第146話 父

「父さん!! カイルス父さん!!」


 この世界の両親は造られた妄想だって事も忘れて懐かしい匂いと温もりに身を委ねた。

 父さんは何も言わず俺の事を包むように力強く抱き締めてくれている。

 俺は父さん達と死に別れたあの日から今まであったつらかった事、悲しかった事、淋しかった事、そんな色々……そう誰にも打ち明ける事が出来ない溜め込んで来た全てを魂の慟哭として、ただじっと全てを受け止めてくれる父さんにぶつけたんだ。


「……けどね、最近は楽しい事が増えて来たんだ。信頼出来る仲間もいっぱい増えたしね」


 俺は過去の告白をそう締める事にした。

 つらい事ばかりじゃない、今は楽しいと言う事も伝えたかったからだ。

 勿論俺が吐露した過去の話には神の事や俺の力の事は言っていない。

 何故なら俺の頭は造られた記憶の『僕』の心に戻っていたからだ。

 居る筈のねぇ父さんと実在した父さん。

 その矛盾する存在の整合性が俺の頭の中で都合付ける事が出来なかった。

 神や転生者なんてのは俺の妄想だったんじゃねぇのか?

 そうだ、俺は初めから父さんと母さんの子供として生まれたこの世界の住人だったんだ。

 この手、この鼻、この肌に残っている父さんの思い出の所為で、そう思ってしまうのは仕方無いだろう。




 ……と、思っていたんだが、さすがに飽きた。

 いや、父さんに会えた事は嬉しいし、抱き締められるのも嫌な訳じゃねぇよ?

 けどよ、俺は一応今年三十八歳であと数ヶ月で三十九歳と言う三十路最後の年を迎える訳だ。

 この世界の成人に成る前にさよならも言えず死に別れたとは言え、こんなおっさんがいつまでも父親と抱き締め合うってのはどうなのよ?

 それに辺りは白み出して来てもうすぐ日の出だ。

 そろそろ親子の再会はお開きで良いんじゃねぇか?

 何故父さんが実在しているのかそろそろ確認しておきたいしな。

 何より暑苦しいわ。


「父さん、そろそろ放して……」


 俺がいつまで経っても俺の事を抱き締めたままで解放しない父さんに手を放す様に頼もうとしたところ……。


「せえせーーーい! どこなのだーーー!」


 と、遠くからコウメの声が聞こえて来た。

 どうやら山ではぐれたコウメがやっと村跡に到着したようだ。

 父さんとの出会いの衝撃で、その事すっかり忘れてたぜ。

 コウメの身体能力ならもっと早くここまで登って来れたと思うんだがな、もしかして道に迷ってたのか?

 そう言えばコウメの奴ってドジっ子属性持ちだったっけ? ……そりゃ迷うか。

 う~ん悪い事したな、レイチェルからコウメの事を頼まれてたってのによ。


「おーーーい! コウメーー! ここだーーー!」


 俺は大声でコウメに俺の存在を伝えた。

 すると、嬉しそうなコウメの声が聞こえて来る。


「あーーー先生の声なのだ!! せんせーーい!! 置いてくなんて酷いの……だ?」


 村の入り口の方からコウメの声が聞こえて来たのだが、何故か最後の方は疑問形になっている。

 ん? どうしたんだコウメの奴、何かあったのか?


「ひやぁぁぁぁーーーー! 先生がおっきい男の人と抱き合ってるのだーーー!!」


「え? あっ! い、いやちょっと待て」


「せせせ先生はもしかしてそう言う趣味だったのか? 皆が先生にアタックしても一向に靡かなかったのはそれが理由? そそそそ、そう言えばダイス君ととっても仲良かったのだ! あわわわわ」


 ちちちちちち違う! 俺はドノーマルだっての!!

 と言うか、どっから仕入れたその知識!!

 くそっ! 父さんのホールドが強すぎてコウメの方に顔を向けられないぜ。


「違うっての!! そんなんじゃねぇって!! 馬鹿!! って、父さんもいい加減放してくれって」


「馬鹿とは何なのだ!! この先生のヘンタイの浮気者ーーーー!! ……へ? 父さん?」


 なんだか酷い言われようだが、俺が父さんって言葉を言った途端、コウメが静かになった。

 どうやらこの状況を理解したようだ。

 まぁ、父子と言えどもこんなおっさん同士が抱き合ってるのはどうかと思うけどよ。




        ◇◆◇




「ごめんなさいなのだ~! 先生のお父様と知らずに変な事を言って申し訳ないのだ」


 事情を理解したコウメは顔を真っ赤にしながら頭を下げている。

 うん、えらいぞコウメ。ちゃんと謝れるなんて成長したじゃないか。

 けど、お父様って言い方はどうなんだろうな?

 先程のコウメにパニックで父さんもホールドを解いてくれて今は俺の後ろに立ってコウメの事を不思議そうに見ている。

 まぁ突然現れて驚いてるのは父さんも一緒か。

 コウメにしてやった説明は父さんの事だけだったし、父さんもコウメの事を知りてぇだろしな。


「あぁ、父さん。こいつの名前はコウメ……どうした父さん?」


 俺が父さんにコウメの紹介をしてやろうと振り返ると、父さんは『にへら~』と笑いながら俺とコウメを交互に見てる。

 その反応はなんなんだ?

 もしかして、俺とコウメが付き合ってるとか勘違いしてるんじゃないだろうな?

 ちちちち違うぞ? そんな訳ないだろ? 年齢差が親子以上に離れてるしよ。

 いや、さすがに父親ならこの年齢差と付き合うってのは咎める筈だ。

 まぁ、なんにせよ変な誤解は早く解くに限るぜ。


「あぁ、父さん。こいつは……」


「もしかして、その子は……正太の娘? そして……俺の孫?」


 驚いた事に普段無口の筈の父さんが、俺の言葉を遮って交互に指を指しながらそう聞いて来た。


「あっ? あぁ、そう言う事か」


 父さんの声を久し振り……いや、最近鑑定で聞いたか。

 だから少し驚きは少ないかな?

 だから言っている内容もすぐに頭に入って来た。

 なるほど、そりゃそうだよな。

 俺の事を『先生』って呼ぶ事を置いとけば、見た目的に俺とコウメは親子に見えるだろ。

 俺の娘がコウメなら父さんの孫って事になる。

 そら嬉しそうな顔になってもおかしくねぇよな。


「あ~父さん。喜んでる所悪いけど、こいつは……」


「お父様違うのだーーー!!」


「うおっと、びっくりした。急に大声上げるなよ」


 俺が父さんに説明しようとするとコウメが突然大声を上げた。

 俺も父さんも驚いてコウメに注目する。

 お父様? ってのはさっき謝った時みてぇに父さんに対してなのか?

 それとも俺が親子じゃないと説明するのを否定しようと俺に対してお父様って言ったのか?

 いや、目線は父さんに向けられているな。

 んじゃ、親子ってのを否定しようとしてるのか。

 ……そこまで強く否定しなくても良いんじゃないか?

 俺としてはコウメの事を既に自分の娘の様に思ってたりするんだけど……ちょっとショックだ。


「先生はお父さんじゃないのだ!」


「ぐはっ!」


 ストレートなコウメの否定の言葉が俺の心を切り裂く。

 本人からそんなにまっすぐ否定されるとダメージが凄まじい!


「先生は……未来の旦那様なのだ!!」


「ってそっちかよ!! そのやり取りさっき町でやっただろっ!」


 ったく、コウメの奴め。

 町での騒ぎの時に今後は言い触らすなって言ってたのによ。

 よりによって父さんの前で言うなんて、変な誤解されるだ……ろ?


 ッ!!


 急に俺の背後からとてつもない殺気が溢れ出したのを感じた。

 それは激しい怒り?

 俺は恐る恐る振り返る。

 そこに居たのは仁王の様な顔をして怒っている父さんの姿だった。


「と、父さん? 何をそんなに怒ってらっしゃる?」


 俺は初めて見る父さんの怒った顔に、思わず変な言葉遣いになってしまう。

 怖え~! 初めて父さんの怒った顔を見たが怖え~!

 けど、今の会話で何をそんなに怒る事が有るってんだよ?


「正太……今の話は本当か?」


 父さんがぼそっとそう言った。

 言葉にも怒気が孕んでいて背筋が震えあがる。


「い、今の話って、コウメが言った事か?」


 怒り顔のままコクリと父さんが頷く。


「本当なのだ!!」


「コウメ! 要らん事を言うなって!!」


「いくら何でも……こんな幼い子に手を出すとは……」


「ち、違うって父さん!! お、俺の話を聞いてくれ!! う、うわぁぁぁぁ」


 父さんは俺の身体を持ち上げて肩に担ぎ上げる。

 第二覚醒を果たした筈の俺の足掻きを無視するかのようなその力に成す術無く俺はがっちりと肩にホールドされてしまった。

 そして、そのまま……バシーーン!


「痛ぇっ!」

 バシーーン!

「痛いって!」

 バシーーン!

「父さんごめん!」


 そう、思いっ切り尻を叩かれた。

 三十八歳にもなって父親に尻を叩かれるとは……。

 しかも、誤解だっての……。



        ◇◆◇



「……父さん、反省してる?」


 叩かれながらもコウメと俺の関係を説明して何とか尻を叩かれるのを止めて下ろして貰った俺だが、今度は逆襲とばかりに勘違いして俺の尻を叩いた事を反省して土下座しだした父さんを暫く叱り付けていたのだが、他にも聞きたい事が有るので話を切り上げる事にした。

 すると、父さんはとても申し訳なさそうな顔をしてコクコクと頷いる。

 まぁ、俺としてもさっき父さんに話したのは過去のつらい体験談ばかりで、最近の事は話してなかったから、コウメの言葉に勘違いしても仕方ねぇんだけどよ。

 そりゃ、父親として息子がこんな幼女に手を出してたって知ったらそら怒るわな。

 しかし、生まれて初めて親に尻を叩かれたぜ。

 俺ってば、それなりに良い子ちゃんって奴だったもんだから、前世でも記憶の中でも両親に褒められはすれど、怒られた記憶なんて数える程も無かった。

 ましてや尻を叩かれるなんて体罰は一度たりともねぇよ……なのに。


 親に本気で怒られた。

 

 尻はまだ痛いし勘違いだったとは言え、初めての体験に少しだけ嬉しいと思ってしまった。


「さっき言った通り、コウメは過去話に出て来た喧嘩別れした元カノの娘なんだよ。最近知り合って俺が先生として鍛えてる。あぁそれとコウメは勇者なんだぜ」


 勇者と言う言葉に父さんが反応してコウメを見詰める。

 その顔には少しだけ心配そうな表情が浮かんでいた。

 一瞬その表情に戸惑ったが、闘技場でレイチェルが語っていた父さん達の勇者に纏わる昔話を思い出した。

 父さん達はかつて戦争の道具として消費されていた勇者と言う肩書きを持つ哀れな少年少女達を救うべく、各国の王に勇者改革運動ってのを認めさせたんだったな。

 その表情はコウメが勇者って事を心配しての事なのか。

 やっぱり、目の前のこの人は俺の父さん……そう思ってしまうぜ。


「安心しろって、父さん。父さん達が頑張ってくれたお陰で、勇者達は無駄に命を散らすような事にはなってないってよ。コウメも王国で大切に保護されてる。まぁ過保護過ぎて出会った頃は少々危なっかしい言動だらけで大変だったけどな」


「酷いのだ先生!! それに未来の旦那様なのは嘘じゃないのだ!」


「黙れっての! 成人して結婚適齢期になっても相手居なかったら考えてやらんでもない話だ。その頃には好きな奴が出来てるかもしれねぇしよ」


「そんな事は無いのだ。僕は先生一筋なのだ!!」


「……ったく。まぁ、こんな感じで先生ってのへの憧れからそう言ってるだけなんだ。だから手なんてのは全く出してねぇよ」


 俺の説明で父さんの表情に笑顔が戻った。

 勇者であるコウメが不幸になっていない事、そして俺がこんな幼女に手を出していないってのに安心したんだろう。

 いつまでも父さんを土下座させておくのも気が引けるんでそろそろ許してやるか。


「あぁ~父さん。分かってくれたようだから、もう土下座はいいよ。……それより教えてくれないか?」


 ……はここまでだ。

 楽しかったが、そろそろ暴かなきゃならねぇ。

 現実に居る筈がねぇ俺の父さん。

 そして、第二覚醒を果たした神の使徒である俺の力を凌駕するこの存在。


ってやつをよ」


 俺は土下座を解いて立ち上がろうとしている男を見下ろしながらそう言った。

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