第85話 変り行く世界


「しかし、この話を書いた奴は誰なんだ?」


 物語には作者が居る。

 民間伝承みてぇにずっと口伝えで語られてた作者不詳の昔話ってのも有るには有るが、この『旅する猫』に関してはその限りじゃねぇだろう。

 ちゃんとした装丁のハードカバーな絵本だ。

 しかも、かなりの巻数が存在する事から、民間伝承の類だとしても誰かシリーズとして纏めた奴が居るのは確かだろう。

 それにこの世界、中世止まりの文明進歩ではあるが、お話し好きの神達が作った世界の為、製本技術だけはかなりのものだ。

 製紙業にしても原材料の栽培が容易で豊富に入手出来るだけでなく、専用の魔道具の存在により、安定した大量生産がなされている為、比較的安価に手に入る。

 製紙工場のみで成り立っている街すら存在するくらいだ。

 さらに原稿をコピーする為の専用魔法や魔道具も存在する。

 まぁ、ここら辺は神の趣味大爆発って事だな。

 恐らくは自分達が作ったこの世界で、自分達が知り得ない新しいオリジナルのお話が紡がれるのを期待してるんだろう。

 ある意味これって地産地消と言えるんじゃねぇか?


 で、この『旅する猫』なんだが、これはそんな生易しいもんじゃねぇ筈だ。

 明らかに偶然じゃなく神達の介入していると思われる。

 それがオラクル天啓による物か、神が直接原本を持ち込んだかは知らねぇが、作者を調べれば何か分かるだろう。

 と言っても……。


「すまん、ショウタよ。正直私にはわからん。なんせ、この大陸に渡って来て初めて存在を知ったのだ」


 ……だよな。

 この大陸中に広まっているのに、俺達が育った大陸には広まっていない。

 まぁ、交易船が往来する東沿岸部の地域では、商業ベースで多少広まっているかもしれねぇが、アメリア王国は大陸西岸部に位置してたんだ。

 あっちの大陸ではまだまだ貴族文化に浸透していないこの本の事を王子が知らなくても仕方が無ぇさ。


 これも恐らく情報統制だったんじゃねぇのか?

 俺は奇しくも神達が描いた本来のルートを初っ端から壊しちまったんだ。

 『世界の穴』なんて言う移動手段に魔族三戦目から頼らななければならねぇって事は無かったんだろう。

 全てイレギュラーに進んでいる。

 

「作者名は……表紙には書いておらんな。こう言うものには大抵題名の下に書いているものだが……。奥付にも載っておらん。出版社に問い合わせるか。ん? 所在地が書いておらぬな。ううむ」


「まぁ、作者がまだ生きているとは思えねぇけどな。なんせ先輩がガキの頃から有ったって言うしよ」


「ふむ、そうだな。まぁ、かと言って調べぬ訳にもいくまい。もしかしたら、子か孫。血縁の者が居るやも知れぬしな。ブラウニよ。すまぬが至急この絵本の販売元に問い合わせて、作者の手掛かりを掴んでくれぬか?」


「かしこまりました、旦那様」


 執事は王子の言葉にそう答え、部屋から出て行った。

 と言うかあの執事……ブラウニ茶色を表すって奴か?

 なかなか茶目っ気のあるおっさんじゃねぇか。

 茶色だけに。


「あいつは仕事が速いからな。すぐに手掛かりを掴んでくるだろう」


「そうか。なぁ王子。その間、王都に行っても良いか? 王様からの招聘を二回もぶっちしちまってな。さすがにそろそろ事情を説明しに行かねぇとヘソ曲げられても困るからよ」


 移動手段が分かったからと言って、勝手に行く訳にもいかねぇ。

 国王には今までの経緯の報告も行わなくちゃいけねぇが、メイガスへの親書を書いて貰わなくちゃいけねぇしな。

 それに、王都で先輩やダイスと落ち合う約束もしているし、何よりコウメが心配しているだろう。

 安心させてやらねぇとな。


「そうか、分かった。『城喰いの魔蛇』の出現箇所に関しては調べておくぞ。出口が分からねばどうしようもあるまいしな」


「お願いするぜ。んじゃ俺は取りあえずギルドに戻る――」


 コンコン。「失礼します。旦那様」


 俺がギルドに戻ろうと立ち上がった途端、応接間の扉がノックされ、その向こうからシルキーの声が聞こえてきた。

 さっきのテンパッた感じではなく、いつもの感情を置いてきた抑揚の無い口調に戻っている。


「うむ、入るがいい」


 王子の了解を受けてシルキーが応接室に入って来た。

 聞こえて来ていた声同様に普段の雰囲気に戻っている。

 変わり身の早い奴だな。

 まぁ、プロのメイドたる物、主人の前でいつまでも情け無ぇ面見せてられねぇか。

 

「どうしたのだ、シルキーよ。何か用事か?」


「はい、旦那様。と言いましても、アンリ様がショウタ様に至急話したい事が有ると言う内容でございます。お通ししてもよろしいでしょうか?」


「え? 嬢ちゃんが? なんで」


 嬢ちゃんが俺に会いに来た?

 何の用事だ?

 先輩が予定変更して帰ってきたのか?


「ふむ、良く分からぬが重要な話は既に済んだし、別に構わんぞ。なぁショウタよ」


「あぁ。しかし、なんだろ? わざわざ俺を探すなんて。俺が帰って来た事を聞き付けたダンスの生徒達でも殺到していやがるのか?」


 タッタッタッタッタッ――


 屋敷の玄関の方から誰かが走ってくる音が聞こえる。

 その音の感じから、女の子……まぁ嬢ちゃんだろう。

 何、そこまで急いでやがるんだ?


「ソォータさん! 大変なんです。すぐにギルドまで来てください!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「お、おい! 大丈夫か!」


 俺はギルドの扉を開けるなりそう叫んだ。

 それによりギルドの受付前の広間に出来ていた人だかりが一斉にこちらに目を向けた。


「教官~、死ぬかと思いましたよ~」


 人だかりの中心から気の抜けた声が聞こえてくる。

 その声に反応して集まっていた人達がサァッと離れ、声の人物の姿が確認出来た。


「はぁ~、何だよ。思ったより元気そうじゃねぇか。心配したぜ」


 俺は人だかりの中心で横たわっている人物、カイの思ったより元気そうな姿を見て安堵の溜息を付いた。


 応接室に勢い良く乗り込んできた嬢ちゃんは、俺にカイが血塗れで運ばれてきたと告げて来た。

 その言葉を聞いた途端、それ以上何も聞かず俺は反射的にギルドまで全速で走った。

 今思うと馬鹿な事をしちまったぜ。

 ギルドにも治癒師はカイの恋人のメリーだけじゃねぇし、それなりに腕の良い奴もゴロゴロ居るんだ。

 死んでいない限り、大事には至らねぇって事は冷静になったら分かるじゃねぇか。

 それなのに、血相変えて街中を本気で疾走するなんざ、身バレどころじゃねぇかも知れねぇぞ?

 なんせ、最短距離で突っ走る為に壁登りや、建物間を飛び移ったりと、まだ日が高い真昼間だってのに、人前でちょっとやり過ぎちまった。


 チッ、カイの為になに下手なリスク負う様な真似してるんだよ俺!

 正直、自分がここまで教え子の事で冷静さを失っちまうとは思わなかったぜ。

 昔はもう少し冷静で居られたと思ったんだがな。

 ここ最近の神の野郎達の介入で、変な正義感が出てきちまっているようだ。


「あれあれ~。教官~? そんな血相変えた顔してどうしたんですか~? そんなに俺の事が心配なんですか?」


 カイの奴め、俺の慌てぶりにニヤニヤしやがって!


「ち、違ぇよっ! 教え子の怪我は俺の教導役の名前に傷が……」


「素直じゃないな~。本当に教官はツンデレ~」


「うっせーよっ! それより何が有ったんだ? 女媧モ……。この前の蛇の化け物でも出たのか?」


 カイは馬鹿だが、腕自体は悪くねぇ。

 ダイスが言っていた様に、他ならエース級ってのは大袈裟だと思うが、服に残っている怪我の痕跡から伺うに、この近辺にそこまでの怪我を負わす様な魔物は居なかった筈だ。


「違いますよ~。俺ゴブリンにやられたんです」


「はぁ? ゴブリン~? お前が~?」


 何言ってんだこいつ?

 ゴブリンにここまでの怪我なんて、駆け出しの冒険者でもそうそう無ぇぜ。

 やっぱりエース級とか言ったダイスの目は節穴だな。

 勿論俺もな。

 もう少し腕が立つと思ったんだがなぁ?

 もっと鍛えないとダメだわ。


「お前なぁ~。ゴブリン如きにそんな大怪我って、油断し過ぎってもんじゃねぇぞ?」


「ち、違うんです! カイは私を守って……。私がゴブリン達の仕掛けた罠に足を取られて襲われそうになった所を身を挺して守ってくれたんです」


 俺がゴブリンにやられたと言うのを聞いて呆れていると、メリーがカイを庇うようにそう言ってきた。


「は? ゴブリンが罠? なんだそれ? 猟師が仕掛けた罠と間違ったんじゃ?」


 ゲームや小説の世界じゃいざ知らず、この世界のゴブリンはただ単に数に任せての猪突猛進なのが多少鬱陶しい程度の雑魚キャラだ。

 神の野郎が言っていた『魂の総量』って奴の所為で、魂を持っている人やエルフにドワーフと言った人間型以外の生物に関しては、知性も何も無く単純なルーチンプログラムを繰り返すだけのロボットみたいな存在でしかねぇ。

 そのルーチンプログラムは、学習も進化もしない。

 これは神のお墨付きだ。

 神はかつて俺に言った。


《魔物達が決まった行動しかしない理由? あぁ、当初は個体自動制御にしようかと言う話が有ったんだけどね~。でも止めたんだよ。何故かって?

そりゃあ決まっているよ。魂の無い虚ろな存在でも考える事が出来れば、意志が生まれ、やがてそれが魂となるんだ。それはこの世界の魂のバランスを壊す事になるからさ》


 神は嘘を言わない。

 誤魔化す事や言葉足らずで惑わす事は有っても、こんな断言した言葉の中に嘘が交じっていた事は無かった。

 少なくともガイアはそんな真似はしなかった事だけは言える。

 魔物に意志は無ぇ。

 一見意志が有る様に思えるのは、そうプログラムされているからだけだ。

 プログラムの優先順位による取捨選択がそう見えるだけ。

 女媧モドキの行動でさえ、女媧自身のコピーとしての行動だったのだろう。

 どうやら魔物と違って魔族自体には意志は存在するみたいだしな。

 魂が有るのかまでは知らねぇが、少なくともクァチル・ウタウスの野郎とは意志の疎通が出来たんだ。

 あれもプログラムなんて事だったら悲しすぎるぜ。


 そんなロボットみてぇな魔物達だが、勿論罠を作ると言うルーチンを持っている魔物も居るが少なくともゴブリンはそんなルーチンは持っていないのは、俺の今までの経験からもそれは証明している。


 それが、罠を作っただと?

 そんな事は有りねぇ。


「違うんです。一つや二つだけじゃ有りませんでした。それにコボルトも従えていて……、まるで統率の取れた盗賊の集団のようでした」 


「コボルトだと? そ、そんな」


 信じられない話に俺は耳を疑った。

 この世界のゴブリンとコボルトは生息域が違う。

 両者とも、住処の上限値を超えた個体数になると、新たな住処を作る為に一部が、新天地を目指し放浪の旅に出ると言う習性は同じだが、ゴブリンは森、コボルトは岩山と目指す先が違う。

 まして共同生活なんて聞いた事もねぇ。

 それなのに、ゴブリンがコボルトを使役だと?

 どう言う事なんだ?


「怪我したカイを担いで何とか逃げ出して来たんですよ。いや~、たまたまグレンさんと出会わなかったら死んでましたよ」


「本当本当~」


 カイのパーティーの奴等がそう言った。

 グレンの奴が見えねぇが、残ってゴブリンの掃討をしてるんだろうか?



「そう言えば、先日ウォーウルフが縄張り越えて襲って来た事が有ったな」

「あぁ、俺達もジャイアントリザードがおとりの餌を無視して俺達目掛けて襲ってきた来た事が有ったぜ」

「俺ん所も~」

「あたしの所も~」

「う~ん血が~」


 あちこちから、魔物の行動に関しての違和感や相違点を挙げる言葉が聞こえて来た。

 最後のは違うが、あれチコリーか。

 カイの血を見て倒れちまってたみてぇだな。

 無事で安心したぜ。

 近場とは言え、皆の話が本当だとすると安心出来ねぇしな。


「最近、ソォータさんから教わった魔物達の習性が少しづつ変って来た気がするんですよ」


 俺の生徒だった冒険者の一人がそんな事を言ってきた。

 最近習性が変って来た?


「おい、最近って何時からだ? つい先日北の森で獣達と戦ったが別に普通だったぞ?」


「あれ? 教官って西の国に言っていたんじゃ?」


 しまった! 口が滑った。

 くそ、カイの奴! 普段とろい癖にこう言う事には鼻が利きやがる。

 取りあえず流すか。

 バカだからすぐに忘れるだろ。


「そんな事気にするな。それよりいつ頃からなんだ?」


「火山に『城喰い』現れる少し前です。火山が噴火した辺りだから一週間前くらいからかな?」


 火山が噴火した後だと?

 と言う事は俺がクァチル・ウタウスを倒した後と言う訳か。

 次の魔族の力なのか?

 いや、そいつはまだ遥か西にあるタイカ国で眠っている筈だ。

 それに本来二番目の魔族に、遠く離れた土地の魔族の習性を変えるなんて、こんな微妙に無駄で凄い能力を持っているとは考え難い。

 それにもしかしたら、この近辺ではなく世界規模で魔物の変革が起こっている可能性だって否定出来ねぇだろう。

 もしそうなら、魔族の能力と言うより、もっと恐ろしい奴の仕業じゃねぇのか?


「おい! お前ら! ここに居る奴全員、ちょっと地下に集まれ」


 俺は目の前のギルドメンバーに向けてそう言った。

 突然の俺の言葉に皆は驚いている。


「ど、どうしたんですか教官?」


「今から臨時の特別講習を行う。つべこべ言わずに地下にいくぞ!」


 俺はそう言って、急な事に呆気に取られている皆に背を向けて地下に向かって歩き出した。

 変り行く世界の到来への予感に苛立ちを覚えながら。

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