第8話 森の奥へ


「で? 嬢ちゃんはどんな化け物にやられたんだ?」


 グレンともう一つのパーティーは嬢ちゃんを襲った化け物を追って、更に森の奥に向かったとの事だが、そもそも襲った奴の正体は何なんだ?

 瘴気に侵されていた事から、恐らく教会に居た怪我人と同じ奴にやられたとは思うんだが、怪我の状態が違い過ぎる。

 非力な治癒師とは言え、嬢ちゃんは冒険者だ。しかも咄嗟の判断で命を繋ぐ事が出来る程の感の持ち主だ。

 一人最後列に配置されていたとは言え、一瞬であそこまでの深手を負わされるレベルの魔物なら、放牧場の従業員達など逃げ出す間も無く全滅だろう。

 いや、そもそも家畜共の惨状と嬢ちゃんや教会の怪我人の傷に共通点は無い。

 同じ奴だったら咄嗟に避けたとしても身体半分喰われていた筈だ。


「急に背後から飛び掛かって来て、そのまま森の奥に逃げて行ったんで後ろ姿しか見えなかったけど、大きな猿の様で、多分ジャイアントエイプかと。グレンさんや他のパーティーはそれを追って行きました」


「間違いないのか? 色は? 大きさは?」


「俺達ジャイアントエイプに遭遇した事が無かったから伝聞でそれっぽいとしか……。あっ! そう言えば、グレンさんは大きさに少し驚いていました」


 グレンが大きさに驚くって事は少なくとも普通の奴じゃないって事か。

 それにしても、今一敵が掴めないな。


「そう言えば、グレンは森への痕跡に付いて何か言っていたか?」


「ジャイアントエイプがバースを引き摺って行ったんだろうと言っていたんですが、俺はそうは思えなくて……」


「ほう? お前の考えはどうなんだ?」


「え? えぇと……、バース達の死骸の様子なんですが、あれ、大きな生き物に一瞬で丸齧りされたとしか思えません。 それに重い物を引き摺って歩いたにしては、足跡が有りませんでしたし、あれは俺達が見た奴が行ったとは思えないんです。……いや、メリーを襲ったのは間違い無く奴なんですが」


 メリーは治癒師の嬢ちゃんの名前だったかな?

 しかし、こいつ馬鹿だと思っていたが、結構ちゃんと分析してるじゃないか。

 経験を積めばそれなりの冒険者にはなりそうだな。


「合格だ。俺もそう思っている。敵は少なくとも二種類居る。もっとかも知れないがな。恐らく猿共はバースを襲った奴に住処を追い出されたか、それとも操られたか、まぁ普通じゃない状態って訳だ」


「操るってそんな……」


 教え子達は俺の言葉に信じられないと言った顔をしているが、まぁ仕方無い。

 そんな魔物、俺だって片手で数える位しか会った事がねぇ。

 しかもこの大陸に移ってからは噂にも上らねぇからな。


「まぁ、そんな化け物も居るって事だけ今は覚えていりゃいい。……ん? おい、ちょっとナイフ貸せ。ナイフ」


「え? ナイフですか? 俺は持ってないです。 皆は?」


「ナイフ持ってないのかよ。言っただろう? 冒険者には必須アイテムだぜ?」


「あっあの、僕持ってます。これをどうぞ」


 俺は、教え子の仲間からナイフを受け取った。

 ちょっと気が弱くてなよっとしているが、一応このパーティーでは一番の年長者だったかな?

 こいつも別の街の人間だったんで俺の生徒じゃないが、教え子と一緒にたまに俺の話を聞きに来たりするので結構顔見知りだ。

 ナイフは……見た感じ量産品の安物だが、これでも十分だ。


「それで何をするんですか?」


「ん? あぁ、それはな、こうするんだよ!」


 俺は振り返り、素早く森の奥目掛けてナイフを投げる。

 ナイフは一直線に森の奥の闇の中に消えて行った。


「あぁ! 僕のナイフ…」


 嘆くなよ。新しいのはやらないが、探してやるよ。

 全てが終わったらな。


「ギャ! ギャギャーーー」ガサガサ!


「「「「え? 何?」」」」


 俺がナイフを投げた辺りから、獣の叫び声と慌てて何かが逃げ出す音が聞こえた。

 生い茂る草影からチラッと見えたその姿は確かに大猿野郎ジャイアントエイプなのだが、なるほど今まで見た中では一二を争うかなりの大物だ。

 

「あいつか? 嬢ちゃんをやったのは?」


「え? あっ、はい! 多分あいつです。でもなんで? ここに?」


「そりゃ、決まっている。普通弱ってる奴から狙うだろ」


「あっ……」


 俺の言葉に全員口をポカンと開けて『そりゃそうだ』と言うような顔で頷いている。

 どんな生き物だってそうだ。手負いの者、弱い者から確実に仕留めて数を減らして行くのが狩りの基本だ。

 どんなに弱い奴でも数が居りゃ、不意を突かれて危ないからな。

 まぁ強い奴を一瞬で圧倒出来る戦力が有ればまた違う手も有るんだが、獣なんかは相手の強さをある程度感知するし、あいつも特殊な個体とは言え大猿は大猿だ。

 しかも冒険者の集団相手ならこうなる事はグレンなら予想出来ると思ったんだがなぁ?

 大部隊任されたダイスに対抗心燃やして手柄でも焦ったか? それとも敵は大猿一匹と舐めてかかったのか。

 う~ん、部下がやられた事に怒ったと思いたいが、それはそれで指揮官失敗だよな。

 困った奴だ。

 

「元々あいつらは進んで人を襲うような奴じゃないが、縄張りに入って来た奴に対しては容赦無いからな。あと森の中なら図体に似合わず素早く動けて気配も消せるから不意打ちや待ち伏せに要注意だ。と言ってもそれ程強くはない……、いや、あいつはちょっと特別か。嬢ちゃんの怪我は状態は俺でさえ見た事ねぇな」


「教官は何であいつの気配が分かったんですか? 俺さっきまでそっちの方を警戒してたんですが全然気付きませんでした」


「まっ経験の差だろ。気配が消せるって言っても魔法で存在が消えてる訳じゃないからな。音や匂い、そして草木の違和感は隠せねぇよ。それに来ると分かって、更に獣の習性を考えたら潜む方角もだいたい読める。最後はやはり経験から来る感だ。他に探知魔法って手も有るが、お前らの所に魔法使い居ねぇから仕方無いな」


 探知魔法……、あれって実はアクティブソナーみたいなもんだから、俺が使うと逆効果なんだよな。

 俺の近くの奴らは気絶するし、離れた獣や魔物は逃げて行きやがる。

 使い様によっては凄く重宝するけどな。


「お前達! 取りあえず森から出てろ! また狙いに来るにしても森の外ならそうそう不覚取る事もないだろ」


「え? あっ、でも、俺達だけ逃げ出すような行為なんて……」


 馬鹿だが根は真面目な性格なので、自分だけ逃げだす様な俺の言葉を素直に受ける事が出来ず、しかし、先ほどの出来事から自分の実力不足も痛感した事もあり、次第に声が小さくなっていった。

 面倒臭い性格だが、現状把握は出来てるんで良しとするか。

 

「あ~、言い方を変える。お前ら! 森の外から大猿が街の方へ逃げ出さないか見張っておけ!」


「「「「え? あっ! はいっ!」」」」


 教え子共は俺の言葉に跳ねた様に返事をして森の方向へ走り出す。

 途中、嬢ちゃんが振り返り、俺にお辞儀をした。

 それにつられて他の奴も同じくお辞儀をする。


「そんな事良いから早く行け~! 隊列は守れよ! それと森から出るまで油断するな!」


「「「「わかりましたっ!」」」」


 嬢ちゃんを守る様に教え子パーティーが森の外に走って行くのを見守った。

 大丈夫だと思うが、一応逃げて行った大猿がまたあいつらを襲うとも限らないしな。



 暫く様子を伺ったが、襲われたような音も聞こえなかったので、あいつらは無事に森の外に出れたようだ。


「しかし、俺って思ったよりも面倒見が良いよな。一人で放浪生活をしていた頃にゃ想像もしなかったぜ」


 仲間に裏切られて、全ての責任を取らされた上、投獄されそうになったあの事件。

 そして人目を避けるように暮らしていた先で起こった大消失。

 あの頃は人間不信になっていた。何も言わない神を恨み、闇に紛れて生きる日々を送っていた。

 俺の性根がもう少し曲がっていたら魔王にでもなっていたかもな。

 その後、その大陸に居る事さえ難しくなり、長い孤独と放浪の果て運命の導きによるものか、この街に腰を下ろす事となったんだ。


「ギルドマスターには本当に感謝しないとな。こんな俺を受け入れてくれるなんて器がでかいぜ」


 それに、もう大丈夫な筈だ。大消失は二度と起こさせねぇ。

 神の馬鹿共め! 厄介な物を与えやがって、くそ!

 

「……あぁ、昔の事を思い出すと神への愚痴しかでねぇや。そんな事より、グレン達はこの奥に向かったと言っていたな。逃げて行った大猿とは方向が違うが取りあえず合流するか」


 何処と無く、あの事件前夜の匂いを感じ取りながらも、その考えを思考の果てに投げ捨てて、俺はグレン達の後を追った。


「今なら大丈夫だ。今の俺ならな……」

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