第9話 宰相の溜息

 第六師団(ダイロク)の師団長執務室では、副師団長から師団長へと現在の仕事の進み具合が報告されていた。


「メルティディス師団長、『聖女の瞳』が保管されている神殿関係等は全て新しい結界を張り終えました」


「あ、そう。ご苦労さん。やっぱり君達優秀だから手際も良くて本当に助かるわ」


 今日も爆発キノコ頭で黒い丸眼鏡が健在のメルティディス師団長は、どっしりした机の向こうでヘラヘラと笑っている。初めて見る人は驚くかもしれない光景だが、ダイロクでは通常運転だ。


「いいえ、当たり前の事です」


 師団長はふざけた感じの見た目で、時々は本当にふざけているが仕事はちゃんとこなす人だ。錬金術師としての腕前は国随一だと評価されている。第六師団(ダイロク)では、天才と歌われるセレッソ・フィサリスと並ぶ有名人だ。


「いや、皆、本当にとても優秀だよ。あ、それで、新しく張り替えた結界にゴミムシ引っ掛かった?」


 このような軽い口調で話をされるので、慣れるまでは面食らうが、その有能さは一緒に仕事をしているとすぐに理解出来る。当然ダイロクの隊員から慕われていた。


「はい、余程警戒したのか、かなり遠方で3ケ所の神殿の結界を抜けようとした様ですが、勿論、いずれも失敗です」


「で、その足取りはどうだった?」


「やはり、ロッソ伯爵領から出て、その後戻っています。記録はこの魔石に入っています」


 師団長はその魔石を手に取り、親指と人差し指で持ち上げて暫し見つめる。


「ふうん、なるほどね。じゃあ、総師団長に報告に行って来るから、ここはエンディー副師団長に任せるよ」


「はい、了解です。あの、師団長・・・」


「うん?」


「あのですね、頭にヒヨコが付いているようですが」


「ヒヨコってあの黄色いピヨピヨするやつ?」


「はあ、造り物の様ですが付いています」


 師団長の後頭部には黄色い布切れを切り抜いてヒヨコの形にした物が3つ埋まっていた。正面から見たのでは気が付かないのが狙い所かも知れない。髪から抜き取り渡すと、師団長は大笑いし始めた。


「あははは、家のいたずら娘達だな。なんて可愛いんだ。今朝出がけに私に飛びついて来て頭を触っていたからな。よし、今日帰ったら二人の髪にくっ付けてやろう」


 上機嫌で鼻歌を歌いながら部屋から出て行く師団長は、そのヒヨコをポケットに大事そうにしまっていた。


 メルティディス師団長は愛妻家で、たいそう子煩悩だという噂は本当なのだ。






      ※      ※      ※






「皇太子殿下、昨日連絡頂いた通り、ヴァルモントル公爵閣下がこれから此方にお越し下さるそうです」


「ああ、分かっているよ。私の方の心の準備は大丈夫だから、宰相も落ち着いて貰いたいな」


「ええ、そのように努力します」


 本当に、マクシミリアン皇太子殿下は柔らかな雰囲気の見た目とは裏腹に肝が据わっている。これが陛下であればおたおたされているだろう。今もやんわりとした微笑みを浮かべて目の前でお茶を楽しんでいらっしゃる。


「このお茶、北部地域の特産品として売り出すそうだよ。この間視察に行った時に分けて貰った物なんだけど、本当に美味しいね。宰相もどうぞ」


 この部屋には今、人払いがされて私達以外には誰も居ない。お茶を淹れて下さったのは皇太子殿下だ。


 私達二人の時はこうして手ずからお茶を淹れられるのだが、以前には止めて下さいと言っても却下された。


 『自分で淹れるのが一番安心』と言われれば何も言えなくなる。王族でこの様な酔狂な事をされる方もいないだろう。


「頂きます・・・。皇太子殿下、また城下の視察に出られたのですね・・・」


「北部地域には色々と興味のあるものが多くてね」



 こうして見ると、今まではわざと目立たぬようにされて来たので、何かと見る目の無い貴族連中には陰口を叩かれていたが、品のある振舞いと王族らしい容姿に目を惹かれる。


 アルフォンソ第一王子は気性の激しさや派手な振舞い、魔力の強さと美貌で目立っておられた。そしてお二人は髪や瞳が同じ色を纏っていらっしゃる分、比べられると第二王子が地味な感じがしたのだろうが、この方は十分美しい方だ。


「陛下からは、皇太子殿下に任せるとの事でしたが、本当に宜しいのですか?」


「今更父上がこの場に参加しようとも、何の役に立つ訳では無い事を宰相は理解されていると思っているんだけどね」


「それはそうですが、如何に皇太子殿下に一任されたとは言え・・・」


 無責任だと言いたい所だが、不敬になるので言えないが。


「父上にここで間抜けな事を言い出されても、ヴァルモントル公爵を不愉快にさせてしまうだけだから要らないよ。それに父上からは言質を取ってあるから大丈夫」


「ええ、それはまあ」


「北部地域でね、ヴァルモントル公爵の婚約者であるティーザー侯爵令嬢に会ったんだけど。なんか面白そうな子だったよ」


「えっ、どうしてその様な事に・・・」


「偶々(たまたま)だよ。流石にヴァルモントル公爵の婚約者に、わざと会う様な愚かな事はしないよ」


「・・・殿下、偶々であろうと無かろうと、彼方(あちら)からお声がけの無い場合はティーザ―の御令嬢に近づくのは金輪際お止め下さい。まさか何か、もうされたのではないでしょうな?」


「うーん、ごめんね。ちょっと声をかけたんだよ、そしたらとても素っ気なかった。もちろん私が皇太子だなんて言っていないけれど」


「なんて事をされるのですか。公爵の逆鱗に触れれば国が傾きます」


「そんなに怯えなくてもいいのじゃないかな、今日は向こうからお出まし下さると連絡があったのだし、私も公爵閣下には一度お会いしてご挨拶しなければならないと思っていたからね」


 皇太子殿下はのんびりとした顔でそんな事を言われているが、実際にヴァルモントル公爵にお会いすればその態度を改められる事になるだろうと思った。


 だが、人が成長するにはどうしても経験が必要だ。言葉でいくら説明しようとも、実際にお会いするのが一番なのだと、私はそう思い溜息をついた。その時に皇太子殿下が平常心のまま居られるとは思えなかったが・・・。それもまた勉強だろう。





 


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