勇者の俺、魔王の角になったんだけど!
もくめ ねたに
第1話 自称神との邂逅
波の音が聞こえる。
その度に俺の足を海水が濡らす。
引いては押し返し、海は永遠に波を動かし続ける。
砂のサラサラという感触と、ここから見えるサンセットが俺の心を癒してくれる。
唐突だが、あなた達はヤドカリをご存知だろうか。
エビやカニの仲間で、背中にある甲羅が特徴的な甲殻類。
そして、そんなヤドカリになった人間をご存知だろうか。
──そう、俺です!
マジで俺って悲劇のヒロイン。
略して『ひげのロン』。いや、ロンって誰だよ。
普通の高校生
↓
異世界の勇者
↓
ヤドカリnew!!←今ここ。
どうしてこんな略歴を辿ってしまったのか、
その一部始終をご覧頂きましょう。
では、どうぞ。
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気温26℃、天候晴れ。
最近、猛暑が続いたせいか、今日は少しだけ肌寒い。
捲っているワイシャツの袖を伸ばしながら通学路を進む。
家から高校までは徒歩10分のところにある。
なので、電車通学でも自転車通学でもない。
それが目当てで、今の高校を選んだ。
「おーい、咲人ー!」
遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる。
目を凝らしてみると、幼なじみの「加賀屋誠司」がいた。
通称ガヤ──彼とは幼稚園からの付き合いだ。
小中高に渡り、今まで同じ学校に通っている親友と呼べる仲。
もしもガヤが女だったら、ギャルゲーみたいになってた。
「おいっすー!」
手を振りながら、小走りでガヤの方へ向かう。
その途端、ガヤは両手を前に突き出し、顔を青くしながら叫んだ。
「待てっ! 止まれ──!」
ガヤが止まれと言った理由、それはトラックが迫ってきていたからだ。
──あぁ、ここで俺は死ぬんだ。
死んだら異世界に転生して、世界を救った英雄とか呼ばれちゃうんだ。
俺だけのハーレムとか作って美女を虜にしちゃうんだ。
そしてそして、俺の名前は永遠に語り継がれたりなんかしちゃって!
なんてことを考えながらトラックを、ヒョイっと避けた。
当たるわけがありませーん。
なんならトラックめっちゃスピード遅かったし。
「お前、何やってんだ!? ちゃんと前見なきゃ危ねぇだろ!」
「うぐっ!」
ガヤは俺の胸ぐらを掴みあげ、怒号を飛ばす。
こんなのは日常茶飯事だ。
すでに俺の脳内では、
『アンタ、何やってんの!? 前見なきゃ危ないでしょ! もし、咲人が死んじゃったらアタシ······ゴニョゴニョ』
みたいになってる。
「悪かったって。ほら、さっさと学校行こうぜ!」
「おい、待てよ! 置いていくなって!」
ほら、「あーん、待ってよ咲人ぉー」って聞こえてくるだろ。
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下駄箱で上履きに履き替え、リノリウムの床を突き進む。
3階へ到着し「3年3組」の教室へ入った。
「おはよう、咲人くん」
「おっす、美香ちゃん!」
あぁ、美香ちゃんは今日も可愛い。おそらく、明日も可愛い。
黒髪ロングのテンプレ美少女だ。
誰にでも優しい「九重美香」は俺にも優しい。
唯一、俺の癒しである──が、
「あ、誠司くん、おはようっ!」
「おお、美香か。おはよう」
美香ちゃんは俺に続いて教室に入ったガヤの方へ向かって行った。
ガヤを見つめる美香ちゃんは、少しばかり恍惚の表情を浮かべている。
現在ご覧いただいた通り、美香ちゃんはガヤのことが大好きです。
ガヤは文武両道で、優しくて、お顔がよろしくて、なにも欠点の無い完璧人間。
俺は······いつかガヤを殺しちゃうかもしれない。
「ふふふっ、あんなもの見せられたら美香に告白できないだろう」
「おはよう、青葉。というか、朝から憂鬱になること言うなよ······」
こいつは隣の席に座る「水野青葉」だ。
俺が美香ちゃんを好きだということを青葉は知っている。
だから、朝からこうしてイジってくるのだ。
青葉はクールビューティな美人という言葉がよく似合う。
男女ともに人気があり、ファンクラブまであるくらいだ。
しかし、俺は知っている······。
そう! こいつがちょっぴりおバカさんだということを!
「7×4しちし?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。えーっと······わかった、28だ! どうだ? 合っているだろう?」
答えるの遅い。
計算問題で『A君が時速800kmで家に向かって走ってる』という答えになっても、多分こいつは気にしない。
バカということがバレないように、必死に隠している。
これがいつもの俺たち──
「俺がやってきたぜぇ!」
──ではなかった。
もう一人忘れていた。
「よー、相棒!」
気軽に俺の肩を組んでくるこの男、「鬼道師門」という。
このご時世に、金髪リーゼントに短ランという希少種。
うちの学校はブレザー指定であるにも関わらず、こいつはわざわざ短ランとボンタンを買ってきたそうだ。
「おはよう師門。お前、それ暑くねーの?」
「短ランってのはなぁ、男である証なんだよっ!」
「あーそ」
こんなことを言っているが、師門は喧嘩をしたことがない。
いわゆるマイルドヤンキーだ。
まあ、悪いヤツではないので嫌いじゃない。
これが俺達、いつもの5人組だ。
着席してしばらく待っていると、眼鏡をかけた若い先生が教室へ入ってきた。
「おはようございます、皆さん。あ、花守くんが遅刻しないなんて、珍しい日もあるんですね!」
「花守咲人」
初対面の人には『ホストみたいな名前ですね(笑)』とよく馬鹿にされる。
その実態は、この近辺に住み、今朝トラックに轢かれかけた普通の高校生。
誕生日は8月7日、好きな食べ物は甘いもの全般、黒髪黒目に身長170cmの……長いね、ごめんね。
つまり、花守くんというのは俺のこと。
「やだなー、俺だって遅刻しない日くらいありますよ、先生」
「······うふふっ、入学してからほぼ毎日遅刻している君が何をほざいてるんですか? 死にますか?」
おっと、最後のは教師としてどうなのよ。
笑っているが、背後から「ゴゴゴッ」とか聞こえそうなほど怖い。
顔は可愛いけど、実はこの人元ヤンなのである。
先生は切り替えるように「さて!」と言って手を叩いた。
「一時限目は体育ですよ。それでは着替えましょう!」
あ、体育なの忘れてた。
ちなみに、師門は普通に短ラン脱いで着替えてました。まる。
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「お前、また美咲ちゃんから体育着借りたのかよ」
「だって、体育あるの忘れてたんだもんっ!」
「だもんっ! じゃねーよ······」
ガヤの言った美咲とは俺の妹だ。
最近、反抗期気味なのか俺とは口を利いてくれない。
でも、体育着は貸してくれるいい子。
「さて、それじゃ三段ピラミッドの練習だ」
生徒指導兼、体育の先生が口を開いた。
来週に差し迫った体育祭の組体操練習だ。
校庭の地面にマットを敷き、さっそく始める。
俺は体格がいい方じゃないので二段目。
一番体の小さい師門が一番上だ。
一段目が土台を作り、
二段目の俺達が更なる土台を作り上げ、
その上を師門がよじ登る。
『『せーのっ!』』
声を出すことによってタイミングを合わせて一段目、二段目の順で立ち上がる。
大トリである師門がふらつきながら立ち上がった──が、
「おわっ!」
「──ゲぇっ!!」
揺れによって体制を崩した師門は落ちる直前、二段目の俺を掴んだ。
その掴みどころが悪く、体育着の襟首部分を引っ張られる。
ゆえに、首を絞められているのと同じであり、カエルみたいな声を上げてしまった。
もちろん、俺なんかが人を首だけで支えられるわけがなく、師門と共に地面へ真っ逆さま。
でも、大丈夫!
だって下には、生徒の補助をするガヤがいるから!
ガヤならば、俺をガッシリとキャッチしてくれるはずだから──
しかし、そんな期待は虚しく、俺の視界は真っ白に染まった。
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「んあ?」
変な声が出る。
気が付けば、俺は全面真っ白な場所に立っていた。
え……なに、ここ。
もしかして、ガヤは俺のキャッチに失敗して、それであえなく死んじゃいました、とか?
いやでも、地面に落ちた記憶が無いし。
つまり気絶?
いや、それもないな。
感覚はやけにしっかりしてるし、美咲から借りた体育着着てるし。
「……あっ、もしかしてこれって!」
こういうの、アニメとか漫画とかで知ってる。
異世界召喚される前兆じゃね!
そうだ、それしかない!
ここで待ってたら、エロい女神様とかロリ女神様が出てくるんだ!
「あ、女神女神! 女神様はどこ!」
前をキョロキョロ、後ろをキョロキョロ。
「おーい! 女神様、いませんかー!」
叫んでみるが、声はまったく反響しない。ここの空間はかなり広いようだ。
そう思った時、後ろで物音がした。
勢いよく振り返ってみれば、そこには美しい女神様が…………いない。
そして、開口一番、
「アナタハ、神ヲ信ジテイマスカ?」
ネルシャツにジーンズという至って普通の私服。
色白に良く似合う、カールが掛かったブロンドヘア。
顔の彫りが深く、鼻立ちは高くて、淡い色の瞳。
加えて、カタコトの日本語。
俺は、そんな彼の言葉にゆっくりと首を傾げた。
「………………?」
「アナタハ、神ヲ信ジテイマスカ?」
違う違う。
聞き取れなくて首を傾げたわけじゃないから。
でも、一応答えておく。
「ノ、ノォーです!」
「チッ!」
コイツ、でっけぇ舌打ちしやがった!
「それで、あなたは?」
「神ダ。ナンカ文句アルノカ?」
なんか急に横柄になった……。
って待て、この人が神様!?
もっと、おじいちゃんみたいなのを想像してた。
でもまあ、神様がどんな姿だろうと別に関係ない。
俺が会いたいのは、お美しい女神様だ!
「……あのー、女神様はどこ?」
「女神ハ仕事ダケド?」
「じゃあ、ここにはあなただけ?」
「ソウダヨ。文句アッカ?」
女神様、いないのかぁ……。
というか、この人なんでいちいち威圧してくるの?
俺、なにかしたっけ?
……もしかして、この人の問いに「ノォー」って言ったからだろうか。
「私、アナタノ説明スル。ハァ、説明メンドクサイ」
そう言うと、自称神様はイラつきを隠すことなく腕を組んで貧乏揺すりを始めやがった。
「勇者トシテ、アナタヲ異世界ニ召喚スル。ダカラ、魔王ヲ倒シテヨ」
「やっぱり異世界召喚なんだ! というか、俺が勇者!?」
マジか! 俺が勇者だってよ!
そして、ゆくゆくはハーレムという願望が叶っちゃうかも!
「勇者、やってあげてもいいですよ! ですが、条件があります」
「ナンダ?」
勇者として召喚されるのならば、必要なものがある。
そう! チート能力とか、伝説の武器防具だ!
それが無ければ俺はただの一般市民。
魔王を倒してほしければ俺に力を寄越せっ!
「チート能力と伝説の武器防具をください!」
堂々と言うと、自称神様は不服そうに鼻を鳴らした。
「チート、余リ物アゲルヨ。──ダケド! 神様信ジナイアナタ、伝説ノ武器ト防具アゲナイヨ!」
「ねぇ待って! まだそれ引きずってたの!?」
俺の反論虚しく、自称神様は俺に手を向けると淡い光を放った。
光は俺を優しく包み込み、身体に溶け込むように収まった。
「ワカッタラ、サッサト行ッテコイ! 精々、野垂レ死ニシナイヨウニナ!」
そして、その言葉を皮切りに、俺の意識は暗転した。
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