第98話 俺だけで十分だ


「いや~すみません。思わぬ時間を取ってしまいました~」


 温浴施設前で待っていると、頭を掻きながらダイスがそう言って玄関から出て来た。

 先程のダイスの口から飛び出た爆弾発言の数々に、とうとう耐え切れなくなった新聞記者達が殺到した為、まるで記者会見会場の様な雰囲気になってしまったので、俺だけ抜け出て外で待つ事にしたんだ。

 あのまま残ってたら、俺にまで取材が来そうだったしな。

 ダイス程じゃないにしても、そのダイスを鍛えた教導役てのもそうだし『踊らずの姫君』の初めての相手と言うのは、先輩の話によるとトップニュースだからよ。

 顔が知れ渡ってなかって良かったぜ。

 あっ、あと俺の名前をシータと間違えたまま広めた奴にも感謝しないとな。

 門ではえらい目に会ったが、お陰で風呂の中でダイスが何度も俺の名前を呼んでいたが記者達は反応しなかったんだしよ。


「ん~。まぁ、すっかり日が傾いちまったな。まっ時間が押している方が良いや。用件だけ言って帰れるしよ。それに昼間じゃ国王に対してアポ無し面会はさすがに俺達のコネでも難しいだろ」


 日の傾きかけてはいるが、それなりに人で賑わっている大通りを服屋目指して話しながら歩く。

 勿論、メアリと初めて会った際に使った認識疎外と位相変位の魔法で偽装済みなんで他の奴等にゃこの会話は聞えちゃいねぇ。

 特に今回はダイスが出て来るのを待っている間、時間を掛けて構築した自信作の特注魔法だ。

 国王が持っている天眼や、アメリア王家の感応能力レベルの力が無きゃ見破られねぇ自信はあるぜ。

 何処で記者達の目が光ってるかわからねぇし、用心するに越した事なねぇさ。


「そうですね~。先日の『城喰い』出現以降各国の使者が引っ切り無しですし。まぁ、英雄授与式もその所為で伸び伸びになってしまってますね。はははは」


 そう言いながらダイスは笑っちゃいるが、風呂でのコウメの親父の話じゃ無ぇが聞いておきたい事が有ったんだ。

 勿論、俺が無理矢理押し付けた英雄授与についてだ。

 いや、こいつが英雄に相応しいのは各地での数々の功績が物語ってるし、実際魔族の眷属襲来の際にも冒険者達の指揮を執り、無事死者や重傷者を出す事無く見事撃退している。

 そりゃさすがに女媧本体には太刀打ち出来なかったが、そもそも俺がシュトルンベルクに住んでなきゃ襲ってくる事も無かったんだからノーカンだな。

 それに今は届かなくても、こいつなら女媧程度なんて近い内に倒せる様になるだろうさ。

 まぁ『世界三大災厄』は無理だろうけどよ。


「なぁ、ダイス。ちょっといいか?」


「何です先生? ……もしかして、俺に魔族の後始末を自分が目立ちたくないからって理由で全部押し付けた事を謝ろうとでも思っているんですか?」


「ぐっ……」


 言おうとした事を先に言われちまった。

 なんかこいつには俺の考えが読まれちまうんだよな。

 またさっきみたいに怒られちまうか?

 そう思いダイスの顔を伺うと、想像と違いニコニコとほほ笑んでいた。


「やっぱり~。まぁ、そりゃ事後処理が大変だったのは確かですし、魔族退治の手柄まで俺の功績って言われるのには後ろめたさは有りましたよ。それにあの頃毎日徹夜でしたしね」


「う……、そいつぁすまねぇ」


 顔は笑っているが、出て来る言葉は俺への非難だよな。

 けど徹夜だったのは『賢者タイム』の意味を調べてたんじゃなかったっけか?


「ははははは。謝らないで下さい。色々大変でしたけど先生には感謝してるんです」


「感謝? どう言う事だ?」


「えぇ、その前に魔族討伐の功績なんですが、最初から俺の力じゃなく神様の加護のお陰って言っていたんですよ。そしたら女神様自身がそれを肯定する様な発言をしてくれていたそうじゃないですか。しかも神の使徒を遣わしたって言うおまけ付きで。当初俺がそうなのかと疑われはしましたけど、今じゃ神の使徒と一緒に戦った者として認識されるようになりまし、その通りなんで後ろめたさは解消されましたね」


「あぁ、そう言や神の奴そんな事言っていたか。しっかし俺の雑な対応の不始末で、そんな事にまで世話焼かしちまってたんだな」


 あの言葉はメアリの事だけじゃなくダイスの事へのフォローでもあったのか。

 二人共自分がやったって言う功名心に欲を出さない奴等で良かったぜ。

 いや、だからこそのフォローだったのかもな。

 どっちにしても本当に世話を焼かしちまった事は確かだな。

 クァチル・ウタウスの奴が言っていたのが本当なら『試作品の神モドキ』って話だが、俺にとっては途中で消えておきながら今もどこかでほくそ笑んでるだろうガイアなんかよりよっぽど神様だ。

 しかし、『神の使徒と一緒に戦った』か。

 まぁ、事実っちゃ事実だ……な。


「って、おい! 神の使徒と一緒に戦ったってのはどんな話になってるんだ?」


 俺の過去の罪がバレるってのと、神の使徒ってのがバレるのじゃ次元が違うぞ?

 そんな事が広まりゃ最悪教会の奴等に拘束される可能性だって少なくない。

 少なくとも老後をのんびり~なんてのは難しくなる筈だ。

 

「あぁ、安心して下さいよ。神の使徒は『後を頼む』と言う言葉を残して風と共に去って行ったと言っておきましたから」


「……それ、雑過ぎねぇか? 真偽魔法で引っ掛かるだろ」


「いや~嘘は言ってませんよ。『知り合いか?』と聞かれたら、『一緒に戦いましたから知り合いですね』って答えましたし、『過去に会った事は有るか?』と聞かれたら、『(幼い頃には)有りませんねぇ』って答えましたからね。まぁもっと範囲の狭い具体的な質問が来たら不味かったかもしれませんが、英雄候補に対して尋問まがいの事なんて出来ませんし、それに幾ら教会と言えど一国の王子に対して必要以上に拘束は出来ませんよ。お互い不可侵ですからね」


「お前……結構悪人だよな」


「酷いですね、先生~。策士と言ってくださいよ」


 こいつもなんだかんだ言って王族だし、成人と共に国を追い出される前まで権謀術数渦巻く中で育ったし、それ位は心得てるかもしれねぇな。

 それに少し聞いただけでもこいつの王家ってちょっと歪んでそうだしよ。

 色々とドロッとした経験積んでるんだろう。

 それがここまで表向きまっすぐ育ったのは、俺の教育の賜物ってのは自画自賛過ぎるか?

 まぁ、自由に旅する事でこいつ本来の優しい心が育ったんだろうな。

 しかし、それにしても真偽魔法ってザル過ぎねぇか?

 そんな簡単に抜け道作れるってんなら使えねぇな。

 まぁ、ラッキーとしておこうか。


「んで、俺に感謝ってのは何だよ?」


 まっすぐ育ったってのは違うよな?

 面倒事を押し付けたってのに感謝される謂れは無ぇと思うが?


「実はですね。少し前から英雄の称号授与資格は持っていたんですよ」


「へぇ~、そうなのか。なんで今までは受けなかったんだ?」


「う~ん、受けなかったんじゃなくて受けれなかったんですよね」


 ダイスは困った様な呆れた様なそんな複雑な顔をしながら腕を組んて首を捻っている。


「受けれなかった? どう言う事だ?」


「それがですねぇ~。実は俺の勘当の解消条件が英雄の称号を受ける事だったんですよ」


「はぁ~!? そりゃ初耳だな」


「えぇ、後から出された条件なんですよ。婚約者を待たせている身でしたからね。数年前にそろそろ冒険者として身を立てれたかなと思って実家に戻ると、『英雄と呼ばれる様になるまで城の門を通る事は許さん』って言われまして……」


 ダイスは当時の事を思い出したのか、口を尖らせてそう言った。

 思ったより怒っている風でもないのは先日兄達をボコボコにしてスッキリしたからかもしれねぇな。


「なら、なんで資格有ったのに受けなかったんだよ? あぁ受けれなかったって言う話か。何故駄目だったんだ?」


「ふぅ……。兄達の妨害なんですよ」


 目を瞑って呆れた顔でため息交じりにそう言い放った。

 相変わらずそこまで怒った風じゃないが、先程よりこめかみに青筋がピクピクしているので、これに関してはそれなりには怒っているようだ。


「何だよそれ? 妨害ってのは穏やかな話じゃねぇな」


 まぁ、最初の『英雄になれ』って話は分からないでもない。

 会った頃のダイスは手の付けられねぇ悪ガキだったし、王国にとっては目の上のタンコブだっただろうからな。

 この国の国王や姫さんまでも昔のダイスの話をした時にゃ眉をひそめるぐらい程だったし、多少の名声ではガキの頃に上げた悪名を払拭するのは難しいと考えたんだろうよ。

 だが、なんでその条件を妨害なんてしたんだ?

 自分の親族から英雄が出るなんて光栄な事だろうに。


「単純に言うと嫉妬ですよ。俺なんかが英雄になれるなんて訳が無いと高を括っていたんでしょう。いざ候補に挙がるや否や色々と難癖付け出して来ましてね。しかし、今回の魔物の大規模襲撃事件の功績はさすがに止めようが無く、これ以上何か言うと国際問題に発展しかねないと言う事で認めたようです。それでもグチグチと言って来たから俺が話を付ける為に国に戻ったんですけどね」


「あぁ~、なんか先輩が色々調整が必要って言っていたのはそう言う事だったのか。っで、どうすんだお前?」


「どうって……? どう言う事ですか先生?」


「いや、お前さっき国に戻るには英雄になるしかねぇって言っただろ。英雄になるんだから国に帰る事にするのか?」


 目的を達したんだ。

 寂しくはなるが、それを止める権利は俺に無ぇよ。


「あぁ、その事ですか。国には帰りませんよ」


 俺の質問にダイスが笑顔で答えた。

 気持ちが良い位の即答だ。


「いや、お前婚約者が国に居るんだろ? その子どうすんだよ」


「はっはっは。その事なら安心して下さい。彼女はこの国に連れて来ましたから」


「へっ?」


「一人じゃ俺に勝てないから全員で遅い掛かって来るなんて卑怯な奴等なんてこっちから縁切りですよ。彼女にその事を話したら喜んでついて来てくれました」


 おいおい、連れて来たってお前……。

 こいつ結構やる事なす事、大胆過ぎるだろ。


「そいつの親の立場ってもんが有るだろ? 大丈夫なのかよ連れ出して」


「安心して下さい。彼女は俺の再従妹はとこなんです。そのお婆様は前王の妃でありいまだに王国に大きな影響力を持つ太后様ですからね。幾ら現国王の息子と言えども手は出せません」


「はぁ……。そりゃまた」


 どや顔しているダイスに俺はそう答えるのがやっとだった。

 本当にこいつは……。

 俺なんかよりよっぽど物語の主人公をしてやがるぜ。


「だからですね、こんな切っ掛けを与えてくれた先生には感謝の言葉もありません。本当に有難うございました!」


 ダイスは急に改まった態度に身を整えると俺に感謝の言葉を述べながら頭を下げて来た。

 認識疎外と位相変位の魔法を使っているとは言え、道の真ん中で突然立ち止まって大声で頭下げるなんて目立つじゃねぇか。

 あくまで意識を逸らせる魔法なんだから、目立つ行動すればその限りじゃねぇ。

 嬉しいのは分かるが、ほら周りの奴等がキョロキョロしだしやがった……。

 

 …………。


 ホッ、何とか助かったみてぇだ。

 急いでダイスの口を塞いで、大人しくしているとキョロキョロとしていた通行人達は首を傾げてまた歩き出す。

 どうやら先程の声を勘違いと思ったようだ。

 さすが俺の自信作! いい仕事したぜ。

 前回の即席魔法なら一発アウトだったな。


「バッカお前! 大声出すなって。魔法が解けるだろ」


 俺はダイスの口を押えていた手をどけて叱り付けた。

 勿論小声でだが。


「す、すみません。嬉しくてつい。でも本当に感謝してます」


「まぁ、いい。嬉しいって気持ちは分かったぜ。その子を大切にしてやれ」


「はい! 任せて下さい! って、す、すみません」


 またも大声を出してしまったダイスが慌てて自分で口を噤む。

 ったく、こいつは……。

 しかし、まぁ死に別れた記憶だけの存在であるクレアや俺を捨てたレイチェルの様な関係にはならない様に祈ってるぜ。

 あんな思いは俺だけで十分だからな。

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