みっしょん:2 ☆旧ヒロインの人生はハードモード Ⅰ☆

 アナスタシア・アレクサンドロヴナ・メドベージェワは、ルーシ国宰相ミハイル・ニコラエヴィチ・メドベージェフの妻であり、十七歳の息子と十五歳の娘のいる二児の母だ。

 アッシュブロンドの髪にアイスブルーの瞳の、十代の子供が二人居るようには見えない貴婦人なのだが──彼女アナスタシアには前世の記憶があった。


 彼女がその前世を思い出したのは、四歳の誕生日の前日にアナスタシアの誘拐未遂が発生した時である。

 アナスタシアは当時の国王であったニコライの弟、アレクサンドル・イヴァノーヴィチ・ソコロフの年老いてから生まれた唯一の娘で、目に入れても痛くないほど溺愛されていることが方々に伝わっていた為、ルーシ国と時折小競り合いしている近隣の国の人間に人質として狙われていたのだ。

 最初の誘拐は、アナスタシア付きの護衛騎士、イヴァン・イヴァノーヴィチ・イワノフによる鉄壁の防護のお陰で未遂に終わったが、激しい剣戟と魔法戦が展開された為、ソコロフ家の別邸であった邸はほぼ壊滅状態だった。


「お嬢様が大人しくこのじいに守られて下さったから、悪者は皆殲滅出来ましたぞ」


 お昼寝をしていたアナスタシアは、見知らぬ人間に拐われかけて半泣きになったが、タッチの差でイワノフに抱えられたので連れ去られることはなかったものの──返り血一つ浴びていないイワノフの足元は死屍累々であった。半泣き以前にドンパチの最中に前世の記憶が甦ったアナスタシアからすれば、混乱の真っ只中だったので、泣くどころでは無かったが。

 ソコロフ邸の使用人は皆武闘派だったので、一人も欠けることはなかったのは幸いだったものの、別邸とはいえ少し前まで美しい建物だったものが、爆撃を受けたような惨状になってしまった。殺伐とした世界である。


「イワノフ」

「何でしょう」

「わたしに剣と魔法を教えて」

「お嬢様は何も心配なさらなくて良いのです。このじいやが何者からも御守りしますぞ」

「そうじゃないの。お家があんなになるのは悲しいから、攻撃されても壊されないようにしたいの」


 アナスタシアは幼いながらも聡い子供だったので、そのようなお願いをじいやのイワノフに申し出ても訝しまれることはなかったが、散々な姿になっている邸跡を目にしたアナスタシアは残念に思ってしまったのだ。

 まぶたの奥には美しい邸だった建物の記憶が残っていたが、こうやって失う時はあっという間だ。


「わかりました。最高の教師陣をご用意致しましょう」

「お願いね」

「御意」


 前世の記憶が戻ったアナスタシアは、イワノフってジャン・レノ似の頼もしいおじさんだなぁと、イワノフに抱っこされながら思っていた。丸メガネをつけているし、髭面だった事から余計に似ていたのだが──ゲームに出てきたイワノフの印象は好々爺な執事という印象だったので、こんなに戦闘特化した人物だったのが意外というか。振り返ればその片鱗はあったのだけれど、前世の自分は気付かなかっただけだ。

 アナスタシアの環境を考えれば、護衛兼じいやのイワノフが非力だと誘拐された先でどんな目に遭うかわからないので、強くてよかったのだが。


「アナスタシアー! 無事か⁉︎ ──無事だな。よかったぁ……」


 ソコロフ邸のドンパチを誰かが目視し、報せを受けて馬を駆ってきたらしいアナスタシアの一番上の兄マクシーム・アレクサンドロヴィチ・ソコロフがイワノフの腕の中からアナスタシアを奪取し、無事を確かめるとホッと胸を撫で下ろす。


「お家が壊れちゃったけど、じいやたちがいたから大丈夫」

「そうか。──邸が駄目になったから、西の邸に移動するぞ」


 マクシームが指示した通り、この後皆で西にある邸へ移動するのだが、その邸への移動中に襲撃され再び誘拐されそうになり──アナスタシアはいわゆるチベスナ顔になった。

 四歳になる前日に、幼い身体に前世の──現代の日本人女性の──記憶が上乗せされた幼女アナスタシアは思うのである。


(乙女ゲームのヒロインなのに、アナスタシアって生まれた時から人生ハードモード過ぎる……)

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