第80話 皆さよなら


「キシャァァァァァ!!」

 

 カウントダウンの唸り声が終わりを告げ、奴は一呼吸の間の後に、周辺の空気を振るわせる激しい咆哮と共に口の中の力を解放した。

 それにより黄色の玉から、まるで濁流の様なブレスが吐き出される。

 予想通り高い収束率を持つ直線のブレスだ。

 まぁ、あの玉の力の圧縮具合からするとそうなるわな。


「しかしでけぇな。想定よりも倍以上の直径だぜ」


 放たれたブレスはまっすぐ俺に向かって来たが、俺の角度からは巨大な円の黄色い光にしか見えねぇ。

 その円の大きさは俺一人どころか数十人丸ごと入りそうだ。

 ギルドの建物でさえ飲み込んじまうかもしれねぇ。

 あれを防ぐ盾か、骨が折れそうだ。

 まぁ全部覆う必要は無ぇ、後ろの奴等を護るだけの大きささえ有れば十分だろう。


「数多の精霊達よ! 我は求める! この言葉に応じ集いて災いを防ぐ盾とならん事を! え~っと技名は何だ? こう言うのはイメージだ。敵の攻撃を打ち破る強固なイメージ!」


 三十八歳のおっさんだが、今だけはこの世界に連れて来られた時の十四歳マインドを思い出せ!

 中二病全開にしろ! 伊達に勇者の技が中二病チックな訳じゃねぇ筈だ!

 痛カッコいいと思えれば思える程、精霊の力を具現化出来る気がするぜ。

 ノリ的に……何者をも寄せ付けない激しい雷、そして全てを遮る風……。


「よし! 俺のオリジナル勇者技! 精霊達よ! ちゃんと俺の思い通りに動いてくれよ!」


 俺は、体の中に宿る精霊達に願いながら、雷と風の精霊を意識して『雷光疾風斬』の様な目の前の全てを切り裂く剣のイメージではなく、目の前に聳え立つ全てを防ぐ大きな壁……いや、防ぐのは無理と俺の頭が思っちまっている。

 防ぐんじゃない、力を逸らす為。

 俺が要となって奴のブレスを左右に逸らす、まるで荒波を掻き分けて進む船の舳先か、降り注ぐ風雨の袂を分ける山脈の分水嶺のイメージ。

 

「いくぜ!『迅雷じんらい縛風衝ばくふうしょう』-----!!!」


 俺は技の名を叫ぶと共に、迫りくる土気のブレスが届く前に、木気の力で俺の見据えているブレスの中心を頂点としたまるで大地を穿つ杭の様な三角錐状の壁を展開した。

 どうやら精霊達は俺の願いを聞き届け、その力をイメージ通り顕現してくれたようだ。

 稲光を纏いながら、竜巻の様に風が吹き荒れ、触れた物を全て貫く衝角ラムの如く不可侵の領域。

 俺の前面数十メートルの範囲でブレスを遮る様に立ち塞がっている。

 この大きさならブレスが俺を飛び越えて後ろの連中にまで届く事はねぇだろう。


 バシュゥゥゥゥ!! バチバチバチ!!


 『城喰い』のブレスが、俺の『迅雷縛風衝』にぶち当たった爆裂音が周囲に鳴り響いた。


「こ、これは……、ぐっ」


 さすが魔族死天王の一匹だ。

 相剋有利で更に防御全振りしたこの技が押されている。

 本当にクァチルウタウスと同位の名を冠する奴なのかと言う疑問も湧かないでもないが、あのミイラ野郎の能力ならこの攻撃の中でも、さしたる影響受けずに涼し気な顔していたのかもしれねぇな。

 そして、止まった時の中、相手に触れて塵と化す。

 本来ならそれだけでどんなデカ物だろうがイチコロだ。

 そう思うと凶悪な奴だったのだが、魔族の能力が効かない俺との相性が悪かっただけなのだろう。

 いや実際効いて死に掛けたが、ブーツやズボンの崩壊速度に比べると緩やかだった。

 一応無効化の効果は出ていたと言えるだろうな。

 そのお陰で助かったぜ。


 そう言えばこいつは何か俺が無効化出来る特殊能力でも持っているのだろうか?

 いや、こんな巨体とこれ程の攻撃能力。

 それだけで俺の事を圧倒出来るので、奴の能力なんて今更考えても意味が無ぇか。

 なんせ俺の命は、このブレスが止まったと同時に終わるんだ。

 永久凍土をぶち壊された際に、ごっそり削り取られた魔力はまだ回復出来てねぇ。

 精霊の力を溜め直す事も難しい。

 それに比べて奴はピンピンしてやがる。

 まさに打つ手無しって奴だ。


 一つ気掛かりな事と言えば、俺が死の間際にまた大消失を引き起こさねぇかって事だな。

 女媧の時でさえ、発動しかけてあわや大惨事となったんだ。

 あの時はダイスの助けも有って何故か発動が中断されたが、今回はどうしようもねぇだろう。

 またダイスが切り付けに来て、奴の注意を逸らすなんてのは、今回に関して物理的に無理だ。

 なんたって奴の周囲には、土気の力を吸収した影響でまるで城郭の周りに取り囲む様な堀の如き大穴が出来ちまっているもんだから、いかにダイスの身体能力を持ってしても奴に届く前にその穴の底に真っ逆さまだ。

 そもそもな話、切り付けたからって事態は全く好転しねぇから意味が無ぇけどな。


 恐らく大消失の発動条件は俺の死への恐怖がトリガーなんじゃねぇか?

 あの時の俺は、神の存在を俺の妄想と思い込もうとしていた。

 だから押し付けられた理不尽な運命の意味を知らずに死ぬと言う事に対して恐怖を感じていたんだ。

 しかし、今は神達の糞野郎の存在を実感している。

 出来るなら今すぐ会いに言ってぶっ飛ばしたいとさえ思っているしな。

 後悔は残っているが、死への恐怖なんてものはもう感じてねぇよ。

 今度は大丈夫だろ。

 根拠は無ぇがな。


 バシュゥゥゥゥ!! バチバチバチ!!


 相変わらず辺りには凄まじい衝突音が鳴り響いている。

 しかし、ブレスはその勢いを三角錐の壁によって、周囲に広がる様に散っていた。

 ここまでは俺の思惑通りだ。

 恐らく休憩所に居る皆は大丈夫の筈。

 さすがに直撃でないのだから、多少の被害が発生しても上手く逃げてくれよ。

 そうじゃねぇと折角の俺の苦労が水の泡だからな。


「しかし、いつまで続くんだこのブレス? そろそろきついぞ」


 魔力が枯渇している所為で、意識が飛びそうになっている今の状態じゃ精霊力の維持が結構難しい。

 何より勇者の技の発動時間てどれ位なんだ?

 これに関しても紋章のガイドが無いので全く分からん。

 急に精霊達が『力を貸す時間終了~』って去って行く可能性も無いとは言い切れねぇな。


 くっ、意識が……。もう少しだけ耐えろ! 俺!


「ハァハァハァ……。ん? なんか勢いが弱って来たな……。 あと少しか?」


 飛びそうな意識を気力で繋ぎ留め必死で耐えていたが、どうやらその終わりが近付いてきたようだ。

 ホッとするような、不安に駆られるようなそんな気分だ。

 そりゃ、ブレスの終わりは死刑執行の始まりみてぇな物だからな。


「さて……、ブレスが消えた後、奴はどんな顔をして俺の事を見下ろしてやがるんだろうな」


 自嘲気味にそう吐き捨てると、俺は覚悟を決めた。

 死に対する恐怖が大消失を引き起こすかもしれんからな。

 ダイス達を巻き込まない為には死を受け入れる必要が有るだろう。

 なに、元々俺は一度死んでいるんだ。

 神の娯楽の為に生き返らされただけ。

 それに神に会う片道切符と考えたら安い物だよな。


 会ったら絶対ぶっ飛ばしてやるからな、覚えてやがれ!


「しかし、今回は助けてくれなかったな……」


 協会の尖塔の部屋で俺に語り掛けて来た、どこか懐かしいあの声。

 何だかんだ言って、今回もまた助けてくれるんじゃないかとの期待を内心していたが、どうやらダメなようだ。


「あぁ、そう言えばは言っていたか。『モウサヨナラカ』ってな。どうも奇跡はもう打ち止めだったみてぇだ」


 今何処に居るかは知らねぇが、神の世界で会えるかもしれねぇな。

 考えない様にしていた考察。

 そうさ、有り得ねぇよ。

 だからあの世でちゃんと説明してくれよな!


「さぁ! 『城喰い』! 掛かって来やがれ!」


 ブレスが止み、俺は『迅雷縛風衝』の解除と共に現れるだろう、奴に向けて吼えた。

 いきなりブレス第二弾を構えてやがるのか?

 それとも押しつぶそうと倒れ込んで来てやがるのか?

 あぁ、俺を丸呑みしようと口を開けているかもしれ無ぇな。

 三択クイズだ。


「ありがとうよ精霊達! 解除だ! 皆さよならだぜ!」


 再度覚悟を決め、俺の咄嗟の思い付きに乗ってくれた精霊達に感謝しながら『迅雷縛風衝』を解除する。

 それにより俺の視界を塞いでいた凄まじい暴風は一瞬で立ち消え、その向こうの景色が俺の瞳に映し出された。

 これがこの世界最後となる筈の景色。

 さぁ、どれが正解だ?


「……え?」


 俺の思考は一瞬目の前に広がっている景色に対して、理解をする事が出来なかった。

 俺の目に映し出されているのは、麓からの噴火の跡が痛々しい火山の姿。


「ど、どう言う事だ? や、奴は?」


 辺りを見渡しても奴の姿は見えない。

 左右を見てもそこに有るのは焼け落ちた木々達だけだ。

 それ所か先程まで目の前に広がって、奴が上半身を覗かせていた大穴さえ見当たらない。

 一瞬奴が現れたのは幻だったのかとも思ったが、それは違う。

 その証拠に地神城塞は消え失せ、奴が開けた大穴の跡もまるで綺麗に整地されたかの様に地面が均されていた。


 じゃあ、逆に消えている今が幻覚って事か?

 姿を消して俺の目を誤魔化そうとでも言うのか?

 そうでもなきゃ、奴が姿を消した意味が分からない。

 いや、こんなボロボロになっている俺相手にそんな事する意味の方が無い筈だろう。


「何処へ行った『城喰い』ーーー!! 姿を現しやがれ!!」


 俺の叫びは空しく辺りに響く。

 しかし、奴からの返事は無かった。

 唸り声も、咆哮も、奴の息遣いさえ……、奴が居た痕跡自体、もう感じねぇ。


「クソッ! 姿を消してるってんならこれでどうだ! ファイヤーボール火球! ファイヤーボール火球! ファイヤーボール火球!」


 俺は少し回復した魔力を振り絞り、さっきまで奴が存在していた虚空に向かって火球の魔法を唱え続けた。

 奴が姿を消していようが、当たりゃ分かる筈だ。


 今の俺が使える魔法はこんな初歩の初歩なしょぼい攻撃魔法だけ。

 それもあと数発で尽きる。

 しかし、そんななけなしの魔力で放った火球も、目に映っている通りその何も無い空間をそのまま素通りして空に消えていく。


「……ーい! せんせーーい!」


 その時、遠くから誰かの声がした。

 慌てて俺は振り返る。

 俺の目には手を振り、俺の呼びながら手を振って走って来るダイスの姿が見えた。

 のんきに嬉しそうな笑顔をしてやがるぜ。

 その姿を見ていると、安心したのか身体の力が抜けていくのを感じた。


「助かったって言う……のか? けど、一体何故……?」


 俺はこの言葉を呟いた瞬間目の前が暗転し、そのまま意識を失った。

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