懲罰屋営業中

水智晶(みずちあきら)

序章 呪われし店

1、懲罰屋

 都心から電車で1時間。

 人通りの少ない裏道にある、郊外の寂れた雑居ビル。

 地上のフロアには、企業も個人も入っておらず、1階の窓には、半ば朽ちかけた「テナント募集」の張り紙が貼られている。

 壁はあちこちひび割れていて、3階より上の窓は何枚か割れてしまっている。

 地下1階にあるライブハウスの看板が煌々と輝いていなければ、廃墟と見紛うばかりの佇まいだ。


 通りから地下へと続く階段を下り、ライブハウスを通り過ぎて『立ち入り禁止』と表示された扉を開き、更に先へ。

 薄暗い非常階段を下りたその先、地下2階へと進むと、一軒の店がある。


 ドアの左右には「営業中」と書かれたラーメン屋風の赤いのぼりが立っていて、その左側にはショーケースがある。

 汚れだらけのショーケースの中には、埃を被ったラーメンやチャーハン、餃子などの食品サンプルがずらりと並んでいる。

 だが、ここはラーメン屋などではないし、ましてや飲食店ですらない。

 このショーケースものぼりも、この店の主人が持つ屈曲した美意識によって備え付けられた、単なる飾りに過ぎない。

 鋼鉄で作られた、人を拒絶するかのような雰囲気を放つ重厚な扉の先には、異質としか言いようの無い空間が広がっているのだ。


 こだわりぬかれた、豪華絢爛なインテリア。

 ずらりと立ち並ぶ、魔物を象っていると思われる狂気染みた置物。

 そして、それらが間接照明に依ってぼんやりと照らされた、異様かつ、荘厳な空間。

 寂れた雑居ビルの地下とは到底思えない、まるでゲームの世界の中の、ボスが待ち構える宮殿のような部屋である。


 この店は、現代の法律にはそぐわない、本来なら存在することさえ許されない店である。

 ここは、依頼を受けて人を物理的、或いは社会的に抹殺する、いわば『殺し屋』の店だ。


 この店を使う資格は、ごく限られた者にしか与えられない。

 まず第一に、依頼内容は『仇討ち』であること。

 次に、依頼者は『殺された本人』であること。

 そして最後に、『自分を殺した人間が誰なのかを知らない』ということ。

 そんな救われない魂の、行き場の無い怨念を晴らすことを目的に存在するのが、この店だ。


 そして支払う報酬は、『魂』。


 魂と引き換えにその恨みを晴らす、呪わしき店。

 それこそが、悪魔が経営する仇討専門店、「懲罰屋」なのである。

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