能力の真価


 来い……来いっ…!


(応えろよ【黎明の神器】 お前にも何か特殊な効果とかあるんだろう…!?)


 来い、来いよっ!


(教えてくれ【天付七属性】、ただ魔法を撃ち出すだけが全てじゃ無い筈だ!)


 湊の持つ得物は現在、それまで使っていた双刀から射程の長い長槍へと変わっていた。

 相変わらず透けた硝子のような見た目だが、魔剣と正面から打ち合っても毀損こわれないことは既に証明されている。


 立ち上がったとて身体は満身創痍。レベルに物謂わせた相手の戦い方に活路を見出せず、このまま戦ったところでまた返り討ちに遭うのは目に見えていた。

 そんな中、神器を顕現してから初めて見せた能力らしい変化に湊は一類の望みを賭けて真価を引き出そうとする。


(「結界干渉」でも、「万能効果」でも何だって良い。この場を切り抜ける力を俺に寄越せッ、)


 召喚と同時に完璧な形で能力を開花し、間もなくして変化も見られるようになった。

 これだけでも歴代の勇者とは隔絶した才を有するが、喩え能力が発現しても「特性」を知らないのでは意味がない。

 その事をアルシェから聞いていた湊は必死に己の能力と向き合っていた。



――「特性」とは、【特殊能力ユニークスキル】以上に与えられる権利のようなモノです。

 その発現率は全体の僅か1%にも満たないとされていますが、その効果は森羅万象を統べるどんな『通常能力ノーマル』よりも強力且つ強大。

「特性」には元から情報改変能力が内包されていて、それをスキルの持つ現象顕在能力で現実に“発生”させたのが【特殊能力ユニークスキル】です。

 情報を書き加えたり、抵抗する事が出来るから応用は効きますし、顕在能力しか持たない『通常能力』とは出力にも差が出ます。これが【特殊能力】以上が強いとされる最大の理由です。

 能力にも多種多様な系統の「特性」が秘められており同じものは二つと存在しません。私の【結界魔法】も、私だけが持つオリジナルの魔法なんです。

 なので能力を高める上ではその「特性」を理解する事が必要不可欠です。「特性」の名前自体はウィンドで見られますが、その効果までは記されておりません。

 ですから召喚したばかりの勇者様はレベルを上げつつ自分の能力を理解することから始めるのですが……残念ながら今はそれが出来そうにありません。

 しかしながら名前を知っておくだけでもヒントは得られます。戦う前に先ずはステータスを見ることをお勧めします――



 これが盗賊から逃げている最中にアルシェから聞いた説明だった。


 正直言って話の半分しか理解できなかった上に、教えてくれた本人も姉の請け売りだとかで詳しいことまでは分からなかった。

 おまけに勧められた能力の詳細も攻撃の対応に追われていたため名前しか見ておらず、お陰で未だに自分の「特性」が何かも分かっていない。


(応えろよ! 一度だけでいい、一撃成功するだけで良いから!)


 再びステータスを開こうにも目の前の男がそれを許すとも思えない。今は槍の方に興味を持っているが、少しでも妙な素振りを見せればまた身体に孔を開けられるだろう。はっきり言って隙がない。


だから問いかけた。


 自分の能力なら、例えよく分からなかろうが強く念じるだけで効果が表れるかもしれない。根拠も何もない希望的観測のような妄論を湊は嫌うが、今はそれに賭けるしかなかった。


(来いよ、俺の能力ならそれくらい出来るだろ…!)


「カナエ様…」


 隣で傷を癒してくれるアルシェも限界が近いようで、翳す手に力が無くなってきている。彼女の場合魔力切れだが、一度その状態に陥った湊としてもその辛さは十分に理解できた。


(くそッ…俺も意識が……血を流しすぎた、) 


 いよいよ時間が無くなってきた。重症の身としては立ってる事も一つの障害となり、手足が震え感覚も覚束ない。

 霞む意識の中、それでも頭の奥で叫んだ。


(何か……なにか無いのかっ、ヒントでも良い! 俺に教えろよっ、能力の使い方を!)



――くすくす。何をそないに慌てることがあるの。らしくないで? ヒントなら始めに言うとったやんか。


 始め? いつの事だ。


――ほら、能力貰う前に聞いた世界の声や。それとステータスの欄にも載っとったやんか。


………声。 そうか、それって――



「【傲慢の証】」



 湊は痛みで落としそうになった得物をギュッと強く握り、正面に構えた。


「そうだな…、こんなの俺らしくねえ。道具が人を選ぶのは…まぁ面白いし認めても良い。けどそれで判断を誤るような性能なら抑々要らないんだよ。たかが道具・・・・・の分際で俺を見定めるな、鬱陶しい」


 思えば簡単なことだ。能力を発現した際も、双刀から槍に変えた時にも力を貸してくれだなんて言ってない。

 実際に敵を屠り、勝負に勝ってきたのは自分である。それなのに何故道具に遜り、剰え助力を請わなければならないのか。最高の使い手も見抜けないような節穴なぞ使う価値すらないと言うのに。


 良いから力を寄越せ。伝説だか何だか知らないが、ここで応じないなら一生錆びたまま寝てろ。


「俺に従え、【天槍】」

「「っ!?」」


 湊がそう唱えた瞬間、硝子のようだった透明な神器に眩い光が走った…


 握った部分から瞬く間に穂先まで光が行き渡ると、目が眩むばかりだったそれも光量を絞っていって目視できるようになる。


「カナエ様と同じ色…」


 アルシェが呟いたのを薄っすらと聞いていて、確かにと納得してみせる。言われてみれば湊と同じ色合い。

 この世で最も高潔で自由な白銀の輝きが、月明かりに反射し石突から穂先まで透き通るように輝いていた。


「綺麗…」


 アルシェが眼を輝かせる横で、俺もその通りだと相槌を打とうとした。


「…っ、げほっ、げほっ!」

「…!? カナエ様!?」


 何秒かその槍に圧倒されていたが、自分が重症だったと思い出し口から思い切り血を吐いた。全身を走る激痛に襲われると、途端に視界がぼやけた。


(限界が…きたか)


 先刻は一種の興奮状態にあった故耐えられたが、能力に変化が見られた事で緊張の糸が緩んでしまったのだ。


「何だ……それは」


 男の心底驚いた感じの声が聞こえてきた。しかしその時には湊の意識は半分消えかかり、もうじき意味を成さなくなる。


(あぁ、くそ……)


「……」

「む?」


 黙って槍を向けると、男も漸く湊に意識を戻した。そしてそれを見た男は強く瞠目する。


「……カナエ様?」


 声を掛けた時にはもう湊の眼に光は入っていなかった。左腕をアルシェの腰に回し、立って男に槍を向けたまま――気絶していた。


(なんと見事な事か)


 男はそんな湊に強く魅せられた。歴戦の強者つわもの達が揃ってみせたあの姿を、あの佇まいを、この少年は既に会得しているのだ。


「カナエ様、カナエ様……?」


 アルシェがユサユサと身体を揺らし反応を待つが返答はない。驚きに目を見開き、そして全てを悟ると湊の胸に顔をうずめて一筋の涙を流した。


(終わったな)


 勇者は気絶、聖女姫の方は戦意喪失。

これで歯向かう者はいなくなった。二人の実力も間近で見ることができ、思った以上の収穫となった。


(これでまた目的に一歩近付いたな)


 そっとほくそ笑むと、少ししてから二人に近付いていった。アルシェは男に反応を示さず、ずっと俯いたまま哀しげに抱きつくだけだ。


(……おかしい)


 しかしその内に違和感を感じると、二人に向けていた歩みをピタリと止めた。


(何故奴の槍が消えない? どうして輝いたままずっとある…)


 森を照らすように反射する艶やかな白銀色の光は、湊が気を失ってからもその彩りを崩さないでいた。

 能力というのは普通、使用者が倒れれば自動的に引っ込むものだ。


 だがその答えを出す前に事態は動くこととなる。


「ぁ…く…――ッ!」

「きゃっ!?」

「! 馬鹿な、まだ意識が」


 なんと湊は意識を失ったままアルシェを抱え、男に突っ込んで来たのだ。これには流石の彼も面喰らい、驚きで思考を吐露する。

 更には初めての槍捌きを無意識下で披露したものだから、増して吃驚することになる。


「来い。最後の手合わせだ」


 だが男は素早く立ち直ると、身体から程よく力を抜いて剣を構えた。そして細心の警戒を払い湊を迎え撃とうとする。


「―――っ!」

「はっ!」


 二人の一撃が交差する。その際辺りに衝撃が撒き散らされ、そこからまた速さと伎倆の応酬が繰り広げられる――なんて事にはならなかった。


「っ、」

「なッ――!!?」


 槍と剣が交わった瞬間。上から振り下ろされた湊の一撃は、下から突き上げるように放たれた剣をまるでバターのように易々と斬り伏せたのだ。

 二つの武器がぶつかった瞬間に魔剣は一切の抵抗も出来ずにブレイドを真っ二つにされ、折れてしまった。


「くっ!」


 当然遮るものが無くなった逆放物線上には男の身体があって、動揺を晒した刹那後には魔剣を斬った白刃が目の前まで迫っていた。

 それを横に体を投げ出す感じで避けるが、剣を握っていた右腕だけは槍との位置が近くどうしようもない。魔剣と同じく何の抵抗も見せずに斬り落とされてしまった。


「ぐっ、この……っ、待て!」


 咄嗟に右腕を庇った男は思考を切り替え、湊の無力化に動こうとする。

 だが男の予想に反して湊は向かって来ず、男を斬った場所から一度も方向転換することなく茂みの中を突っ走って行った。


「ま、まずい。あの先は…!」


 湊の行く先、それはスヴェンを突き落としたあの崖だった。


「させるか――っ!」


 湊の意図を察した男が腕の痛みに耐え、斬られた魔剣を持って二人を追おうとする。しかし湊の表情に目を戻した途端、それまで行っていた全ての動きを忘れた。


――嗤っている。

 血を吹き出しながら、槍を握ったままで。アルシェを抱き抱えた湊は口を開き男を嘲笑った。


“ざまあみろ”


 言外にそう告げられた気がして、男はこの時初めて湊に“恐怖”というものを覚えた。彼よりも圧倒的に劣る筈の、一人の青年に。


 そして男の追跡を振り切った二人は――そのまま崖下へと身を投げ出した。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「何だったんだ、奴は」


 二人が落ちた様子を呆然と見つめた後は、暫くその場を動くことが出来なかった。

 腕の痛み然り、湊の行動に然り。

 ここ数年で経験してこなかった“未知”というものに男は気持ちを落ち着かせられずにいた。


「……ここにいても仕方あるまいか。戻るとしよう」


 非常に欲しい戦力であったが、逃したのでは仕方無い。それを嘆くでもなくあっさり割りきった男は落ちていた剣の刃先と自分の腕を拾い上げ、彼が言うところの“協力者”の元へと帰っていく。


「む……名字を聞き忘れたな。まぁカナエで良いだろう」


 ふとそんなことを思ったが、次の瞬間には自己解決した。


「待っていろ勇者カナエ、それにアルシェ姫。次こそは私が・・勝たせてもらう」


 よく見るとフードの中の双眸が怪しく燃えていたが、それは誰にも――男自身にも気付かれる事は無かった。


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