第79話 絶望


「す、すごい! 先生の周りに凄い力が集まって来る……」


 ダイスの言う通り、俺の周りには勇者の技の前段階である詠唱によって周囲の偏在している精霊達の力が俺の中に入って来るのを感じている。

 コウメが行っていた溜めの動作を真似していたので気付かなかったが、確かにこの力の誘導は精霊の中から雷と風の精霊力を高めていたようだ。

 光の精霊力を技の基本とし、そこに各属性の精霊力を込める事によって様々な技を使用する事が出来るだろうぜ。

 紋章のガイドが無ぇ俺の場合、下手すると暴発する恐れもあるんで簡単に実験が出来ないのが難点だな。

 無事に帰ったらコウメに他の技も教えて貰うとするか。

 小物相手にゃ過ぎた力だが、こんなデカ物相手なら有効だろう。

 他の死天王や魔王なんてのも控えているんだ。

 覚えておいて損は無ぇだろうさ。


「何人かの勇者様の技を見た事が有りましたが、溜めの段階でこんな凄まじい閃光が放たれたのを見たのは初めてです」


 ジョンともう一人の監視員が驚愕の声を上げた。

 そう言えば監視員達は訓練で見たと言っていたっけ。

 『雷光疾風斬』以外の技も見た事が有るんだろうか?

 後で聞いてみるか。


 しかし、自身から放たれる閃光ってのが客観的に見れねぇのでどれ程かは分からんが、集まって来ている力に関しては既にコウメの十倍以上、俺としてもクァチルウタウスの時に比べて数倍は上だ。

 永久凍土への魔力供給で意識は取られている物の、勝手に集まって来る力をちょいと誘導すれば良いだけの簡単なお仕事なんてのは前回の時に学習済みだ。

 崩壊の浸食を止め続けていた事に比べりゃ屁でもねぇ。

 まだまだ精霊力を集めてやるぜ。


 ……実際の所、今集まっているこの力だけでは奴に効くか自信が無ぇ。

 『水侮土』と同じ、『土侮木』土気が強ければ木気の効果も薄い。

 確実に奴の息の根を止める為には、まだまだ力が足りねぇだろう。

 

 しかし、ゆっくりと溜める事が出来る時間は残されてはいねぇのも分かっている。

 正直、いまだ奴の口の位置に存在している土気の塊に関しては、水気の力が相剋通り無効化され、氷柱の中にあって、そこを中心にポッカリと空間が開けられちまって封じ切れてはいねぇ。

 あれをポロっとこちらに落とされでもしたら氷柱なんて簡単に貫通して、俺達の上に落下して来るだろう。

 そうなりゃ終わりだ。

 この状況じゃ避けられねぇ。

 しかも、その広がっている空間は徐々に更なる広がりを見せている為、いつまで奴自身の動きを止めていられるのか……。


 要するに奴の土気を完全に圧倒する為にはもう少し時間が必要だが、その時間もそれ程残っていないってこった。

 技の完成が間に合うか、間に合わないかは五分五分だな。


「もう少し溜めるぞ! すまんが休憩所が有った岩場まで下がっていてくれ。全力がどれだけ周囲に影響するか俺でも分からねぇしよ」


「……っ! 分かりました! 先生! でも無茶はしないで下さいよ」


「……あぁ。分かってるよ。俺は無茶はしない主義なんだよ。あと頼んだぜ」


「どの口が言うんですか。昔から俺達生徒の為に影ながら無茶してるのは知っていますよ。だから任せて下さい! けど俺は先生の事を信じてますから」


 ダイスはそう言うと、俺達のやり取りに首を捻っていた先輩達に声を掛け、いまだ意識が戻らない監視員二人を連れて岩場まで下がって行った。


 ふぅ、あいつは話が早い。

 恐らく俺の意図を察してくれたんだろう。


 これで良い。

 『城喰い』の奴の目当ては俺だ。

 もし俺に何か有ったとしても、ダイス達を狙うなんて事はしねぇ筈だ。

 そりゃ、俺と係わった奴を全員殺すみたいな設定ならその限りじゃねぇが、そうだったら諦めてくれ。

 あの世で文句を聞いてやるよ。

 俺がお前達と同じ所に行けるかは知らねぇけどな。


「さて! 周りには人は居ねぇ! 遠慮せずに精霊の力を集めてやるさ!! 精霊達よもっと集え!」


 更なる力を集める為に、声を上げ…、


 プツン。


「って、ぐっ!! な、なんだ急に力が?」


 俺の中で何か糸が切れたような音がした途端、集まった力がまるで胎動の様にうねり出した。

 抑えようとしても精霊達の力はその動きを止めようとはしない。

 何が起こったのか一瞬分からなかったが、すぐに理解する事した。

 単純な話、これはオーバーフロー容量超過だ。

 紋章のガイドが無い俺じゃ加減って物が分からなかったんだろう。


 今までこんな機会なんてのは無かったからな、俺は俺の限界ってものを分かっていなかった。

 どうやら俺の器は無尽蔵と言う訳じゃねぇ様だ。


 まるでコップに注がれた水がその容量を超えあふれ出る様に、集まった力は俺の身体からどんどんあふれ出て行っている。

 しかも、溜まって行った力さえも、その流れに伴って一緒に抜け落ちていった。


「じょ、冗談じゃねぇぞ! あと少しだってのに! おい! 数多の精霊達! もう一度集え!」


 一度制御を失った力は暴走した馬車の様に全く制御が効かず、好き勝手に暴れ出している力が俺の身体から稲妻となって迸り、周囲の地面を激しく焦がす。


 焦りによって俺は意識を全て精霊の制御へと注いでしまった。


「あっ、しまっ……!」


 気付いた時にはもう遅い、その一瞬の油断が永久凍土の魔力供給を中断させる。


 ピシッ!


 辺りに嫌な炸裂音が響いた。


「……最悪だ」


 慌てて永久凍土への魔力供給を再開したが既に時遅し、一度優勢になった土気を覆すなんて魔力は俺の中には残っていない。

 元々不意打ちみてぇな物だったんだ。

 手の内を知られちまった今、二度と同じ手は通用しねぇ筈だ。


 パシィッ!


 俺は無駄とは分かりながら永久凍土に魔力を供給していたが、そんな行為も空しく激しい破裂音と共に永久凍土は一瞬で消え去った。

 魔力経路さえ断ち切れた為、奴の中の永久凍土の核も一緒に消え失せてしまった様だ。


「ガハッ! ……クッ! 『城喰い』の野郎め。永久凍土の解除ついでに俺の魔力までごっそり削り取っていきやがった」


 ただでさえ永久凍土の維持で魔力を大量に消費していたんだ。

 今のでほぼ空になっちまった。

 魔力切れで気絶しなかっただけ儲けものか?

 いやこのまま気を失っていた方が、意識の無い内に全てが終わって楽だったかもな。

 

 奴は垂直に伸びていた身体を少し震わせると、その開けたままの状態の口をゆっくりと俺に向けて来た。

 そして、そのまま奴は首を大きく前に倒し、その漆黒の虚空で俺を見詰めて来る。

 ただの穴の様な瞳は感情など読めようが無いのにも拘らず、まるで勝利を確信した笑みを浮かべている様に感じた。


 ただ絶望……。

 魔力が空になっている俺に残された物は、容量過多によって暴走する前の良くて七割、いや六割も残っていないだろう精霊力のみ。

 今から溜め直す時間なんて有る筈もねぇ。

 暴走寸前の状態でさえ倒せるかギリギリだったんだ。

 この残された精霊達の力では届かない。

 絶望した俺の表情に満足したのか、奴は再度開けた口を俺に向け、ブレスのカウントダウンを始めるかの様に低い唸り声を上げだした。


 万事休すか、今の俺にはあのブレスを打ち破る力は無ぇ。

 ……いや、この力を一点に収束させれば土気のブレスを突き破り、奴の口から脳天をぶち抜く事は出来るかもしれねぇか?


 ダメだ。


 奴のブレスは直線状に放射されるだろう、上からの角度だからとはいえその影響は俺の遥か後方まで及ぶ筈だ。

 俺が奴と相打ちで死ぬのは、有る意味神に対して直接文句を言う機会を得るチャンスでもあるんで、やぶさかではねぇと言う思いも有るんだが、俺の後ろにはダイス達が居る。

 俺の技が奴のブレスを一点集中で突き破っても、放たれたブレス自体はそのまま俺達と共に大地を切り裂くだろう。

 くそ、こんな事ならば奴と射線上の位置に退避させるんじゃなかったぜ。

 横に動いて射軸をずらすと言っても動いた瞬間ブレスを吐いて来るだろう。

 他にしても同じだ。

 奴は今の力で俺を余裕で倒す事が出来る。

 下手に動いた瞬間、何も出来ないままブレスの餌食になっちまう。


「……なら、俺に残った力で出来る手は一つだ」


 俺の残された手、それは全ての力を攻撃ではなく防御に転換させる。

 紋章のガイドが無ぇから、上手い事転換出来るかは賭けだが、そこら辺は普通の魔法とそう大差はねぇだろう。

 広がる力を留める力にするだけ、力の指向性の問題だ。

 このブレスさえ防げたら、何とかなる。

 まぁ、俺はその後に殺されるだろうが、ダイス達はそこでじっとしとけば殺される事はねぇだろ。

 俺を殺した事に満足して意気揚々と帰っていくんじゃねぇかな?

 皆約束を守れなくてすまねぇが、その代わりダイスや先輩達を守ってやるから勘弁してくれ。


「あぁ~、でもあいつ等ダイスに先輩馬鹿だからな~。俺が死んだら特攻するかもしれねぇな」


 ダイスと先輩が顔真っ赤に涙を流して怒りながら『城喰い』に特攻する様が目に浮かぶようだぜ。

 願わくば、『城喰い』の奴が二人に気付かずに帰ってくれる事を期待しておくぜ。


「さぁ、力のイメージを鉾ではなく盾に! 奴のブレスを受け止める大きな盾に! 精霊達よ、大人しく従ってくれよ」


 俺は残っている力を振り絞り奴のブレスに備えた。

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