第116話 お人好し
「ガーランド先輩っ!! 本当に申し訳ありませんでした!!」
国王に書状を書いて貰う約束を取り付けた俺達は、秘密裏に先輩と会うべく来た時とは別の裏道を使って先輩が宿泊している宿に来ていた。
驚いた事にこの宿と城は裏道で繋がっており、元より王族の秘密の逃げ道の様な役割を果たしているらしい。
王都内だけでなく、王都から離れた場所へ出る道も有るとの事だ。
そっから侵入されるんじゃねぇの? と思ったが、出るだけの一方通行で作られている様で、侵入の護符を使っても外からは入れず、物理的に穴を掘って侵入したとしても水責め生き埋め毒ガス等々の遠隔操作出来るトラップがてんこ盛りらしく問題無いんだってよ。
そして俺達が今何をしているのかと言うと、先輩に事情を説明すると共にレイチェルが今までの非礼……と言っても、自分の事を棚に置いた恨み節は頭の中で思っていただけなので、非礼って訳でもねぇんだが落とし前とでも言うのだろう、先輩に頭を下げて謝罪している。
「い、いや、頭を上げろレイチェル。俺はショウタがもう怒ってないなら別に良いんだよ」
突然の再会に当初は怒りを隠さない憮然とした顔をしていた先輩だが、俺のすっきりとした表情と真剣に謝っているレイチェルを見て、次第に表情が緩んで来た。
先輩も俺の手前言えなかったのだろうが、あの事件の際のレイチェルの反応はある意味若い女性には仕方の無い反応で有ったとは思っていたらしい。
そして先日俺が『故郷には帰らない』とレイチェルに伝えていた事を知った際に、もしかしたら秘密裏に俺の事を逃がす為に、執拗に『俺が故郷に隠れている』と言ったんじゃないのか? と気付いた様だ。
確かにその通りだった。
レイチェルは俺を逃がす為に、俺の言葉を信じて騎士達にそう証言していたんだ。
そして、それ以上何も言わずに黙秘を続け、解放された後に俺の事を探し求めて世界を放浪した。
神の悪戯の所為でこんな形での再会となっちまったが、本当に苦労を掛けさせちまったな。
頭が上がらないぜ。
「しかし、こんな近くにレイチェルが居たとはな。しかも『準聖女』になっているなんて想像もつかなかったぞ」
「あたしは勿論もっと早くに気付いて居たけどさ、しかし運命って本当に分からない物ね。アメリア王国に居たあたしらが、今になってこの国に居るなんてね。王子にも謝らなくちゃね。あぁ、そう言えばガーランド先輩も王子だったんだっけ?」
「あぁ、もうその事はバレてるのか。すまんが内緒にしてくれよ」
「分かってるって、正体偽っているのはお互いさまだしね」
俺はそんな和やかな二人の会話を横で聞いて、嬉しくも思いながら神への愚痴を零す。
運命と言う言葉が神の思し召しを指すのなら、まさしくそれは正しい。
だって、この世界は俺を主人公とした神が作者の物語で、全てはその神の
『神の馬鹿野郎共め。変に気を回してんじゃねぇっての。レイチェルとの和解なんてよ』
とは言え、愚痴が愚痴にならなかった。
神の事を許しちゃいないが、少しだけ感謝してやる。
会った際に殴ってやる回数を、一発だけ少なくしてやるぜ。
「これだけアメリア王国時代の奴等が揃ってんだから、案外ハリーやドナテロもこの大陸に来ているかもしれねぇな」
ここまであの頃のメンバーが揃ってんだ。
神の奴の事だから、当時の仲間連中全員この国に集めていてもおかしくはねぇだろ。
先輩は行方知れずと言っていたが、俺もレイチェルも偽名で暮らして来た。
なら彼奴等だって偽名を使っていてもおかしくねぇんじゃねぇか?
それに『神の土』と言うふざけた身体の所為で大消失から老化しなくなった俺は別として、レイチェルだって妖艶美女とはなっているが、当時の面影はしっかりと残っているんで知っている奴が見たらすぐに分かる。
さっきだって先輩に事情を話す際に、まだ正体を言っていないレイチェルが『準聖女』の仮面を外した途端、大声で『貴様はレイチェルっ!!』と叫んだからな。
だが、ハリーやドナテロに関して少なくともギルドマスターとして周辺国にも顔が広い先輩が気付かねぇって事は言う程有名にはなっていねぇか、それとも面影も糞もねぇおっさんになっているかのどちらかだ。
さすがにレイチェルみてぇに四六時中仮面を被っているなんて事はねぇ筈だしよ。
教会の事に関して耳を塞いでいた俺だが、それ以外の事はそれなりに耳をそばだてていたし、そんな面白存在が近くに居たらギルドの酒場で酒の肴にでもなっていただろうぜ。
と、その程度の思い付きで言葉にしたのだが、それを聞いた二人は急に押し黙り重い雰囲気を醸し出した。
二人して信じられない様な物を見る目で俺の事を見ている。
「どうしたんだよ、二人共? 何で変な顔してんだ?」
俺が二人の態度にたじろぎつつ理由を聞くと、二人共呆れ顔で深いため息を吐いた。
一体何なんだよ。
なんか最近こんな目で見られる事が多くないか?
「お前なぁ、お人好しにも程が有るだろ」
「ん? お人好し? なんでだよ」
「そりゃ決まってるじゃない。 あんたの事を売った奴等だよ? ダイスから聞いた話じゃ、長い逃亡生活であいつ等に相当の恨み辛み有ったそうじゃないか。何ほのぼのとした雰囲気出しながら言っちゃってるのよ。まぁ、あたしもその中に入ってたんで大きい事は言えないけどさ」
あ~、そう言やそうだったな。
先日当時の仲間が全員行方知れずで死んだんだと思った途端、怒りを向ける対象が無くなった事で、恨みの感情が形を失っちまっていた。
昨日レイチェルと再会した際に、その形を失っていた恨みがレイチェルに向けて一点集中で急速に蘇って来ちまったせいで暴走しちまったんだ。
それがこんな風に解消されちまったからよ。
つい、彼奴等の事も許しちまっていた気分になっていたぜ。
「すまんすまん。そう言うつもりじゃねぇんだよ。奴等への恨みは消えてねぇって。ただよ、レイチェルだって訳有りだったんだ。もしかしたらハリーやドナテロも……」
「「それは無い!!」」
「わっ、びっくりした!」
二人も何か理由が有ったんじゃと言おうとするとレイチェルと先輩がハモって否定して来た。
かなりきつい口調だった為、その迫力に思わずのけ反る。
「あいつらに限ってそんな事は無いわよ。ハリーにしてもドナテロにしてもあんたが居ない所じゃ、あんたの悪口や、あたしに対して色目使って来たりして堪ったもんじゃなかったわ。あんたが何とかパーティーを元の様に仲良し小好しにしようとしていた手前言えなかったんだけど、もう私達のパーティーは元通りになれない所まで崩壊していたのよ」
レイチェルは吐き捨てる様にそう言った。
あの夜の三人の密談が頭を過る。
やはり俺が居ねぇ所で、あんな会話をしていたんだな。
少しばかり、消えかけていた黒い感情が蘇って来た。
「あぁ、その事ならあの事件が起こる前にお前ら三人が夜中に話している所を見たから知ってるぜ」
俺がそう言うと、レイチェルは顔を曇らせる。
そう言えばあの時のレイチェルは、ハリーの勧誘を断っちゃいたけど俺の事を庇っているんだか良く分からねぇ反応をしていたな。
王族とのコネがどうとかってよ。
結局昨日もその辺有耶無耶になっちまっていた。
まぁ、今更どうでも良いっちゃ良いけどさ。
「あ、あれ聞いていたのかい……」
「あぁ、隣の国のパーティーに誘われているってよ。お前は王子とのコネが無くなるからって……」
「……ごめんなさい。けど、それ半分は本当なのよ。当時のあたしは自分の孤児院を建てるのが夢だったの。ほら、以前話したじゃない? あたし孤児だったからね、教会に拾われて助かった。だからあたしも孤児達を助けてあげたいと思っていたのよ。それには王国からの援助は必要だったし……」
レイチェルは俺に謝りながら自分の夢を語った。
それは知っている。
その話は当時何度も聞いた。
俺達が仲良くなった切っ掛けも、二人共身寄りの無い者同士だったからだしな。
そんな事より、気になる事を言ったな。
「何だよ、その『半分』って?」
「今更こんな事を言っても言い訳にもならないんだけどさ。あの時、あたしがあんたの事を庇っていたら、彼奴等はあたしがあんたに告げ口すると思って、強硬手段に出てもおかしくなかった」
「強硬手段?」
「えぇ、恐らくあたしには何も出来ない。仮に治癒師に手を出そうものなら教会を敵に回すしね。彼奴等にそんな勇気なんて無いわよ。でもあんたは違う。あんたは多少先輩達に可愛がられてるからと言って大きな後ろ盾なんて有る訳じゃ無い。あいつ等がその気になればあんたに脅迫……いえ、それこそあんただけを連れ出して冒険中に
「いや、それはさすがに考え過ぎだろ……」
と言い切れない所が辛いな。
寝た振りしている時に聞いた俺への罵詈雑言。
あの時感じた彼奴等の憎しみは、そんな事をしてもおかしくねぇと思わせるものだった。
それにあの時の彼奴等相手じゃ、俺は太刀打ち出来ない程の実力差が有ったしよ。
『仲直りの為に男だけで冒険に行こうぜ』なんて言われたら、当時の俺ならホイホイついて行っちまってただろうし、そしてそのまま還らぬ人になっていた可能性も有ったって事か。
「考え過ぎじゃない。あの時の彼奴等はあんたに強くして貰った恩を忘れて力に酔っていた。だから自分より弱くなったあんたがリーダーってのを邪魔に思っていたのよ。だったら勝手に抜ければいいんだろうけどさ、言い難い事なんだけど彼奴等あたしに惚れててね。あたしが居たから残っていたみたいなものなの」
「と言う事は、あの時お前が『俺の為』なんて言っちまうと……」
俺の言葉にレイチェルが頷く。
身体を小さく震わせ目に涙が浮かび出す。
「そう、逆上した彼奴等はあんたの事を……。聞いているとは思わなかった。あんたを助ける為とは言え、あんたを裏切っちまう事を言ってしまっていたわ……。本当にごめんなさい」
そうか、あの時こいつが俺に対してあまり執着が無いような振りをしていたのは、逆に俺を助ける為だったのか。
もし、あの時レイチェルがそんな機転を利かせてくれなかったら、逆上した二人によって下手すりゃあの宿屋で殺されていた可能性だって少なからず有ったかもしれねぇんだな。
「だぁーー! 泣くなっての。言っただろ? 俺達は長い間後ろを向いて生きて来たんだからよ。だから、これからは前を向いて生きて行こうぜ」
「うん……」
溢れ出そうになっていた涙を拭いながらレイチェルが俺の言葉に頷く。
ったく、気が強い癖にすぐ泣くのは変わってねぇな。
本当に面倒臭い奴だぜ。
と言う事を考えながら無理して笑うレイチェルを困った奴だと眺めていると、何やら絡みつく視線を感じる。
何事かと思うとその視線の主に目を向けると当たり前だが、先輩が訝しげな眼で俺達を見ていた。
そりゃこの部屋には俺とレイチェルの他には先輩しか居ねぇからな。
他の視線が有ったら怖いわ。
「なんだよ先輩。そんな変な目で見て来てどうしたんだ?」
「いや、なんだ。そのただならぬ雰囲気。お前らよりを戻すつもりなのか?」
「いやいやいやいや、そ、そんな事は無いぜ? なぁ」
「あんたキョドり過ぎよ。まぁ、今はそんな事よりも重要な事が有るからね」
思わぬ言葉に動揺した俺に、レイチェルが肩を竦めて同意した。
これに関しては、先程の国王との密会の際に飛び出した爆弾発言で、なにやら変な空気になり掛けたのだが、どちらにせよ魔族どもをぶちのめさないとどうしようもないと言う事に落ち着き、嬢ちゃんやらコウメやらレイチェルやらの問題はそれが済んでからとなった。
まぁ体のいい現実逃避の先送りだけどな。
俺とレイチェルの答えに先輩は少し訝しげな感じではあるが納得してくれたようだ。
「じーーー」
あれ? もう一つ視線を感じる?
何それ怖い!
この部屋には三人しか居ない筈じゃねぇか。
何処だ? 何処から見られている?
俺が先輩とは違う視線を探して、そちらに顔を向けると……、そこには居る筈の無い人物が居た。
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