第7話 ちゃからんらんらんらんらんらーらん♪


「ちゃからんらんらんらんらんらーらん♪ ちゃからんらんらんらんらんらーらん♪ 」


 王城の厨房。調理台の上座に立つ俺。両脇にはエイブルとベイカーがアシスタントとして控えている。

 二人にはエプロンを着けてもらったが、メイド服にエプロンはともかくプレートメイルの上からエプロンを着けるか? なあベイカー。


 そして、調理台を取り囲む形で王宮の調理人が勢ぞろいする中、俺は定番料理番組のオープニングをアカペラで朗々と口ずさんでいます。


 ざわつく厨房。当然だわな。俺はすっと右手を上げると、ひと言。


「静粛に」


 静まり返る厨房内。おっしゃ! つかみはOK。


 半ば呆れつつも引き受けた依頼だったが、その後の王様の言い訳と言うか補足説明で俺はそこそこ高いモチベーションでこの場に立つ事になった訳だ。



「なんでそこまでグリモア……いや、勇者レシピの料理にこだわっているんです? 贅沢とは違う——渇望? 鬼気迫るものを感じるんですが」

「義雄殿の疑問に対する答えとして、まずは、この国を代表する唯一の料理を味わってもらおう」


 唯一の? 先般に聞いた国の形や風土を考えれば唯一というのはおかしな話だよな。風土的には南北に伸びた国土は気候や環境の変化に富んだものとなり食文化は多様なものになるはずだ。


 王宮に戻り、そのまま食堂へ通された俺。テーブルにつくと、やがて、ランチプレートの様な、大皿ににひとまとめに盛り付けられた料理が運ばれてきた。


 乗っているのは拳大の黒パン一個に油で揚げた白身魚とふかし芋。ん~フィッシュ&チップス? 見たことはないが、メシマズで有名な某国の代表料理が頭に浮かんだ。えっ、これが代表料理?


「さあ、遠慮はいらん」

「はあ、いただきます」


 促されるままに口をつける。なんつーか味は塩味のみだが、悪い味ではない、だが美味いとは言い難い。イメージは質実剛健、必要最低限。これでも王室の食材で王宮料理人が調理したものだからこの程度で済んでいるのだろう。


「我が国では先代勇者が召喚され、魔獣の群れを討伐し国土を回復する前の二十余年の間、王を筆頭に全ての民の食卓にこの料理が、登り続けたのだ」


 そんなに美味いんですか? とボケようと思いましたがやめました。なんせ王様の料理を見つめる目が死んでいるだもんね。


「毎年毎年、国土回復を祝うファドリシア復活祭の一週間、先王と民の苦労を偲び、王族の食卓には七日間、これが毎食出るのだ……余は、余はコレが嫌いだ……だがコレもノブレス・オブリージュ……」


 なんかブツブツ言っているぞ。おーい戻ってこーい。


「ハッ! 余はなにを? おお説明中であったなぁ。百年程前までは、この国にも土地土地の固有な作物や、それを使った料理があったそうだ」

「あった? 過去形ですか?」

「そうだ。約九十年前に突然の魔獣の大量襲撃で多くの民が故郷を追われたのだ。魔獣の侵攻を凌いだ土地はわずかで、難を逃れた民を養うため王城内を始め、耕作可能な全ての土地は芋畑となり、近海で採れる魚をたよりに皆が食いつないだのだ」


 食糧統制する程に追い詰められたって事か? なんだか戦争末期の日本の食糧事情みたいだけど。たしか配給だっけ?


「そこから先代勇者を召喚する為、費用を始めとした様々な準備が整うまでの二十年間、我が国は芋と魚で耐え抜いたという訳だ」

「二十年間って長いですよね……その間、他の国からの支援は無かったのですか?」


 王様は俺の問いに力なく笑みを浮かべる。


「なんの見返りも無しに、魔獣に攻め滅ぼされかけている辺境の小国に手を差し伸べる国など無い。あまりの価値のなさに攻め入る国もなかったがな。なんせあるのは芋と魚と貧乏人だ」


 戦時下、統制された食糧では作れるものも限られる。必然、画一化された合理的な料理が中心となり、作る機会と食材を失った伝統的な地方料理がそのレシピを失伝するには二十年もあれば十分だったのだろう。


 そんな長い耐乏生活で食文化を破壊された人々にとって、先代勇者によって広められた料理の数々は復興する国土とともに国民の大きな心の支えとなったであろう事は間違いない。


 それだけに勇者を喪った時の哀しみとあいまって、潰えてしまった勇者レシピへの渇望はより強いものになっているって事か? いやそれってかなりハードル高くね? さらに言えば俺は料理を作った事がほぼ無いんですけど。


 ただ単に大霊廟から新しいレシピを引っ張り出して紹介すればいいというわけにはいかないという事か。うーん……なんかいいテーマはないかいな? しかも俺でも出来る、皆が食いつくようなレシピ……


「よろしく頼むぞ! 勇者義雄殿よ!」

「ええ……まあ頑張ります」



 まあ、そういう訳でこの世界での最初の仕事が決まった。内容がおおよそ勇者らしくないのは俺らしいといえば俺らしいかもね。


 王様からの熱烈なリクエスト。新勇者レシピの提供。


 ーーそんな事があってのーー


「勇者義雄の料理教室へようこそ~! さて今回はファドリシア王国厨房よりお送りします! さてと……」


「先代勇者により爆発的進化を遂げたファドリシア料理界ですが、先代の死後、その命脈は絶たれ、今、正に危機を迎えようとしています! 今回は先代のレシピを元に、新たなる勇者レシピを提供! しいてはこれからのファドリシア料理の可能性を探っていきます! 」

「おお~!」


 どよめく厨房の料理人たち。

 大見得を切ってみましたが、むう、結局なんも思いつかんかったわ。なんせアプローチを誤れば、先代の味が幻想化されすぎていて、後を継いだ二代目が常連からダメ出しを食らうという料理屋あるあるに陥りかねない。兎にも角にもまずは情報収集だ。


「と、いう訳で、こちらに先代レシピのリストを並べていただきました」


 卓の上に広げられた料理のレシピは30~40というところか、天ぷら、すき焼き、うどん、蕎麦、風呂吹き大根、塩焼……梅干しや沢庵漬け、佃煮なんかもある。


 食材は野菜系に関しては種子をアポーツして気候の合うところで栽培する様にしたらしく、今ではいくつかは地方の特産品になっていると料理長が教えてくれた。


 現在のファドリシアの食事情は、多少は食糧統制も緩和されたものの作付け面積の狭さも相まって、従来の統制レシピからの派生レシピを主食とし、アクセントとして先代レシピが食卓に上るというものらしい。


「先代レシピのアレンジとかしなかったのですか?」

「料理そのものが洗練されたものが多く、ただでさえ料理スキルが低い我々では手の出しようがありません。それに食材を無駄にする様な事は……」


 染み付いた貧乏性はどうしても保守的な考えに支配されがちになり、それが新発想や技術の向上を阻む……ダメスパイラルかあ。やっぱり食料生産力の底上げは急務だな。とは言え今はあるもので何とかしなければ……うん? 材料にはこちらの生物で対応したものもあるのか。レボア? 牛みたいなやつなのかな?


「レボアって、家畜……飼育してるのですか?」

「いえ、魔獣ですので狩猟です。北部の大森林周縁部に生息しています。現地消費が主で、流通はわずかで配給対象です。配給対象の場合は現金での売買はなく、国より配布された配給券との交換になります。


 肉食獣でなく草食獣なら家畜化も検討すべきだろう。生態が似通っていれば可能だろうし、食糧生産量の増産は食生活に余裕を生み、最終的に食糧統制を撤廃できれば、それを契機に国民意識の変化に繋がるしな。この国が豊かで住みやすくなるのは、俺にとっても有難い。


「しかし、この先代レシピ……」

「どうかされましたか?」

「うん、いや……」


 うーん?なんだろうこの違和感。紙に書かれたレシピだけではいまいちわからん。ここは勇者特権を活用させてもらおう。俺は料理長を呼び寄せる。


「とりあえずこのレシピを元に一通り食ってみたいかな。朝昼晩で、メニューの組み立てはお任せします」

「わかりました。そのように取り計らいます」


 こうして最初の料理教室は、答えを見出す事なく終了した。


 一週間後。


「あ~う~あ~う~」


 朝っぱらからベッドの上を大人げなくゴロゴロとのたうち回る俺。


「おはようございます義雄様、朝食の準備が整いました」

「……」


 エイブルの朝の挨拶に逆らうようにベッドの中に潜り込み、毛布の中から顔だけ出すと猫耳メイドさんをジト目で睨む。


「義雄様?」

「飽きた……」

「えっ?」

「今日の食事メニュー……何?」

「朝はご飯に香の物、焼き魚にお味噌汁、卵焼き。昼は……」


エイブルの言葉を遮り俺は吠えた。


「もういいよ~! 飽きたよ~ 和食飽きたよ~!!」


 ベッドの上でいい年こいた大人が毛布にくるまりさらにゴロゴロと身悶える。勇者らしくない、いや、大人気ないのはわかってます。わかってますけどね!


「どうしたんですか? 冬ごもりに失敗したブルガみたいにゴロゴロと。和食ですよ、ご自分の世界の料理ですよね?」

「なんだよブルガって? じゃなくて~」


 正直、飽きたのである。なんだかんだで現代っ子と呼ばれた世代だ。この一週間の高級旅館ばりの和食攻勢には耐えられなくなっていた。そう、人は和食のみにて生きるにあらずを肌身で実感している。


「……エイブルさん、朝ごはん何食べた?」

「普通にパンとスープとベーコン。あと、紅茶です」

「俺もそれがいい」

「先代のレシピでは無いですよ」

「そうだけどさ~!」


 嗚呼、普通のものが食いたい……お家ご飯的なものが食べたいよー。


 俺は毛布から抜け出すとベッドの上に座りなおしエイブルと向き合う。


「先代は毎日和食ばかり食ってたのか?」

「そんな事ないです。普段の食事は私たちと同じだったそうですよ。先代レシピは基本、ご馳走ですから」

「……」


 ふっと家庭料理とか大衆料理とは違う【特別】な料理というイメージが浮かんだ。


 先代のレシピって並べてみると、なんちゅうか【古き良き日本】のメニューだよ。まんま【和】な。多分戦時の食糧事情とか、遠く国から離れた戦場で戦う兵士の、祖国への想い、食への渇望が強く出ちゃってるよな?


 先代勇者レシピの方向性が俺の考えるものだとしたら、やはり【戦時】というイメージが強い。今回、俺が目指すレシピはそれとは一線を画すもので行くべきではないだろうか。


「先代にないもの……うん。俺のテーマは【復興】でいこう!」


 戦場から家族の元へ戻り、共に囲んだであろう食卓。復興の石鎚いしづちの音を聞きながらかき込んだメシ。先代勇者が知らない戦後世界。


 今のファドリシアに欠けているもの。平凡な日々の営みの中での郷土の味、家庭の味。先代さんは、そういう味はむしろ遠ざけていた気がする。


「思い出しちゃうんだろうな、家族の事……」


 ならばこそーー


「ファドリシアは、そう、もはや戦後ではない!」


 俺は現在ファドリシアで入手可能な食材の分布図とかを参考に料理長に素材の収集を、エイブルとベイカーにはこちら側で手に入りそうな道具の手配を頼むと、単身、大霊廟に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る