第4話 そして二人の物語が始まった。

 

 彼女の手が僕の首の後ろに回る。

 そしてそのまま僕は彼女に引き寄せられた。

 近付く顔、瞳の奥まではっきりと見える。

 高解像度の絵の様に、髪の毛一本一本までくっきりと見える。

 煌めく髪がアニメでは表現出来ない位サラサラと肩から流れ落ちる。


 彼女の顔が僕の顔の横に、甘い香りが僕の脳を刺激する。

 同時に僕の胸にとてつもない感触が襲う。

 今まで得た事のない感触が、弾力と柔らかさを兼ね備えたとてつもなく気持ちの良い感触が僕の胸に伝わる。


「ご主人様……」

 僕の耳から彼女の声が聞こえる。それと同時に僕は硬化魔法と鈍足魔法でもかけられたかの如く身動きが出来なくなった。


 僕と会長しか居ない生徒会室で僕は今、神様に、女神様に抱き締められていた。



 ◈◈◈



 生徒会長に呼び出された僕はわけもわからずに小走りで生徒会室に向かった。

 さっき生徒会室の前を通った際中に人の気配は感じなかった。


 一体どこにいたんだろうか? そもそもこの3日間一度も見れなかった理由は? そして何故会長は僕を呼び出したのだろうか? 何故僕の事を知っているのだろうか? 何が目的で? 他に誰がいる?

 様々な事を考えながら僕は生徒会室に向かった。


 昼休みも半分が過ぎ、学食でご飯を食べ終わった生徒達が自分のクラスに戻って行く。それとは逆方向で僕は学食のある校舎に向かった。

 生徒会室は各学年の教室がある第一校舎から渡り廊下を渡った先、職員室や学食、理科室や保健室等がある第二校舎の3階にある。

 昨日から何度も何度も行き来した渡り廊下を抜けると右手に職員室、そしてその反対側に放送室、さらにその奥に生徒会室がある。


 昼休みの為生徒のいる第一校舎とは打って変わって静けさの漂う廊下を歩き、僕は生徒会室の扉の前に立った。

 遂に会長に、神様に、僕の女神様に会える。そう思った瞬間僕の心臓の鼓動がまるで100mを全力で走った後の様なスピードで波打つ。


「ど、どうしよう……」

 ここに来て僕は逆に冷静になった。と、同時に身体がブルブルと震え出す。

 一目惚れの相手に、まだ短い人生ながらここまで好きになった相手は二次元でも三次元でもいない。

 好きになるのに時間なんて必要ない、人は一瞬で恋に落ちる。そんな本や漫画で読んだセリフを僕は今までバカにしていた。


 『一目惚れなんて、ただ顔が良いだけじゃないか僕はそんな物信用しない、そんな事あり得ない』とずっと思っていた。


 でも今は違う――それは本当だった。僕は本当に今、恋に落ちている。


 そして扉一枚隔てた向こうに、僕の愛しい人がいる。そう思った瞬間心臓が高鳴る。身体が火照る。そして頭に冷たい血が流れ込む。

 熱い血ではなかった、冷たい血が身体中に流れているのとは全く別の様な血液が脳に流れ込んで来た。


「いるんだよね、今……この中に……」

 身体とは違い冷静になっていく頭、この中に僕の愛しい人がいる。そう思った瞬間僕は再び恐ろしさを感じ始めた。

 一体何故呼び出されたのか? 僕は彼女に何をしたんだろうか? 生徒会長に呼び出される理由がわからない。入学試験の成績は恐らく下の方で、多分ギリギリで入学を許された僕に生徒会からお呼びがかかるとは思えない。


 何か怒られる理由が、だとしたら会長の前で自分の駄目な物が晒されるって事……嫌だ、好きな人に嫌われるのは嫌だ。


 よく好きな反対は嫌いではなく興味がないって言う人がいる。そうかも知れない、でも僕は思う。嫌われる位なら興味がない方が、そう思われる方がいいって。


 逃げよう、ここから離れよう……そんな思いが頭を過る。今ならまだ間に合う放送は聞いてない事にして、なんなら病気で帰った事にしてしまおう。


 そう思った。でも、それは裏切りだ。好きな人にそんな不誠実な事をしたら、それこそ嫌われる。


「僕は変わるんだ、変わるんだ!」

 そう自分に言い聞かせる。ここで逃げたら今までと同じだ。

 僕は勇気を出し覚悟を決め、ゆっくりと2回扉をノックした。


「……どうぞ」

 中からすぐに声が聞こえる。天使の歌声、神の歌声、その声に引き寄せられる様に、まるでセイレーンの歌声に引き寄せられる船の様に僕は生徒会室の扉に手を掛け、そして一気に扉を開いた。


 中にいたのはセイレーンの怪物ではなかった。あの入学式の時に見た美しい天使、僕の女神だった。


 彼女は僕を見ると席から立ち上がり僕の目にゆっくりと歩いて来る。まるでトップモデルの様に綺麗にゆっくりとした歩みで僕の前に……


「お呼びだてして申し訳ありません」

 そう言うと美しい所作で僕にお辞儀をする。お辞儀と同時にサラサラと彼女の黒髪が流れ落ちる。光輝く絹糸がこぼれ落ちる様に、僕は思わず手でその髪をすくいそうになった。


「ご主人様、私は貴方の僕でございます」


「え?」

 今なんて言った? 髪に見惚れてて、声に聞き惚れてて何を言ったかわからなかった。なんかしもべって言った様な、しもべってなんだっけ? 下部温泉の事だっけ? なんで下部温泉なんだ? どこにあるかも知らない、なんか富士山の方だった気が……

 そんな事を考えていると、彼女は再び僕に向かって言った。



「ああ、ご主人様! 悠々の時を経て、遂に巡り会えました。お分かりでしょうか? 私はかつてあなた様の忠実なるしもべでございました。ああ、ご主人様……会いたかった……本当に……会いたかった……」


 目の前にいる女神のその顔は恍惚とした表情をしていた。顔はほんのり赤く、今にも泣きそうな位瞳を潤ませている。


 そして今度はしっかりと聞き取れた、間違いなく聞き取れた……


「…………はい?」

 僕はそう答えた、そう答えざるを得なかった。


 今度は聞き取れた、間違いなく聞き取れたんだけど、理解出来なかった。彼女の言っている意味が僕には理解出来なかった。ただひとつわかった事は、しもべって下部温泉じゃなくて僕って事だ……ぼくじゃなくて、しもべ……手下とか奴隷とかって意味の僕……


 期待に満ちている彼女の瞳、恍惚とした表情……冗談ではないってわかる。そんな面白い事をいう人だったのか、僕の中で彼女のイメージ少しブレた。


 でも……それでも…………僕の中で彼女は天使、女神には変わりない。


 ちょっと面白い女神……大好きな女神、そして彼女は僕のしもべになった。





 

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