第99話 再会
「時間が有ったら明日にでも俺の婚約者に会って下さいよ。今の俺が有るのは先生のお陰だって以前から言ってましたから、お礼を言いたいと会いたがっていましたよ」
あれからも色々と話しながら服屋を目指して歩いているとダイスがそんな事を言って来た。
以前からって言う事は、勘当されながらもちょこちょこ国には帰っていたようだな。
ダイスの話だと、その子は前王の孫娘と言う事だが、王家としてそれなりに権威の有る立場だろうに、一族の落ちこぼれと言われていたダイスとなんで婚姻なんか結んだんだ?
生まれる前から決まっていたのか、それとも別の思惑が有ったのか……?
しかも、悪ガキで勘当されてもなお、その関係は解消せずにずっと帰って来るのを待っていたって話だし、一度話を聞いてみてねぇな。
「あぁ、いいぜ。って、力の事については勿論言ってねぇよな?」
まぁ、ダイスの事だから大丈夫だろうが、俺の力を知っていると知らないでは対応が違うしな。
って、あれ? ダイスの奴、急に立ち止まったぞ?
振り返ってダイスの顔を見ると目を逸らしながらポリポリと頬を掻いていた。
「えっ? ……えぇ、大丈夫ですよ。はい。言ってません」
「ん? 何だよその歯切れの悪い言葉? お前まさか?」
「ち、違いますよ! 言ってませんって! ……はっきりとは」
「言ってんじゃねぇか!」
「ち、違うんです。昔、まだ先生の過去を知らない頃に『先生は王家の伝承に出て来る勇者に違いない』って言っただけです」
あぁ、こいつの王家にも魔族の話が残っているんだったな。
この前の話でもちらっと言っていたが、俺の事をずっと伝承の勇者と信じていたらしいし。
『勇者かも』程度なら、まぁ問題無いだろ。
自分よりはるかに強い奴を見て、伝承と結びつけたくなるって気持ちは子供には有りがちだしな。
まぁ、実際合っていたんだけどな。
「本当にそれだけか? 『神の使徒』だとか『理を破る者』とか言ってねぇだろうな?」
「…………」
念の為に確認したら、またもやダイスの目が泳ぎ出した。
変な汗もダラダラと流している。
「……おい、まさか言ったのか?」
「い、いや、俺の口から言ってはないんですが……」
相変わらず歯切れが悪ぃな。
どう言う事なんだ?
言ったってのなら、はっきりそう言ってくれた方が会った時の対策が立てやすいんだが。
「……怒らねぇから、どう言う事か説明しろ」
「うぅぅ、すみません。あのですね、家の王家の伝承の最後の文には『やがて、理を破る神の使徒たる勇者が西の大陸より訪れて魔族を打ち滅ぼすであろう』と締められているんですよ」
「ぶぅぅぅぅぅ!! なんだそりゃ! ……ってヤバいヤバい」
思わぬ大声を出してしまった。
辺りは……? ふぅ、気付かれちゃいねぇな。
「なんだよ、その具体的過ぎる説明は! ピンポイント過ぎるだろ!」
これだけ説明されていたら、『伝承の勇者かも』と言うだけで『理を破る者』+『神の使徒』確定じゃねぇか。
くそ~神の奴め!! なんて話を残しやがったんだ!
「その伝承って、その婚約者も知ってるのか? なんかこの国では成人男子だけって話だぜ?」
「へぇ~この国ってそう言う仕来り何ですか。けど、うちの王家の場合、その伝承を記した石碑が王座の間に飾られているんですよ。ただ王家の血を引く者しか読む事が出来ない魔法が掛かっているんで普通の人は読めませんが。だから彼女も知っていますね」
そんな物、王座の間に飾るなよ……。
いや、なんか見栄っ張りな王家っぽいし、神から託された王位の正当性を見せびらかしたいのかもな。
頭が痛いぜ。
「すみません。俺の不注意で」
「……いや、良い。今まで世間にバレていないってんだから、その子は周りにベラベラ喋る奴じゃねぇって事だろ。それよりもお前の兄弟には言ってねぇだろうな?」
「それは有りませんよ。兄達には先生の事は言っていません。言ったらあの兄達の事ですし、絶対に嫌がらせして来ると思いますし」
「あぁ、だろうな。それに多分『俺達も鍛えてくれ』とか言いそうもない気がするしよ」
「えぇ、先生の言う通りですね。王家の力に胡坐掻いて他者を見下している所が有りますから。それと婚約者には今まで以上に秘密にするように言っておきます」
「頼むぜ。最近俺の力を知っている奴が増えて来ちゃいるが、知られないに越した事はねぇからな」
そう言うとダイスは力強く頷いた。
知っている奴が増えたと言うか自分から言っているんだけどな。
まぁ言わざるを得ない状況だったんだが、ダイスだけに強く言う事は出来ねぇや。
「取りあえず、服屋を目指すか。……ん? なんか向こうの方が騒がしいな」
気を取り直して服屋を目指して歩き出した途端、何やら通りの向こうから騒がしい音が聞えて来た。
――――タタタタッ
遠くで何かが走っている様な音と共に悲鳴の様な声も聞こえて来る。
何か事件でも起きたのかと目を凝らし耳をすました。
「何事でしょう?」
騒ぎに気付いたダイスも立ち止まり様子を伺っている。
心なしか音はだんだんと近付いて来ている様だ。
――――ダッダッダッダッダッダッ!
気の所為じゃなく確実に何かが走って近づいて来ている様だ。
しかし、人気の多い通りを見るにその姿は窺い知れない。
いや、時折その人混みの頭が、何かを避ける様に動いているのが遠目に見える。
その雰囲気から地面近くに何か原因の物が有る様だ。
それは、まるで一直線に俺達の方に向かっている様に近づいて来ていた。
まさかな、特注の認識疎外の魔法を掛けているから俺達の存在なんて分かる訳ねぇ。
何かは分からねぇが、偶然だろ。
悲鳴って言っても驚いてるだけっぽいし、子供が人混みを走っているだけかもな。
「子供か、犬ですかねぇ?」
同じ事を思ったダイスが首を傾げている。
ん? 何かしゃべり声も聞こえて来たな。
「……ぇぇ!!」ダッダッダッダッダッダッ!
足音共に何かを叫ぶ声も近付いて来るのが分かった。
どうやら、走っている奴が叫んでいる様だ。
人混みが邪魔して良く聞こえない。
「あっ、この声」
近付いて来るモノに気付いたのか、ダイスが声を上げた。
どうやら叫び声を上げている奴に心当たりが有る様だ。
そう言えば、俺もなんか心当たりが有るような気がするな。
声の主を確認しようともう一度耳を澄ませる。
だいぶん近付いて来たようで、その声が何を言っているのか分かって来た。
更に、人混みもまるでモーセの葦の海割れの如く、サァ――と開けて来ている。
「……せぇーーーーー!」ダッダッダッダッダッダッ!
おいおい、この声ってもしかして。
心当たりが有るどころじゃない。
しかし、なんで大声出して走ってんだ?
俺の居場所は分かる訳ねぇってのに。
もしかして、ジュリア経由で俺が来た事が伝わったのかもな。
んで、俺を探して走り回ってるって事か。
傍迷惑なこった。
「せんせぇーーーー!!」ダッダッダッダッダッダッ!
おっ、姿が見えて来た。
少し離れた場所の人混みが左右に分かれて、そこから思った通りの人物が現れる。
久々って程じゃねぇな。
別れてから一週間振りくらいの再会だ。
相変わらずちっこいな。
そう、俺の目線の先に現れたのは、幼女勇者のコウメだった。
今日の服装は前回と違ってスカートを履いており、またかわいらしい髪留めをしているので、初対面の時の様に男の子には見えず、普通に女の子と言った印象だ。
最初からあんな格好をしてくれていたら、男だと間違わず喧嘩にもならなかったかもしれねぇのによ。
まぁ、冒険に出る訳じゃねぇんだから、普段はこんなものなんだろう。
「コウメちゃん。今日は随分とおめかしをしているなぁ」
と、勝手にそう思っていると、隣でダイスがコウメの格好の感想を述べた。
ダイスの顔を伺うとなんだか楽しそうだ。
なんだってんだよ。
しかし、ダイスの話からするとこの格好は普通じゃねぇって事なのか?
「どうするかな。今俺達の事見えてねぇからこのまま通り過ぎるだろうが、このまま王都中を『せんせーー!』って叫びながら走り回られるのも問題だぜ」
「せ、先生? まだ魔法は掛かっているんですよね?」
不意にダイスが変な事を聞いて来た。
魔法が掛かってるかってなんだよ。
えぇと……、魔力は消えてねぇ。
「あぁ、ビンビンに掛かってるぜ。どうした?」
「いや、なんかコウメちゃん。まっすぐ俺達の方に走って来てませんか?」
「ん? 確かにそうだな」
「それに、なんか先生の方をガン見している様に見えるんですが」
「えぇ~? そんな筈は無いだろ。たまたま目線上に俺が居るだけだと思うぜ。ほら横に避けたら……」
ダイスの言葉通り、さっきから目が合っている様な気はしていたが、分かる訳ねぇんで考えない事にしていた。
なんせ認識疎外の魔法が掛かっているんだから、たまたまだろうぜ。
それを確かめる為、コウメの目線から身体をずらしたが……あれ?
「先生、あれ確実に見えてません?」
「そんな筈は……」
コウメの目は俺が移動するに合わせて方向修正して、身体も真正面に捉えてそのまま爆走して来た。
これもたまたま? いや、違う! 完全に獲物を狩る目だ!
「せんせぇぇーーっ! 会いたかったのだーーーー!!」
「なんで分かるんだよ!! グワァッ!!」
コウメは更に速度を上げ、まるで砲弾の如く俺に凄まじいスピードのまま体当たりして来た。
いや、実際には抱き付いて来たんだろうが、生身の人間なら普通死ぬ。
多分オーガくらいでも絶命するんじゃねぇか?
俺でさえ防御を突き抜けてダイレクトにダメージが来て吹っ飛びそうになったぜ。
何とか耐えた俺だが……。
「勇者様が男の人に抱き付いたぞ?」
「え? さっきまでそこに人居たかしら?」
「隣にはダイスさんが居るぞ。気が付かなかった」
「先生って言ってるけど誰なんだ?」
「もしかして事案?」
とか何とか、周囲の奴等が好き勝手言い出しやがった。
今の衝撃で魔法が切れてしまったようだ。
「勇者の先生ってなんだ?」
「ダイスさんこんな所に居たのか!やっと見つけた……。 あっ、抱き付いてる相手はさっき風呂場に一緒に居た人だ」
ゲッ、新聞記者まで居やがった。
あれから急にダイスの姿が見えなくなったから探していたのか。
「確かダイスさんも先生と呼んでいたぞ。もしかして、あれが噂の教導役のシータなのか?」
「いやいや、舞踏会の時はもっと若い奴だって話だった。あれただのおっさんだろ?」
うるせぇ! あん時は正装してたんだっての!
けど、このままじゃやべぇぞ。
折角名前間違って勘違いされているのがバレちまう。
「お、俺は、違うから。先生って言っても、……そう、歌の先生だから。じ、じゃあさよなら~」
周囲の突き刺さるような俺への追及の目に耐えられなくなり、適当に誤魔化して張り付いたコウメをそのまま抱いて走り出した。
「あっ逃げたっ! 追うぞ」
くそっ、当たり前だが誤魔化し切れなかったか。
後ろから新聞記者だけじゃなく、野次馬まで一緒になって追って来やがる。
「おいっダイス! 仕方無ぇ! このまま城まで逃げるぞ!」
「分かりました! 裏道を案内しますよ。付いて来て下さい。こっちです」
そう言ってダイスが俺の前に出て、左の角を曲がって行った。
俺もその後を追う。
「くそ~、どうしてこうなった」
いまだ俺の胸に張り付いてるコウメに目を落とし、愚痴を零した。
ちっ幸せそうな顔しやがって。
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