🕘 21:00 やはり花火が上がり、思いは少しの助けを借りて、相手に届く
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さぁ、時刻は午後九時を回りました。FMメトロがお送りする「Crazy Tokyo in Spirals」。月曜日の夜、みなさんいかがお過ごしでしょうか?
というわけで今週も始まりましたが、いやーそれにしても今朝は雷がすごかったですねー。僕は夜この仕事があるんで朝はわりとゆっくり起きるんですけれども、今日はおちおち寝てもいられなかったですね。ゴロゴロゴロッ! っていう轟音に驚いて、もう、飛び起きました。いつもは「あなた、いつまで寝てるの!?」って奥さんに雷を落されるんですけれども、今日は本物の雷が落ちましたねー! なんちゃって……。
さ、というわけで、そんな雨も夕方には上がって、日が落ちたいまはちょっと涼しいくらいですね。え、なに? 『お前のつまらない冗談のおかげで寒いくらいだ?』って?
さ! 気を取り直して、今宵も張りきってまいりましょう。深夜零時までの三時間、ぜひ最後までお付き合いください。大都会・東京の片隅からお届けするFMメトロ「Crazy Tokyo in Spirals」、略して
https://youtu.be/fZUgiyqZMrk
* * * * *
アヴィーチーの「Heaven」が流れ始め、僕はiPhoneの音量を上げる。公園を取り囲むビルのネオンに星がかすんで見えた。公園というのは子どもたちが遊ぶためのものだと思って育ったが、駅のすぐそばにあるこの公園はたいした遊具もなく昼間は閑散としていた。それがいまは、大音量の音楽にあわせて踊る若者たちやギターを弾く青年、顔を寄せ合って愛を語り合うカップルで賑わいを見せていた。「公園」の定義すら、僕の生まれ育った街と東京では違うのだ。
打ち上げ花火を手に入れ、近くの松屋で夕食を済ませたあとは本屋で時間を潰したが、日付が変わるまでまだ三時間もあった。さて、どうしたものか。公園のベンチに腰かけると、もうほかにすることはなかった。おもむろにスマートフォンを取り出し、ラジオのアプリを立ち上げた。この時間の番組を聴くのは初めてだった。クレイジー・トーキョー・イン・スパイラルズ? 変なタイトルの番組だ。
「私ね、病気なんだって」
今年の春、電話の向こうで彼女が言った。突然部活に来なくなって、LINEでの連絡も途絶えて一週間後のことだった。前日に顧問の先生から病名も聞いていた。
「うん。先生から聞いた」
「だから、しばらくは会えない」
「会いに行くよ」
「面会できないんだって。家族以外は」
「……そうなんだ」
「でも、きっといつかは会えるよ」
「だといいけど」
自分が一番つらいはずなのに、彼女は溜まった水を必死にすくい上げようとしていた。僕はと言えば、そんな彼女の気持ちに寄り添うこともなく、その手からこぼれ落ちる水ばかり気にしていた。
しばらくすると、音楽と喚声と囁きに満ちた公園に人影が立った。スーツにビジネスバッグを携えた典型的なサラリーマン風の男は、自分のつま先のさらに少し先をぼんやりと見つめながら、たどたどしい足取りで公園の縁に沿って歩いている。右に左に、時には後退するその歩き方は、典型的な酔っ払いのそれだった。焼き鳥の入った箱を指の先にぶら下げながら、「いま帰ったぞー!」っていうマスオさんみたいな、典型的な千鳥足だ。
男は公園の半分ほどまで来ると、おもむろに脇にあったベンチに腰掛け、ポケットから何かを取り出した。口にくわえると小さな火が灯ったので、それがタバコだとわかる。うっすらとした白煙が昇った。
狂気に満ちた、静かな夜だった。
📻
続いてのリクエストは都内にお住いの「しがない物書き」さんから。これはたった今もらったんだよね? そう、ついさっき頂いたメール。
「初めてメールします。僕は都内の大学に通う二年生です。僕には去年から付き合っている彼女がいるのですが、今年に入りつらい出来事がありました。彼女が白血病だということがわかったのです。今年の五月に彼女が入院して以来、もう五カ月も会っていません。正直つらいです。つらいですが、一番つらいのは彼女なので、僕はそんな彼女を応援したいと思います。明日は彼女の誕生日なので、彼女が好きな曲をリクエストしたいと思います。カーペンターズの『Rainy Days and Mondays』をお願いします」
ということなんですが……実はね、今日のお昼過ぎに別の方からメールを頂いてまして、これはねー、ちょっとした奇跡だと思うんだよね。え、これ、そうだよね? お互い知らないよね? いい、いくよ。これは今日のお昼過ぎにもらったメール。
ペンネーム「ヨーコ・オーノー」さんから。「オーノー」ね、「オノ」じゃなくて。ちゃんと伸ばさないと別人になっちゃうから。
「私は都内の大学に通う二年生ですが、いまは白血病を患って、都内の病院に入院してます。病院ではやることもなくて暇なので、ノートパソコンを持ち込んで小説を書いています」 小説書いてるんだって、すごいよね。「短い話ですが、もうすぐ完成しそうなので、完成したら小説家を目指している彼氏に見せたいと思っています。なんて言われるか緊張するけど。雨降りの月曜日にぴったりな、思い出の曲をリクエストさせてもらいます」ということで頂いたのは、そう、カーペンターズの「Rainy Days and Mondays」。
彼氏と彼女が、お互い相手のことを思ってさ、同じ日に同じ曲のことを思い出して、こうやってこの番組にリクエストくれるわけじゃん。ほんとに、この仕事やっててよかったなって思うよね、こういう時……。俺も一応プロだからさ、公共の電波で泣きじゃくったりとかしないけど、必死で堪えてるよね……そろそろ限界だから、いこっか、曲? いくよ。カーペンターズで「Rainy Days and Mondays」。大都会の片隅でお互いを想い合う若いカップルのために。ヨーコさん、お誕生日おめでとう!
https://youtu.be/PjFoQxjgbrs
* * * * *
両手で握りしめた打ち上げ花火の太い筒が、涙に霞んだ。悲しみでもない、喜びでもない感情が胸を、体中を満たしていた。言いようのない無念さ。誰のせいにもできない無力感。胸を掻きむしるような切なさ。目の前を覆いつくす虚無感。言い尽くせないほど雑多な感情が、滝のような涙となって溢れた。くそ……くそ、くそっ!
どのくらい泣いていたのかわからない。泣く時間だけはたっぷりとあった。いつだってそうだ。時間がいくらあっても足りない時はあっという間に過ぎるのに、早く過ぎてほしいときに限って時間はいくらでもある。僕は涙は枯れることはないのだと知るのに十分なだけの涙を流し、そのまま崩れ落ちるようにベンチに横たわった。
「ラジオ?」
「そう」
病院は暇だという彼女に毎日何をしてるのか聞くと、「昼間は小説を書いてる」と答えた。
「小説?」
「そう、とびっきり切ないやつをね」
「白血病になっちゃう女子大生の話とか?」
不謹慎な冗談かもしれない。だが、そんな冗談でも言わないと、本当に病気に押しつぶされてしまいそうだった。彼女も、僕も。
「白血病になって死んじゃう女子大生の話、とかね」
でも、これには僕は笑うことができなかった。
「夜は? 夜は何してるの?」
「夜? 夜はラジオ聴いてる」
「ラジオ?」
「そう。どうでもいい話とどうでもよくない音楽を流すラジオ番組があるの。病室の窓から夜空を見ながらそれを三時間聴いて、日付が変わったらカーテンを閉めて寝るの」
僕は窓の外をぼんやりと眺める彼女の眼差しを思い浮かべて、切なくなった。
「素敵だね」
そう言ったのは、嘘だった。
📻
さぁ、あっという間にお別れの時間が近づいてきてしまいました。いやぁ、本当にあっという間だったねー。なんか、今日いつもより早い気がする。これは時間の神様がズルしたね。時間の神様ってクロノスって言うんだけど、時々ズルするからね。知ってた? 何かに夢中になってたら、あっという間に一時間とか経ってるときあるじゃん? あれはね、クロノスがズルしてるんだよ。本気出したら、過去と未来を入れ替えることもできるみたいよ。
……あれ、何の話だっけ? あ、そうそう、もうすぐ放送時間が終わっちゃうって話ね。最後にもう一曲いこうか? えっとねー、何にしようかな……あ、じゃあ、あれにしよう。JETにしよう。JETの「Shine On」。いい? いける? 曲終わりにもう一回お別れの挨拶できるかな? オッケー。じゃあ聴いてください。JETで「Shine On」。
https://youtu.be/p9SDaQ1seSg
* * * * *
月が逃げてしまっても
星がみんな瞬かなくなっても
雨の日に輝く太陽を無駄にしてはいけないよ
きっと風がすべてを吹き飛ばしてくれるから
「おい、青年。こんなところで寝てたら風邪ひくぞ」
束の間、自分がどこにいるのかわからなかった。目に映ったのはくすんだ夜空。肌寒さに身震いする。体を起こして声の主を探すと、制服を着た年輩の警官が立っていた。左耳のイヤホンだけ外す。
「家はあるんだろ?」
「え? あ、はい」
「それならさっさと帰るんだ。ろくでもないチンピラに財布盗られるぞ」
そう言った表情は笑っていた。
「もうすぐ放送時間が終わっちゃうって話ね」
長時間イヤホンをしていたせいでじんじんと痛む耳に聞こえたその言葉に、僕ははっとしてスマホの画面を確認する。23:53。
「嘘だろ」
思わず口を衝いた。二時間以上寝ていたらしい。泣き疲れて寝るのは赤ちゃんだけじゃないらしかった。それでも、日付が変わる前に目が覚めてよかった。
流れてきた音楽は好きだったが、いまはそれどころじゃない。僕は右耳からもイヤホンをむしり取ると、寝ている間も抱きかかえていた筒を持って公園の真ん中を目指した。踊る若者たちも、ギターを弾く青年も、愛を語り合うカップルも、いまはもういなかった。深夜の公園はやっと昼間のような静寂を取り戻していた。
だだっ広い広場の中央に花火を置いたところで、僕はポケットからライターを取り出す。試しに何度かつけてみるが、カチッという機械的な音がするだけで火は灯らない。まだあと五分あるから。そう暢気に構えていたが、徐々に残り時間が短くなっていく。ライターは依然として生真面目なタクシー運転手みたいにじっと押し黙っていた。
「くそっ、なんだってこんな時に」
スマホをポケットから取り出す。0:00が表示されていた。すでに新しい一日が始まりを告げたのだ。大都会のどこかで、カーテンを引く音が聞こえた気がした。
「それ、結構本気のやつだな」
その声が耳元で聞こえた気がして、驚いて顔を上げた。目と鼻の先に、スーツを着た男が立っていた。その男が千鳥足のサラリーマンだと気づくのは、もう少し後の話だ。
「時間ないんだろ?」
男はそう言うとしゃがみ込み、手にしたライターを擦った。
「きみもきっと悩むタイプの人間なんだろうな」
「え……? 悩む?」
「独り言だよ。大いに悩め、若者よ」
会話とも言えないやり取りの途中だったが、ほどなくして導線に火が付いた。男と僕は反対の方向に、同じように三歩下がった。
轟く破裂音とともに、火の玉が一直線に駆けのぼっていく。やがて、くすんだ夜空に吸い込まれる。一瞬の静寂のあとに大輪の花が咲いた。地響きにも似た音が、深夜の東京に響く。僕も男も、花びらが闇に消えゆくのを黙って見守っていた。
「悪い、俺がつけちまった」とやがて男は言った。「でも、届くのはきみの思いだ。届くよ、きっと」
そう言うと、男は静かに踵を返した。
「……あ、ありがとうございました!」
その背中に向かって僕は叫んだ。
不思議な気分だった。なんだか、自分一人の力だけではない見えない力に後押しされている気がした。彼女が見ていてくれている確信はない。ただの自己満足かもしれない。それでも、いまこの東京の片隅の公園で花火を打ち上げることに、意味はある気がした。
大都会・東京の片隅は、でも、その瞬間だけは間違いなく、世界の中心だった。
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