エアシューター

猫柳蝉丸

本編

「ただいま電話に出ることができません。ピーという発信音の後に、お名前とご用件をお話しください」

 僕だよ、咲耶ちゃん、彰人だよ。ちょっと聞きたい事があるんだ。

 あのね、咲耶ちゃん、僕のこと、どう思ってるの?

 好き? それとも、嫌い?

 いきなりで悪いとは思うんだけど、ずっと聞きたかったことなんだ。

 ねえ、だから教えてよ、咲耶ちゃん。僕のこと、本当はどう思ってるの?

 僕は……、僕の方はね、咲耶ちゃんのことが……。

 なんてね、と僕は頭の中での咲耶ちゃんとのやり取りを振り払う。

 今まで何度繰り返したんだろう、頭の中の咲耶ちゃんとこんな馬鹿みたいなやり取り。

 ううん、やり取りですらないよね……。

 僕が頭の中で咲耶ちゃんに一方的に話しかけてるだけなんだ。

 僕は頭の中ですら咲耶ちゃんの返事を妄想することができない。全然できない。

 分からないんだ、咲耶ちゃんのことが。

 小さな頃の僕と咲耶ちゃんは仲良しだった。朝から晩までずっと一緒にいて、咲耶ちゃんの後に付いて回るのが楽しかった。たまにいじめられたりからかわれたりすることもあったけれど、それでも僕は咲耶ちゃんと遊ぶのが大好きだった。このまま大人になっていくんだと思っていた。

 だけど、中学生になって、咲耶ちゃんには女の子の友達が増えて、僕も僕で色んな付き合いが増えて、二人で遊んでいられる時間はどんどん減っていった。今じゃ登校と下校の時間ですらあんまり喋らない。僕は頑張って話しかけてるのに、咲耶ちゃんは不機嫌そうに生返事してくれるだけなんだ。

 だから、僕はよくこうして咲耶ちゃんに頭の中で話しかけてる。

 ねえ、咲耶ちゃん、僕のことどう思ってるの? 嫌いになっちゃったの? って。

 咲耶ちゃんから返事が届いたことはない。当たり前だよね、テレパシーなんだから。テレパシー……、そう、僕から咲耶ちゃんへのテレパシーなんだ。中学に進学してからのこの一年間、僕は咲耶ちゃんにテレパシーを送り続けてるんだよね。

 ねえ、だから、教えてよ、咲耶ちゃん。咲耶ちゃんの本当の気持ち。

「何じろじろ見てんの」

 咲耶ちゃんが赤いアンダーリムの眼鏡の位置を調整して、不機嫌そうに頬を膨らませた。

 やっぱり僕のテレパシーは届いてないみたいだ。僕の視線は届いてたみたいだけど。

「あ、ううん、やっぱりお洒落な眼鏡だな、って思って」

 僕は適当に話を誤魔化す。思ってたことを口に出す勇気なんて僕にはない。

 聞けるもんか。咲耶ちゃんをこれ以上不機嫌になんてできない。そんな咲耶ちゃん、見てたくないよ。

「それなら彰人もこういう眼鏡にすればいいでしょ。あっ、でも私とお揃いになんかしないでよね。無駄に目立っちゃうじゃん」

 僕は軽く笑うことで応じてから心の中でため息をつく。

 咲耶ちゃんは気付いてないんだろうな。この前咲耶ちゃんが眼鏡をアンダーリムに変えるまでわざとお揃いの眼鏡を選んでたってこと。視力もそんなに悪くないのにお母さんにねだって眼鏡を買ってもらってたってこと。そして、さすがに赤いアンダーリムを男の僕がかけるわけにもいかないから、しかたなく前の眼鏡をそのままかけてるってことを。

 それも伝えられるわけがない。

 そんなこと伝えたって、咲耶ちゃんがまた嫌そうな顔をするだけだろうから。

 だから、僕は咲耶ちゃんに何も伝えられないし何もできないんだ。

 こうしてまたテレパシーを送ること以外。



     ☆



 小さな頃は本当にテレパシーがあった気がする。

 僕が嬉しいと咲耶ちゃんも笑ってくれたし、頭の中で大好きって伝えると咲耶ちゃんは僕の頭をぎゅっと抱きしめてくれた。心が繋がってたんだ、あの頃は。

 僕がテレパシーを信じてた理由はもう一つある。小学三年生の頃の帰り道、突然のにわか雨に降られて近所の公園の遊具の中に避難していた時のことだ。周りに誰もいなくて寒くて冷たくて心細くなっていた時、二人分の傘を持った咲耶ちゃんが僕を迎えに来てくれたんだ。誰にも言ってないし見られてもいないはずなのに、咲耶ちゃんは僕を迎えに来てくれたんだよね。それは奇蹟と繋がり、テレパシーを信じるには小学三年生の僕にとって十分過ぎる出来事だった。

 二人の関係は特別なんだって信じられたんだ。

 今思うと長い付き合いだから何となく分かったってだけなんだろうけど……。

 それでも、信じたかった。今だってそうだといいなって信じようとしてる。

 だから、テレパシーが咲耶ちゃんに届かない理由は、今は留守番電話だからって未練がましくこじつけようとしてる。咲耶ちゃんのテレパシーはちょっと休んでるだけ。届かなくなったんじゃない。テレパシー能力がちょっと出かけてて留守番サービスが僕の要件を記録してるだけ。テレパシー能力がいつか戻って来て僕の要件に全部答えてくれるはずだって、馬鹿みたいにこじつけてる。

 こじつけてるのは分かってる。

 だけど、直接口に出せない僕はテレパシーを送り続けるしかない。

「ただいま電話に出ることができません。ピーという発信音の後に、お名前とご用件をお話しください」

 なんてテレパシーの後に留守番サービスの音声を連想する習慣まで付けながら。



     ☆



 今日の帰り道、咲耶ちゃんはずっと不機嫌そうだった。

 ううん、今日だけじゃない。最近の咲耶ちゃんはずっと何かが嫌そうな顔をしてる。

 僕のことが嫌になったのかもしれない。今までずっと登下校を一緒にして来て、それが中学生になって急に嫌になっちゃったのかもしれない。小学生の時、何度かそれを同級生にからかわれた時も咲耶ちゃんは不機嫌な顔をしていた。やっぱり僕とは一緒に帰りたくなくなったのかもしれない。

 いや、ひょっとしたら嫌われたわけじゃないのかもしれない。嫌われてないのなら嬉しいんだけど、実を言うとその方が辛かったりもする。僕が嫌われただけなら咲耶ちゃんに謝ろう。何度だって頭を下げたい。悪いところだって直すつもりはある。でも、僕が嫌われてるんじゃないとしたら、僕にできることは何もなくなってしまう。

 そう思うのは、咲耶ちゃんと最近仲の良い森山君のことを思い出しちゃうからだ。

 咲耶ちゃんは最近森山君と仲が良い。二人とも読書家だから話が合うみたいなんだ。眼鏡こそかけているけれど、僕は本なんてほとんど読んでない。二人が楽しそうに話している中に入っていくことなんてできない。

 森山君は男の僕から見ても格好良い男子だと思う。背は高いし委員長だし眼鏡もかけてて真面目そうだし声だって低くて渋くて男らしい。背が低くて声だけ高い僕とは正反対。ついでに言うと咲耶ちゃんが見せる顔も正反対。僕の前ではいつも不機嫌そうな咲耶ちゃんだけど森山君の前では可愛らしい笑顔を見せるし、声だっていつもよりちょっと高い。僕には絶対に見せてくれない顔を森山君に見せてて、僕がその顔を覗き込もうとするとあからさまに不機嫌な表情を僕に向けるんだ。

 やっぱりそうなのかな……。

 森山君のことが好きだから僕のことが邪魔になったのかな……。

 辛いなあ、って思う。これからどうしたらいいんだろうと不安にもなる。

 咲耶ちゃんに森山君以上に好かれる自信は僕にはない。僕はいつも咲耶ちゃんに引っ張られてばかりだった。何か人に誇れる特技があるわけでもない。顔だって勉強だって十人並みなんだ。ううん、僕の能力が低いのなんて全部言い訳だ。不安なのは咲耶ちゃんに笑顔を向けてもらえないからだ。最近不機嫌な顔しか見てないからなんだ。咲耶ちゃんを笑顔にしてあげられない自分に価値なんてないって思っちゃうんだ。

 やっぱり離れるべきなんだろうなって思う。

 寂しいけれど、辛いけれど、その方が二人にとってきっといいんだ。咲耶ちゃんだって届かないテレパシーを送ってばかりの僕なんかより、格好良くて趣味も合う森山君と仲良くなれた方が嬉しいはずだよね。だから、登下校もこれから別々にするべきなんだ。

 本当に辛い。辛いけれど、それより先に確かめておかなきゃいけない事もあった。

 だから、僕は自分の部屋から出て目的の場所に向かう。

 咲耶ちゃんが綺麗好きなのは分かってる。下校したらすぐシャワーを浴びるのも。

 それから、洗濯籠に下着を放りっぱなしにしてるのも。

 心臓の音が周りに聞こえそうなくらい大きくなるのを感じる。

 僕はきっといけないことをしようとしてるんだろう。そんなことは分かり切ってる。

 それでも、こうでもしなきゃ僕は前に進めそうになかった。



     ☆



「やっちゃった……」

 こんなに上手くいくなんて思ってなかった。順調過ぎて不安になっちゃうくらい。

 念を入れて自室の扉の部屋の鍵をかけてから、僕はベッドに腰を下ろした。

 それから震える手でポケットの中に隠していた物を取り出す。

 小さくて可愛らしいデザインの布……、さっきまで咲耶ちゃんがはいてたパンツだった。

 咲耶ちゃんのシャワーは長い。それに加えて、シャワーから上がった後にわざわざ洗濯籠の中を改めたりはしないだろうから多分気付かれないはずだ。確かめることを確かめてから洗濯籠の中に戻せば大丈夫。大丈夫……だと思う。

 色々不安はあるけれど、まずは目的を果たしておかなくちゃいけなかった。

 自分の全身が震えているのを感じながら、僕は咲耶ちゃんのパンツを自分の鼻先まで運んだ。いや、変な意味じゃない。嫌らしい動機からの行動でもない。確かめたかったんだ。それを確かめたくて僕はこんな変態みたいなことをやっちゃってるんだ。

 確かめたかったのは、僕が咲耶ちゃんのことを本当はどう思ってるかってことなんだ。咲耶ちゃんのことは好きだ。できることなら一緒の登下校は続けたいし、森山君に向けているような笑顔を僕にも向けてもらいたい。ずっとずっとそばにいたい。昔みたいに仲良く笑っていたい。それが僕の本音なのは間違いない。

 だけど、その気持ちがどこから生まれているものなのかは僕自身にも分からなかった。僕は単に昔からずっと一緒だったからその延長で咲耶ちゃんのことが好きなだけなのか、それとも咲耶ちゃんを女の子として意識してしまっているのか。どっちなのかずっと確かめたかったんだ。

 僕は咲耶ちゃんを妄想してエッチなことをしてしまったことがない。咲耶ちゃんの裸を想像して悶々としたことだってない。だからってそれが咲耶ちゃんを異性として意識してない理由にはならない。悶々としなくたって異性として好きになることだって多いってどこかで聞いたこともある。

 それでこの方法で確かめてみようと思ったんだ。異性の相性は体臭で決まるらしい。特にその体臭が濃いなら濃いほどいい。どんなに臭くても好きな相手の体臭なら不快に感じない。そんな話をどこかで聞いたんだ。本当なのか嘘なのか分からない。それでも僕に頼れるのは、そんな都市伝説みたいな方法しかなかった。

 おしっこの臭いがする。

 最初に感じたのはそれだった。パンツなんだ。当然だった。

 それから次に感じたのは咲耶ちゃんのきつい体臭だった。昔、二人で汗だくになって駆け回った時に嗅いだ記憶がある懐かしい咲耶ちゃんの体臭。咲耶ちゃんは綺麗好きでシャンプーとボディソープの香りを漂わせているから、最近はこの体臭を全然嗅いでなかった気がする。

 決していい香りというわけじゃなかった。学校が終わった後のパンツなんだ。いい香りが漂っているはずもなかった。それでもどうしてなんだろう。僕はそんな咲耶ちゃんの体臭が全然嫌じゃなかった。いや、違う……。逆に好きなくらいだ。夢中になってしまいそうだ。鼻先だけじゃなく口元に当てて更に強く咲耶ちゃんのパンツの臭いを吸い込む。

 どうしよう。興奮でどうにかなっちゃいそうだ。僕って変態だったのかな……。

 痛さを感じてやっと気付いた。僕の大事なところが大きくなってしまっている事に。咲耶ちゃんで勃起してしまうのは初めての経験だった。この前咲耶ちゃんの夢で夢精してしまった時のことは別とするとしても。

 やっぱりそうなのかな。僕は咲耶ちゃんのことが好きなのかな。それで僕の近くから咲耶ちゃんが離れていくのが辛いのかな。どうしよう。どうしよう。好きだって分かっても辛いだけだ。咲耶ちゃんは僕に笑顔を向けてくれない。こんなことならパンツなんて盗むんじゃなかった。パンツから不快な臭いが漂っている方が良かった。こんな気持ちに気付いちゃって今からどうやって咲耶ちゃんと顔を合わせればいいんだ……。ああ、それにしてもズボンと勃起が擦れて何だか辛くなってきた。いっそ一回射精してしまえば気持ちを落ち着けたりもできるのかな。僕の右手がブリーフの中に進んでいく。

 良かった。今だけは咲耶ちゃんにテレパシーが届かなくなってて良かった。

 こんな気持ち咲耶ちゃんに届いてたらとんでもないことになるところだっ……

「お邪魔するわよ」

 聞き覚えのある声と一緒に僕の部屋の扉が開け放たれた。

 不機嫌な表情のままで僕の部屋に入ってきたのは咲耶ちゃんだった。

 シャワーから上がり立てのいい匂いが僕の鼻をくすぐる。

 って、そんな事はどうでもよかった。僕はパンツを隠すのも忘れて叫ぶしかない。

「かっ、鍵……っ、鍵はっ?」

 鍵はかけていたはずだった。念入りに確認したんだ。間違いない。

 咲耶ちゃんは平然とした表情で僕のベッドに座って応じた。

「あんな安物、ちょっといじれば開くの分かってるでしょ?」

 確かにそうだ。前に咲耶ちゃんと喧嘩して閉め出された時も鍵穴を十円玉で軽くいじって開いたことがある。それくらいに安っぽい鍵なんだ、僕の部屋の鍵は。だからって鍵がかかってたら入らないくらいの常識は咲耶ちゃんにもあるはずだった。つまりその常識を無視してでも咲耶ちゃんは僕の部屋に入りたかったってわけなんだ。

「何をしてたのよ?」

 頬を膨らませた咲耶ちゃんが僕を睨み付ける。

「いや……、あの……、これは……」

「私のパンツを持って何してたのって聞いてるんだけど?」

 僕は何も言えない。ただでさえ自分の気持ちを口に出せない僕が何を言えるはずもない。

 一分以上何も言えない僕に痺れを切らしたのか、咲耶ちゃんが肩をすくめて続けた。

「気付かれてないと思ったの? そんなわけないじゃん。シャワーを浴びてたって近くで何かしてたら気付くわよ。古い家だもん。彰人の足音くらい気付けるに決まってるじゃないの。気付かれない方がおかしいって思わなかった?」

 咲耶ちゃんの言う通りだった。気付かれないはずなかった。それでも僕は自分が咲耶ちゃんにどんな気持ちを抱いているか確かめたかったんだ。いや、それとも違うのかな? 僕はひょっとして咲耶ちゃんに気付かれたかったのか? 言葉に出せないから行動で気付いてもらいたかったのか?

「ねえ、彰人」

「な、何……?」

「中学生なんだもん。彰人が私のパンツで何をしようとしてたかってことくらい分かってるわよ。だから、それはこれ以上聞かないであげる。でもね、その代わり別のことを聞かせてよ。ねえ、彰人、ひょっとして彰人は私のことが好きなの? それとも単に近くにいた女の子にムラムラしちゃっただけ?」

 答えられなかった。自分でもはっきり分かってないんだ。答えられるはずなかった。

 異性としてどうなのかはともかく、咲耶ちゃんのことは好きだ。好きだけれど、森山君のことを思うと言い出せなかった。どんな形でも僕に好かれても咲耶ちゃんには迷惑だろうって分かってたから。

 咲耶ちゃんは大きなため息をついた。それから僕の頭を強く平手で叩いた。

「もしも私のことが好きだとしたら彰人は相当な物好きよ。私なんてこんなにちんちくりんだし、性格だって可愛くないし、眼鏡だし、彰人が私を好きだって理由が分からない。もしも本当に私のことが好きだとしたらの話だけどね」

「さ、咲耶ちゃんは可愛いよ!」

 思わず叫んでしまっていた。

 咲耶ちゃんが自分を卑下するような言葉は聞きたくなかった。

 それくらいには咲耶ちゃんのことが好きだったんだって今更ながら実感できた。

 咲耶ちゃんは複雑な表情で眼鏡の蔓の位置を調整して言った。

「彰人、それナルシスト発言だって分かってる?」

「ど、どうしてナルシストなんだよっ?」

「そんなに似てるって言われる方の双子でもないけど、私と彰人の顔ってほとんど同じじゃないの。ほとんど同じ顔の弟に可愛いって言われても、単なるナルシストとしか思えないでしょ」

「か、顔だけじゃないよ! 咲耶ちゃんはそれ以外も可愛いんだって僕が一番分かってるよ! 眼鏡をかけ直す仕種だって、本を読んでる時の姿勢だって、意外に感動屋なところだって、たまに森山君の前で見せる表情だって咲耶ちゃんはすごく可愛いんだよ!」

「森山君の前で見せる表情……?」

 しまった、と思った。森山君のことまで話すつもりじゃなかったのに。

 それでも言っちゃった以上、隠してた気持ちを全部ぶつけるしかなかった。

「そうだよ! 咲耶ちゃんって森山君の前でいっつも可愛い笑顔を見せてるじゃないか! 僕には絶対見せない顔を見せてるじゃないか! そんなに森山君と一緒にいるのが楽しいのっ? 森山君のことが好きなのっ?」

 僕のぶつけた言葉に、咲耶ちゃんは戸惑った表情を浮かべていた。

 やっぱり言うべきじゃなかったんだろうか。届かなくなったテレパシーだけで満足しておくべきだったんだろうか。それでも僕は咲耶ちゃんの本当の気持ちが知りたかったんだ。それで今まで無駄と分かっててテレパシーを送り続けてたんだ。

 咲耶ちゃんはもう一度ため息をついて、その手を振り上げた。

 また叩かれるかと思ったけど違った。咲耶ちゃんは優しく僕の頭を撫でてくれた。

「彰人ってばそんなことを考えてたの? 確かに森山君とは話してて楽しいわよ。読書の趣味も合うし、森山君って物知りだから勉強になるしね。いつもより笑顔も多くなってたかもしれない。でもね、彰人、私ってそんな不機嫌キャラでもないんだけど?」

「えっ……?」

「考えてもみなさいよ。私、別に友達が少ない方じゃないでしょ? 無表情キャラってわけでもないしね。楽しいことや嬉しいことがあったら普通に笑うくらいには普通の女の子なの。森山君の前では笑う頻度が高かったってだけよ。分かりなさいよ、それくらい。産まれてから今までずっと一緒にいる双子なんだから」

「で、でも、最近の咲耶ちゃんは僕の前ではいつも不機嫌そうで……」

「私が森山君の前でしか笑顔を見せないって言うんなら、どうして不機嫌な顔を彰人の前でしか見せてないとは思わないの?」

「えっ? えっ?」

「笑顔だけが好きな人の前で見せたい顔ってわけじゃないってこと」

「ど、どういうこと……?」

 咲耶ちゃんが何を言っているのか分からなかった。

 僕の頭はただ混乱して考えがまとまらない。

 そんな僕の姿を見て咲耶ちゃんも呆れたのかもしれない。

 僕の頬に唇を寄せてまた不機嫌そうに、

「こういうこと」

 そう言って軽くキスをしてくれた。



     ☆



 そうして今日も僕は咲耶ちゃんと下校している。

 今も不機嫌そうな表情だけれど、僕と下校するのが嫌ってわけでもないらしい。

 それが分かっただけでも、昨日咲耶ちゃんと話せてよかったと思う。

 結局、僕が咲耶ちゃんのことをどう思っているのかは分からないままだ。咲耶ちゃんが僕のことをどう思っているのかも。双子としてこの世界に産まれた僕達の関係はこれからどう変わっていくんだろう。それは分からない。分からないけれど、できる限りはずっと一緒に歩いていきたいと思う。僕が咲耶ちゃんと離れたいと思うまで。咲耶ちゃんが僕と離れたいと思うまで。少なくとも僕の方から咲耶ちゃんと離れたいと思うことなんてしばらくはないと思うけれど。

 それでも、もう少し自分の口から気持ちを伝えようとも思う。届かないテレパシーに頼っていても仕方ない。どんなに怖くても、どんなに恥ずかしくても、自分の気持ちは自分の言葉で伝えなくちゃいけないんだ。双子ってことに甘えてちゃ駄目なんだ。

「そうよ、彰人」

 僕の前を不機嫌そうに歩いている咲耶ちゃんが急に言った。

 振り返った咲耶ちゃんの頬が赤く染まっているように見えたのは、夕焼けのせいだけだったんだろうか。

「伝えたいことがあるんならちゃんと言葉で伝えてよ。小さな頃は特別な関係みたいで嬉しかったけど、やっぱりそれじゃ駄目だって思うの。分かる? 以心伝心なんて女の子にとっては嬉しくないものなの。いつだって言葉にして伝えてほしいのよ。どんな言葉でもね。彰人がそれを分かってなかったから、私だって不機嫌になるってものでしょ?」

 僕は自分の頭が真っ白になるのを感じた。

 えっ? えっ?

 ひょっとして咲耶ちゃん……、ずっとテレパシー届いてたの……?

 それでタイミングよく僕の部屋にも姿を見せられたの……?

 僕の多分最後のテレパシーに、咲耶ちゃんは不機嫌そうに微笑んでから返してくれた。

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」

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