、今回の勇者様の来歴をご紹介します! 勇者の召喚は実に70年ぶり!!  先代勇者が亡くなられて30年、我が国への貢献も大きく先代勇者を超えるのではとの呼び声も高い超勇者! 義雄様の登場でーす!』


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