第108話 レイチェル
「なっ! もう出発すると言うのか? そんなに急がなくとも……」
一連の事件の報告と、ギルドへの資金援助の了承を取った後、この後すぐにでも『城喰いの魔蛇』の出現場所、即ち『世界の穴』に向かうと告げると国王が驚きの声を上げた。
報告の途中の言葉からすると、近々俺の歓迎の意味を込めて内々の晩餐会を開こうと準備をしていた事が伺えていたので、俺を引き止めようとしているのだろう。
それは
所々姫さんだけじゃなく、姉二人のアピールが入っていた事から、その姫さん達の顔見せの意味も含んでんじゃねぇのか?
なんか、どっちにしても俺はすぐにこの王都から旅立ってたかもしれねぇぜ。
「えぇ、他の人達には伝えていませんでしたが、どうやら魔族の復活が早まりそうなんですよ。魔物達の行動の変化はその前兆で、恐らく魔王の復活の鍵が火山の祭壇に封印されていたんだと思います」
「まっ、魔王だと? う、う~む。そんな物が我が王国の祭壇に封印されていたとは……」
俺が理由を説明すると、国王はあご髭を摩りながら唸った。
ちなみに今この部屋には俺と国王しか居ない。
先輩は居るかと思っていたが城には来ちゃ居ねぇようだった。
よく考えたら死亡したとされる王位継承者が城に居ちゃ筋肉達磨と成り果てた今の姿とは言え、気付く者も居るかも知れねぇしな。
王都に滞在してるのさえ本来はかなりヤバイ事なんだろうぜ。
何にせよ助かった。
付き合い長いせぇで、さっきの姫さんじゃねぇが、俺が思い詰めている事を看過されていたかも知れねぇしな。
国王も人の見る目が有るようだが、俺の今の発言がカモフラージュになる筈だ。
自分だけに伝えられた恐るべき真実。
俺が思い詰めている顔をしているのは、そう言う事かと納得する筈だ。
それに今の話は……嘘じゃねぇ。
クァチル・ウタウスが語ったこの世界創世の幾つかの裏話。
四十七の魔族に死天王、そしてその頂点に立つ魔王の存在。
全てロキと言う奴が俺と戦わせる為に造ったおもちゃだ。
で、その次に僅か半月程度で出てきたのが本来四十四番目の出番になる筈だったクァチル・ウタウス。
しかも、その為に無理矢理番号を書き換えるなんて、ふざけた真似までしてブッ込んできやがった。
二番目と言う事に本人も驚いていたんだ。
こんなイレギュラーが出来るのは魔物達の生みの親であるロキだけだろう。
ガイアの奴も世界創造は完全分担制で他の部署の事は合議が必要だかなんだかで、おいそれと関与出来ないらしいしな。
ただ、ロキって奴も独断でやった訳じゃあるまい。
二十年間娯楽に餓えていた神共は、その変更案に満場一致で賛成したんだろうさ。
だから今国王に言った事は恐らく真実だ。
『城喰い』が持ち去った祭壇に何が隠されていたかは分からねぇが、俺の予想とそう外れちゃいねぇだろ。
そして魔族復活だが、どんな状況だろうと俺が近寄れば否応でも封印が解けるイベントが始まると思われる。
なら近付かなきゃ良いだろうと思うが、これに関しちゃ前例二件が物語っているだろ。
無理矢理行かなくちゃいけねぇ理由が、無理矢理発生して、無理矢理行かされるって言う無茶苦茶な神の策略によってな。
まっ、そんな事今の俺に取っちゃどうでも良い。
全てはここから立ち去る為のいい訳だ。
俺はこの後全てを終わらせる。
俺が近寄れば復活すると言う事は、俺が居なけりゃ復活しねぇって事になる。
次の
「魔王の存在は今のところ国王。貴方にしか喋っていません。魔王の復活を阻止する為にも、俺は今すぐ神の啓示によって示された土地に行かなければいけないのです」
「し、しかし……」
「安心して下さい。俺は負けませんし、行き帰りも『世界の穴』によって少なくとも通常の行程より早いでしょう。倒したら一旦戻ってきます」
「あぁ、うむ。そうだな。娘
んん? 今、『娘も』じゃなく『娘達も』って聞こえたか?
……いや、気の所為だろう。
今の俺にゃ関係無い事だ。
俺は国王に頭を下げ、部屋を出る。
城の入り口に向かう途中でジュリアとすれ違ったが、部屋を出る際に認識疎外の魔法を掛けていたお陰で気付かれる事もなく城から抜け出す事が出来た。
キョロキョロ俺を探していたみたいで心にチクッと針が刺したが、俺が死んだら空の上から汚っさん属性好きなんて厄介な性癖が治って、ちゃんとした男と一緒になれるように見守ってやるとするか。
しかし、姫さんには会わずに済んでよかったぜ。
何故だか確実に一瞬でバレそうな予感がするしよ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さてっと、どうやらレイチェルの家は城の外みてぇだな。『準聖女』だし、裏道からやって来たもんだから城の中に屋敷でもあるのかと思ったぜ」
城門に向かいながら煙火の魔法を掛けてあるダイスの位置を探る。
それによると城の外では有るが、然程離れてはいない場所に反応が有った。
「ん?……そう言や教会住いって事はねぇよな? はははっ、い、いやダイスの奴は何も言わなかったし……大丈夫だよな?」
一瞬嫌な予感が頭を過ぎり、城門まで走った。
ヤバイ! ぜんぜん考えてなかったぜ! 『準聖女』様ってんだから教会に住居が有ってもおかしくねぇじゃ無ぇか。
下手すりゃ王都に建ってる教会の神官長を兼任して住み込みって事だって有り得るぞ!
「チッ! 城門は閉まってやがるな。小門の前には衛兵が居るし、こっそり出るのは難しいな。ならばっ! 脚力強化と跳躍力強化に位相変位の出番だな」
俺は素早く魔法を唱え城門手前で大きく踏み込み城壁の上目掛けてジャンプをする。
このシュトルンベルク城は城郭都市で有るが故か、その中に建っている城自体の城壁はお飾りみてぇなもんなのだろう、そこまで高くはない。
元より超人レベルの跳躍力を持っている俺なのでブースト二連発すりゃなんとか届く。
踏み込みの音は位相変位で消音済みだ、誰にも聞こえねぇよ。
俺は誰にも気付かれる事無く、城壁の上に作られている見張り通路の上に降り立った。
「ふぅ、始めて来た街だが、さすが王都。噂通り綺麗な夜景だな」
城壁の上から崖下に広がる魔道灯の明かりに照らされた街並みを見て思わず感嘆の言葉を零す。
王都だけあって、夜中と言えども所狭しと設置された魔道灯からの色とりどりの明かりに照らされて、街全体が輝きここが中世程度の文明世界と言うのを忘れそうになる。
思えばこの国に流れ着いたのも、旅先で小耳に挟んだ王都のこの夜景の素晴らしさを聞いたからだったな。
昼は白銀の都、夜は光の都。
それがこの『王都イシュトダルム』。
噂に違わぬ美しさだ。
今まで身バレを恐れて近寄る事も出来なかったが、最後に噂の夜景が見れて思い残す事は無い……。
……いや、そりゃいっぱい有るさ。
なにも好き好んで死にたいと思う程、最近は人生を悲観しなくなっていたしな。
それどころか、やっと楽しくなってきたと思っていたのによ……。
人生ままならねぇもんだな。
っと、一瞬目的を忘れかけていたぜ。
「え~っと、おっ? あれが教会か。やっぱでけぇな。尖塔の高さは俺の街のやつ程のじゃねぇが、建物自体は数倍は有りやがる。っで、ダイスの位置は……、ホッ。大通りの反対側だ。しかもこっちの方が城に近い。街様子も穏やかだし少なくとも既に垂れ込まれてるって事は無さそうだ」
俺はダイスの位置を確認すると、そのまま城壁から飛び降りた。
緊急事態でもないんで堀に掛かる橋は降りたままだ。
橋の上を巡回する衛兵達を尻目に俺はダイスの居るレイチェルの家に向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「え~と、クソッ! またか。こっちも行き止まりだ。方向と位置は分かるが道までは分からねぇ。ここら辺入り組みすぎだろ。区画整備はもっとちゃんとやれっての」
俺は何度目かの袋小路に思わず悪態を付いた。
既にあれから小一時間は経っただろうか?
もうかなり遅い時刻で辺りは既に人気も無い。
焦りだけが募る。
とは言え、城に近いこの区画。
正門となる南門からは城まで大通りでほぼ一直線だが、西門と東門、それに北門は南門に比べて守りが薄い。
恐らく敵国が王都に侵攻してきた際に守りの薄い三門からの侵入を警戒しての事なのだろう。
それは分かるが面倒臭ぇ。
探知魔法を使えば地理なんて一発なんだが、俺のはなぜか広域スタンガンだし、こんな街中で使えば大惨事だ。
ちっ、こんな事なら屋根に登って行けば良かったぜ。
近いからと油断した。
だからと言って、今からじゃ魔法の発動に気付かれる恐れがある。
……この感覚。
どうやら家の周りに魔力発動を察知する結界を張ってやがる様だ。
襲撃に気付いて居るのは確実で、こんな先手を打って来やがるとはな。
さすがはレイチェルと言うところか。
俺が魔法を使える事は知らねぇ筈だが、協力者か魔道具に警戒しているんだろう。
なんせ俺は英雄ダイスを育てた噂の教導役だからよ。
用心深いこったぜ。
「ん? こっちの道か? おぉ正解だ! ここまで来ればもう目と鼻の先だな」
ある程度迷ったらなんとか法則性が分かってきた。
要するに大きい道は大抵フェイクで小さい道は大抵トゥルース。
まっ、両方大抵って事だが。
あそこの角を曲がれば家が見える筈だ。
俺は逸る気持ちを抑えられずに走り出そうとした……その時。
「おやぁ? 奇遇だね。どうしたんだいこんな夜中に?」
「なっ!?」
俺の背後から誰かが声を掛けて来た。
慌てて俺は振り返る。
「コウメに用事かい? それとも
そんなっ! 全く気付かなかった。
辺りは警戒していたんだ。
確かにさっきまで背後には誰も居なかった筈……。
しかし、そこに立っていたのは銀仮面の女。
その口振りからすると、俺達の策は全てバレてたって事か。
俺は予想外の出来事に、ただ間抜けで情無い驚愕の表情を相手に晒すだけだった。
「あははははっ。その顔はもうあたしの正体に気付いてるって事ね」
銀仮面の女はそう言うと、おもむろに仮面に手を掛け、自らの顔からその銀に輝く無表情の仮面を外した。
魔道灯からの明かりに照らされ浮かび上がった不敵に笑うその顔……。
歳は取ったが当時の面影はそのまま残っていた。
声を出そうとしたが、喉はカラカラで声も出ない。
思わず俺はゴクリと唾を飲んだ。
そして溢れ出る様々な感情を押し殺し、なんとか声を振り絞る。
「レイチェル……」
「はい、正解。久し振りだね。
レイチェルは俺の言葉に、表情と同じく不敵な声でそう返してきた。
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