第6話 少し変わった日常






「第一陣組の奴らが居る戦場は地獄だ。第三陣辺りで一陣、二陣の取り残しを処理する位で丁度良いだろう」


 僕が到着した戦場は、文明の発展した前世の戦場と勝るとも劣らない有様だった。

 少し前まで……前回の狩りから僕が街に帰った時は森だった場所が、今では木が地面ごと捲り上がりあっちこっちで燃え上がっている。

 目につく範囲全てにあった木々が全て、強引に切り開かれているようだ……


Sスラッシュ&Sスマッシャーズさん達デスからネェ……最前線は確実に魔物の血とバカみたいな攻撃の雨あられになる事間違い無しデェス」

「そのSSって……一体何なんですか……? 」

「あぁ、Sスラッシュ&Sスマッシャーズは破壊大好き系ハンターの集まりだ。気が付いたらそう呼ばれてたらしいが、普段は紳士的で落ち着いた良い奴らなんだ。今日は……まぁ、あれだ。祭りだからはっちゃけれるんだよ」


 そう……この惨劇を作り出しているのは魔物側では無く、何と味方の方なのだ。

 魔物もただ倒される訳では無く、それなりに対抗してはいるのだが……森の木々ごと焼き払ったり切り裂かれては一溜まりもない。


 ちなみに僕はフェリエリさんの言う通り、前線からはかなり後ろで待機している。

 一度は最前線に行こうとした。だが……


「斬って……斬って……! 斬って!! 斬って斬って斬る!!! アッハッハッハッハ!!!!! 」「やはり戦いは良い……フフフ……ハハッ!! アハハハ!!! 」「ヒャッハァ!! 新鮮な魔物は全部ブッ殺ース!! 」「愛してるんだぁぁぁ !君達魔物をぉぉぉ!! ギャァハハハハッ!!! 」


 目に入って来たのは血の雨が降り注ぐ、悪夢のように過酷な戦場。

 魔物の断末魔とハンターの笑い声が絶えず響き、不気味な音楽を奏で続ける。魔物よりも、味方ハンターの攻撃に注意しないと、流れ弾で死んでしまうような場所だった。

 彼らが味方で本当に良かったと思いつつ、僕たちはここに戻って来た。


「さぁ、俺達も仕事を始めるぞ」

「そうデェスね」

「はい!! 」






 ――――――――――――――――――――






 そんなこんなで気が付けば夕方になり、辺りに魔物の姿も見られなくなった。

 最前線に居たであろう、返り血に塗れた人達が前線から帰ってきている。


「これは終わりましたネ。ワタシは詳しいのデス」


 おぉ、プリンさんが立派なフラグを建築しやがりました。

 ……これは増援が来るパターンかなぁ。






 ―――――なんてプリンさんの建てたフラグは回収されることも無く、僕たちは無事にデルカへと帰る事が出来た。


 辺りは黄金色になり、普段の夕暮れ時よりも静かになったデルカの街。その街の中に一つ……多くの人が集まり、一際明るく騒々しい建物がある。

 そこが我らが“ギルド狩人の集い”、そのデルカ支部である。


「君達の活躍により、スタンピードは無事に収束を迎えた。君達全員の協力を感謝する」


 明るく人に満ちた建物の中、ハンター達の視線を集めていたカイエルさんは彼らに向けてそう言葉を投げかけた。

 その声を聞いていたハンター側……その中心に居る父さんがお酒の入ったコップを持ち、大きく息を吸う。


「俺達の勝利に!! 乾杯!!!! 」

「「「「「乾杯!!!!! 」」」」」


 父さんが音頭を上げると、それに連なって多くのハンター達が声を上げた。


「さぁ、今日は沢山食べて飲みマァスよ!! 」


 そう言うとプリンさんは料理を注文し、大皿が沢山運ばれて来た。

 普段なら絶対に注文出来ない量だが、今日は父さんが街を守ってくれたハンター達に奢るらしい。

 そんなハンター達は、ギルド内のあっちこっちでどんちゃん騒ぎをしている。


 ……領収書を見るウェインが頭を抱えてそうだ。

 と言うか既に頭を抱えている。カイエルさんから何か紙を渡され、しかめっ面をしている。

 そんなウェインの様子を知らずに、父さんは笑顔でハンター達とどんちゃん騒ぎを続けている。


 ――それにしても箸が止まらない。それにこの味、どこかで食べたことのあるような……


 そんな事を思いながら夢中で料理を食べていると、一人の女性が近づいて来た。


「よぉ、ギル坊。食ってるか~? 」

「……あれ? ステラ? 何でここに?」

「何でってそりゃあ炊き出しの手伝いだよ。その料理も確か私の作ったやつだぜ? 」


 なるほど……道理で食べたことのある味な訳だ。

 それにしても……


「やっぱりステラのご飯は美味しいね」

「そりゃ良かったぜ。しっかり食えよ~」


 ステラに言われるまでもなく、夢中で食べていると母さんがギルドにやって来た。

 少し建物内を見回し、僕を見つけると足早に近付いて来た。


「ギルちゃん!! 」

「……突然何? 母さん」

「無事なことは確定してたけど……ちゃんと無事に帰ってきてくれて良かったわぁ~!! どこか痛い所はない? 気が付かないうちに擦りむいてる場所があるかもしれないわ……今すぐリチャードさんに診てもらわなきゃ……!! 」


 後ろから来て頭を撫で回したかと思えば、僕の横に座って怪我がないか引っ切り無しに聞いてくる。

 心配してくれるのは嬉しいが……


「母さん、邪魔」

「ヴッ……!? ステラ……ギルちゃんが反抗期に……! 」

「いや、誰だって飯食ってる時に邪魔はされたくないと思うぜ? こりゃあアンタの方が悪いだろ」

「しょんなぁ……」






 ――――――――――――――――――――






 夕方から時刻は流れ、辺りがすっかり暗くなった頃。

 家に帰る者は早々に帰宅し、ギルドで朝を迎える者は既に酔い潰れている。そんな物静かな協会の中で、カイエルとウェイドの話し声が聞こえてくる。


「なぁ、カイエル。今回の襲撃……」

「えぇ。予想では“もう少し先に起こるはずの出来事”です。いくら何でも早すぎます」

「早めに準備をしておいて良かったぜ」

「元々準備をしていたとは言え……資金集めは少々厳しかったのでは? 」

「そこはウェイドが上手いことやってくれるさ」


 カイエルはウェイドの秘書である、老練の顔を思い浮かべて苦笑いする

 彼がもしこの場に居れば、ウェイドの後頭部を全力で叩いていただろう。


「それにしても、ここまで急激に魔物が増えた原因は一体……」

「強大な力を持った魔物が現れ、元々森に生息していた魔物が縄張りを奪われたのか……人為的な物なのか」

「ハンターとしては、前者であって欲しいな」

「そう言うと思っていましたよ、ですがこの街に住むハンターは力がある故に、森の浅い部分は通路程度にしか考えていません」

「……あぁ、今回はそこを突かれたな」

「偶然にしては出来すぎています。後者の場合は……対応が面倒ですね」

「だな。だがどっちにしろ、ウェインに調べさせるさ」

「何にせよ、今回の防衛が成功したのはある意味お宅の息子さん……ギルバード君のお陰でもありますね」

「あぁ、ギルにも……護衛の二人にも感謝しねぇとな」


 会話に区切りが付き、二人の会話はしばらく間が開いた。

 カイエルは目を瞑り、再び口を開いた。


「それにしてもウェイド。昔の貴方はもっと荒々しい戦いをしていたのに……貴方も随分変わりましたね」

「最近は戦い以外でも……ギルの成長を見るのでも心が躍るようになったからな。そう簡単に死んでたまるかってんだ」


 そう呟くウェイドの顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。


「ようやく戦い以外の楽しみを手にしたようですね」

「あぁ……」


 そう軽く呟いたウェイドは、酔っぱらいだらけのギルドを見回した。その横顔には先程と同じ不敵な笑みだけでなく、満足気な笑みも含まれていた。


「なぁ、小賢しい話は終わりにして……シメにもう一杯行かねぇか? 」

「いいですね、頂きます」

「それじゃ……俺達の未来に、乾杯」

「乾杯」


 二人の静かな声と共に、コトッという木のコップがぶつかる音が聞こえた。

 その音を最後にギルド内は再び静寂に包まれ……


 ―――――いや、ハンター達の大イビキに包まれた……






 ――――――――――――――――――――






 ウェイドがハンター達とどんちゃん騒ぎを繰り広げていた頃……


 デルカから遠く離れた街の一角、夕暮れ時の黄金色に照れされるボロ小屋には数人の男が集まっていた。

 一人はいかにも貴族といった、綺麗な身なりをした男。そして他の数人は、いかにも浮浪者といった格好をしている。

 貴族風の男は浮浪者風の男たちに跪かせて椅子に座り、近くのテーブルに置いてあったガラスで出来た綺麗なグラスへと手を伸ばす。


「首尾の方はどうだ? 」

「魔物による“デルカの襲撃”は成功しました」

「ほう、そうか。成功したか」

「ですが――」


 跪いて報告していた不老者風の男だったが、その者はそのまま目をつぶってしまった。

 その様子に貴族風の男は苛立ち、その様子を捉えたまた別の男が続く言葉を紡ぐ。


「――全滅致しました」

「ハッハッハッハッ! そうか、デルカの連中は全滅したか!! 」


 貴族風の男はさっきまでの苛立ち等忘れ、その報告を大いに喜んだ。

 だが浮浪者風の男達は暗い顔をしている。何故なら真実はそうでは無いからだ。

 浮浪者風の男は、誰もがどうやって真実を伝えれば良いか悩んでいた。だが次第に、最初に報告をした男が重い口を開いた。


「いえ……そうではございません。恐れながら申し上げますが、魔物の大群は……その全てが全滅いたしましたッ……!! 」


 その場にはガラスが割れる音、その場に居た全員が息を飲む音……そんな数の少ない音で満ちていた。

 貴族風の男は手を震わせ、こめかみに手を当てて不老者風の男達に再度聞く。


「それは真か……? 」

「……はい」

「並の街なら一晩で5つは壊滅する規模のはずだッ……!! 何故だ……何故だ何故だ何故だァ!!!! 」


 自分の予想した結果が外れた貴族風の男は、その報告が信じられないようだ。

 次第に青筋を浮かべ……酒が入ってほんのりと赤くなっていた顔は、更に真っ赤になっていく。

 その様子を見た浮浪者風の男達は怒りが爆発する事を恐れ、慌て始めた。


「いえ、きっとマグレです!! 伯爵閣下!!! 」

「次こそは必ずあの忌々しい街を消し去って差し上げます故……何卒そのお怒りをお沈め下さい……!! 」

「次こそは……次こそは成功させます!! ですから伯爵様、チャンスを下さい!!! お願いします!!!! 」


 彼らは貴族風の男……いや、伯爵に何とか冷静さを取り戻して貰おうと口々に宥めようと言葉を投げかけた。


「えぇい、煩いぞ無能共がァ!! 儂がこの計画を実行する為にどれだけの金を注ぎ込んだと思っているッ!!! お前達に次回無い!! 何故今回であの街を消し去らなかったァ!!!! 」


 だがそれは全くの逆効果で、伯爵は更に怒りのボルテージを上げていった。






 ―――――そんなやり取りがボロ小屋で行われていたその日の夜。ボロ小屋のある街から、門番の忠告も聞くこと無く数人の男たちが森へ入ったとらしい。だがその忠告した門番も、誰も……彼らが街へ帰ってくる姿を見ることは無かった……





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