第104話 忘れられない響き
「お茶が入りました……って、どうされました?」
間一髪で隊長が部屋に戻って来た。
変な雰囲気になっている俺達を見て不思議そうにしている。
「ん? あぁ別に。ちょっと話していただけさ」
「そうですか? 取りあえずお茶をどうぞ。ソォータ殿がいつ来られても良い様にと、隣国より取り寄せていた極上の一品です」
「へ、へぇ~。ありがとうよ。頂くぜ」
俺が来た時を想定してゴマをすろうと用意していたってのか?
なんと言う捕らぬ狸の皮算用的な無駄な努力。
いや、実際俺がここに来たんだから無駄じゃ無かったのか。
この隊長はラッキーだな。
恐らく他の通路にも同じ事を考えてた奴等は居ただろうに。
まっ取りあえず一口……。
ズズズズ……。
「おっ、本当に美味いな。ありがとうよ。まぁ、なんだ。世話になったから国王にはよろしく言っとくぜ」
「ありがとうございます!!」
俺の言葉に、隊長は嬉しそうに顔を綻ばせた。
まっ、これくらいは安いもんだぜ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おぉ! 良く似合っていますよ。いや~、先生がちゃんとした服を着たの初めて見ましたよ」
「先生格好いいのだ~。その髪型をすると、いつもよりもっとお父さんに似てるのだ~」
着替えた俺の姿を見て口々に二人が賞賛の声上げた。
そう言えば二人共、晩餐会の時の俺の姿を見てないんだったな。
しかし、コウメの言葉からすると、コウメの父親ってこんな髪型だったのか。
これってアメリア王国時代の俺の髪型に近いんだけどな。
その頃の俺の事を知ってる奴はここには居ないんで、別に気にする事も無ぇんだが、やっぱり長年培った逃亡生活の所為でこの髪型は落ち着かねぇや。
何でこんな話をしているかと言うと、あれから暫く隊長の煎れてくれた美味しいお茶を頂きながら楽しく歓談していると、服を取りに行っていた衛兵達が戻って来たんだ。
行きより人数が減っているのは国王への報告に向かっているんだろう。
で、その服なんだが、驚いた事に何処の貴族かっ! って感じの立派なタキシードだった。
しかもパリッと糊の効いたシルクのシャツにネクタイまでの一式セットだ。
なんかこのまま舞踏会に乗り込める勢いだぜ。
俺的にはちょっと小奇麗でいりゃ良いと思ってたんで、最初は拒否ったが周囲の声に抗えず着替える事となった。
しかも髪まで整えての本格仕様でな。
本来、城で国王と面会するにはこれくらいは必要なんだとよ。
「とてもよくお似合いですよ。見違えるほどお若く見えますね」
「ぶっ! い、いや そ、そんな事よりも早く城に行こうぜ!」
「え? あぁ。で、では、城までお連れ致しますね。私の後に付いて来て下さい」
折角治癒師に禁呪使ってまで誤魔化したってのに、俺の身体の異常性に繋がる様な事を混ぜっ返すんじゃねぇよ!
構成体の事は覚えて無くても寿命の事で俺の身体への違和感が出て来るだろ。
「あぁ、お願いするぜ」
急かす俺に隊長は慌てて城への通路の方に歩き出した。
俺達も急いでそれに続く為、立ち上がる。
おっと、いけねぇ。
俺は振り返り、治癒師に目を向けた。
ん~、さっきの隊長の言葉に違和感は感じてねぇ様だな。
それどころか、『二人のケンオウの息子ならさもありなん』って感じだ。
マジで便利な言い訳だぜ。
「んじゃ、治癒師の人。さっきは……ありがとうよ」
「はい……。お気を付けて」
互いの秘密を護る同士として目と目で熱く確かめ合う。
『お前、絶対喋るんじゃねぇぞ』ってな。
「おい、ダイス。それにコウメ。さっきの話だが……」
少し前を先導する隊長の背中を見ながら、明るかった部屋とは違い少し薄暗い道を歩く途中、後ろを歩く二人に声を掛けた。
さっきの話……、二人には『忘却』を掛けていない。
あれからも二人は普通に接してくれてはいるが、それは今まで通りと言って良いのか?
俺が人間じゃねぇって事に、内心『気味が悪い』と思っているんじゃねぇのか?
そんな言葉が頭の中に響いている。
それを確かめずにはいられなかった。
こいつらも俺の事を疎んで去って行ってしまうんじゃないだろうか?
昔の仲間達みてぇによ。
けど、二人の事を信じたいと言う気持ちで、あえて『忘却』の魔法は掛けなかったんだ。
「え? 先生が普通じゃなかったって事ですか? ハハハハ、何を今更~。逆に納得しましたよ。やっぱりなぁってね」
「先生は先生なのだ! それに……ぐふふふ」
二人があっけらかんとそう言ってくれた。
その言葉には嘘を付いている様な欺瞞の色は感じない。
二人共、本心からそう言ってくれているんだと胸が熱くなって来る。
……いや、コウメは何か変な事を考えている気もするが、取りあえず置いておこう。
「ありがとうよ。お前達」
これが俺の正直な想いだ。
今度は良い仲間を持ったぜ。
お前らと知り合えた事は、この世界に来て一番の幸せだな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「………っ」
右へ左へ入り組んだ道を暫く歩いていると通路の向こうから、声が聞えて来た。
誰かが近付いて来ているようだ。
しかし、狭い通路の所為で声が乱反射して何言ってるか分からねぇ。
もしかして国王からのお迎えか?
「……ウメーー!」
もう一度聞えて来たが、さっきよりかはマシなものの、全てを聞き取る事が出来ねぇな。
梅? それとも何か食べながら美味いって叫んでるのか?
そんな訳無いか。
「……コウメーー! そこに居るのかーーい?」
あっ、なるほど。
ちょっとくぐもった声っぽいが、なんとか聞き取れたその言葉からすると、どうやらコウメを探してここに向かっているみてぇだな。
ちぇ、俺目当てじゃ無かったのか。
ってなんで残念がってるんだよ俺!
声色からするとどうやら年配の女性の声ようだ。
と言ってもカモミールより上、宿屋の女将より下。
要するに俺と同年代って事だ。
「あっ、あの声はお母さんなのだ」
「え? お前の母親?」
「うん、お母さーーーん! ここなのだーーー!」
コウメが元気良く声を上げる。
ゲゲッ! コウメの母親だと?
なんか顔を合わせ辛いぜ。
ダイスには叱られたが、俺が遅れた所為でコウメとその母親は愛する者を失ったんだ。
その罪悪感は簡単に拭い去れるもんじゃねぇよ。
俺の事を慕ってくれているコウメには、父親の代わりに色々と教えてやる事でその償いはしてやれるだろうが、母親相手にどうしろって言う話だ。
取りあえず、そこには触れずに丁寧に挨拶するか。
一応俺はコウメの先生って訳だしな。
まだ何も教えてねぇ気もするが。
薄暗い通路の奥、少し離れた場所の角から、うっすらと誰かの姿が現れた。
そのシルエットから、どうやら神官衣に身にまとっている様だ。
頭にはフードを深く被っている様なので顔は分からねぇ。
そう言えば、有名な神官なんだっけ?
名前は確か『チェルシー』だったか。
何処と無く懐かしい響きだぜ。
元の世界に有った飴の名前だからか?
確か彼女が近々行われる予定だった火山の祭壇で再封印の儀式をする筈だったってコウメが言っていたな。
尚更、顔を合わせ辛いじゃねぇか。
折角の晴れの舞台が俺に台無しにされたんだしよ。
秘密の儀式で晴れの舞台ってのも変な話だけどな。
「コウメ! 急におめかしするって言い出したかと思いきや、あっと言う間に飛び出したまま帰って来ないんだから! 今何時だと思ってるんだい?」
おぉ? コウメの声を聞くや否や叱り出したぞ。
なんか治癒師のねぇちゃんが言っていた素晴らしい治癒師って言う人物像とは雰囲気違うな。
そのまんまやんちゃな子を持つ肝っ玉母ちゃんって感じなんだが……。
「ご、ごめんなのだ~。だって先生が来たって聞いたら居ても立っても居られなかったのだ~」
コウメはシュンとして謝っている。
勇者と言えど母親の事は怖いんだな。
こう言う所は普通の子供で安心するぜ。
さて、コウメの母親ってのはどんな顔してるんだ?
ここからじゃまだ暗過ぎて、フードの下が良く見えん。
薄明りの中、コウメの母親のシルエットがズカズカと近付いて、やっと顔が視認出来る距離までやって来た。
しかし、相変わらずフード下の顔は窺い知れねぇ。
と思ったら、おもむろにフードに手を掛けた。
おっ? どうやら顔を見せてくれる見てぇだな。
深く被ったフードを捲り、その下から現れたその顔は……。
ゴクリッ……って、えぇ?
「ど、どう言う事だ……?」
薄明りに浮かび上がったその顔に俺は驚きの声を上げる。
な、なんだそれ?
「あぁ、先生は知らなかったんですね」
俺の驚きを察してダイスが声を掛けて来た。
ダイスの方を見ると何故か苦笑している。
「え? ダイス。どう言う事なんだよ」
「俺も初めて見た時ビックリしましたけどね」
「あぁ、そりゃビックリするぜ。あんな
そう、フードの下から現れた顔には、人の顔を象った銀色の仮面が付けられていた。
いきなり銀色に光る顔が現れたんだから、一瞬ロボットなのかとビビったぜ。
目の部分も穴は無く、他と同じ様に仮面で覆われてるんで凄く不気味だ。
あれでどうやって見えてるんだろうな。
マジックミラーにでもなってるのか?
しかし、なるほど、なんか声がこもってる感じだったのはその所為か。
「なんでも『準聖女』様に任命された方は、公衆の面前に出る際にあの仮面を被る仕来りらしいんですよ。女神様に対する礼儀だとかなんだとかで」
「へぇ~、そうなのか。って、何処の女聖○士だよ!!」
「うわっ! びっくりした! なんです? その女○闘士って?」
「い、いや、こっちの話だ。何でもねぇ、忘れてくれ」
くそ~、神の奴、ピンポイントでブッ込んでくるんじゃねぇよ!
思わず声に出して突っ込んじまったじゃねぇか。
素顔を見たら殺すか愛するかとか言う誓約が有るなんてのは止めてくれよ?
「先生って、あんたが最近入れ上げてるって言うシュトルンベルクの教導役の事かい?」
「そうなのだ!」
俺達が話しているのを無視して、コウメの母親はコウメに俺の事を尋ねている。
どうやら周囲の事には目もくれないマイペースな人物らしい。
「で、そっちの奴が先生って事かい?」
俺の事は見ずに親指をくいっと上げて、俺の事を指している。
仮面を被ってるので本当に見てないかは分からないけどな。
と言うか、マジでどうやって見てるんだ?
一応コウメの方に顔は向けてるんで見えてはいるんだろうけど、マジで不思議だぜ。
「そうなのだ。とっても格好良くて頼りになる人なのだ~」
あまり母親にそう言う紹介をしないでくれ。
俺に対する警戒度が上がっちまうからよ。
「ほぉ~、あんたかい? 最近巷でブイブイ言わせて調子乗ってる教導役ってのは? 姫さんと初めて踊ったかなんだか知らないけど、うちの子に手を出すとどうなるか分かってるんだろうね?」
ほら、言わんこっちゃない。
おっさんが小さい子を誑かしたみてぇな感じに取られちまってるじゃねぇか。
しかし、こいつ本当に『準聖女』なのか?
口が悪すぎるだろ。
まるでヤンママだぜ。
「手なんか出さねぇよ。安心してくれ」
「口ではなんとでも……。え? ……ショーン?」
弁解したのを即言い返されたと思いきや、急に誰かの名前を呼んで固まってしまった。
『ショーン』って確かコウメの父さんの名前だったっけ?
ダイスが銭湯でそう言ってた気がする。
と言う事は、暗がりの中やっと俺の事をハッキリと見たんで一瞬自分の旦那と見間違えたって事か?
似てる似てるとは聞いていたが、嫁が間違う程俺ってショーンってのに似てるのか。
この髪型の所為かね。
コウメもそんな事を言っていたしよ。
「い、いや、そんな訳無い。あの人は死んだんだ」
コウメの母親は我に返ろうと額に手を当てながら頭を軽く振っている。
なんか、凄く気まずいぜ。
ただ立っているだけなのに罪悪感が半端無ぇよ。
ちょっと微妙な雰囲気になって来たんで、軽口でも叩いて空気を換えるか。
「すまねぇな、あんたの旦那に似ちまっててよ。悪気は無いんだ。許してくれ」
「い、いや。良いんだよ。こっちこそ済まないね。あたしらの事なのにさ。しかし、コウメが懐いた理由がこれで分かったよ。お父さん大好きっ子だったからねぇ」
コウメの母親はさっきまでの怒気を孕んだ言葉と打って変わって、穏やかな口調になって謝ってきた。
ふぅ、よかったぜ。
あんな雰囲気のままじゃ針の筵だ。
「しっかし、本当に似てるねぇ。 人間三人は似ている人が居るって話だけど、それって本当だったとは思わなかったわ」
俺の事をしげしげと見詰めながら……、見えているんだよな?
仮面を被ってるから分からないぜ。
まぁ、俺の方に顔を向けながら言っているんで、見えているんだろうな。
無表情の仮面なんで、表情が読めねぇからなんか薄気味悪いが。
しかし、今の言葉からすると俺と似ている奴が他にも居るのか?
珍しい事も有るんだな。
俺の顔って元の世界の俺のままなんだが、この世界に似てる奴が居るとはな。
さすが和洋折衷古今東西の文明の
「へぇ~、コウメの父親以外にも俺の顔に似ている奴が居るのか~。 そいつに会ってみてぇものだな」
「はははは、ずっと探してたんだけどねぇ。今何処に居るかはあたしも知らないよ。もうとっくにおっ死んじまったのかもねぇ」
何処となく寂しげな雰囲気を佇ませながらコウメの母親はそう語った。
はぁ~それは残念だな。
しかし、俺の顔に似た奴が二人も死んでるって情報はなんかやだな。
縁起悪ぃ気がするぜ。
「それなら仕方無ぇな。あんたの旦那といい、似ている奴ってのを見てみたかったぜ」
「はははは、あいつは、あんたよりももっと歳が上さ。あたしと同い年だね。生きていたら今年で38歳になるんだし、すっかりおっさんになって似ても似つかない姿になってるのかもしれないねぇ」
ん? 今なんてった? 今年で38歳?
なんて偶然なんだ、俺と同い年じゃねぇか。
そうか、俺ってこの髪型すると若く見えるから勘違いしてるんだな。
「いや、俺も今年で38だぜ? ちっとばかし若作りしてるけどよ」
「え? ……え?」
コウメの母親が急に驚いた声を上げて黙ってしまった。
心なしか小さく震えているようにも見える。
どうしたんだよ? いきなり黙られると仮面の所為で不気味さ100倍なんだが。
もしかしてあれか? 同い年の俺がこんなに若いって事を受け入れられねぇってのか?
仮面で顔を隠しているから分からねぇが、38歳ってぇと本来なら普通に老いが目立ちだす頃だろうし、俺の若さの秘訣ってのに興味が湧いたのかもしれねぇな。
しかし、すまん。
俺が若いのはただ単に、
教える事なんてのは出来ねぇよ。
「……ショウ……タ?」
「え? いまなんて言った?」
若さについて聞かれたらなんて言い訳しようか考えていると、コウメの母親の方から、小さく呟く声が聞こえて来た。
仮面の所為で声が少しくぐもっているので聞き取り辛くはあったが、それは忘れられない響きだった。
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