第12話 暴走


「ソォータ先生? 一つ気になってたんですが、アレってミミズと言うより蛇じゃないですか?」


 俺が気合を入れ号令を掛けようとした瞬間、ダイスからの今更なツッコミが入りズッコケ掛けた。

 こいつは普段の判断力や理解力は優れているんだが、少々真面目過ぎる性格の為、納得がいかない事が有るととことん追求してくる面倒臭い所が有るんだよな。


「終わってからしろよ! そんな質問! あぁ~細長くて、地面の中を這い回っている。それに何より蛇よりミミズって言った方が魔族が傷付く。これで納得か?」


 ダイスに最大のパフォーマンスを発揮させる為、端的に理由を説明した。

 長々と説明する時間は無いからな。と言っても、最後に言った通り侮蔑の意味を込めての言葉だ。

 魔族の奴も俺の言葉を理解しているのか、ミミズと言う言葉に反応して怒りで顔を歪めている。

 弱気になられて逃げられても事だからな。


「なるほど! 納得しました!! 行くぞミミズ野郎!!」


 ダイスもその意味が分かったようで、自らも魔族に対して挑発を行った。

 やはり理解力は良いんだよなこいつ。


「んじゃ! 行くぞ!! 俺が魔法で足止めする! その後、上を行く! お前は下だ!」


 疑問が解けてすっきりしたダイスにそう声を掛けると、ダイスは「はい」と言う声と共に身体を低くして走り出した。

 『上』や『下』とは、そのまま狙う位置だな。

 

アースチェイン土鎖!」


 相手が単体の為、直接土鎖を発動させた。

 それにより、魔族の周囲の地面から鎖が湧き上がり、素早く魔族を縛り上げ……あれ?

 土鎖が確かに魔族の身体縛り上げたのだが、次の瞬間魔族の身体が微かに魔力に覆われ光出す。

 その途端、土鎖だけじゃなく、身体に刺さっていた土槍までただの土塊に変り、地面に降り注いだ。

 なっ! 俺の魔法をキャンセルしやがった!


「ちょっ! 先生! くっ」


 目の前の信じられない現象に驚いたダイスだが、踏み込みの勢いは止めず、そのまま魔族の鱗に覆われた下半身を思いっきり切り付けた。


ガキンッ!!


「かっ! 硬い! 何だこれ? あっあぶ!!」


 ダイスの剣は魔族の鱗によって弾かれ、それによって体勢を崩した所を魔族の尻尾による薙ぎ払い攻撃を受けそうになったが、間一髪地面に倒れこむ事で避け、そのまま高速でゴロゴロと転がり俺の下まで戻って来た。

 傍から見ると少々間抜けな光景だが、格好良さなど気にせずに、その場で的確な行動が出来るのがこいつの強さだ。

 確かに俺の元に戻ってくる際に魔族が攻撃しようものなら俺が助けに入っただろう。

 こいつはそれを信じていたから今の行動が出来たんだな。

 しかし、今の姿をファンが見たら少々幻滅すること請け合いだわ。


「先生! 今のなんですか? 先生の魔法が消えましたよ! それに無茶苦茶硬いです!!」


「あぁ、どうやら奴は魔物化だけじゃなく、大地属性の魔法を任意にキャンセルする能力も持っているようだ。俺の魔法が抵抗の欠片も無く消え去ったからな。恐らく威力の大小は関係無ぇな。エレメンタルマスターと言う所だろう。鱗の硬さも予想外か。お前の攻撃を弾くって事は鱗は諦めろ。上半身か、まだ柔らかそうな蛇腹を狙え」


 クソ!! 神め! 一体に付き一能力じゃないのかよ! 色々盛り込みやがって!

 まぁ、全ての魔法とかじゃないだけまだましだな。

 そうじゃないのは分かっている。

 土鎖も土槍も、魔法自体が破壊され無効化したというよりも、魔力はそのまま残滓として漂ったまま、形状だけを元の土にと言う感じだった。

 土の中を移動するのも今の力のお陰か?

 ちっ! 奴め笑ってやがる!!


「ガァァァァァァァ!!」


 歪んだ笑みを浮かべたまま、奴は急に唸り声を上げた。

 それと共に奴の周りの魔力が蠢くのが分かった。

 呪文の意味は分からんが、何らかの魔法を使うようだ。


「おいっ! 避けろ!! 何か来るぞ!」


 俺の声と同時に奴の周りの地面から幾本もの触手の様な物が生え出し、それらがゆらゆらと動き出す。

 それを見て俺はチンアナゴと言う言葉が良く似合うと思った瞬間、その切っ先が一斉に俺達の方を向いき、それぞれが凄まじい勢いで俺達目掛けて飛び掛ってきた。

 俺の言葉に構えていたダイスは、それに反応して真横に素早く飛びのく。

 よし、俺もと思った瞬間、俺の後ろに何が有るのかを思い出しその場に踏み止まった。


「先生っ! あっそうか!」


 ダイスが俺が動かなかった事に驚いて声を上げたが、俺の後ろを見て理解したようだ。

 そう、俺の後ろにはアースチェインに縛られたまま気絶している八人が転がっている。

 奴がこの魔法を使ったのはそれが狙いか。

 

「させるかよ!」


 俺は飛び掛ってくる幾本の土の触手を、背後まに逃すまいと、次々と斧で切り落とし、拳で弾き、時には身体で受け止める。

 

「いってぇ! しかし、こいつは切りがねェな!」


 助かった事に、この触手の攻撃力は俺の身体を貫くほどの攻撃力は無いようだ。

 いや多分普通の人間なら、それでお陀仏なんだろう。

 奴の顔がそれを物語っている。

 とは言え、俺にしても効いていない訳じゃないのでそれなりに痛いし、このまま受け続けるとさすがに明日は打ち身で起き上がれないかもしれねぇな。


 しかし、マジで切りが無い。

 触手の姿をしている通り、切ろうが弾こうが、すぐさま元通りに再生し攻撃をしてきやがる。槍とか飛礫なら叩き落せば仕舞なので楽だったのに。

 しかも不味い事に、奴は自分の魔法が当たったにも関わらず、死なない人間が居る事に焦ったようで、触手をグレン達に割くの諦め、対象を俺だけに絞ってきやがった。

 さすがにこの数の触手に全て来られては対応し切れねぇし、これだけの触手を一度に受けたら死んじまう!

 

 避けるか? いや俺を狙っているとは言え、その直線状にはグレン達が居る。

 それに魔法はもう間に合わねぇ!


 目の前にはスローモーションのように迫り来る触手の群れ。

 ふと、俺がこの世界に来る前の切っ掛けとなった事故の時の事を思い出す。

 あの時も、こんな感じで爆風がゆっくりとやってくるのが見えたっけ?

 そして、次に気が付いたら目の前に神と名乗るあいつガイアが居たんだ。


 ん? 俺もしかして走馬灯でも見ているのか? え? こんな所で死ぬの?

 神の我侭でこの世界に連れて来られ、悲惨な人生を歩ませられたのにのんびり暮らすことも出来ずに? どんな悲惨な人生なんだよ!

 クソ! また死んであの世に行ったら、神に直接文句を言ってやる!

 

 ドクンッ!


 死を覚悟した瞬間、身体の奥底が激しく胎動するのを感じた。

 この胎動には覚えがある。


 もう一つの忌まわしい記憶。大消失。


 あの時も死を覚悟した瞬間、それが起こった。

 俺が神から授かったギフト、俺がそこそこ強いままで全く成長しなかった理由。

 それが神の意図かバグかは分からない。

 逃亡生活の最中、森を抜けて別の国に逃げようとしてた時に、盗賊団に襲われたんだ。

 そこそこ強いだけじゃ、数の暴力には勝てなかった。

 俺は傷付き倒れ、そして盗賊達の歪んだ笑顔を見た時に、それが起こった。

 俺は慌てて斧を手放し、両手で身体を抱き締める。

 

 ヤバイ! またアレが起こるのか? あの時は周囲に盗賊しか居なかった。

 しかし今度はダイスやグレン、他にも俺の教え子達やその仲間達が居る。


 ダメだ! 抑えろ! 俺の中から出てくるな!!


 俺は身体の奥から湧き出てくる暴走した力の奔流を押し留めようと、気力を振り絞り必死に押さえ込もうとした。

 しかし、溢れる力に抗えず俺の身体から徐々に力が漏れ出て球状の力場りきばを作り上げる。

 そして、まるでカウントダウンが始まったかのように、その力場は胎動を始め出した。


 バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ! ババババババババシュンッ!


 突然の出来事に一瞬躊躇し、触手の動きを止めた魔族だが、気を取り直して攻撃を再開する。

 しかし、その次々と襲い掛かる土の触手はその力場に弾かれ形を無くしていった。

 

「グ? グギギ?」


 俺のアースチェインの時と同じ様に消えて行く自分の魔法に驚き、驚愕の表情を浮かべていた。

 そんな奴を尻目に、俺は自分の力を抑えようと更なる気力を振り絞る。


 もう大丈夫だ……、死の危険は去った。だからお前も消えろ!!


 俺は暴走する自分の力にそう問いかけるが、収まる気配は無い。

 もう抑えられない! あの時と同じ、いや恐らくあの時以上の被害が出るはずだ。

 自分中心に大きく抉れた何もない静寂と激しい虚脱感。


 クソッ!! クソッ!! せめてダイスだけでも……!!


 俺はダイスが避けた方に目を向けた。

 恐らく今俺に起こっている事に驚き固まっているだろう。

 でも、あいつなら何とか逃げ出せるかもしれない。


「?!」


 声を掛けようと目を向けた先にダイスの姿は無かった。

 何処だ? どこ行った? 既に逃げ出したのか? いや勝手に逃げ出す様な奴じゃない筈だ。

 辺りを見回したその時、視界の隅に何かが素早く動くのを捕らえた。

 

「ずぇぇりゃあああ!!」


 ザンッ!!


「ギャァァァァァァ!!」


 俺の目が捕らえた何かは、そのまま奴の死角から飛び掛り、手に持った剣で奴の上半身を斜め一文字に切り上げる。

 その攻撃によって奴の胴体から鮮血が噴出した。

 それにより奴は痛みによる絶叫を上げ、それと共に発動していた魔法も解け触手は土へと戻り、地面に降り注いだ。


「どうだミミズ野郎!! 思い知ったか!!」


 俺の目が捕らえたのは、俺の劣勢を知り、俺の助けをするべく、敵の側面に回り込み、奴が俺に気を取られている一瞬の隙を突いて起死回生の一撃を入れたダイスだった。

 身体を切り裂かれた痛みにのた打ち回る奴に対して、ダイスが気炎を上げる。


「先生!! そんな格好いい必殺技が有るならもっと早く使ってくださいよ~」


 俺の力の暴走を盛大に勘違いしたダイスは、人の気も知らないで暢気にそんな事を言ってきた。

 お前! 俺がどれだけ溢れ出て来るこの力を踏ん張っているのか分かって無いだろ! お前達を犠牲にしない為なのに!

 あまりにも暢気なその言葉に呆れを通り越して、なんかムカムカしてきた! 文句の一つでも言ってやらないと気が済すまねぇ!


「馬鹿野郎!! お前! これはそんな生易しい物じゃ……、え?」


 ダイスの言葉にカチンと来た俺は文句を言ってやろうとした途端、自分の身体の異変に気付いた。

 あれだけ俺の身体から解き放たれようとしていた脈動は消え失せ、周囲の力の暴走による球体も既に跡形も無かった。


「あれ? そんな……。何で?」


 俺は今この身に起きた事が信じられず、ただじっと自分の両手を見る。

 何故だ? 何故暴走が収まった? 命の危険が去ったからか? それともダイスの言葉に力が抜けたからか?

 再び繰り返されると思っていた大消失が回避された事に、安堵よりも何故? と言う思考の迷路に囚われていた。


「先生!! ほら何をぼーっとしてるんですか! まだ終わってませんよ!」


 そうだ……。まだ終わっちゃいない。

 ちっ! 教え子に教えられるとは俺もヤキが回ったな。

 なんにせよ、今は無事だった事に感謝するか。


「うるせぇよ! 今のはただの賢者タイムだ!」


「賢者タイム?」


 俺の言葉に首を傾げるダイスだったが、俺はそれを無視して足元の斧を拾い、痛みからようやく立ち直り肩で息をしながら俺達を睨みつけている奴を目掛けて走り出した。

 しかし、賢者タイムと言う言葉はこの世界には無いのか。


 ……まぁ、どうでもいいか。

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