第113話 誤解

「バッカッ! お前! 人前でコウメの名前出すんじゃねぇよ!」


 混乱で訳の分からないツッコミを入れてきたダイスに説教をする。

 いや、そんな事を言う資格が無いのは分かっているけどな。

 俺でも同じ立場なら確実に同じツッコミを入れていたと思うしよ。

 しかし、表通りじゃない迷路状に入り組んだこの住宅地とは言え、昨日の時の様な夜中と違って、朝食時の今じゃ人通りはそれなりにある。

 元の世界風に言うなら出勤時刻と被ってるって事だしよ。

 ただでさえ、レイチェルの家のご近所なんだ。

 コウメの母親なんて事を大声で叫んだら、イコール『準聖女』様ってモロバレじゃねぇか。

 『準聖女』が男と朝帰りなんて、教会最大のゴシップを喧伝するんじゃねぇよってんだ。


「す、すみません。つい。……アレ? 周りはこっち見てない? あっそうか! 先生いつの間に?」


「お前がコウメの名を挙げた瞬間だ。位相変位と認識疎外が間に合って良かったぜ。じゃなきゃ、今頃やじうまやら新聞記者達の餌食になってる所だったぞ」


「すみません、うぅぅ」


 俺の言葉に申し訳無さそうにしているダイス。

 元はと言えば俺が心配掛けた所為ってのは分かっているが、俺にも反論して良い権利は有るぞ。

 なんたって朝帰りは朝帰りだけど、決してレイチェルとの間に疚しい事なんてのは無かったんだからよ。

 そんな誤解を招く言い方するんじゃねぇよ! ……ちくしょうめっ!


「安心しなよ、ダイス。ショウタの奴ったら夜通し酒に付き合うとか言っておきながらすぐ寝ちまってね、そのまま放って帰るのも薄情だし、起きるまで付き添ってやっていたのさ。まぁ二十年間の疲れが出たんだろうね。朝まで! ぐっすりと! 気持ち良さそう! に寝ていたからねぇ」


 レイチェルがくすくすと笑いながらダイスに昨日の事を説明した。

 実際にその通りなのだが、どこか俺に対して責めて来ているような棘を感じるのは気の所為だろうか?

 反論や口答えすると、『レイチェルゥ~』の件を言われそうなので止めておこう。


「あぁ~、はいはい。ふぅ~ん。そうなんですか。いやいや、なるほど~」


 ダイスが、その瞳からハイライトが消えた様な目をしながら、少しにやけた顔で俺を見てそう言ってきた。

 な、なんだこの態度?

 もしかして、レイチェルの言葉を信じてねぇのか?

 ……いや、この感じそうじゃねぇ。


 この顔は『女性に恥をかかせるお子ちゃま野郎』と思っている顔だ!!


「ダダダダイス! 違う! 違うぞ! 俺は場の流れに流される事のない硬派な漢なだけだ!」


「えぇ、そうですね。凄い硬派ですよ。はい。尊敬しちゃうなぁ~」


 ダイスは同じ顔をして感情を置いてきた様な抑揚の無い声でそう言った。

 隣でレイチェルは腹を抱えて笑ってやがる。


「だから違うって!」


「ははは、冗談ですって先生。ただ、先生も案外ちょろい人だなぁって……」


「ちょろくないっつーーの!!」


 いや、自分で否定しておきながら、自分でもそう思ってるんだけどよ。

 二十年前のあの事件から昨日までずっと殺すと思ってきた相手なんだ。

 それが何も無かったとは言え、一緒のベッド寝てのんびり他愛の無い話をしながら朝帰りなんて、そんな未来が来る事を想像すら出来なかった。


 ……それこそ『いや、』だな。


 情けねぇ話だが、これは心の奥ではずっと夢見てきた未来だぜ。

 そんな情けねぇ自分が許せなくて、否定に否定を重ねて生きてきたんだ。

 まぁ、だからと言って元鞘に戻るなんてのは考えちゃいねぇがな。

 それはまた別の話だ。

 それだけ二十年の月日は、お互いの距離をそう易々と手が届く場所には置いてくれちゃ居ねぇ。

 それも俺の勇気でどうにかなるんだろうが、俺はすぐ逃げ出す臆病者だからよ。

 ……やっぱり『女性に恥をかかせるお子ちゃま野郎』なんだろうさ。


「けど、安心しましたよ。先生のその顔。いつも辛そうに見えていましたが、今ではそれが消えています。本当に、本当に良かった……」


 ダイスは急に声を落とすと、噛締めるようにそう言った。

 その目には薄っすらと涙も浮かんでいた。

 それだけ俺の事を心配していたのだろう。

 俺の過去を知ってからのダイスは、以前の様に憧れの存在に接する態度と言うより、どこか俺の事を支え一緒に歩んでくれようとしている様だ。

 俺の事を普通の人間と同じ様に悩みも怒りも悲しみもする一人の人間だと認識してくれたんだろう。

 俺の知らない所でも、今回の様に俺の為に頑張ってくれているようだしな。

 頼りにしてるんだぜ?


「すまん。心配掛けちまってよ。もう大丈夫だ。ありがとうよ」


 その言葉で更なる涙を流すダイスの肩を優しく叩く。

 横で俺のやり取りをとても嬉しそうな顔で見ているレイチェルの目にも涙が浮かんでいた。


「今度は、良い仲間に出会えたみたいだね」


 声を震わせながらレイチェルが言った。


「あぁ」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「けど、何も無かったって言うのは安心しましたよ」


 落ち着いた俺達はコウメが待っているであろうレイチェルの家に向かった。

 ダイスが家を出る時はまだ寝ていたらしい。

 そんな道すがらダイスはそんな事を言ってきた。


「当たり前だろ? 『準聖女』様と何か有りでもしたら大騒動だぜ。今度はマジで教会から刺客が送られるかもしれねぇよ」


 ……俺が寝たから何もなかっただけで、起きてたら雰囲気に呑まれちまっていた可能性が高いから偉そうな事は言えねぇけど。

 それに朝だって、あの時マスターが帰って来なかったら確実にヤバかったと思うしよ。

 ただ、そんな噂が立ちゃ身辺調査とかで俺の正体がバレる可能性が高いから、本当に助かったかもしれねぇや。


「あたしは別に気にしないんだけどねぇ」


「だからそう言う事を言うんじゃねぇっての!」


 あっけらかんととんでもない事を言うレイチェルにツッコンだ。

 愛していた旦那ショーンの事を考えてやれ!


 まぁ、前の旦那の話を俺の前でする事に対して、遠慮して言ってるだけだろうけどな。

 九割はからかっている気もするが。


「いえ、そう言う意味じゃなくて、アンリちゃんが聞いたら大変だろうなって……」


「ん? 何で嬢ちゃんが出て来るんだ?」


 俺の言葉にダイスが驚愕な顔をしている。

 なんか今日一番の驚き顔なんだが。


「いや、そりゃアンリちゃん先生の事……」


 あぁ、俺の事を好きとかどうかって言う話か。

 ははははっ、それは無ぇっての。 


「まぁ、多少好いてくれているようだが、あくまで保護者としてだろうし、恐らくこの事を話しても『ああ、そうですか。良かったですね』ってもんだよ」


 出発の際とか、その前日のキスとか、何か思わせ振りな態度を取られて年甲斐も無くドキドキしちまったけど、良く考えりゃ二周り上のおっさんなんて恋愛対象に入る訳無ぇよ。


「おやおや~? なんだか穏やかじゃない話じゃないかぁ。詳しく聞きたいね~」


「な、なんだよ穏やかじゃないって」


 急にレイチェルが笑顔を浮かべながら話に入って来た。

 笑顔なんだが、身体から闘気が立ち上っている様に見える。

 むっちゃ怖い。

 まるで昨日の俺の激怒みてぇに、その身体から魔力が溢れ出して周辺を焼き払いそうだ。

 あれか? 嫉妬か? 何か誤解しているようだからちゃんと説明してやるか。


「あのな、何勘違いしてるか知らねぇが、嬢ちゃんってのはガーランド先輩の娘さんの事だよ。小さい頃から面倒見てたから懐いてるだけだっての」


「ふ~ん」


 この眼は信じてねぇな。

 じゃあ、とっておきの情報を教えてやろうじゃないか。


「それに、嬢ちゃんは好きな奴が、ちゃんと居るみてぇなんだぜ」


「えぇ! 本当ですか? いつの間に」


 またもやダイスが驚いてやがる。

 いつの間にって……。

 おいおい、嬢ちゃんも今年十四歳でこの世界じゃ成人なんだ、いつまでも子供じゃ無ぇっての。

 ちゃんと大きくなって行くもんだ。


「あぁ、そうだぜ。あとこいつは内緒だけどな、実はメアリもそいつの事が好きらしいんだ。絶対言うなよ。俺が言ったのバレると二人に殺される」


「な、な! メアリって、アンリちゃんの幼馴染の聖女候補だったメアリ嬢の事ですか? し、知らなかった……。で、その人は誰なんですか?」


 嬢ちゃんの好きな奴がメアリの好きな奴と同じって事にも驚いているようだ。

 その相手に興味津々って感じだな。

 そりゃ、二人から好かれる幸運野郎の事を知りたくなるのは当たり前か。

 と言っても、俺も誰かまでは知らねぇんだけどよ。

 最初はダイスかと思ったが、ホテルのカフェでの態度じゃ違うみてぇだった。


「すまねぇ、誰かまでは知らねぇや。二人は恋のライバルって言っているのを聞いたんだ。あと残念だったな、ダイス。お前じゃねぇのは確認済みだ」


「いや、それ普通に困りますから。しかし、知らなかったなぁ。その腕のお守りしてるからてっきり……」


「お守り?」


 急にレイチェルがお守りと言う言葉にピクリと反応した。

 何だ? このお守りがどうしたんだよ。

 ギルドでも周りの奴等が冷やかしてきていたが。


「それって、もしかして『還願の守り』の事かい?」


「そうですよ。先生が旅立つ時に本人から付けて貰ったって……」


「なんだよ、二人共。その『還願の守り』って?」


「知らないのかい? あぁ、あたしん時は一緒に旅してたんだから『還願』も何も無かったんだけどさ。あんた誰も知らない様な事知っている割にはこう言う事には疎いねぇ」


「うるせぇっての」


 何か同じ事、先輩にも最近言われたぜ。

 でも、言ってみればこれが龍舌草茶みてぇなこの世界独自の文化って奴なのかもな。

 神がシナリオにぶち込んで来た『旅する猫』と違ってよ。


「しかし、最近の若い子はこのおまじないを友達感覚でやるようになったのかね? あたしん頃は一大決心みたいな物だったってのに」


「時代の流れですかねぇ。俺の時も彼女にして貰いましたけど、友達感覚でされてたとか思うと凹みますね。けどおかしいなぁ~?」


 ダイスは首を傾げながら俺を見ている。

 ん~、なんか今までの話を総合すると生きて返って来て欲しい人に贈るおまじないみたいな物か?

 んで、昔は恋人に贈っていたと。

 元の世界でもバレンタインデーとか昔は愛の告白ってだけだったらしいのに、俺の時は義理チョコ所か友達間で贈り合う友チョコとか普通だったし、若い奴等はおまじないとかをファッション感覚で楽しむんだろうさ。

 しかし龍舌草茶と良い、生きて返って来い的な文化が旺盛なのは、なんだかんだと言って一歩街を出ればそれなりに死と隣り合わせな世界だからなのかね?


「でも、そう言うもんじゃねぇか? それに嬢ちゃん達が好きな奴って、チコリーも好きらしいぜ。やっぱり俺の製薬知識が目当てだったんだなあいつ」


「えぇーー!! チコリーも? そんな馬鹿な……」


「んんん? おやおや、また別の女の名前が出てきたよ? ダイス、ちょっと来な」


 レイチェルがチコリーの名前に反応して、またもや怪しげな闘気を話しつつダイスを呼んだ。

 その闘気にさすがのダイスも脅えつつ近付いて行く。


「そのチコリーって子の事聞かせてくれるかい?」


「え? えぇ、あのですね。ごにょごにょ……」


 おいおい、俺の目の前でコソコソ内緒話を始めやがったぞ?

 途中ちらちらと俺の事を見てやがるけど何だってんだよ。


「しかし、誰だか知らねぇが、そいつモテモテだな。多分先輩や王子に知られたら殺されるかもしれねぇ。おい、ダイス。お前も誰か分かったらそいつを守ってやってくれ」


「「じぃぃぃぃーーー」」


 俺の言葉にコソコソ話していた二人が振り返りジト目、と言うより何か哀れな物を見る様な目で俺を見て来る。


「ど、どうしたんだよ。二人共」


「「はぁぁぁ~」」


 二人は揃って大きな溜息を付いた。

 お前等も息ピッタリだな。


「あ~、そう言えばこう言う奴だったよ。不憫だねぇ~」


「コウメちゃんもですね~」


「あぁ、少し考えちまうよ」


 二人共しみじみと頷きあいながら何か喋っているが、確実に俺をディスってるのだけは分かる。


「な、なんだよ。おい、お前ら、ちょっと待てって。俺を置いてくなっての」


 二人はやれやれのジェスチャーしたまま、俺の事を無視して二人で歩き出した。


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