第20話 勇者って何?
主だったメンバーの紹介が終わりひと段落したところで、より理解を深める為にオリエンテーションとなった。まだまだ色々と知りたいことがある。一番知りたいのは俺自身の事だ。俺は勇者を知らない。正確には勇者としての俺を知らない。勇者としての能力も何が出来るかも皆目見当もつかない訳ですよ。とりあえずは……
「勇者って何?」
「ええっ!?」×全員
フロア内のメイドさんの息もぴったりの反応。えっ? そんなに驚くかな? その気持ちはわからないではないけど、普通そうじゃね? あなたは勇者ですっていわれて、今時の若者ならすっと馴染むんだろうけどさ。俺はおっさん。オタっ気が強いから一応は嗜んでるけど、MMORPGなんて【りろんはしっている】程度ですよ。アニメ見て『ふーん、こんなんなんだ』だよ。ググったりしてまで手を出すには若さが足りん。いや、時間もなかったな。ツーわけで今時の勇者テンプレなど知るわけがない。
「改まって言われると、どう答えればいいのでしょう……」
有能モードのエイブルですら戸惑う始末。もしかして深読みし過ぎて思考の迷宮に迷いこんだ?
「いや、哲学的な質問じゃなくてさ、世間一般に勇者について聞きたいんで……あ!! エイブル!!」
「かしこまりました」
おおっ、皆まで言うもなくピンときたのだろう。有能猫耳メイドさんが動いたよ! 厳密には背後にいた数人のメイドが居なくなっている。先日、敵前逃亡して以来、気まずさのあまりか報復を恐れてか、姿を見せないベイカーが俺の前に引っ立てられるのは時間の問題なわけだ。
☆
「こ、これは一体何のお戯れですか!?」
しばらくするとグルグル巻きにふん縛られたベイカーがやって来た。いや、持ち込まれた。メイドさんに簡単に拘禁される近衛騎士ってどうよ? メイドさん達が凄いのかコイツがダメなのか……床に転がされ、不安げな表情で俺を見上げるベイカー君に、どう言葉をかけようか……
「安心しろ。殺しはしない」
「ひぃっ」
「ベイカー君、昨日はよくも逃げ出してくれたねえ……」
「いや! 普通は逃げますよ!!」
いい反応だよベイカー君。さて、お遊びはここまでにしよう。
「まあいいや。教えて欲しいことがある」
ベイカーの縄を解くと俺は本題に入った。
「勇者について知っている事を教えてくれるか? その……能力とかさ」
「なんと!」
途端に水を得た魚のように目を輝かせ、身を乗り出す勇者オタク。
「お任せください! このベイカー、勇者様の事ならなんでも知っております!」
懐から何やら年季の入った手帳を取り出すとパラパラとめくり出す。
「なにそれ?」
「よくぞ聞いてくださいました! これは私が長年にわたって書き記した『ぼくのゆうしゃずかん』です!!」
「フーン。ソウナンダ」
ザンネン近衛騎士の黒歴史はスルーして、話を続けよう。
「勇者ってどうやって自分の力とかスキルを調べるんだ? やっぱ鑑定とか?」
「そういうアーティファクトもありますがこの国にはありません。なんせ鑑定する勇者がいないようなものでしたから鑑定する必要が無かったわけです」
「じゃあ分からないのか……」
「いえいえ、ご自分のステータスは見れるはずですよ」
「マジ!?」
「ええ、こうやって中指と人差し指をこめかみに当てて『ステータスオープン』と唱えるんです」
「え?」
ビシッとポーズを決めて、どうよと言わんばかりにドヤ顔で俺を見るベイカー君。なにそれ?すごいハズカシイ!
「それ、やらなきゃダメなの?」
「ダメも何も勇者ですから出来るはずですよ」
出来る出来ないじゃなくて、人前でいい年こいた大人のやる事じゃ無いぞ。それが出来るのはギリ高校生か、レイヤーさんくらいだ! あと、お前な。
とは言え、やらない訳にはいかない。くうっ! メイドの皆さん。お、俺を見つめないでえええええぇっ!
「ぐぬぬぬ……す、ステータスオープン」
羞恥心に耐え、唱えた俺の前にヘッドアップディスプレイ? もしくはVRゴーグルと言うのか、視界上に文字が浮かび上がった! 流石にこの衝撃は俺の羞恥心を吹っ飛ばすには十分なものだ。
「スゲー!! って……あれ?」
そして、それは俺の予想を裏切るものだった。
『高槻義雄』
勇者レベル1
HP0
MP0
《勇者魔法》レベル1『μαγεία βέλος』
《神与称号》「勇者」《恩恵》勇者補正
《技能称号》
なんだこれ? 内容薄っ!! ていうかレベル1はともかくHPとMPが0って何だよ! HPが0という訳ではないのは確かだ。それだと俺死ぬもんな。つまり表示にエラーが発生しているのか? 勇者魔法に至っては訳がわからん。なんだろう? なぜだか読めることは読める。まぎあゔえろす? えっ?これ呪文?唱えたら発動するのか?
神与称号の欄には【勇者】とあるし、恩恵も表示されているが【勇者補正】だけとか、なんというか、バグ? 俺は勇者に偽装しているはずだが、それにしちゃあ表示がおかしすぎる。神の爺さん、ちょっと仕事が雑過ぎませんか? こんなん誰にも言えんぞ!
このままでは埒が開かん。まずは聞けることだけでも聞いておこう。
「な、なあベイカー君、勇者レベルって何?」
「勇者とその仲間にのみ適用される成長補正とでもいうものです。勇者はこの世界の理から外れた特別な存在です。レベルはこの世界の【普通の】人間にはありません。勇者やその仲間は魔獣や魔族の討伐や特別なクエストの達成が経験値に反映され、一定の経験値を得ることでレベルが上がるそうですよ。通常では得られない速さで能力や魔法を獲得します」
「経験値もレベルも一般的には無い……ってことは、召喚された勇者達はこれを上げることで力をつけて、魔王と戦う訳だ」
「その通りです。そこが勇者とその仲間と言われる方達と私達の違いでもあります。我々が長い研鑽の末に獲得した技能称号と力を勇者の方は易々と越えることができるのです」
一般人にレベルは必要ないという事か……まあ普通に出会った村娘や羊飼いがレベル99とか、何がすごいのか、正直ピンとこないよな。ゲームで言えばNPCの立ち位置だな。
「勇者の仲間はレベルがつくんだよね?」
「勇者パーティーに入ることですね。勇者の仲間になる事で神与称号を得ます。そうしてレベルを上げ、力をつけて魔王を討ったそうです」
「じゃあ俺の仲間になれば強くなれる訳だ」
「そうですね。勇者の仲間になれば神与称号が付きます。代表的なものとしては騎士、戦士、魔法使い、神官が仲間になったと記録にあります」
ああ、そういうところはファンタジーRPGぽいよな。
「ん? 騎士とかこっちの世界の技能称号とかぶってるけど大丈夫なのか?」
「不都合はないようですよ。それまでの技能称号の能力は継承され、その時点での力はレベル換算されますから即戦力となる上、身体能力の向上や異能の力の獲得など、本来なら至る事のできない高みに至ることが出来ます」
ふーん。もしかしてエイブル達はこれが目当てなのかな? 彼女達の抱えている問題が俺の仲間になる事で解決するかもしれない。それほどに勇者の存在そのものがチートという訳だ。まあ、俺の場合は魔王を倒す訳では無いので急いで上げる必要もないが……現状HPとMPが0というのは気になるけど。
「次は勇者魔法について教えてくれ」
「勇者の固有魔法です。勇者の方はこちらの魔法は使えません。あちらの世界と魔法体系が違うのでしょう。そのかわり、勇者魔法という、より実戦的な魔法を習得されます。戦闘に特化しており、攻撃や防御に秀で、勇者レベルが上がれば強力な魔法が使えます」
「それ、戦い以外に能がないって事だよな」
この世界で勇者に求められているものがわかってきた。【兵器】としての能力だ。魔王を倒すためのみの力ーーこの世界を救うとか、はなから求められていない。魔王を倒すための道具に過ぎない。
そうしてみると魔王討伐後の勇者の扱いにも納得がいく。ぶっちゃけお払い箱だ。あわよくば王族の戦力強化のための種馬。一般的な魔法が使えないのだから野に下っても普通の生活は送れない。なんせ魔法で水も出せない、火も起こせない。(災害級なのは別だが)魔王討伐後の勇者の追加称号は【要介護】だな。世界を救うのは勇者の仕事じゃない訳だ。
ステータスに映るこの魔法も恐らくその類だろう。使えねー。
「勇者って、戦わなければ、休日のお父さん以下の存在だな……」
「大丈夫です! 義雄様の面倒は私達が責任を持って見ます!」
ううっ、エイブルさん、なんかすいません……
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