番外編 銀狼亭ハッピーアワー満月ハロウィンスペシャル(協賛:きじとら堂)
※ 今回はあくまでセルフパロです。
本編との整合性を求めないでください。
「さて皆様!今夜は満月。こちら穿月塔の名店・銀狼亭のハッピーアワーとなりました」
灰色の仔犬を思わせる耳族の娘が元気よく告げる。彼女こそは、この宿屋兼食堂の看板娘だ。
「今回は特別に、異界の祭『ハロウィン』のイベントも同時開催致します!
皆様ふるってご参加ください」
「貸衣装とお菓子の提供は道具屋『きじとら堂』はじめ、穿月塔商人ギルド一同でございます。どうぞよしなに」
同じ耳族でも虎猫めいた道具屋の娘が礼儀正しくつけ加えた。
店内は賑わっているが、慣れない異界の祭。仮装などしようとするのはあらかじめ招待された客くらいだ。
銀狼亭の常連らしい、金髪と銀髪の男女、眼帯をつけた黒髪の小男、栗色の髪の姉妹、魔法使いの弟子らしき小柄な少女、幼い孫を連れた角族の婦人など。
そうか、あいつは片目を失ってしまったのだな。
最初に子供用の貸衣装を受け取ったのは角族の婦人。
着替えを済ませた孫が小さな魔女となって出てくると、皆がカワイイ、カワイイと褒めそやした。
婦人と孫に聞こえないところで、小柄な魔法使いの弟子は呟いた。
「本当は魔術師の服はあんなにキラキラしてないけどね」
金髪の若者が続けた。
「貴族の服もそうさ。でも民衆の空想から生まれた安くて華やかな服ってのも悪くない」
金髪の若者は光沢のある黒いマントを羽織った。鏡の前で造り物の大きな牙をつけようとしているが、牙族なので自前の牙が邪魔して上手くいかない。やがて諦めた。
道具屋の娘が衣装を取り出した。
「お姫様の服の用意もございます」
ピンク色のドレスに、魔法使いの弟子の少女と、銀髪の背の高い美人が同時に手を伸ばす。
「くっ…………この際、しょみんとはりあうのも、あまりにおとなげないというもの。
どうぞお召しになって」
銀髪のほうが譲ることになった。
「お前、心の声が出てるぞ」
「あら、果実酒を飲み過ぎたかしら」
そうこうするうちに、魔法使いの弟子はお姫様の衣装に着替え、亜麻色の髪を結い上げた。スカートの丈が長いようで、引き摺らないようにピンで止めたりしている。
「貴方様には是非こちらを推したいです」
道具屋は銀髪の女に声をかけた。
「ふむ……ゾンビナースとは……」
「異界では魔力に頼らない回復術が発達しています」
「それは素晴らしいことですわね」
「その一方で、伝染性の病により、この世界でいう亡者に近い存在が……」
説明が終わると銀髪美人も着替えた。こちらは服の丈が短いのか、お臍が見えてエロい。顔に血糊もつけた。
栗色の巻き毛の姉妹は、たくさんの蛇のカツラをかぶっている。カワイイが、妹が目隠しをしているのが、仮装が仮装だけに不穏な印象だ。
黒髪の小男は、ヘアバンドみたいなものを受け取った。頭につけると、ネジが刺さったみたいになるやつだ。
「仮装を見てもらえるよう、テラス席へどうぞ」
促されて表に出たのは金髪と銀髪の男女。早速、道ゆく人々の注目の的となった。
ナースが手にした籠に入っているマカロンは次々と売れてゆく。ときおり目新しい催しについての説明もするのだった。
「……死者の魂に供えるのです」
真面目か!
ゾンビナース真面目か!
店の奥からは楽士の奏でる音楽が通りまで漏れ聞こえてくる。
金髪の吸血鬼のリードで踊りたい女たちが列をなした。
「トリック・オア・トリート!」
突然、高く甘い声が夜空に響く。
どんな魔法か、美女が空中に浮かんでいる。婉然と微笑むが、目は笑っていない。
「私に声もかけないなんて、薄情ね。
どんな悪戯も受け入れる覚悟はできているというのかしら」
「おお、ローラ! みんな!
今夜の主賓が満月を背に登場したぞ!」
片目の男は大感激だ。さっきまで肉を食べることに余念がなかったが、いま骨付き肉の裏側を落とした。
ローラという女は、黒髪も艶やかな色っぽい美人だ。そしてもう仮装していた。
……仮装であってほしい。あんな、半裸であることを強調するかのように豊かな身体に少しばかり張り付く布が、日常の装いであるはずがない。
彼女が何に扮したつもりか知らないが、噂に聞くサキュバスとはあんなふうだろう。
片目の男は前屈みになって歩きづらそうに、そんな己の滑稽さに全く気づいていない様子で近づいた。
「ローラ! 会いたかったよ!
迎えに行けなくてごめんよ。行きたいのはやまやまだったけど、金のトークンを持ってないんだ」
女は呆れた目で男を見下ろして言った。
「そんな設定、今回も生きてるの?
パロディ時空だからって尼僧院の規則は無視してるのに?」
「ローラ、メタな話はそのくらいに……」
「まあいいわ。長女だから我慢してあげる。それにしても、主催者は金のトークンを持ってるはずよ。ここの商人ギルドの会員ですものね?」
急に矛先を向けられた、宿屋の娘と道具屋の娘に緊張が走った。宿屋の娘が答えた。
「当店の者が先程そちらへ向かいましたが……」
夜空に浮かぶ女は、美しい眉をわずかにひそめて思案した。
「あら、じゃあ『彼』が私に伝えなかったのね。仕様のない人。疑ってごめんなさいね」
そこへ銀狼亭の娘と同じ、灰色の耳をした耳族の男が千鳥足でやってきた。
「ただいま……みんな、やってるかい」
「もうっ、叔父さんったら!」
「わるい、途中でしつこく酒を勧められてさ……とにかくゲストは揃ったね……」
サキュバス役の女は怒る気も失せたようだ。
「許してあげる。
そのかわり、お店を出るときいちばん気に入ったものを頂戴ね」
飲めや歌えの大宴会が再開した。
やがて夜も更け、テラス席にいた面々も暖を取ろうと中に入ってきた。
「お姉さま、マカロンを召し上がって……」
「いねえな。そういえばモローも……」
「いつの間に……」
「さあな」
そろそろお暇するとしよう。
死者をもてなす祭りと聞いて来たが、その場で唯一の生前からの知人が女としけ込んだなら、長居は無用だ。
それにしてもあいつは覚えていないのか。
さて、何処へ行こうか。
満月の夜はこれからだ。
(初公開 2020.10.31 27時)
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