みっしょん:2 ☆旧ヒロインの人生はハードモード Ⅱ☆
西の邸へ行く途中に襲撃してきた誘拐犯たちを、ソコロフ家長男マクシームと、イワノフを筆頭とした護衛兼使用人たちが返り討ちにした上に制圧し、全員捕縛し終えた時──。
邸の事後処理の応援に来たアルザ゠マス領の警吏の幌馬車がタイミング良く通りかかったので、マクシームたちは連行する人間が多少増えても問題ないだろうと判断し、誘拐犯──邸を襲撃した者たちと今し方捕らえた者たちがそれぞれどこに属する者なのかまだ判明していないので、便宜上『誘拐犯』と呼んでいた──を引き渡して幌馬車のリーダー格の警吏にマクシームは細かな指示を出していた。
その間に別の警吏が手慣れた様子で捕縛された十二人の誘拐犯たちに鎖付きの手枷足枷をしていき、大型トラック程の大きさの幌馬車の中に幾つか固定されている囚人用の捕縛檻へと押し込んでいく。
その光景をアナスタシアは、二人乗りの白塗りの箱馬車の中からアナスタシア専属のナニーであるヴェロニカ・イヴァーナヴナ・イワノヴァの膝の上で優しくホールドされるように抱っこされながら静かに眺めていた。
(ヴェロニカの膝の上の安心感、半端ない……。というか、何であんなに強いのかしら。イワノフの姪ってだけじゃないよね、多分。素人目で見ても戦闘力が桁違いだし)
アナスタシアの実母ヴィクトリーアは産後の肥立ちが悪く、若くして亡くなっているので、ナニーであるヴェロニカは母のような姉のような存在だった。
(見た目の攻撃力だけでなく、物理でも攻撃力がある美女なんて、ハリウッド映画のヒロイン並よね)
ヴェロニカは濃紺のシンプルなロングドレスを纏った、一見儚げな銀髪碧眼の二十代前半の美女だが、その外見に騙されてはいけない。二度目の襲撃時には馬車の中でアナスタシアを警護していたのでヴェロニカの出番はなかったものの、邸が襲撃された時は素手で敵をバッサバッサと倒していた。
(そういえば、ミニゲームの
ゲームの設定集によるとヴェロニカは、イワノフの妹の娘というだけでなく『鉄壁のイワノフ隊の紅一点でイワノフの右腕』とあったことから、それだけで相当な手練れだということが今のアナスタシアには理解できた。
(アナスタシアがハイスペックでよかった……)
アナスタシアには、一度見たものを忘れない映像記憶能力があった。
なので、前世を思い出した際に脳内で氾濫したゲームに関する映像の数々は全て漏れなく記憶されており、各ルートのシナリオや登場人物の情報だけでなく、公式サイトで公開されていたSSや設定集などで得た情報なども、もれなくアナスタシアの頭の中に収まっていた。
数多の情報を忘れない様にノートなどに書きとめる必要がないのは便利だが、現在のアナスタシアにとって必要ではないものと判断されてしまったのか、前世の自分に関する個人的な記憶は残念ながら無いに等しい。
(風貌や雰囲気からして、さっきの人たちとは違う国の人かな。イントネーションはエル゠ジャの人っぽい。──エル゠ジャといえばソフィアの国だから、この後数年ほどゴタゴタして何やかんやあって両国の友好目的でソフィアとニコライの婚約が決まるのよね)
アナスタシアは最初の襲撃の実行犯の顔や言動を思い浮かべながら、捕縛された誘拐未遂犯たちの顔を比較し、
誘拐犯たちの顔を覚えておくのは、アナスタシアなりの保険だ。何らかの形で釈放された後、所属する組織によっては再度アナスタシアを狙って来ることも予想出来たからだ。
ちなみにニコライというのは、ルーシ王国王太子ミハイルの嫡子であり──ミハイルはアナスタシアの従兄なので、ニコライはアナスタシアと同い年だが従甥にあたる──攻略対象の一人である。
一方、ソフィアはニコライルートで陰謀渦巻く学園内で悪役令嬢扱いされてしまうライバル令嬢なのだが──ニコライルート以外でも隣国の王女という立場もあり色々ととばっちりを受けてしまうことが多かった──アナスタシアはソフィア推しだったので、二人の仲を取り持つ為に動くことをこの時決意しながらも、現実的な目線で考えた。
(あの人達はどういうわけか、ルーシ王国王弟アレクサンドルの一人娘であるアナスタシアを人質にすれば何とかなると単純に考えてるようだけど、人質になっている間に私がストレスなどで衰弱して最悪死んだりすれば、お父様が激怒して『よろしい、ならば戦争だ!』と総力をかけて殲滅戦をしかねないんだけど、その辺を多分わかっていないよね……)
幼い子供はちょっとしたことで熱を出したり、体調を崩しがちだ。免疫や抵抗力が充分ではないので、そういった面で考えると、アナスタシアのような幼女は人質向きではない。
アナスタシアを誘拐する時に発生するリスクと成功率を考えれば躊躇する筈なのだが、交渉の切り札がそれしか無いらしく、本日起きた誘拐未遂が今後も発生することが予想できた。
(それ以前に、鉄壁のイワノフ隊を出し抜こうとするなんてギャンブラーすぎる……)
アナスタシアは内心嘆息しながら、目線を幌馬車から自分が乗る馬車の側でソコロフ家の関係者と移動ルートについて打ち合わせをしている長兄マクシームに移す。
王族特有のアッシュブロンドにアイスブルーの目をしたマクシームは、遠征などで不在がちな父アレクサンドルの代わりに何かと面倒を見てくれていた。
年齢も二十四の歳の差があるので、ソコロフ家の家族構成を知らない者から見れば、年齢的にマクシームをアナスタシアの父親、アレクサンドルを祖父と見てしまう。
二番目の兄ルドルフとは二十歳差、三番目の兄ユーリーは十歳差で、長男次男は先妻マリーヤ、三男とアナスタシアは後妻のヴィクトリーアから産まれている。一部腹違いではあるものの、兄妹仲は円満な方だった。
次男ルドルフは後継子息がいない東の辺境伯の家に婿入りし、現在婚家の方で色々しごかれているらしい。
三男ユーリーは、大使を務める母方の祖父母と共に隣国モルド゠ヴィンへ見聞を広める為に外遊していた。ユーリーは三男だということもあり、祖父母の家に養子に入り家を継ぐ予定になっている。
「では、ルートの変更は無しでよろしいですな」
「変更すると遠回りになるからね。アナスタシアを早く安全な場所で休ませたいし──」
地図でルート確認をしていたマクシームとイワノフの会話が、開いたままになっていた扉の向こうから入ってきた。
「二度あることは三度あると言うけれど、例え三度目があっても叩き潰せばいい」
「そうですな」
はっはっはと笑うマクシームにつられてほっほっほと笑うイワノフの、二人の目が笑っていないことに気付いたアナスタシアはポーカーフェイスを装って慄く。
「露払いはしておりますので、三度目は無いでしょう」
「そうか。なら安心だな」
また二人で笑うマクシームとイワノフの背後に黒いものが──それはきっと、視覚化された殺気だった──見えた気がしたアナスタシアは、三度目の襲撃者がいたら全力で逃げて! と思った。
「お嬢様。準備が整い次第、出立いたしますのでもう少々お待ちくだされ」
二人の殺気にびくついたアナスタシアに気付いたのか、イワノフがいつもの好々爺の顔でにこやかに告げてきたので、無言でゆっくりと頷く。
年齢的にぐずってもおかしく無いのだが、ただ静かにヴェロニカの膝の上で待機しているアナスタシアの様子を見て安心したらしいイワノフは、一歩下がるとアナスタシアとマクシームに向かって静かにボウアンドスクレイプをし、出発の準備に取り掛かる為に動き出した。
その場に残されたマクシームはイワノフを見送り、懐に入れていた名刺のような大きさの紙を両手に挟んで合掌して小さく呪文を唱えた。
合掌した掌の内側がぽぅと一瞬発光し──カードは白い鷲に変化して羽ばくと、それは三羽に分離して各々別の場所へ向かって飛んで行った。
(わぁ。伝書鳩ならぬ伝書鷹だー。一羽は多分お父様宛てで、他の二羽は警吏関係かうちの関係者宛てなのだろうけれど──。お兄様、魔術方面もいけるなんてかなり有能?)
伝書鷹を送り出した後、マクシームはアナスタシアのキラキラとした視線に気付いたのかこちらを見てふっと甘く笑った。マクシームはアナスタシアの兄なだけあって、正統派王子と言っても過言では無い正統派イケメンだ。
アナスタシアは兄に笑顔で答え、「おにいさま」と話しかける。
「なんだい、ナースチャ」
「さっき鳥さんを出したのって、お手紙の魔法でしょう?」
「よく知っているね」
箱馬車の扉の前へと歩み寄るマクシームはロイヤルスマイルを浮かべ、アナスタシアと目線を合わせるために少し屈んだ。
「こんどナーシャに教えて。お父さまや遠くにいるおにいさまたちにお手紙を送りたいわ。もちろん、おにいさまにも」
手紙を出せる相手は限られているものの、魔法の訓練にもなると思って兄に教えを乞うたのだが──すぐに了承してもらえると期待していたらマクシームがそのまま
「……おにいさま?」
すぐに再起動したマクシームは、爽やかな笑顔で「もちろん、お安い御用だ」と答えて、アナスタシアの頭を撫でてきた。
「明日はおまえの誕生日会だから、それ以降の空いた時間に魔術の基礎も兼ねた勉強会をしようか」
「ありがとう! おにいさまだいすき」
ヴェロニカのホールドがいつの間にか解除されていたので、アナスタシアは言いながら兄の首に飛び付いて頬にキスをした。
「お兄様も大好きだよ」
抱きつかれても余裕で受け止めたマクシームはそう言うと、軽くアナスタシアの頬に軽くキスをして、アナスタシアをヴェロニカの元へ戻す。
「じきに出発するから、着くまで大人しくしているんだよ?」
「あいっ」
アナスタシアは「はい」と言ったつもりだったが、幼いせいか滑舌がうまくいかず可愛らしい「あいっ」になってしまった。
それを目撃したソコロフ家の一部の使用人が馬車の外で身悶えていたが、アナスタシアの視界には入らなかったのでそのような現象が起こっていたとは知らず──マクシームは一瞬間を置いてからヴェロニカを見た。
「ヴェロニカ、アナスタシアをよろしく頼む」
「御意」
マクシームは名残惜しそうにアナスタシアの頭を撫でると、馬車の扉を閉めて愛馬の方へスタスタと行ってしまった。馬へ乗り込む直前、「ナースチャがかわいい……」と呟いたのが聞こえてしまったので、アナスタシアは聞こえなかったことにした。
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