第115話 英雄王
「ふむ、タイカ国旧アメリア領の領主への親書を書いて欲しいとな? 確かその者は……?」
色々とツッコミたい事や、逃げ出したい事は山積みとなってしまった感が有る国王との面会。
俺はこのカオスな空気を振り払う為……まぁ、人それを現実逃避と言うんだが、無理矢理本来の目的である旧アメリア城主となっているメイガスへの取次ぎの為の親書を書いて貰えないかとお願いした。
さすが国王、俺の急な話の転換にもきちんと対応してくれている。
口を滑らした事を誤魔化したいだけなのかもしれねぇけどな。
ちなみにアメリア王国の現状は、王国崩壊の前にこちらの大陸に移って来たレイチェルも教会を通して既に知っていた。
ただ、その報を聞いた数カ月前に起こった大消失によって、俺がこの世に居ないと言う悲しみの淵にあったレイチェルには、そんな知らせは些細な事と気にも留めなかったらしい。
「はい、以前お話ししました、元アメリア王国の騎士隊長でしたメイガスです」
勿論だが、メイガスが俺の命を助ける為にあえて即時処刑を言い渡した事は国王には伝えている。
その時の細かな裏事情に関しても、その場に居た王子と先輩が補足もしてくれたので、その事を踏まえて上手く親書を書いてくれる事だろう。
あれから二十年だ。
しかも国が滅びた時に、俺の手配も有耶無耶になっている。
だが、当時の事を知る者が居ない訳じゃ無いだろう。
俺がのこのこ城に顔出したりなんかすると問題が発生しないとも言い切れないしな。
まさか元指名手配犯の俺が、余所の国の使者として登城するなんて思う奴は居ないだろ。
「メイガスって、あんた……」
後ろでレイチェルが少し苦しそうな声を絞り出すように声を掛けて来た。
どうしたんだ? と思ったら、そう言えばこいつは当時のメイガスどころか、先輩や王子が俺の救出の為に裏で動いてくれていた事を知らなかったんだっけ?
しまったな、結局昨日もそこら辺の話をする前に寝ちまっていた。
自分が俺を罵った事がトリガーとはなっている事は重々承知しているだろうが、それでも中途半端な抗議で助けるのを諦めた先輩、そして裁判もせずその場で死刑を言い渡したメイガスの事を苦々しく思っているのだろう。
心の何処かで、あの時二人が俺を庇ってくれていたらこうはならなかったのではないか? と言う責任転嫁に近い願望が有ったのかもしれねぇな。
この国で先輩や王子に再会してからも、会おうとせずに自分だとバレねぇ様に公務以外でも仮面被り続けていたのは、その所為なんだと思う。
真相を喋る事によって、またレイチェルを苦しめる事になるかもしれねぇ。
あの時悪いのは自分だけじゃ無かったと思い込む事によって和らいでいた罪悪感が、真相を知る事によって全て自分の所為だったと思い込むんじゃねぇだろうか?
俺は少し悩んだが、やはり言うべきだと言う結論に達した。
レイチェルだけじゃねぇ、先輩も王子もレイチェルを少なからず憎んでいるのは知っている。
助けてくれた仲間に対して弾劾するなんて事は冒険者としてはやっちゃいけねぇ事と憤っていたしな。
だが、あの時のレイチェルの言葉は仕方が無い事だと今なら思える。
俺が人間じゃないと知っていたのに俺を人間として扱ってくれていたレイチェル。
それが目の前で人間を皆殺しにした。
レイチェル自身は村人達の正体を既に知っていたが、それは自分だけだ。
斬った後の俺の表情や態度を見て俺が
俺は人を人と認識して殺したと言う事をな。
やっぱり化け物は化け物だと、そして
しかも、そこには互いに戸惑いなど一切無くだ。
そりゃどれだけ俺の事を信じていたとしても、そんな思い揺らいじまうだろう。
あの時のレイチェルを咎める事が出来る奴なんて居ないさ。
だからこそ、先輩達にあの時のレイチェルの想いを知って欲しいし、レイチェルにも先輩やメイガス、それに王子達の想いを知って欲しい。
俺はそう思った。
レイチェルの罪悪感を癒すのは俺の仕事だ。
全ての原因は俺であり、そして神の仕業だからな。
「あ~、レイチェル。実はな……」
俺はレイチェルにあの時のメイガスと先輩の事情を話した。
レイチェルは目を見開いて俺の話をただ黙って聞いている。
そして思った通り、あの時の真実を知るにつれて、激しい後悔の色がその表情に浮かんだ。
「……そうだったんだね。あたしは自分の事を棚に上げてメイガスとガーランドを恨んでた。二人ならあなたを助ける事が出来ただろうに、メイガスは何で死刑にするなんて言ったのか。ガーランドは何でショウタを置いてとっとと姿を消したのか……。ちゃんと助けようとしてくれていたんだね」
「レイチェル、あのな……」
「ううん、大丈夫。ここでまたいじけてちゃ駄目なのは分かってるよ。だって罪滅ぼしの道はあんたが示してくれたんだ。それにね、昨日あんたがガーランド……先輩のギルドに居たと言う事を知って、薄々そうじゃないかと気付いてはいたのよ。見捨てた相手の所に居る訳ないものね。本当に二人には謝らないといけないわ……」
俺の心配する顔を見て、きゅっと後悔の表情を正して少し無理している笑顔で絞るようにそう言った。
レイチェルも前を向いてくれようと頑張ってくれているようだ。
俺と一緒で割り切れない気持ちも多いと思う。
だけど止まっていた心がやっと動き出した。
俺もそうだが、後ろじゃなく前を向いて歩く時が来たんだ。
勿論、王子も先輩も、そしてアメリア王国で待ってくれているメイガスも。
「ホッホッホッ、あい分かったぞ。任せておけ。書状はすぐにでも用意しよう。勿論タイカ国国王への親書込みでな」
俺達のやり取りを見た国王が重くなった空気を払拭する為か、明るい声を上げた。
本来国王の話を遮って私語に入ってしまったので、かなり不敬な事なのだが国王は少し嬉しそうに見える。
国王の人柄のお陰だと思うんだが、それ以上に『神の使徒』と『準聖女』の和解なんてレアイベントを間近で見る事が出来たって言うだけなんじゃなかろうか?
いや、そこはツッコまないで国王に感謝するか。
「ありがとうございます。これで大手を振ってアメリア城の門をくぐる事が出来ますよ」
「うむ。それで出来次第すぐに発つのか?」
「いえ、俺の想定なら十中八九このまま『世界の穴』から隣の大陸に行けるとは思っているのですが、当初の計画通りヴァレンさんを待つ事にします。恐らく数日中に来ると思いますし」
間違い無く、今すぐにでも隣の大陸に飛ぶ事は出来ると思う。
『旅する猫』では、行き先を指定する言葉を唱えると転送されていた。
恐らく同じ様に行き先を言うと転送出来る筈なのだが、その行き先が明確で無い場合『旅する猫』の様にとんでもない所に飛ばされる可能性が有る。
残念な事に俺は『城喰い』の出現場所なんて聞いた事がねぇから、そうなる可能性は高いだろう。
道に迷うなんて無駄な労力を掛けるより、王子が過去の出現場所リストを持って来てくれるのを待った方が結果的に早くなる筈だ。
「うむ、それが良いだろう。実はな、ヴァレンなのだが先程早馬の伝令にて、明日には王都に着くとの報告が有ったのだよ」
「さすがヴァレンさん。仕事が早いな」
まさにジャストタイミングだ。
ついでに著者の事も分かれば良いんだがな。
さすがにそれは期待し過ぎか。
「あぁ、そうそう。知らせでは、ヴァレンの娘である例の聖女候補だったメアリ嬢も一緒らしいぞ」
「げっ!! 嘘!」
何の事か良く分からず逃げ出す様に街を飛び出して来た手前、メアリに会うのがなんか怖い。
あいつ見た目も性格も聖女として申し分はないんだが、時々俺に対しての当たりが強ぇんだよな。
それなりに好かれているとは思うけどよ。
時折メアリの身体から放たれる暗黒闘気は、なぜかどこかで味わったデジャブを感じるんだが……?
「『げっ!! 嘘』 ってどう言う事だい? 何かやましい事でも有るのかい? それにあんた、あたしにその子の面倒見る様にって言っていたじゃないか」
ビクッ!
『何故か』や『どこかで』じゃなくて、ここだっ!
このレイチェルの身体から溢れる暗黒闘気!
そうか、メアリはレイチェルに似てるんだ!
だから俺はキレた時のメアリには逆らえないんだな。
……昔レイチェルに調教されちまってるからよ。
しかし、『聖女』って付く奴はみんなこうなのだろうか?
「何もやましい事は無ぇっての! 聖女候補以前に王子の娘さんだぞ? 手ぇなんて出せる訳無いだろ! ただ出る時ちょっと怒らしちまって、今はまだ会い辛ぇなぁって思っただけだ」
「じーーー」
俺の言葉に何も言わずジト目で見て来るレイチェル。
「な、なんだよその目……」
「もしかしてあんた、そのメアリって子にアンリだっけ? ガーランド先輩の娘さん。その子に『還願の守り』を巻いて貰ってる所を目撃されたんじゃないだろうね?」
「な、なんで分かったんだよ!」
付けられた所を直接見られた訳じゃねぇが、周りの雰囲気に何か気付いてたみてぇだし、何より今思えば俺の腕を凝視していた様に思える。
服で隠されちゃいたが、あの目はお守りの有無を確認していたって事なのか?
「はぁ~、本当にもう。あんたってのは困った人だねぇ~」
レイチェルは呆れ果てた顔をして深くため息を吐いた。
考えない様にしていた事が脳裏を過ぎる。
え~と『還願の守り』ってのは、好きな人に無事に帰って来るようにって言うおまじないらしいってのは今朝のレイチェルとダイスの態度で何となく分かった。
腕に巻いてきた嬢ちゃんの真意までは分からんが、その気配を察してメアリが怒った。
これどう言う事なんだ?
二人は同じ奴が好きとの事だが、まさか……?
「ふ~む、『還願の守り』とな。……ソォータ殿はランド……ゲフンゲフン。ガーランドの娘と婚姻するつもりなのか?」
「へっ?」
国王の口から飛び出した言葉の意味が分からない。
『こんいん』ってなんだっけ?
さすがに『婚姻』って事じゃねぇよな。
ハハハハハ……。
「……まさかとは思うがおぬし。『還願の守り』の意味を知らずに腕に巻いて貰ったと言うのかの?」
「はぁ、なんだか好きな人に付けて旅の無事を祈る的な物かな? と言うくらいしか分かりませんです」
国王は俺の言葉にレイチェルと同じように深いため息をついて呆れている。
「おぬしと言う奴は……我が姪孫……ゲフンゲフン、アンリちゃんが可哀想だのう」
この人も大概うっかりさんだよな。
俺が居るので気を許しちまってるんだろうが、この部屋には何も知らないレイチェルも居るってのによ。
レイチェルの顔を見たらなんか驚きながらも国王と先輩や嬢ちゃんの関係に気付いた顔をしてやがる。
さすがにレイチェルはそれを他人に喋る様な奴じゃ無いってのは信じてるが、無用心が過ぎるぜ。
しかし、嬢ちゃんが可哀想ってのはどう言う事なんだよ。
「あ、あの~。俺の故郷ではそんな風習無かったんで知らないんですが、このお守りがなぜ『婚姻』と結びつくんですか?」
「本当に知らないのか。国を問わず有名なんだがのう~。ならば語ってやるかの」
完全に俺の事を田舎者だって顔してるな。
田舎者って事に反論も出来ねぇし、何よりどうせこれも神の策略だろう。
情報開示の時は来た! って奴なんじゃねぇの?
まぁ、そうじゃなかったとしても今までの人生、幼馴染との死別や恋人と一緒に冒険していた事から始まり、その後は逃亡人生ってんで、そんな故郷に恋人を置いて旅立つなんて言う甘酸っぱくも切ないイベントなんて遭遇する機会が無かったから仕方無えよな。
「お願いします」
「うむ、それは伝説に謳われし英雄と恋人の少女に纏わる物語でな。かつて魔族が人間世界を蹂躙していた頃、魔王を封印する為に旅立つ英雄に恋人の少女が、英雄生還の願いを神に祈りながら自らの髪の一房を布地に織り込み、それをお守りとして英雄の腕に巻いたそうだ。『帰って来たら結婚して下さい』と言う言葉と共にな」
なんだよ、その死亡フラグ臭い逸話は。
縁起でもねぇな。
しかし、『魔王』ってのが気になるぜ。
それってクァチル・ウタウスの言っていた『魔王』と同一の存在なのか?
「はぁ、それでどうなったんですか?」
「うむ、英雄は見事魔王を封印して少女の願い通り故郷に無事に帰り少女と結婚したのだそうだ」
フラグブレイカーかよっ!
お約束は守れっての!
って、いやハッピーエンドじゃなきゃ『還願の守り』なんてのが残っている訳無ぇか。
「もしかして、そのお守りを巻くってのはプロポーズって事なんですか? そして、それを了承するってのはプロポーズを受諾したと?」
俺は恐る恐る国王に聞いた。
コクリと国王は頷く。
……マジかよ……。
「あの~、特に何も言われてなかったんですが、それってノーカンなんじゃ? 何より俺自体そんな事知らなかったですし……」
「あのね、ショウタ。あんたの気持ちなんてこの際関係無いんだよ。知らないとか関係無い。恐らくその子にとっては初恋さ。言わなかったんじゃない、言えなかったのよ。何より言葉にして友達を裏切りたくないんでしょうね」
俺の問いかけに国王ではなくレイチェルが割って入って来た。
「裏切り?」
友達を裏切りって……。
もしかして、マジで
チコリーも同じ奴が好きだって話だ。
その同じ奴ってのは……俺?
「その顔はやっと気付いたみたいだね。ダイスに話を聞いてびっくりしたよ。更に王女マリアンヌ様に、あた……ゲフンゲフン、コウメもなんてね」
いや、『あたし』ってのは言い澱むなよ。
それはそれで逆に本気っぽくて複雑だ。
それに本当は他にもカモミールも居るが黙っていよう。
確実に相性最悪の地雷だろうしな。
ジュリアも居た気がするが、あいつは汚っさんの格好をしない限り寄って来る事は無いからノーカンだ。
「いや、さっき言ってたじゃないか。若者は気軽にする様になったっての」
そうだよ、まだ違う可能性は有る。
と言うか、そうじゃないと次皆に会う時どんな顔をすれば良いんだって話だ。
「ない!」
レイチェルはきっぱりと言い切った。
まぁ、そうだよな。
分かってはいたんだ、確かにあの時の嬢ちゃんの思い詰めた顔は、友達感覚でお守りを巻こうってもんじゃなかったのはよ。
それにメアリの態度もさ。
けど、それは違うと誤魔化していた。
年齢的な問題だけじゃない。
それを言ったらカモミールなんか年齢の問題は無いじゃないか。
姫さんやジュリアも若いが立場の違いは無視しても気にする程じゃねぇしよ。
全てレイチェルとの悲劇、それに俺の罪の所為で、俺は幸せになっちゃいけないと思って目を逸らしてきたんだ。
レイチェルの事が解決したからと言ってすぐに『はいそうですか』と割り切る事は出来ない。
「はは、俺なんかに勿体無ぇ話だな。俺は誰か一人を選ぶなんて資格も根性も無ぇよ」
そうだ、誰かを選べば誰かが不幸になる。
俺にはそんな事出来やしねぇ。
魔族の事が全てが終わったら、その時は……。
「選ぶ必要など無いではないか?」
「え?」
俺が全て片付いたら皆を置いて旅に出る決意を固めていると、国王が変な事を言ってきた。
選ぶ必要が無いってどう言う事だ?
「先程の話は続きが有ってな。魔王を封印した英雄は、後にこの世界初の王となり英雄王と呼ばれたのだ」
「はぁ」
英雄王ねぇ。
絶対神達が『英雄王ってなんかカッコイイよね!』とか言ってぶっこんだんだろうな。
ノリノリの様が思い浮かぶぜ。
しかし、それが選ぶ必要が無いなんてのに結びつくのが分からねぇな。
「そして沢山の妻を娶り、その子孫らが世界各地に散らばりそれぞれ魔族を封印して国を興したと言われておるのだ」
「ぶぅぅぅぅーーー! え? そ、それって……」
「左様、新興国は別として現在古くから残っておる国は全て英雄王の子孫達の国となるのだよ」
「い、いえ、そうでなく。選ぶ必要が無いって話……」
「ホッホッホッ、そうだ。英雄王に習い全部娶ってしまったら良い。なにおぬしにはその資格がある。我らが先祖は魔族を封印する事しか出来なんだのだ。それをおぬしは二体も倒してみせた。『女媧』とやらの止めはダイス殿とは言え、彼だけでは無理だっただろうしの」
嘘だろ……。
神め、この期に及んでトンでもない設定ぶち込んでくるんじゃねぇっての!
なにが英雄王だ、何が子孫達が国を興しただ。
王侯貴族の貞操観念の無さってそいつが原因なんじゃねぇの?
「なるほど……。そう言う手も有ったのね」
レイチェルがしみじみと言ってやがる。
「そんな手なんて無ぇってのっ!」
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