第102話 神の落とし子

「貴様っ!! 先生になんて事を!」

「先生の悪口は許さないのだ!!」


 治癒師の言葉にそれを聞いていたダイスとコウメが、凄まじい殺気を放ちながら吼えた。

 今にも飛び掛らんばかりの勢いだったが俺が手で制す。

 あまりの事に治癒師は悲鳴も上げる事が出来ず、その場にへたり込んでしまった。

 まぁ、英雄と勇者、その二人からの殺気なんだから仕方有るまい。

 気絶しなかっただけまだマシな方だ。

 因みに二人の叫ぶ気配を感じた俺は既に周囲に認識疎外と位相変位を掛けてある。

 特に今回の位相変位は声の周波数に逆位相が掛かる仕組みにしているのでこの範囲内でどれだけ騒ごうが外には聞こえねぇから、二人の怒号も隣の部屋の隊長の耳には届いてねぇ。


「まぁ、お前らちょっと待て。怒ってくれるのは嬉しいが、まずはどう言う事か話を聞こうぜ?」


 ダイスとコウメが怒ってくれたのは俺の身バレを気にしたと言う事も有るだろうが、俺が人間じゃねぇと言うのをどこかで認めたくなかったりするんじゃねぇかな。

 人間の身で隕石レベルの氷弾は別として、火山を抉ったりや『三大脅威』と渡り合える奴なんざ居る訳ねぇしよ。

 心の中では俺の事を人間のカテゴリから外していてもおかしくねぇさ。


 『あなたは人間ですか?』


 俺自身これ・・についての回答は分からねぇ。

 この身体は神が元の世界の俺の身体に似せて作っただ。

 ふぅ、しまったな。

 今まで『診察』の魔法を使う必要が無かった所為で、唱えた結果がどうなるかなんて知らねぇ。

 記憶の中で母さんは『身体の健康状態が分かる魔法』とは言っていたが、どんな風に分かる・・・のかまでは説明してくれなかった。

 まぁ、記憶の中では母さんの事を魔術師としか認識してなかったし、知らなくて当然だと思っていたぜ。

 いや、作られた記憶に思っていたも何も無ぇんだけどな。

 唱えたら俺の正体がバレる代物とは思わなかった。

 さっきの俺を見たあの異物を見る様な目・・・・・・・・

 過去にも向けられた事が有る。

 そう、あれは二十年前、あの事件の時だ。

 村人達を切り捨てた後、レイチェルの無事を確認する為に駆け寄った時。

 レイチェルは同じ目で俺を拒絶して罵った。

 俺が何に見えたんだろうな。


「なぁ、話してくれねぇか? さっきの魔法で何が見えたのか? をよ」


「あ……あ、あわあわ……」


 いまだに二人から向けられた殺気の余韻から回復していない……。

 いや、いまだ殺気が絶賛放出中か。


「おい、二人共。こいつが怖がってるじゃねぇか。こいつはただ単に俺の傷を治そうとしてくれただけなんだ。その殺気は止めろ。ほらスマイルスマイル。な?」


 俺が手で制した後ろから、激しい怒りを目に浮かべたまま治癒師を睨んでいる二人に注意した。

 俺の言葉に二人はしぶしぶ怒りを収めて、無理矢理な笑顔を浮かべる。

 いや、その笑顔の方が怖いわ!

 可哀想に治癒師の奴、失禁しそうなレベルで怖がってんじゃねぇか。


「すまねぇな。今言った通り、お前は悪くない。怖がらなくていいぜ。っで、さっきの言葉の意味を教えてくれねぇか?」


 自分に突き刺さっていた殺気から解放された治癒師は、少し深呼吸をして俺の目を見て来た。

 口をぎゅっと結んでごくりと唾を飲んで気持ちを整えたのか口を開く、


「あ、あの……。あなたは。いえ貴方様は……、もしかして神……であらせられるのではないでしょうか?」


「ブゥゥゥゥゥ! は? はぁぁぁぁ? 俺が神?」


 何言ってやがるんだ?

 俺が神だと? 馬鹿も休み休み言え!

 今の言葉にダイスとコウメも顎が落ちんばかりに驚いている。

 無理もねぇ、てっきり『貴方は化け物か?』とか『もしや魔族ではないか?』とか言ってくると思ってたからな。

 神とか想像を超えてるわ。


「い、いえ、言葉を間違えました。女神クーデリア様の御子であらせられるのではないでしょうか?」


 あぁ、あぁ、それなら分かる。

 要するに神の使徒と言う意味ね。

 いきなり『あなたは神か?』とか言いだすからビビったじゃねぇか。

 くそ、『診察』で神の使徒がバレるって予想外だぜ。

 今まで知らずに拒否ってたが、俺グッジョブだったんだな。


「俺にはちゃんと両親は居るしよ。御子って訳じゃねぇが、察しの通り普通の奴じゃ無ぇのは確かだぜ」


 バレてるんなら仕方無ぇし、あっさりゲロった方が良いだろ。

 とは言え、はっきりと『神の使徒』と口にするのは止めておこう。

 いきなり『神か?』とか聞いて来る危ない野郎に言っても良い結果にはならないだろうしよ。

 どうやって口止めするかな。

 しかし、『診察』が接触魔法で良かったぜ。

 『鑑定』の様に遠隔で使えるんじゃ、教会の目が光っている現在、街歩くだけでも見つかる可能性が高いしな。


「いえ、そうではないのです」


「え? そうでないってどう言う事だ?」


 普通じゃないってのに納得するのかと思いきや、俺の言葉を否定して思いつめた顔で俺を見詰めて来た。

 その目には異物を見ると言うよりも、畏敬の念。

 いやそれより、まるで神そのものを見ているかのような良く言えば敬虔な信徒、悪く言えば凶信者の様な念を感じる。


「先程貴方様を診察させて頂きました時、貴方様の存在を理解致しました」


「いや、理解したって良く分かんねぇって。詳しく話してくれよ」


「分かりました。主の仰せのままに」


 おいおい、とうとう俺の事を『しゅ』とか言いだしちまったよ。

 なんかこいつヤバくないか?


「『診察』の魔法は健康状態だけでなく、コンディションを数値化した状態で見る事が出来るんです。その値が尋常じゃない数値でした」


 コンディションを数値化って、まるで小説や漫画で良くある『ステータスオープン!』って奴じゃねぇの?

 くそっ! この世界には無いと思って諦めてたのに、『診察』がそんな面白魔法だとは知らなかったぜ!

 今まで損したなぁ~、使っとけば良かったぜ。

 さすがにレベルとかスキルとかは無いだろうけどよ。

 そんな物が分かっていたなら、もっと話題になって俺でも知ってただろうし。


 とは言え、数値だけの話なら安心した。

 身体が丈夫って言うのはそう言う事だったんだな。

 あまりにも高い数値でビビッていたって事か。

 身体の構造が違うとか、心臓に毛が生えてるとかじゃなくて良かったぜ。


「数値が高いのは、そらアレだ。両親の遺伝って奴だな」


 ホッと胸を撫で下ろして治癒師にそう言った。

 はぁ~ビビったビビった。


「遺伝? い、いえ、それだけじゃないんです!『診察』で分かるのは!」


「え? まだ何かあるのか?」


 安心したのは束の間。

 かなり思い詰めた顔で地面を見ながら治癒師は声を上げた。


「ご存じないかもしれません。この大陸に有る教会の総本山。聖都ガイゼリンに建てられている大聖堂の地下。そこに眠る『神の落とし子』の存在を」


「か、『神の落とし子』だと……? なんだそれ?」


「私の様なガイゼリンで修業した一部の見込み有る治癒師しか知らない事です。伝承によると遥か太古、まだ人間が獣の如き生活をしていた頃の話です。争いの絶えない殺戮の日々に明け暮れる人々の事を嘆いていた女神が、争いを止める様にと自らの御子をこの地上に遣わしたそうです」


 なんだそれ? 遥か太古? しかも文明が存在しない頃の話だと?

 俺の知っているこの世界の成り立ちと違う。

 誰かが作った話って訳か。

 だが、『遣わした御子』ってのはなんだ?

 今でも眠っている様な事を言っていたが……。


「その御子が争いを鎮めて教会を創立したって言うのか? んでそれが今でもその街の地下に眠ってるだと?」


 同一視されているんなら俺がここに居る事で否定される筈だ。

 眠って居る者が居なくなりゃ騒ぎになるだろうしよ。


「いえ、御子は最初からお眠りになっております。女神様はこう言ったそうです。『やがてこの子が目を覚まし世界を救うでしょう。但し、その時にまだ人々が争いをしていた時は……、その子は地上を見限り天に帰ります』と。それを聞いた初代教皇は迷える人々を纏め上げ、教会を設立したと言う事です」


 う~ん、各国の建国の話とも微妙に合わねぇな。

 その矛盾に今までよく諍いが無かったものだぜ。

 それらの話が全部本当で全部嘘って事も有り得る。

 なんせ、この世界は神々が自分達の娯楽の為に作った虚構の世界なんだしよ。


「おいおい、俺はその御子じゃねぇぜ? なんせ生まれてから今年で38になったんだ。いまだにその御子は地下で眠っているんだろ?」


「それは……そうです。地下に今も眠る御子と貴方様は違います。しかし、貴方様を『診察』した際、その御身体の構成体が神の土と呼ばれる『アダマ』であったのです。それは御子と同じ御身体であると言う事。私達一部の治癒師は御子の身体に触れ『診察』の魔法を唱える事を許されております。だから知っていたのです」


 治癒師の口からもたらされた信じられない言葉。

 俺の身体が神の土で出来ている?


「な、な、ななんだそれ! 俺の身体は土塊って言う事かっ! 俺は神に作られた人形おもちゃって言うのか!」


 俺は心の内から湧き上がる激昂を抑える事が出来なかった。

 自嘲でそう思った事は数知れず、しかし他人から神のおもちゃなんて言われるなんて思いもしなかった所為で、感情を止める事が出来ない。

 今度はダイスとコウメが飛び掛かろうとする俺の身体を掴まえて抑えている。

 いや、くれた・・・と言った方が良いか。

 そうじゃなきゃ、力任せに思わず首を締めあげていたかもしれねぇからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る