君が好きなかつて

エリー.ファー

君が好きなかつて

 僕は歩いている。

 ずっと、歩いている。

 キャンプの薪を集めている。

 一人でここにきている。

 他には誰もいない。

 一人のキャンプが好きすぎる。

 好きすぎて。

 とうとう。

 誰も連れてこなかったし、誰にも言わずにキャンプをしている。

 暇で暇でしょうがないのだけれど、それでも繰り返し繰り返し、同じ行為をしたいと思う。

 キャンプよりも薪を探すのが好きなのかもしれない。

 火をつけて、それが燃え上がり、心がどう動くのか。それを想像すると、薪を集める行為にも力が入る。一本一本に、どのような燃え方をするのか、という映像が浮かんでくる。

 手触りは正直良くはないし、できる限り軍手を付けるべきだとは思う。しかし、それでも素手が良い。一度だけ、そこから雑菌が入って手が荒れてしまったけれど、それも含めて良い悪いというのが完結している。

 ここにドラマがある。

 もう。

 怪我すら満足できなくなった、この世界で、監視ピグラムがない場所など、こんな山奥しか残っていない。

 遠くで鹿の鳴く声が聞こえる。

 そして、それに呼応するように鳥の声が響いた。

 野生である。

 野生の中にいる。

 肺の中に空気を詰め込む。

 不思議な感覚である。

 ここまで自分を律したいと思ったことは初めてだ。

 斑のない仕事ぶりを褒められるのに、この斑のある世界にどうしても憧れてしまう。穏やかな水面を自分の手で汚してしまうことに罪深ささえ感じてしまう。自分の異様な綺麗さが、今から遠く離れて行くと思うと、子供のような心地になる。

 この山も間もなく、売り払われるそうだ。

 潰して、ここには屋敷が立つらしい。

 クレデノ。

 そういう名前の一族だと聞いている。

 何もかも、欲しがるような、そんな一族ではないらしい。

 この山に出る野生の連続殺人鬼たちの生息地を壊してしまって、町や、コミュニティ、市や、クレジデティ、日本の利益になればと考えているらしい。もちろん、損得勘定の一つや二つはここにあるのだとは思う。

 どうしても、人は経済の中にいる。

 野生の連続殺人鬼たちくらいだろう。

 人間の形をしている、だけ。

 それだけの共通点しかもたない、命を宿した肉の変形物というものは。

「おーーい。こっち来ないかぁ。」

 遠くで男の声がする。

 見えない。

 どこにもいない。

 けれど。

 こちらは見えているのだろう。

「おーい。おーい。こっちだぁ、こっちだぁ。」

 その瞬間。

 一番近くの木に、鉈が刺さった。

 誰かが投げて服がこすれるような音もなく、飛んでくるような音すらなく、木片だけが飛び散り、頬に当たって来る。

「こっちだぁ、こっちだぁ。早く来てくれぇ。」

 鉈は。

 僕の右ふくらはぎの肉を綺麗に削いだ。

 立てなくなり、地面に倒れる。

 呼吸が乱れる。

 そんなことを認識する前に。

 目の前を鉈が飛ぶ。

 六本。

 飛ぶ。

 地面に刺さるもの。

 バウンドしてどこかに転がるもの。

 顔を切り裂いてくるもの。

 色々ある。

 おそらく飛び込んでくる鉈に可能な行為の全てがそこにはあった。

 野生の連続殺人鬼の住処であることは知っていた。

 それでもここにある野生に触れて見たかった。

 これは、本当だ。

「おーーい。どうしたんだぁ。早く立てよぉ。おーーい。こっちだぁ。こっちだぁ。」

「待ってくれ、今、行くよ。」

 鉈が来る。

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