第9話 忌々しい記憶
「これで止めだっ!!」
教え子達が指し示した先を進んでいると、少し先から戦闘音と男の叫び声が聞こえて来た。
それに続いて数人の称賛する声が聞こえて来た。
最初の声はグレンだな。
と言う事は、大猿の倒したようだな。 まぁあいつなら楽勝だろう。
しかし、逃げた方向が違ったがもう回り込んだのか、さすが森の住人だ。素早いこって。
「おぉ~、グレン! やるじゃないか!」
現場に追いついた俺は、先程のグレンの攻撃によって息絶え横たわっている大猿の傍らで、自慢の斧二に付いた大猿の血糊を拭いていたグレンに声を掛けた。
丁度、グランを離れて見守っていた他のCランク冒険者の背後から声を掛ける形になった為、突然の声にビックりしたそいつらは悲鳴を上げた。
おいおい、周りに気を払わな過ぎだろ。
『勝って兜の緒を締めよ』ってのは、教えて来た筈なんだけど……、って、こいつらは最近他所の町から流れて来た奴らか。
俺の教え子じゃねえや。
「な!? チュートリアルじゃねぇか! 今頃来たのか? 教導役の癖に遅れやがって」
おや? 折角褒めてやったのに何怒ってるんだ? 他の奴も睨んでやがるし、何が有った?
……あ。あぁ、そうだそうだ。
「あっちで怪我してた治癒師の嬢ちゃんの事なら大丈夫だ。俺の持って来た
「なっ! それは本当か? あれ程の怪我だぞ? 馬鹿な!」
他の冒険者は俺の言葉で安堵の表情を浮かべたんだが、グレンだけは信じられないと言った顔で俺に疑問の言葉をぶつけて来た。
まぁ、信じられねぇよな。グレンならあの怪我は致命傷で、魔法でさえ高位の治癒師でないと治せない、それを薬で治すには最上級治療薬でも五分五分、それこそ噂に聞くエリクサーでも無けりゃ治療は難しいと言うのは分かる筈だ。
実際には俺の魔法なのだが、それは誰も知らないし、教えるつもりも無いからこの反応は仕方無いだろう。
「お前の想像通りだよ。俺の秘蔵のエリクサーを使ったから安心しろ」
「なっ! それは本当か?」
「嘘を言っても仕方無いだろう? 今は念の為、森の外で猿が逃げないか見張って貰ってる」
俺の説明で、何とか疑いは晴れた様でグレンはホッと安堵の溜め息を漏らした。
実際嘘なんだがな。
俺に対しては馬鹿にしたような態度を取るこいつだが、後輩にはそれなりに気を使っているようで結構慕われていたりする。
さっきも自分がリーダーとして部隊を率いている中で、治癒師の嬢ちゃんに致命傷を負わせてしまったと言う後悔の念に苛まれていたから、あんな態度を取ったんだな。
なんだかんだ言って、こいつは根が悪い奴じゃないんだ。
ちょっと功名心が強くて、自分の力を過信してしまう所が玉に瑕なだけで。
「しかし、そんな高価な物をなんで
安心したからなのか、俺に対して昔の様に『先生』呼びに戻っている。
それだけ思い詰めていたのか。ふん、可愛い所が有るな。
「そりゃ、十数年旅して世界を回ったんだ。エリクサーの一つや二つ手に入れる機会だって有るってもんよ。それに教え子の彼女の命を救う為なら安いもんだろ」
「せ、先生……」
ちょっと、臭かったか。
俺の言葉に感動したのか、グレンが目を潤ませていた。
ぐえーーー、むさい男のそんな顔なんて見たくねぇよ!!
それに、エリクサーに出会う機会なんて、一冒険者では本来有り得ないし、これも嘘だけどな。
もし本当にエリクサーなんて物が手入っていたら、速攻売ってその金で遊んで暮らしてるわ。
「言っておくが、もうエリクサーのストックは無いからな。俺の部屋を漁ってもツケの請求書しか出て来ねぇぞ」
「はははは、先生らしいや」
俺の言葉にグレンや他の冒険者達から笑い声が上がる。
「ん?」
俺も釣られて笑っていたのだが、グレンの足下に転がっている大猿の死体に少しばかりの違和感を覚えて、思わず疑問の言葉を漏らした。
あれ? 確か俺が投げたナイフは奴の目に突き刺さった筈なんだが、ちらりと見える顔にはそんな痕は無いぞ?
風はっ? ……俺の後ろから吹いている……か?
その風下に視線を向けると俺の零した言葉に不思議そうな顔で首を傾げているグレンの姿があった。
しまった!! こっちは風上だ!
俺は慌てて、グレンの後ろを注視した。
くっ!! 遅かったか!
そこには背後から音も無くグレンの喉元に喰い付こうと飛び掛かって来ている奴の姿が見えた。
片目から血を流している大猿。
そう、俺がナイフをブッ挿したあいつだ。
転がっている奴が何かは置いておこう。
どちらが治癒師の嬢ちゃんに致命傷を負わせたのかも今はどうでもいいな。
ただ、なるほどこいつはただの大猿じゃねぇな。そこに転がっている奴もそうだが口から飛び出んばかりに牙が生えてやがる。
こんなのに噛まれたら、そりゃ教会の奴や治癒師の嬢ちゃんの様になるわ。
しかし、今から声でグレンに指示を与えても、油断している今の状況じゃ対応が遅れて良くも悪くも命に係わる!
くそ!! 仕方が無い! 今の状況を作った俺の所為だ。
「おい! 剣を借りるぞ!!」
俺は近くに居た戦士から剣を奪い取り、グレンの背後に迫っている大猿に向かって走り出す。
魔法のブーストは掛けていないが、普段隠している力をこの時ばかりはと解放し全力で突進する。
「グレン!! しゃがめ!!」
俺の急な行動と、そのスピードに目を見開いていたグレンだが、さすがと言うべきか俺の鋭い言葉とその目線の先の脅威を感じ取り、即座に前に倒れ込む様にしゃがみ込む。
その行動によって、喰らい付く対象が居なくなった大猿が間抜けな姿を皆に晒した。
間抜けな姿同様、目の前の出来事にキョトンとした表情で間抜けな顔をしている大猿が、何とか減速して逃げようと身体をくねらせてしているが、空中ではどうしようもないし、もう遅い! 俺の間合いだ!
ザンッ!!
俺の下から振り上げた一閃が、大猿の首を切り落とした。
大猿の身体はそのままの勢いで、グレンが倒れたすぐ先に大きい音を立てながら転がっていく。
「ふぅ、すまんなグレン。俺とした事が油断した。何が『勝って兜の緒を締めよ』だ」
そんな事を言いながら振り返ると、グレンと他の冒険者達が顎が外れんばかりに口をあんぐりと開けて俺を見ていた。
「い、今のは……?」
グレンが恐る恐る俺に尋ねて来る。
まぁ気になるか。こんな牙の生えた大猿が何匹も居るなんて思いもよらないだろう。
「あぁ、どうやら特殊個体の大猿は二体居たようだな。いやもしかしたらまだまだ居るかもしれないが……」
「いや、そうじゃなくて……」
あっ、そっちか。俺の今の動きにビビっているんだな。
グレンの命を守る為とは言え、これじゃ今まで力を隠して来たのが台無しじゃねぇか。
う~んどうしたものか……。
「あ~、何だ。……そうそう、あれ位出来なくて一人旅なんか出来ねぇよ。と言うか、お前らも俺が動くまで気付かないなんて情けないぞ?」
取りあえず当たり前っぽく言って、この場は誤魔化そう。
しかし焦って魔法で攻撃しなくて本当に良かった。
さすがにそれは誤魔化せないからな。
「え? あの動きは、そんな感じじゃ……?」
「ほら、まだ居るかもしれないから早く立て!」
「え? は、はい……」
俺の説明に納得し切れない表情のグレンに追い打ちを掛けて、注意を促し反論の機会を防ぐ。
『まだ居る』と言う言葉に反応してグレンは気を引き締めて素早く立ち上がった。
う~ん、素直に言う事を聞くのは良いんだが、最近の態度の事を思うとちょっと気持ち悪いな。
取りあえず借りた剣を持ち主に返し、俺達はお互いに背を向け周囲に注意を払った。
『まだ居る』
誤魔化す為に言った言葉だが、嘘ではない。
大猿が他に居るかは分からないが、少なくとももう一体大物が居る筈だ。
バースを丸呑みする大物がな。
転がっている大猿は確かに身体が普通の奴とは明らかにでかく、その鋭い牙で肉をえぐり取る事は可能だろう。
しかし、その程度では放牧場に転がっていたバース達の様にはならねぇ。
俺は意識の淵から忘れたくとも忘れられない忌々しい記憶を掘り起こす。
こんな事が出来る化け物……。
本来は大人しい生物を凶暴化させて操り、身体まで変異させる異能を操る存在。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《魔族って知ってるだろ? 小説や漫画とかで良く出て来る》
「うん知ってるけど……。もしかして?」
僕の問い掛けに、顔は見えないけどにんまりとどや顔している様が浮かんできた。
多分会心のどや顔しているよ。
《にしししし。そうなんだよ! 作っちゃった! 悪役はやっぱり必要だからね》
作っちゃったって簡単に言うなよ。
しかも神様の癖に『にしししし』なんて可愛い笑い方して。
「え~何でそんなに軽く言っちゃうの? まぁ物語にはそう言うのも必要だけどさ」
《だろだろ? 皆で気合い入れて作ったんだよ?》
「え? 気合い入れなくても良いのに……」
最近分かって来たんだけど、神様って自分の好きな事に関しては結構自重しないんだよな。
気合い入れたってこんなに嬉しそうに言っているんだからとんでもない事になってそう。
パワーバランス大丈夫なのか?
《え~とね、ただ単に強い奴とかでかい奴、目を合わすと石化する奴も居るし、他にも生物を洗脳して操っちゃう奴とか姿形も含めて色々なのが居るんだよ~》
なんでそんなに嬉しそうなの?
人間簡単に滅んじゃわない?
《まぁ、行動パターンとして滅多に人間に関わろうとしない様に設定してるから大丈夫。君が物語を紡げるくらい強くなるまではね》
「え? 僕がそいつらと戦うの? なんか勝てるとは思えないんだけど……」
《大丈夫、大丈夫! 一応今でも魔族の特殊能力の幾つかは君には効かない様にしているからね。石化とか洗脳とかでゲームオーバーなんて詰まんないし》
本当に僕ってゲームの駒にされてるなぁ。
まぁ楽しいと言えば楽しいんだけど……。
《と言っても、魔物は友達のロキ君が担当だったんで詳しくは知らないんだよね~。ロキ君ノリノリで作っていたなぁ。君が強くなってそいつらと戦う所が早く見たいよ~》
「え? その名前ってぇ?」
《ん? ロキ君かい? あぁ、私の世界にある神話のロキ神とは違うよ。彼は別の世界の神だからね。北欧神話が好きで勝手に名乗ってるだけさ。ちなみにこの世界の名付け親でも有るよ》
「あ~。なるほどね~。もしかして他にも僕の世界の神話から名前付けている神様っているの?」
《うん、結構居るよ。ウラヌス君や神農君、イナンナちゃんってのも居るよ。ちなみに、フヒッ、私はガイアを名乗っているんだ。あぁ、勿論響きが好きなだけでそう名乗っているだけだから、私がギリシャ神話の地母神と同じ訳では無いよ》
「へ、へぇ~。神様って思ったより緩いんだね」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
くそったれめ! 神達は好き勝手やってくれるぜ。
全く嫌な思い出だ。本当に妄想と思いたい。
何が『俺が強くなるまで関わろうとしない』だ。
しかも、ノリで人類に害をなす魔物を作りやがるなんて。
ガイアだか、ロキだか知らねぇが、今度会ったら絶対ぶっ飛ばす!
しかし、俺は今回の化け物に昔会った事が有る……気がする。
いや、姿はまだ見てねぇがこの肌を刺す感覚、忘れもしねぇ。
俺があの国から追われる事になった原因のあの事件……。
助けようとしたあの娘に非難され、俺は皆から嫌疑の目で見られ、全ての責任を負わせて処刑しようとした。
そして、その後奴が姿を現した。
《魔族の特殊能力の幾つかは君には効かない》
あぁ、効かなかったさ。
しかし、その所為で更に俺はあの国に居られなくなり、帰る場所を失った……。
あの時に今の力が発現していたなら、そんな疑いも持たれる事も無く、事件も解決出来ていたんだろうが、あの時の俺は弱かった。
くそ! 神め!! 俺を弄びやがって!!
「あっ、あっ……」
ん? なんだ?
俺が忌々しい記憶に憤っていると不意に後ろから、力無く呆然とするような声が聞こえて来た。
そうだ、これも覚えている。
俺は素早くその場から飛びのいた。
シュバッ!!
俺が居た場所を何かか空気を切り裂く音を出しながら掠めた。
「くそ! 全員かよ!!」
振り返った先には、四人の人影。
それぞれが武器を構えて俺に近付いて来る。
そう、それは目に怪しい輝きが宿ったグレンと冒険者達だった。
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