第101話 診察魔法
「あなたが噂の教導役であるシータ殿。でよろしいですか?」
間違った名前を広めた奴の影響力すげぇなとか考えていると、隊長っぽいのが俺の名前を聞いて来た。
ここは入り口や階段と違って、ちゃんとした明かりが灯っているので衛兵達の表情を窺い知れる事が出来る。
その表情に警戒色は消えており、何故か畏まった顔になっているのが不思議だ。
いや、噂の教導役にして『踊らずの姫君』の最初のパートナーかもしれねぇってんだからそう言う顔にもなるか。
しかし、どうすっかなぁ~?
下手に誤魔化してもさっきの二の舞になりそうだし、『はいシータです』って言うのもなんか違うよな。
門番達に『ソォータ』の名前で
折角違う名前がまかり通ってカモフラージュになってるんだ。
あえて俺と紐付けちまう必要は無ぇさ。
「い、いや、俺の名前はソォータってんだ。シータじゃ無ぇよ。別人だ」
二人から呼ばれている『先生』って呼称には触れねぇで、勘違いしてくれている『噂の教導役シータ』じゃねぇと言えばなんとか誤魔化せるだろ。
色んな所で俺の事を吹聴していたダイスは置いておいて、
いや、さっきの逃亡劇で広まっちまった気もするが、それは次の新聞が発売されてからだろうしな。
こいつらはまだ知らねぇと言う事だ。
「ふふっ」
「あはは」
「ハハハハッ」
俺がこれで矛先を変えられるかと思っていると衛兵達から笑い声が上がった。
あれ? 急に笑い出したぞ? 俺なんか変な事言ったか?
それともこの顔が『シータ』ってのが衛兵達の間では既に広がってるって事は無いよな?
門番達は知らねぇようだったから違うと思うんだが……。
「ふふふっ。ようこそソォータ殿。あなたが栄えあるシュトルンベルクの教導役シータ……いえ、
「へ? なんでそれを知ってんだ?」
「実は王よりあなたが城への隠し通路にやってくる可能性が示唆されておりまして、『来た場合は丁重に持て成せ』と既に我々の様な各場所の隠し通路の衛兵へ通達済みなんですよ」
隊長っぽいのが笑いながらも申し訳無さそうにそう言って来た。
へ? 国王から通達が有っただと?
しかも丁重に? だから急に態度が変わったってのか。
「え? じゃあ、今のはからかったって言うのか?」
「すみません。と言ってもダイス殿達が出て来るまで不審者と思っていたのは確かです。最初転がって現れた時は賊だと思っていましたし」
隊長っぽいのは申し訳無さそうに謝りながらそう言って来た。
まぁ、突然転がって現れたらそりゃビビるよな。
階段トラップに引っ掛かった奴な訳だしよ。
それよりも、こいつ等は噂の教導役がシータじゃねぇと言う事を知っていたのか。
う~ん、やるな国王。
なんて用意周到なんだ。
こうなる事を見越して隠し通路の衛兵達に俺の事を伝えていたとはよ。
こいつらが何処まで俺の事を知っているのか気になるが、下手に探りを入れると墓穴掘りそうだし止めておこう。
勇者の従者二人は仕方無いだろうが、一般兵にまでは俺の力の事を喋ってるとは思えねぇ。
少なくとも姫さんのお付きの騎士でも有ったジュリアは知らされてねぇみたいだったしな。
「あぁ、なるほどな。まっ誤解が解けたなら良いって事よ。ダイスが言った通り新聞記者達に追われててな。ちょっと野暮用で国王に会わなくちゃいけねぇんだ。ここを通して貰うぜ」
「はい、それはいいんですが、怪我は大丈夫ですか? 豪快に転げ落ちて来ましたよ? 最後のジャンプも驚きましたが、普通なら起ち上がって喋れる事さえ驚きです。服だってビリビリになっているじゃないですか」
隊長っぽいのが心配そうに俺を見てそう言って来た。
周囲の衛兵達も『そう言えば』とか『なんでピンピンしてるんだ』みたいな事を囁き合っている。
まぁ確かにそうだ。
長い階段だった所為で、かなりの長時間転がっていた訳だしよ。
俺なら連続ピコピコハンマーの刑で済むんだが、普通の奴なら死んでてもおかしくねぇ。
しかし、改めて考えると単純だが凶悪なトラップだぜ。
「い、いや、それはアレだ。け、怪我しねぇ転げ方って奴が有るんだよ。服が破れてるのは階段に落ちる時にコウメを道連れにしかけたんで、無理矢理引き剥がしたら破れたんだよ。ほら、手に俺の服の切れ端持ってんだろ」
俺がそう言いながら指でコウメの手を指した。
それを見て『あぁ、なるほど』と衛兵達は納得している。
「しかし、打ち身と言うのは次の日になって腫れて来たりしますし。おい、ソォータ殿の治療を」
「分かりました。ソォータ殿、患部を拝見しますね」
隊長っぽい……、いやもう隊長だろこいつ。
さっきから、こいつが代表で喋ってるしよ。
その隊長が治癒師と思われる奴に指示をしている。
う~ん、俺自身は大丈夫なんだが、一応国王から丁重にって言われているみてぇだしな。
なんか有ったら責任問題になるってんだし、好きなようにやらせてやるか。
俺は拒否するのを止めて、治癒師の言う通りに腕やら頭やらを見せる事にした。
「ふぅ~む。確かに外傷は有りませんね。けど、こう言うのは逆に内部にダメージを負っている事が有りますから……、失礼します。
あっ、しまった。
こいつ『診察』掛けやがった。
『診察』はその名の通り、怪我や病気と言った症状を
治癒魔法が免許制な理由なのは、この世界はゲームや小説の様にただ単に回復魔法を掛けたら治るって代物じゃなく、治癒対象の症状をきちんと把握しておかないと、骨折は曲がったまま繋がるし、傷にしたって血管や神経が切れたままになっちまう。
だからこそ、教会の講習を受けて人体の構造の基礎を長い時間掛けてきちんと勉強する必要が有る。
そもそも入信数日で五人の患者を任されていたメアリなんてのは、まごうことなき天才で、元々聖女候補だったってのは今思うと納得だ。
んで、この『診察』は、
人体の構造の基礎がきちんと頭に入っている事が前提だが、この魔法を掛けると対象の内部ダメージが手に取る様に分かるって代物で、間違った治療をするなんて事故の発生を抑えられる。
便利っちゃ便利なんだが、
要するに俺の身体の中を見られるって事なんだよな。
力に目覚めてから先日メアリに疲労回復をして貰うまで、他人に治癒魔法を掛けて貰った事が無かったんだが、それはそんな理由だ。
つい気が抜けて了承しちまった。
で、その事の何が『しまった』のかと言うと、まず一つは俺には『鑑定』が効かないと言う事。
これに関しては最近知ったが、いつからそうなのかは知らねぇけど、俺に『鑑定』を掛けると頭痛がするレベルで警告音が脳内に響き渡るらしい。
じゃあ『診察』は大丈夫なのか?
少なくとも力に目覚める前の俺はそんな事は無かった筈だ。
レイチェルは普通に『診察』を掛けてたしな。
それ以外の奴に掛けられた事は無いが、レイチェルは何も言わなかったし問題無ぇんだと思う。
最近にしても無意識に『診察』を発動しているメアリにもそんな様子は無かったんで大丈夫だとは思うんだが、
本来聖女になるべく治癒の力に目覚めたんだし、ある意味神様のお墨付きの人物だ。
それが神の
そして、もう一つ。
仮に素性を探る『鑑定』と違い、神の奇跡の代理で有り症状を確認するだけの『診察』は大丈夫だったとして、殆どダメージを受けて無ぇってのは人間としてどうなんだ?
言い訳はしたが、限度ってものが有るしな。
どっちにしても、更なる言い訳が必要になりそうだぜ。
「あれ? あれれ?」
思った通り、治癒師が『診察』の結果に素っ頓狂な声を上げている。
先輩達の様にのたうち回らなかった所を見ると、頭に警告音は響かなかった様だ。
んじゃ、ダメージが無ぇってのに驚いてるのか?
取りあえず軽く理由を聞いて、その後は言い訳畳掛けて無理矢理納得させるしかねぇな。
「どうしたんだよ? 『診察』でそんな声上げられると不安になるじゃねぇか」
「え? えぇ、こんな事初めてで……」
んん? 初めて? なんだその言い方は。
『ダメージが無い』のが『初めて』って事か?
いや、違うな。
今のこいつはそんな顔をしていねぇ。
まるで異質な
俺の身体がどうしたってんだよ。
「初めてってどう言う意味だ?」
恐る恐る理由を尋ねる。
なんかこいつが不味い事言いそうになっても良い様に、位相変位の魔法でも準備しとくか。
「あ、あなたは……。い、いえ、ははははは。い、いや~、すごい丈夫なんですね。全く怪我が無いんで驚きましたよ。さすがは噂の教導役だ。シュトルンベルクの冒険者達が強い理由が分かりましたよ」
「え? あ、あぁ、ありがとうよ」
拍子抜けた治癒師の回答に、身構えていた分だけ脱力感に苛まれた。
なんなんだってんだよ。
勿体ぶってビビったじゃねぇか。
治癒師の言葉に周囲の皆もホッと肩を撫で下ろしている。
まぁ、こいつらの場合は俺になんか有ったら国王に怒られるからだろうけどな。
「じゃあ、ここを通して貰うぜ」
「はい、城はその道の先です。ただ少々入り組んでいますので案内いたしますが、その前に何か服を用意しますね。おい、ソォータ殿に着替えを用意してくれ。あとソォータ殿が行く事も国王に伝えるのだぞ」
「はい、ただいま」
隊長が衛兵に指示を与えている。
それと共に数人の衛兵達が城に続くと言う通路に姿を消した。
あぁ、着替えね。
元々汚れてるってんで新しい服買いに行くところだったんだよな。
それが、今じゃコウメの所為でボロボロだ。
こんななりじゃ国王に会うどころの騒ぎじゃねぇや。
「あぁ、すまねぇな。よろしく頼む」
そう言って、俺達はテーブルを囲んでいる椅子に腰かけ服が来るまでここで待つ事にした。
隊長自らがお茶入れてくれるらしく、部屋の奥の方にある扉の中に入って行く。
そっちに台所でも有るのか?
まっ、そんな態度取るのは恐らく俺が国王にコネが有るのが分かっているからだろう。
要するにポイント稼ぎってやつだな。
俺にサービスして国王に『あの隊長は良い奴だ』とか言って欲しい訳だ。
いいぜ、世話になったのは確かだから機会が有ったら言っておいてやるよ。
「あ、あの……」
そんな事を考えていると突然俺に声を掛けて来る奴が居た。
衛兵達が捌けちまったもんだから、今この場には俺とダイスとコウメの三人とさっき俺を治療しようとした治癒師だけ。
ダイスとコウメは目の前に座ってるが、その声の主の方を見ている。
即ち声を掛けて来たのはその治癒師だ。
「どうしたんだ? さっきは治してくれようとしてありがとうな」
「い、いえ。あの一つ聞いていいですか?」
突然の言葉に俺だけじゃなく、ダイスとコウメの間にも緊張が走る。
治癒師の表情は何やら思いつめた顔をしていた。
「な、なんだよ? やっぱりさっき何かあったのか?」
そう言えば、こいつさっき最初に何か言い掛けて止めたような感じだったな。
一体何を言おうとしてたんだ?
この感じじゃ、人が居なくなるタイミングを計ってたみてぇじゃねぇか。
「あ、あの、あなた……。あなたは、本当に人間なのですか?」
「へ?」
突然治癒師の口から飛び出した質問に、俺は言葉を失った。
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