第26話 蘇る記憶の断片2 「誰が何と言っても」

 記憶のなかのもう少し後の場面。

 小鳥のさえずる森で木の実を集めていると、ヒョゥ、と風を裂く音がした。

「ローラ避けて!」

 僕らの足元の地面に矢が突き刺さる。

「誰だ!」



「チッ」

 舌打ちとともに、茂みに隠れていた男たちが姿を現した。五人。矢を放った者はまだ隠れているらしい。


「彼らの狙いは私よ。あなたはここにいて」


 「僕」は魔法で閉じ込められた。初めて助けてもらった時と同じような結界だ。

 自分だけ安全圏にいる気は毛頭無いが、「僕」は靄のかかったような見えない壁に邪魔される。

 

「こんな美人とはな。引き渡すまえに楽しむか」

「やめろ。自殺でもされたら売れんだろうが」

 なんて奴らだ! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!

「おいサム、出てこいよ。お前が狙いを外したせいで調子が狂っちまった」

「俺じゃねえよ」

「嘘つくな」

 ローラを一人にしてはいけない。

 早く結界から出たいのに!

 

「はぁッ!」

 君の声とともに、外が赤く光った。炎が噴き上がったみたいだ。

「うろたえるな! 幻術だ」

 男たちの誰かが怒鳴った。

「あなたたちを殺したくないの。近寄らないで。さもないと、次はよ!」


 もがき続けて「僕」はやっと外に出た。

 駆けつけた弓使いと目が合う。

 そいつは言った。

「お前か。はいつか裏切ると思ってたぜ」


「僕」は激昂し斬りかかる。弓使いが防ぐ。

 短剣の柄で押し合う二人。

「僕」のほうが一見優勢に見える。

 打ち合いながらじりじりと敵は後退してゆく。いつの間にか他の面々と距離が離れている。

 追ってはだめだ! 敵の目論見は「僕」を引き離してローラを孤立させることだ。


 僕の母が本当に魔女か知らないが、魔女の息子で何が悪い。それに不本意な所属先から裏切り者と呼ばれても心は痛くも痒くもない。

 それでも僕が怒ったのは、母親を嘲弄の種にされたことが許せなかったからだ。


「僕」は悪運強い。弓使いは山の地面の凹凸によろけた。一瞬だけ呆けたようなその顔面に短剣の柄ごと拳を叩き込むと、倒れてそのまま山の斜面を転がった。


 全速力で君の元へ走る。

 君を囲む敵は二人に減っていた。

「僕」に背中を向けていた一人を短剣で斬りつけた。

 もう一人と差し違えた。「僕」が立っていられなくなるとき、敵にも「僕」を振り払う力は残っていなかった。敵の腹にくい込む刃に全体重をのせたみたいに「僕」は倒れた。

 視界の端が赤く燃えた。

 殺したくないと言っていた君に、本物の火炎魔法を使わせてしまった……。


「ローラ」

「しゃべらないで。すぐ治すから、そしたら……」

「誰が何と言っても……僕は、君が……」

「好きだよ」と「僕」は言ったのだ。

 その声が君に聞こえただろうか……。



「おねがい! 目を開けて!」

 視界が闇に閉ざされたのはほんの短い間。

 目を開くと紫色の瞳に「僕」だけが映る。

「僕」の右目があったところに血溜まりが残る。

「もう離さない。私を……守ってくれた人」

 君は「僕」を抱きしめてくれた。


 突然「僕」の肩を何かが直撃した。矢だ。

 射手は一人だけではなかった。

 深く刺さった割に痛みが少ない。

「僕」はもう生きている人間ではないのだ。

 そして不可解なことに、動けない。


 ローラの体に鎖が絡まった!

 生き物のように動く鎖に引き上げられてゆく、その先に二人の人物の姿が見えた。

 一人は弓を背負い、顎髭を伸ばし、仮面をつけている。

 もう一人は年端のいかぬ少年。睫毛の長い目元がとてもローラに似ている。

「姉上、を使いましたね……!」

「もはや庇い立て出来ませんな」

 君の顔も見えない。仮面の男の影に隠されてしまったのだろう。


 ああ、これはいつかの夢の終わり方だ。

 記憶はそこで途切れた。



 いま、本物の君がここにいる。

 もう大丈夫。君がここにいる。


「ローラ、好きだ」

 ああ、やっと言えた。

「ずっと一緒にいよう」

 ローラは澄んだ瞳で僕を見ている。返事を聞くのが少し怖いような、微笑んでいても感情の読めない瞳だ。


「それはあなたの望み?」

 なぜそんな事を聞くんだ? もう離さないと言ってくれたじゃないか。

「あなたを生き返らせたのは、側に仕えさせるためじゃない。自由に生きてほしいの。その上で私と居たいなら、とっても嬉しい」

「もちろんさ。すぐにでも一緒に暮らそう」


「今はまだ出来ない。

 でもその時が必ず来るの。

 金のトークンのことは、近いうちにあの人になんとかしてもらうわ。それまでは、これを使って」

 ローラは僕に、洒落た封筒をくれた。


「もう行かなくては。

 また会いましょう。必ず」


 ローラは姿を消し、僕は煤けた地下の通りに残された。

 彼女がくれたのは、上階層への招待状だ。

 

 招待状に、ぽた、と水滴が落ちた。

 僕の涙だった。




 (続く)

 


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