第18話 集団催眠


 力なんて信じない、幽霊の正体みたり枯れ尾花、わかってみればたいした事ではないってのはよくある。


「集団催眠?」


「うん、まあ私はその場にいなかったけど、聞いた感じではそうかなあって」


「集団催眠……」

 

「うん、ほら比良坂君、尾花沢おばなざわ君達と何か揉めてたでしょ?」


「まあ、言い寄られてはいたかな?」

 あの童貞ピアス君尾花沢って言うんだ……。 


「うん、まあ、あの3人はうちのクラス、ううん、学校でもちょっと異質だよねえ、で、まあクラスの皆は遠巻きに見守っていたらしいんだけど、ちょうど尾花沢君が比良坂君につかみかかった時に地震が起きたって」


「つかみかかってはいない、肩を触られただけだけど」


「まあ……それは置いといて、とにかく皆集中してたみたい」


「集中ねえ……」

 まあ、ボッチが絡まれればそりゃ気になるだろうけど、そこまで集中するかなあ?


「それが原因で集団催眠にかかったんだと思うけど、どうかな?」


「どうかなって言われても……えっと集団催眠、別名は集団パニック、学校や会社、小集団や村等で発端者が何らかの症状を発しそれが次々と伝播していく現象だっけ?」


「さっすが、うちの学校に入るだけあるねえ、そそ、それだと思うんだけど?」


「でもあれって実際は緊張により呼吸数が増えて過呼吸になったりするってだけで、今回みたいな幻覚迄は」


「そっかあ……だよねえ」


「うん、同じ夢を同時に見るような物だし」


「うーーん、じゃあ何だったんだろう? 私もその場にいればなあ」

 そう言うと彼女は少し時間が経ち氷が溶けて薄まったアイスコーヒーをストローで啜った。


 言い忘れていたがここは前に二人で来た店と一緒の、ふわふわパンケーキの美味しい喫茶店。僕はまたもや同じ中学出身で現クラスメイト『平入 未都』と二人きりでコーヒーを飲みに来ている。


『この間喫茶店のお金払わないで帰っちゃったから払いたいし、あと今日のクラスでの話をしたいんだけど……駄目?』

 この間の態度とは全く違い、そう可愛らしく言われたらさすがに断れない……ちなみに陽向は生徒会で今日は別行動……勿論平入と会ってる事は内緒です。



「…………まあ確かに誰かが地震だって言った事で皆がそう意識して見た幻覚じゃないかって……あるかも知れないなあ」


「でしょ!」

 僕の意見に何故かどや顔の彼女……僕に肯定されて満足したのかニコニコと笑いながら再度コーヒーに口を付けた。


「ところで、僕と二人でいても平気なの?」


「ん? 何が?」


「あ、いや、ほら……平入ってうちのクラス内じゃあかなり人気というか、皆から慕われていると言うか……」

 クラスカーストっていうのはカースト上位の人にはわからない、おそらく意識さえしていないだろう。なので僕は言葉を選びながらそう聞いてみた。そもそもこんだけ可愛ければ彼氏とか居るだろうし。


「ん? んーーーー、だから?」

 否定はしないんだ……まあそうか……。


「いや、ほら……ボッチの僕と一緒にいたら……」


「ばーーーーか」


「は?」


「ばーーーーかって言ったの」


「バカって……まあ、馬鹿だけど」


「そんな事気にしてるからあんたはいつも一人なのよ」


「でも」


「私は……比良坂君と話したくて今日誘ったの、他の人なんてどうでもいい、そんなもの気にしない、だから貴方も気にしない!」


「は、はい」


「よし! あははははは」

 無邪気に笑う彼女の姿はまるで名画に登場する天使の様だった。

 僕は美術館に居るような気分で彼女を見つめる…………そして彼女を見つめていると、ふと陽向ちゃんの言葉が頭を過る。



『ご、ご主人様のおおおおお浮気者おおおおおお!』


「ご、ご、ごめんなさい!」


「……はい?」


「あ、いや、なんでも……」

 思わず謝ってしまった……本当陽向ちゃんて怖いよなあ……でもなんでか妹の方が怖いって思ってしまう。それにしてもなんだろうこの感覚、陽向ちゃんと付き合ってるからなのか、平入さんとの密会は凄くドキドキしてしまう。妹と陽向ちゃんに隠れて会っているって思うだけで……ってあれ? 陽向ちゃんはともかく何故妹?


「どうしたの?」


「……いや、なんでも……」

 誤魔化すように僕もコーヒーを飲む……しかしそれにしても……今まで僕には誰も近付いて来なかったのに、何故陽向ちゃんや、平入さんは僕の所に?

 高校デビューが上手くいった? いやいやそんなわけない……でも……。


「なんだろねえ、この間卒業したばかりで、しかも中学の時はろくに顔も合わせた事なかったのにさあ」


「……うん」


「比良坂君の事……何故か凄く懐かしいって思っちゃうんだよねえ……まるで凄い年月会わなかった様な……そんな気持ちになっちゃてるんだよねえ…………」

 平入さんはそう言うと僕から目線を外し窓の外を眺めた。

 その窓の外を見つめる平入さんの目は目の前の景色の先、遥か彼方を見つめているようだった。

 

 そう……それはまるで何千年の時を越えた遥か彼方を見つめている様だった。



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