第148話 別れ


 それは、まるで伝説の英雄譚に描かれているかの様な戦いであった。

 その一振りが空を裂き、次の一振りが大地を割る。

 天の鳴動、大地の激震。

 戦いによる剣戟の一刀一刀は遥か彼方の都まで両雄の顕在を確かなものにした。

 一人はまるで天を突くような大男。

 そして一人は体格差で劣るものの、それを物ともしない悪鬼羅刹の様な男。

 二人の戦いはいつ果てるとも知れず続いていた。


 それを少し離れた場所から見詰める少女。

 彼女は勇者と呼ばれる神の祝福を受けた者であり、戦いに興じている一人を愛しておりその戦いの行方を見守っている。

 だが、同時に二人の戦いをとても羨ましいと思い唇を噛み締めた。


 彼女はかつて大好きだった父を魔物の襲撃で失う。

 その父であると共に自らの剣の師匠であり、その面影を戦っている愛する者に重ねている……いや、重ねていた。

 最初は亡き父の代わりとしか考えていなかったが、やがてその想いは愛と名を変えるのに然程の時間は要さなかった。


 今目の前で戦いを繰り広げている愛する者とその相手。

 世界の終焉の伝説を想起させる戦いだと言うのに、羨ましいと思う理由はその二人の関係に起因していた。

 もう彼女では望めない戦い。

 そう二人は父と息子。

 そして、この戦いは死闘ではなく長らく生き別れていた親子の再会を祝す宴であったのだ。


「先生……とっても羨ましいのだ……」




        ◇◆◇




「父さん! やるじゃねぇか!!」


 抱き締めたのを振り解けなかった時からそうじゃねぇかと思っていたが、俺の父さんマジで強ぇ!

 第二覚醒を果たした俺と互角。

 体格差を考えると若干俺の方が強いと言えるかもだが、そんな物誤差程度だろう。

 気を抜いたら一瞬で倒される。

 そんな危険信号が父さんの攻撃一つ一つに警報として脳裏を駆け巡ってるぜ。


 今俺達が戦っている理由は簡単だ。

 まだ少し父さんを本当の父さんだと素直に認めるのが照れ臭かった俺は、『本物と認めて欲しかったら俺と勝負しろ』って言ったら、やる気出しまくって『よーし、父さんがんばっちゃうぞー』とか言い出して襲い掛かって来たんだ。

 そしたら強ぇのなんのって……。

 模擬戦だからお互い木刀なんだが、俺は一般的なソレに対して父さんが使う木刀は自身が毎朝素振りに使っている丸太みてぇなブツな所為で、まともに受けたら木刀毎俺まで叩き潰されちまうから、ヒヤヒヤもんだぜ。

 多分俺は自分の力に酔ってたんだろうな。

 父さんがそんなドデカイブツを持ち出して来たってのに俺は二つ返事で了承しちまったんだからよ。


「強くなったなぁ~! 正太ぁぁ!! 父さんは嬉しいぞ!!」


 うわっ!! なんか父さんが二十八年振りの息子との模擬戦に感極まったのか、目や口や鼻から色々な体液を吹き出した。

 その癖、繰り出す攻撃には一切の隙が無ぇってのはどう言う事だ?

 まだ力を全て出し切っていないって事か……それは俺も同じだが色々とおかしいだろ。


 チッ! ロキの野郎め! もしかして父さんの強さ設定間違えたな。

 俺の記憶の中の『今の自分では手が届かない程強い父』ってのを今の俺の強さで換算してるんじゃねぇのか?

 強い父さんであって欲しいと言う気持ちは有ったが、俺ももう四十前なんだからそろそろその強い父さんってのを越えてても良いだろっての。


「なぁ、父さん。その強さ昔に比べてどうなんだ? 『むっちゃ強くなった!』とか言う自覚無いか?」


「ん? いや、まだまだ鈍ってるなぁとしか思わないぞ。俺がこの世に居なかった二十八年間、ずっと放置……」


「ん? 今なんて?」


「っ! 隙有り! でやぁぁぁぁ!!」


 父さんが何か気になる言葉を言い出した事に気を取られた瞬間、気合と共に俺の死角から父さんの蹴りが飛んで来た。

 正直父さんが『隙有り!』って言わなかったらそこで試合は終わってたと思う。


「うわっ! そのフェイントは卑怯だろ! 息子相手に汚いぞ!」


「はっはっはっ! 正太は強くはなったが、実戦に関してはまだまだ父さんには及ばないな!」


「ちぇっ。俺だってそれなりの修羅場は潜ってんだぜ。今まで手加減して魔法は使わなかったが止めだ止め! これからは全力だ!」


 俺は連続で剣を振りながら、少しタイミングをずらす形で無詠唱の火球を次々と叩き込む。

 しかし父さんは、俺の剣を片手に持ち替えた丸太で受け止めながら、ランダムに飛んでくる火球を空いた手で叩き落している。

 なんだこの出鱈目な生き物?

 本気出してなかったのは父さんも一緒だったとでも言いたいのか?

 なんだか『今凄く充実してる!』って笑顔を浮かべててむっちゃキモいんだけど。

 ロキの野郎! マジで設定間違ってるだろ。


「フフフフ。甘いな正太!! テルスとの喧嘩じゃ今の数百倍の火球が襲ってくるんだぞ。この程度じゃ攻撃の内に入らないさ」


「え? 父さん達って喧嘩するのか? いつも仲良かったじゃないか」


 俺の造られた記憶の中では二人が喧嘩したなんて記憶が無いんだが……?

 これも現実との差って奴なのか?

 と言うか、父さんの記憶の中の母さんの強さってどうなってんだ?

 魔法力で言えば今の俺より凄いんじゃねぇか?


「子はかすがいって言う奴だろうな……。正太が生まれた以降は喧嘩なんかしなかったさ」


 父さんはそう言って過去の日を思い出す様に目を細めて遠くを見た。

 そんな最中でもきっちり俺からの攻撃を防ぎやがる。

 本当隙が無ぇのな。

 さすがは『剣王』って事なのか?

 それに母さんの魔法力も『賢王』の名に恥じねぇようだしよ。


「んじゃ生まれる前は? ハッ! 食らえ!!」


「フン! なんの! よく意見が衝突しては人里離れた魔境の奥に行って決闘したものさ。南のタイカ国に在る龍のアギトって地名を知ってるか?」


 『龍のアギト』? あぁ知ってる。

 行った事はねぇが、逃亡先の選択肢の一つだった場所だ。

 なんでもタイカの王都より更に南。

 この大陸の最南端にあると言う大峡谷の名前だ。

 古より人が立ちよらぬ場所とされてるんで丁度いい隠れ家になるかと思ってたんだよな。

 結局東へのルートを選んだんでその計画はポシャったけどな。


「そこがどうしたんだ?」


「あれ、父さんと母さんが喧嘩した跡だ」


「はぁっ? いやちょっと待て古より人が立ちよらぬ大峡谷って話だぞ?」


「それは少し間違いだ。人が立ちよらぬは本当だが、元はただの草木も生えぬ荒野だったぞ。喧嘩する時はいつもあそこに行ってやりやってたもんで、少しばかり地形が変ってしまったんだ」


「少しばかり地形が変ったって……そんな簡単に……」


 そう言う設定なんだろうが、元々父さん達に与えられていた設定ってのがそのレベルのものだったって事なのか?

 俺の記憶からのトリミングかと思ったら最初からそう言う存在だったっだって?

 おいおい……しかしなるほど、その強さなら『三大脅威を倒す者』と呼ばれていたってのも納得だ。


 いや、やっぱり納得出来ねぇ。

 父さんと、そしていつかは母さんも復活するだろう。

 そしたら俺と両親二人ならマジで魔族退治余裕じゃね?

 戦力過多過ぎるだろ。

 何考えてんだよ、ロキの奴。


「なぁ、父さん。俺さ今魔族ってのと戦ってんだ。父さんが生き返ったのだって恐らく魔族を倒した事への神からのご褒美って奴だろうと思う。だからさ、俺と一緒に……」


「魔族か……。すまん、それは出来ないんだ」


「はっ? 出来ないってどう言う事だ?」


「俺とテレス、二人の子供がやがて魔族と戦う運命にある。俺達はその事実を知っていた。……知っていたんだよ」


「なんだって!!」


 俺が魔族と戦う運命と知っていただって?

 俺ってそんな設定で生まれて来た事になってたのか。

 そんなの初耳なんだけど……いや、そう言えば母さんが仲間と共に世界を回る運命とか言ってた覚えが有る。

 その時の母さんは凄く悲しそうな、そして怒り震える目を天に向けていた。

 あれは屋根修理に失敗したラクチェさんへの怒りじゃなく、俺に過酷な運命を与えた神への怒りだったってのか?

 しかし、だとしたらそう言う設定の登場人物が神への怒りなんて思うものなのだろうか?

 なんだか色々とモヤモヤするぜ。


「かつて神は俺達の前に現れてこう言った。『あなた達の息子は魔族を打ち滅ぼす存在となるでしょう。だから強く育てなさい』と。そして俺達は神にこう言ったんだ。『息子だけにそんな過酷な運命を負わせる訳にはいかない。俺達も一緒に戦わせてくれ』とな」


「そ、それで? 神の奴はなんてったんだ?」


「神はその願いを却下して来た。『あなた達が他の人より強大な力を振るえるのは、その身に魔族の因子を宿しているからです。もし魔族に近付けばその因子が魔族に力を与える事になるでしょう』と。だから全てをお前に託すしかなかった。俺達の存在がお前を苦しめる事になるのだからな。……まぁお前が魔族と戦う前に俺達はニーズヘッグに殺されてしまったんだがな」


 父さんはそう言って困ったような笑顔を浮かべた。

 俺はその言葉に神の用意周到さに関心するやら呆れるやら、そんな思いで感情を上手く制御出来ないでいた。


 父さん達の強さの秘密が魔族に力を与える。

 だから一緒には戦えない。


 なんて分かりやすいレギュレーション設定なんだっ!!

 俺が安易に楽出来ねぇように凝りやがって。


 ロキの野郎め!! ……う~んと、え~ちょっと待てよ。

 この設定はロキが他の奴らを食う前から決まってた可能性も有るな。

 村の皆の復活が特典だってのはロキの口振りからすると元から決まってたみてぇだし、少なくとも神の当初の計画通り二十年前に女媧を倒せてれば、その際に父さんが復活していたって訳だろ?

 と言う事は、これは最初からそう言う設定だったって線が濃厚か。

 くそっ! ガイアの野郎! 許さねぇからな!

 絶対ロキの胎ん中からほくそ笑んでる事だろうぜ。

 そのまま消化されやがれってんだ!


「気にすんな父さん。父さんと再会してから若干そんな気はしてたんだ。俺だけでも既に二体倒したってのに、父さんと一緒ならさすがに楽勝過ぎるだろって。なんせ今より弱い頃に自称魔族最強って奴も倒したしな」


 まぁ一緒に戦えないのは残念だが、この粋な神からのご褒美は大歓迎だしよ。

 仕方無いと諦めるしかねぇよな。


「なんだってっ? もしかしてそれはクァチル・ウタウスか?」


 俺が神のレギュレーション設定に納得しかけていると、父さんが慌てた様子でミイラ野郎の名を呼んだ。


「え? そ、そうだけど、父さん奴の事を知ってるの?」


「い、いやまぁ……あの……その……あれだ。魔族最強と言う肩書きを持つ魔族の伝承を聞いた事が有るんだ。そいつがそんな名前だったからな……隙有りだぞ!!」


「ぐわっと!! 危ねぇ!! 父さんさっきから変なフェイント入れるの止めろっての!」


 なんかクァチル・ウタウスの事を知ってるかと聞いた途端、きょどりだした父さんは何かを誤魔化す様に俺へ鋭い一撃を浴びせる。

 何とか交わす事に成功した俺だが、そんな心理戦は止めてくれ。

 まぁ戦いながら喋ってるのも修行にならねぇか。

 んじゃまそろそろこの戦いも終わりにするとするかね。

 これ以上戦ったら俺の故郷が龍のアギトみてぇになっちまうしな!

 俺は隠蔽魔法で隠しながら準備していた魔法を一気に開放する。

 


「父さん行くぞ!! これで終わりだ!! ハァァァ! 光の精霊よ!!」


「その順番…イア…ろ。……キ、何を考え……。え? え? ちょっと待て! 正太! それは勇者の!」


「あぁ! 食らえ!! 雷光疾風斬!!」


 何やらブツブツと考え事をしていた父さんの隙を突いて特大の雷光疾風斬を放つ。

 さすがの父さんもこれには驚いたようで、慌てながら腕をクロスして防御姿勢を取った。

 そんなもんじゃ防げねぇと思うんだが、多分大丈夫なんだろうな。

 なんかそんな感じがする。

 案の定、その身で勇者の技を受けたにも拘わらず、吹っ飛ぶ事も消え去る事も無くただその威力に押され後退る程度で済んでいるのには頭が下がるぜ。

 どんだけ頑丈に設定されてんだよ。


 まぁ、ある意味この強さは俺が望む父さんそのものなんだがな。




        ◇◆◇



「ほら、正太。また焼けたぞ。コウメちゃんも沢山食べなさい」


「わーーい。とっても美味しいのだーー!!」


 考え事をしていた父さんの隙を突くって言う、少々姑息な手段だったとは言え俺の勝利に終わった模擬戦。

 現在俺達は父さんが焼いてくれたイノシシの肉をご馳走して貰っているところだ。

 最初父さんが俺の後ろに立った際に血の匂いがしていた原因がこれ。

 俺が来る事を見越して早朝から山に狩りに行っていたんだと。

 その帰りに小屋の前で立っている俺を見付けたって事らしい。

 血の匂いがした時は正直ビビったぜ。

 俺に気配を感じさせずに立つなんて芸当をするんだしよ。


「ありがとう。父さん。しっかりと頂くぜ。あ……あと済まねぇな」


 俺は肉を受け取りながら父さんに謝った。

 何でかって?

 あーーそれはな……。


「気にするな正太。最後の技は凄かったぞ。何代か前の風の勇者と戦った時に同名の技を受けた事が有るが、まさか光線が発射されるとは思わなかった。だから気にするな……小屋の事はな……」


「う……射軸線上にあるとは思わなかったんだよ」


 俺は俺の放った雷光疾風斬によって跡形も無く吹き飛んだ小屋跡に目を向けた。

 勿論模擬戦をするにあたって、巻き添えにするといけないってんで、山の裏側にある平地まで移動したんだが、ほら……俺の雷光疾風斬って森を裂いて火山を穿つ威力が有るだろ?

 たまたま射軸線上に小屋が在ったみてぇなんだよ。

 コウメの位置しか気にしてなかったんだよな。


「なぁ、父さん。これからどうするんだ?」


「……そうだな。ここに残っていたのはいつかお前がここに戻ってくるだろうと思っていたからだ。これからか……。家も無くなったしなぁ……」


 父さんが天を仰ぎ見た。

 恐らく俺と旅をしたいと言いたいんだろう。

 しかし、それは出来ないと言う設定になっている。

 その所為で口に出せないんだろうな。

 とても悔しそうな顔をしてるしよ。


「あのさ? 父さん。なら頼みたい事が有るんだ」


「ん? なんだ? お前の頼みなら何でも聞くぞ」


 俺の頼み事。

 最初は『俺が住んでるシュトルンベルクに来ないか?』と言うつもりだったが、それじゃあ困る事が有るんだ。

 だってよ……。


「あのさ、最近父さんが守ってる麓の町があるだろ? あの町をこれからも守って欲しいんだ。あそこに住んでる人達は俺の恩人達ばかりだからよ」


 そう、ただでさえ魔物達が自由に闊歩する様になっちまったんだ。

 ……俺の所為でな。

 父さんはこの世界に復活した後、俺の代わりに恩人達を守ってくれていた。

 だから俺の魔族討伐の旅が終わり、世界に平和が訪れるまでどうかあの町の守護者で在り続けて欲しい。


「薬屋のおばちゃんも、町長も皆父さんが町に住んで欲しがってるし、多分家も用意してくれると思うし」


「ふむ……彼らはテレスの知り合いだし、俺にとっても世話になった人達だしな。それも良いかもしれない」


「ありがとう父さん! 必ずまた会いに来るよ。それに全てが終わったら、この故郷で一緒に住もう。村の皆と一緒にね」


「あぁ! 楽しみにしているぞ。正太」


 父さんは笑顔で大きく頷いた。

 これで安心だ。

 父さんと離れ離れになるのは寂しいけど、でも今度は違う。

 記憶の中の別れとじゃなく、これからもこの世界に父さんは存在するんだ。

 そして、いつかは母さんも……それだけじゃない、村の皆さえ。

 造られた記憶の中だけじゃない、俺の故郷が帰って来るんだ!



 ……まぁ、俺だけキッチリ年取ってるのは納得いかねぇけどな。

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