第29話 名家秘蔵の例の物

 穿月塔の南口を出ると、東都の中心部に近い洒落た街並み。菓子屋も花屋も、ローラと歩くのならどんなに楽しかったろう。

 ただし広い道に石畳で夏には照り返しがひどい。そんな通りをセロ氏と歩いている。


「……この角にある建物は両替商です。角を曲がると住宅街が見えてきますよ……ほらね。さっき向かいにあった店は仕立て屋です。夏物を一着は注文しておくといいですね。東都の夏は北都とは比べ物になりませんから、持ってきた服だけで暑さを凌ぐのは、まあ無理です」


 日影を選んで歩くことには異論がないが、セロ氏が道順を僕に覚えさせたくてあれこれ話してくるのが正直面倒くさい。僕は出掛けに塩飴を彼に渡したのを後悔した。


 おまけに並んで歩きながら話すと、身長差のせいで首が疲れる。

 さっき僕は足元が不注意で段差に躓いてしまった。するとそれに気を取られたセロ氏が店の看板に頭をぶつけた……という一幕があった。まだ塔のふもとの賑やかな通りにいた時のことだ。


 いま歩いているのは、閑静な屋敷町。 

 とにかく早く目指す屋敷に着いて直射日光から逃れたい。けれど豪商の家なんて緊張する。

 出発前に見聞きした話や資料を思い返すと、どうも強権的な家の気がして怖い。

 がんばれモロー。富豪がなんだ。お前はローラ姫の見込んだ男じゃないか。だよな?!



 依頼人は今の当主だが、実際には彼の義理の伯母に応対することになる。この家の事情を大まかに、老婦人の父親つまり先々代当主のことから知っておいたほうが良い。


 先々代当主は男の子を養子に迎えて後継者としたが、実の娘が2人いた。

 娘たちは双子。姉のアリアは商家に嫁いだ。妹のメリメは病弱で、湖畔の別荘で療養して半生を過ごした。

 しかし病弱だった妹は姉より長生きし、今は実家に身を寄せている。

 彼女が今日会いに行く老婦人メリメ・ユーミズ嬢だ。


 ただし問題の、寄贈したいマジックアイテムについては詳しいことが何も記録されていない。

 前任者に同行したというセロ氏にその点を尋ねたところ、こんなやりとりになった。


「いまはまだ早い、品物を渡すときに話す……の一点張りでしたね。

『あなた方はただ、こちらがお願いしたときに品物を受け取りに見えると約束してくだされば、それだけで良いのですわ』

と、まあ……しおらしい振りして強情な婆さんですよ」

「えらく勿体ぶりますね。よほど曰く付きの……まさか呪いの品とか?」

 つい面白半分に言ってみた。

 もし本当にそうでも僕はべつに怖くないんだからな! 僕自身がとっくに呪われた存在とも言えるのだし……。


「それはない……と思いたいですね」

 セロ氏は眼鏡のつるを左手の中指で押し上げた。

「メリメさんは老い支度に様々なものを手放すにあたって、道具屋の『きじとら堂』にも相談しました。あの店が我々をユーミズ家に紹介したんですよ。高価買取の看板をべつにすれば、正直な店ですからね」

「その買取の話だったのでは……?」


「ええ。きじとら堂さんもいろいろ買い取ったそうです。

 ただ、持ち主にとってすぐ手放す気はなくとも、処分の仕方を決めておきたい物もあるでしょう。はその最たる品だったようです。

 しかも、貴重な物といっても必要とする人があまりに限られている。ユーミズ家の子孫が使うあてもないとか。

 道具屋にとっては、売れる可能性はきわめて低い。老婦人にとっては、それを金に換える必要はない。

 『魔力を持って生まれたが故に悩む人の手に渡り、必ずその助けになること』が望みです。

 そこで相談室に話が回ってきたわけです」

  


 脳裡にパッと思い浮かんだ少女の顔と声。

「私の眼をなんとかする方法が見つかったら、必ず教えてね。絶対だよ!」

 しかし、こちらも今話すわけにはいかなかった。



「あの……では、きじとら堂の人たちは、例の物が何なのか知っているのですか」

 セロ氏は眉をひそめた。

「……教えて貰えないことは確かです。さっきと同じようなことを言われました。

 引き取ると約束してほしい、その約束を果たす時まで秘密だと」

 つまりセロ氏達は前の面談のとき、その約束をするためだけに足を運ばされたことになる。

「その約束をいま実行に移す気になったのは、先代当主の葬儀が済んで落ち着いた頃だからかもしれません。

 ……ところで、故人の葬儀には私も参列しましたが、その時、使用人たちが妙な噂をしているのが聞こえました」

 あくまで噂ですよ、とセロ氏は念を押した。


「亡くなった晩に女性の歌声が聞こえた……嫁ぎ先で亡くなった双子の片割れ、アリア様が幼馴染でもある義理の弟を迎えに来たのだと」



(続く)



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