第11話 因縁
「おい、ダイス! 気を付けろ! お前もやばいぞ!! 近付くと奴の餌食だ!」
嬉しそうに走って来るダイスに少し気を許した時、何かが足元を這っていくような気配を感じた。
物体では無く本当に気配だけ、この寒気のする様な嫌な感じは瘴気だな。
そうか、瘴気をどうやって注入しているのか不思議だったが、地面を通して流していた訳か。
「奴って? え? なんだ? このおぞましい感じ! 地面から何かがっ!?」
「馬鹿野郎! お前まで魔物化させられてどうするんだよ!」
ダイスまで操られたらさすがに分が悪い。相手をするだけなら問題無いが、そこに転がっている奴らを守りながらは厳しい。
しかも、先程のダイスの言葉からすると、早く浄化を行わなければならないのに。
魔法を掛けながらと言ってもすぐに回復するか分からない。しかも縛られたままだし格好の的だろう。
恐らく奴はそれを利用して俺の隙を突こうとする筈だ。
さっきみたいに魔法陣による範囲魔法と行きたい所だが、一度見られてしまったから次は通用しないかも知れねぇ。
くそ! 取りあえず瘴気に侵される一瞬の隙を突いてダイスを先に浄化するか!
作戦を実行しようとダイスの元に走り出すと、地面を這って行った瘴気の気配はダイスの足下に到達した途端、黒い煙の様な瘴気が地面から沸き上がり、それに驚いてるダイスの身体に吸収されて……え?
パキンッ!
何かが弾け飛んだ様な金属音がして、ダイスの周りの瘴気が飛び散った。
なんだ? どうしたんだ? なんで瘴気に侵されない?
「っと、びっくりした~! もしかしてこれが原因ですか?」
自分に起こった現象に驚きながらもダイスはそんな事を言って来た。
「どう言う事だよダイス? 何を知っている」
今回の真相を知っている様な口振りに思わず問いかける。
浄化の件も、瘴気が効かなかった件も、それに今の言葉も、あの事件を経験している俺でさえさっき分かった事だ。
穀倉地帯で戦っている筈のダイスがこの場に居る事もおかしい。
何が起こっているんだ?
「ソォータ先生! 俺は大丈夫です。そんな事より俺が辺りを警戒しますので早くグレン達を浄化して下さい!」
俺の問い掛けには答えず、今この場で必要な行動を的確に指示して来た。
信用していいのか? もしかして魔族が化けて俺を騙そうとしているのか? 俺が浄化しようとしている所を後ろからズドンとか?
「グッグギギギギーーー!!」
俺がダイスの言葉を本当に信用して良いのか迷っていると、グレン達の様子が急変した。
慌てて黒い瘴気の繭に覆われているグレン達に目を移すと魔物化の最終段階が始まったのか、目の位置に赤く輝く双眸が浮かび上がっていた。
先程言った怪しい輝きなんて比喩表現どころじゃない。実際に赤い光を放っている。
これは、この目はグレンの首に喰らい付こうと飛び掛かった化け物猿、あの時の村人達。そしてあの魔族の目だ。
「早く先生! 間に会わなくなり前に浄化を!」
「くそ! 分かった! お前は辺りを警戒しろ!! 速攻で浄化する!
俺は意識を集中して倒れ込んでる八人に対して二つの呪文を連続で直接発動させた。
先程のアースチェインの魔法陣を間借りしてたので、魔法陣構築の必要も無く、効果もすぐさま発動する。
それにより聖なる光を放つ半円の球体が八人を覆い、繭の様になっている瘴気を吹き飛ばし浄化していった。
瘴気が消えると共にその目に浮かんでいた赤い光も徐々に薄らいでいき、やがて静かな寝息を立てだす。
見た感じも筋肉の盛り上がりや血管が浮き上がっていると言う様子も無く元に戻っている。
どうやら魔物化は防ぐ事が出来たようだ。
パキンッ! パキンッ! パキンッ!
ホッと一息ついた所で、グレン達から先程ダイスが瘴気を弾いた時と同じ音が聞こえて来た。
ふん、もう効かねぇよ。魔族野郎。
祝福の呪文は魔法耐性を上昇させる。
特に浄化と同じく魔の属性には効果絶大だ。瘴気も魔の属性と思われるから、これがかかっている間は奴の能力の影響は受けないだろう。
嬢ちゃんの魔物化が遅れていた理由は、俺の浄化の影響が残っていたからだな。
もうこの能力は怖くねぇよ。
「さすがですね先生。祝福も一緒に使うなんて」
俺が再度グレン達に魔物化させようと無駄な事をしている魔族に対して、心の中で馬鹿にしていると、ダイスが感心した様に話しかけて来た。
「お前、後で説明しろよ? 奴の能力の対処法を知った経緯と、ここに居る理由」
「はい! 分かってますって」
俺の言葉に力強く頷いたダイスは、すぐさま辺りを警戒しだした。
さすが英雄街道まっしぐらなダイスだな。
俺の言葉で、まだ解決していない事を理解したようだ。
「恐らく奴は魔法で姿を隠していると思う。音も匂いも含めて全部な」
「奴って、一体なんなんですか?」
なるほど、そこにはまだ至っていないのか。
まぁ、そこまで理解されていたら逆に怪しいよな。
念の為のカマ掛けだったが、これなら大丈夫だろう。
これで知っている風だったら、まずダイスを攻撃する所だった。
「魔族だよ」
「魔族って、伝承に有る? そんな、まさか実在するなんて……」
その問いには答えず俺は周囲に少しでも違和感が無いか注意を払った。
昔見た奴と同じなら相当でかい筈だ。あんな巨体を隠すなんて魔法と言えども容易ではない筈。
しかし、全方位に意識を集中しても魔力の残滓の気配すら感じない。
魔族のみの高等魔法だからなのか? それとも別の理由?
このままじゃ埒が明かねぇ。仕方無い、
「おい、ダイス! 踏ん張れよ」
「え? 何を? あっ! もしかしてアレをやるつもりですか? ちょっと待って! こんな近くで? グレン達も居るんですよ?」
「そいつらは、既に意識無いから良いだろ?」
「酷い! 先生のアレって絶対攻撃魔法ですって! 止めてーーー!!」
おいおい、未来の英雄がこれ位で泣き言言うなよ。
見えない位置から魔法でも打たれたら俺やダイスは兎も角、気絶しているグレン達は一巻の終わりだ。
手段を選んでいる暇はねぇよ。
「歯を食いしばってろよ! 行くぜ!
「ギャァァーーー!!」
俺の発動した魔法は探知魔法だ。
普通なら、魔力を感じる人間ならちょっとくすぐったいと感じるだけの魔法なんだが、俺が使うと何故か広範囲にスタンガンのような衝撃を与える魔法に早変わりするんだよな。
間近でその衝撃を受けたダイスは悲鳴を上げている。
申し訳ないとは思うけど、すまんな、背に腹は代えられないんだ。
ダイスと同じく間近で受けたグレン達は、身構える事も出来ずまともに衝撃を受けた所為で口から泡を吹いていた。
うっ、こっちはマジですまん。せめてアースウォールで包んでやるべきだったか。
「ん? おかしいな?」
探知の波動は動物達を次々と気絶させながら、森の中の隅々に広がって行ったのだが肝心な魔族の痕跡を見付ける事が出来なかった。
魔法だとしても探知出来ない空白地帯で位置自体は分かる筈。
しかし、俺の頭の中に浮かんできた周囲の状況にはそんなものは見当たらなかった。
この魔法は上にも届く。だから空からと言うのも無いだろう。
「ダメだな。見当たらねぇ」
「そ、そんなぁ。俺、魔法の受け損じゃないですか。もう逃げたんですかね? さっきの金属音もしなくなりましたし」
なんとか気絶せずに俺の探知魔法に耐えきったダイスは、息も絶え絶えにそんな事を言って来た。
昔は気絶してたのに耐えられるようになったのか、やるじゃないか。
「いや、奴は居る。俺には分かる。それに見当はついたしな」
「え? 何処ですか?」
「横にも上にも居ないんだ。じゃあ残る所は一つだろ?」
「あっ、もしかして?」
ダイスが俺の考えに気付いたのか地面を見た。
やはりこいつは感が良いな。その通りだよ。
昔見たあいつの姿。同じ能力なら同じ姿をしていても不思議じゃない。
草原で何かを引き摺った様な跡は、バースじゃねぇ。
それはあいつ自身の身体だ。
「出て来やがれ! ミミズ野郎!!
俺は地面に手を当てて魔法を発動させた。
しかし、一見何も起こらない。
地面から槍は飛び出さないし、特に発動したエフェクトも聞こえない。
傍から見たら失敗の様に映るだろう。
多分後ろに居るダイスも俺の様を見て首を傾げている筈だ。
しかし、これで良いんだよ。ほら。
「うわっ! 地面が揺れる! なんだ? 何ですか今の呪文は?」
ダイスが急に揺れ出した地面に驚き声を上げる。
「出て来るぞ、ダイス!」
俺の言葉と共に少し離れた所の地面が盛り上がって来た。
それと伴い、微かに甲高い絶叫の様な声が聞こえて来て、それがだんだんと大きくなっていく。
「グギャァァァァァーーー!!」
とうとう耳を
「こ、こいつは……」
現れたそいつの目を見た途端、俺は理解した。
こいつは奴だ! あの時俺を一瞥して去って行ったあの魔族! あの悪夢を引き起こした元凶!!
大きさは今の俺の二倍は有るだろうか?
いや、尻尾を入れると下手すると、それの倍は有るかも知れない。
その姿は蛇の様な体に人間の上半身。まるでインド神話のナーガかギリシャ神話のラミアのソレを彷彿とさせる。
いや、間違い無くそのどちらかがモデルなのだろう。
奴とは言っているが、先程の甲高い声や姿の例にラミアを挙げた事でも分かる通り、上半身は女性の様にも見える。
ただ、そんな上等な物じゃなく、浅黒く醜悪な姿をしていた。
「あっ、アレが魔族ですか? で、でかい……」
「あぁ、忘れもしねぇ。俺の因縁の相手だ」
奴は俺の事を激しく睨み威嚇をしていた。
しかし、あの時ような脅威はもはや感じない。
それに奴は肩で息をしており、その姿は弱々しくさえ感じた。
「先生? なんであいつ血だらけなんですか? それに体中に槍みたいな物が刺さってますよ?」
ダイスが今の哀れな奴の姿を見て不思議そう言った。
それは当たり前、これがさっきの魔法の効果だよ。
「さっきの魔法だがな、呪文の通り地面から突き刺すんじゃねぇ。逆に地面の中を突き刺す魔法なんだよ。地面の下は周りに土は豊富に有る訳だからな。槍の形成スピードだけじゃない、範囲も威力も段違いなんだぜ」
「うわっ! えげつない! そんな魔法知りませんでしたよ。 しかし、さすが先生ですね」
「おい! それはどう言う意味だよ!! まぁこれを知らないのも無理はないか。この魔法は昔
あの時は爽快だった。
何度も地面に潜って攻撃してくるドラゴンにキレてやってみたら出来たんだよな。
「やっぱり先生はえげつないや……。と言うか、さらっとドラゴン倒したなんて言わないで下さいよ。俺凹みますよ」
「ははっ、お前ならその内それ位出来るようになるさ。それよりも合わせろ!」
「はい!!」
俺の言葉にダイスは武器を構えて、勝負の
俺は足元に落ちていたグレンの斧を拾い上げ、横に立つダイスと同じく息も絶え絶えな因縁の魔族を睨みながら構えた。
あの時の弱く情けない自分を思い出し、苛立ちと共に武器を握る手に力を込める。
お前を倒す!
心に想いを込め、ダイスに号令を出すべく俺は小さく息を吸い込んだ。
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