海が太陽のきらり

一視信乃

海が太陽のきらり

 青い空に光る雲。

 あおい海にきらめく波。

 今日も暑くなりそうやわと、スクール水着ス ク 水の上に着た白いロングTシャツロ ン Tすそと、首筋にかかるサラサラの黒髪を風になびかせ、ようつぶやく。

 海で泳ぐのを夏休みの日課としている彼女は、ビーチサンダルビ ー サ ンをペタペタさせながら防波堤の階段を下り、賑わい始めたビーチを尻目に、比較的静かな岩場の方へと向かった。

 すると偶然、岩のくぼみに溜まった水に、魚が一匹いるのに気付く。


 潮が引いたとき、取り残されたんやろか。可哀想やわ。


 そう思った陽子がそっと魚をすくい上げ、海へと放してやった瞬間、海面がパーっとまばゆく輝き、そこから何かが勢いよく飛び出してきた。

 驚く陽子の眼前にふよふよと漂っているのは、体長およそ8センチ、二つの三角のつのと羽のような手を持つ、透き通った身体の生き物。


 これって確か──


「クリオネ?」


 流氷の天使だか妖精だかが、なんで真夏の海にいるほ?

 そもそも宙に浮いちょるし、妙にデカイ気もする。


 戸惑う陽子の耳に、


「心優しき少女よ、我を助けてくれてありがとう」


と謎の声が聞こえてきた。

 男くさくて明るい響きの低音ボイスだ。

 それに合わせ、クリオネ(?)がピョコピョコ羽を動かす。


 ひょっとして、このクリオネ(?)がしゃべっちょる、とか?


「左様。だが、我はクリオネではない。これは、世を忍ぶ仮の姿だ。あるときは囚われの可愛い小魚、またあるときは流氷のエンジェル、しかしてその実体はぁ──」


 ババーンっと自分で効果音を付け、クリオネ(仮の姿)は、高らかに名乗りを上げる。


「海の神の使い、もんだーっ!」

「──変な名前」


 陽子が正直にらすと、クリオネもとい土左衛門の身体が、ピカピカ赤く点滅しだした。


「悪かったなぁっ。我はこの海で溺死し、海神わたつみ眷属けんぞくになったのだが、生前の名を忘れたため、このかりで呼ばれておるのだ。つーか、突っ込むとこ、そこじゃねーだろ。神の使いだぞ。もっと驚き、ひれ伏せよ」

「……ようわからんけど、たまげたわぁ」

「まあいい」


 元の白く透き通った身体に戻った海神わたつみの眷属は、光をまとって羽ばたきながら陽子の周りをくるくる回る。


「心優しき少女よ。名はなんと申す?」

「……陽子やけど」

「では、よっきゅんだな。よっきゅん。そなたに礼として、魔法を授けてしんぜよう」

「魔法?」

「左様。見たところ、女子児童……いや、小学生のようだし、大人になる魔法はどうだ?」

「別にいらんよ」

「何でじゃーっ。女児はそういうの好きなんだろっ。オレが生きてた頃は、そういうアニメが大人気だったぞ」


 すっかり地が出てるっぽい神の使いへ、


「大人なんてそのうちイヤでもなるんやし、今は子供でええわ」


と陽子は冷めた目で返す。

 しかし、彼も譲らない。


「いーやっ。これはもう決定事項だ。まあ、大人っつっても16くらいになるだけだから、酒もタバコもNGだけどな」


 そういうと、一体どこから取り出したのか、何かを陽子に放って寄越した。

 条件反射で受け取ってしまったそれは、掌にちょうど収まるサイズの薄桃色の二枚貝だ。


「それを掲げて、呪文を唱えよ。えーと…………マリン キラリン キラキラ マリーンだ」

「…………」


 陽子の視線が、クリオネの生息する極寒の海のように凍り付く。

 今度は一瞬青く光った土左衛門が、


「よっきゅ~ん」


と猫なで声を出した。


「お願いだから、いって下さいよぉ。マジ、ホント、お願いしますってぇ」

「……しゃーないなぁ」


 ホントはほんの少しだけ興味のあった陽子は、周りに人がいないのを確認してから、右手でそーっと貝を掲げ、なるたけ小さな声で叫んだ。


「マリン キラリン キラキラ マリーン」


 すると突然、貝がひとりでにぱっかり開き、中に入ってた大粒の真珠が白日の元にさらされる。

 真珠は真夏の太陽よりも強い銀の輝きを放ち、それは光のシャワーとなって、陽子の上に降り注いでくる。

 まぶしさにぎゅっとまぶたを閉じると、身体が芯から熱くなり、とろけるように意識が飛んだ。


「おおっ、おう、おう、素晴らしい」


 興奮した土左衛門の声に目を開くと、銀の光はすっかり収まり、そこにはただ見慣れた夏の海岸がある。

 手の上の貝も消えている。

 今のは一体なんだったのかと、呆然とする陽子の前に、突如鏡が現れた。


「見よっ、これが陽子16歳だっ」


 鏡面に映る驚いた顔は、確かに自分のものである。

 だけど、なんかほんの少し──


「老けた気ぃする」

「大人っぽくなったといえよ。それに、ほれ、背も伸びてるぞ。10センチ以上。それから、胸も──」

「土左衛門のエッチぃ」


 陽子の裏拳がキレイにヒットし、土左衛門は波間に沈む。

 だけどすぐに、ぶつくさいいながら戻ってきた。


「あー、トラウマよみがえったわ。それよか、よっきゅん。これからどうするよ? いっちょ芸能界でも目指すか?」


 Tシャツの胸部分の膨らみと、むき出しの手足をじっくり眺めながら、陽子は、


「泳ぐ」


と即答する。


「泳ぎも上手くなったほか、試してみるほ。いけん?」

「いけんって、お前、いいのか、そんなんで。せっかく……」


 なおもしつこくいい続ける土左衛門を無視し、ロンTとビーサンを岩場へ脱ぎ捨てると、彼女は海へ入っていった。

 伸びた背の分だけ、海面の高さが低くなってることに感動してから、いつものように付し浮きし、スッと手足を動かすと、くのも蹴るのも以前より明らかに力強く、推進力が増している。

 嬉しくなった陽子は、夢中になって泳ぎ続けた。


        *


 太陽の高さで、お昼をだいぶ過ぎてしまったことに気付いた陽子は、慌てて海から上がった。

 ご飯を食べに帰ろうと、濡れた水着の上に直接ロンTを着、午前中よりさらに人が増えたビーチを尻目に、防波堤の階段へと向かう。

 その途中、前から来た若い男性二人組の一人が、陽子に声をかけてきた。


「キミ、ぶちカワイイねぇ。高校生? 中学生?」

「は?」


 魔法で大きくなってることを、すっかり失念していた陽子は、彼が何をいってるのか、イミがよくわからなかった。


「一人? やったら、俺らと遊ぼうや?」

「えっ?」

「ええやん。なぁ」


 にやけた男たちに迫られ、やっと何が起きてるか悟る。


 まさかとは思うけど、違うとは思うけど──

 これって、ナンパなんーっ!?


 初めての事態に頭がぐるぐるし、どうしていいかわからず戸惑っていると、男たちの後ろから、


「おーいっ」


という声が聞こえてきた。

 見ると、ボルドーのタンクトップにチャコールグレーのハーフパンツの茶髪の男が、こちらへ手を振りながら駆け寄ってくる。


 うわー、仲間が増えよったっ!


 あせる陽子へ、


「なんだぁ、こんなとこいたのか」


と、男は親しげに声をかけてきた。

 よく見ると、二人組より若そうだし、結構カッコいい。


「先輩たち待ってるから、早く行こう。あっ、すみません。オレたち、ちょっと急いでるんで」


 そういいながら陽子の手首を掴んだイケメンは、呆気にとられる二人組の間をすり抜け、防波堤の階段を上る。

 腕を引かれた陽子は、わけもわからず付いていく。

 そのまま道沿いにしばらく歩き、ビーチから離れたところまで来て、ようやく彼は足を止めた。

 そして、陽子の手を離す。


「ゴメン、いきなり。なんか困ってたみたいだから」


 そうか、この人、うちを助けてくれたんか。


 やっと状況を理解した陽子は、


「助けて下さって、ありがとうございます」


丁寧ていねいに頭を下げた。


「いや、そんな気にしないで」


 ちょっと鼻にかかったような、でもとびきり甘い声で彼はいう。

 陽子と同じくらい日に焼けた肌に、色素の薄い赤茶けた髪。

 背が高くスマートで、でも肩幅は広く、腕もたくましい。

 そして何よりイケメンだ。

 このへんではとんと見かけぬ、垢抜けた雰囲気の少年に、陽子の胸はとくんと高鳴る。

 一方、彼も、じっと陽子を見つめ首を傾げる。


「キミさぁ、さっき、あっちの方で一人で泳いでた子、だよねぇ?」

「見てたほ?」

「ああ。あっ、いや、あんな風に泳げたら、気持ちいいだろうなって思ってさ。オレ、あんま上手く泳げないから」

「やったら、うちが教えましょうか?」

「えっ?」


 声を上げた彼と同時に、陽子自身も驚いていた。

 あんま上手く泳げないといった彼の、ほんの一瞬見せた陰りが、なんとなく気になって、気付いたらそう口走っていたのだ。


「その……さっきのお礼ですけぇ、えがったら……」


 言い訳のようにモゴモゴと付け足すと、戸惑う素振りをしていた彼も、


「それじゃあ」


と意を決したように口を開く。


「せっかくだし、教えてもらおっかな。あっ、でも、まずは名前教えてよ。オレはかい

「陽子です」

「あっ、それと、敬語はいいから。オレ高二だし、そんな変わんないだろ?」


 いや、うちホンマは小五なんやけど。


 内心そう呟きながら適当にごまかし、一旦海斗と別れた陽子の耳に、


「ほほーう。芸能界に興味はなくても、殿方に興味はあるんですねぇ」


という笑いを含んだ低音ボイスが聞こえてきた。

 驚いて辺りを見回すと、いつの間に現れたのか、クリオネもどきの土左衛門が、ふよふよと漂っている。


「いいんですよぉ。夏だけど青い春真っ盛りですもんねぇ、よっきゅんは。ただ一つ、いい忘れていたことがありましてぇ。その魔法、キスで解けるので、くれぐれもご注意を」

「きっ、キスぅっ!?」

「左様。お姫様にかけられた悪い魔法を解くのは、王子様のキスと昔から相場が決まっておるではないか」

「悪い魔法っ!?」

「我のは違うぞ。我は神の使いだからな」


 土左衛門の言葉に、赤くなったり青くなったりしていた陽子だが、どこかから漂ってきた食べ物のニオイにハッとなる。


「そうや。うち、お昼食べに、ぶるとっぴんで帰りたいんやけど、元に戻る方法教えてや」

「はいはい。よっきゅんは、まだまだ花より団子か」


 やれやれといわんばかりに土左衛門は羽を動かし、


「ま、一度くらいは助けてやっから、なんかあったら呼ぶがいい」


と恩着せがましくいった。


        *


「なんや、全然泳げるやん」


 海斗の泳ぎを見た陽子が目を丸くして呟くと、彼は


「まあ、一応……」


と自嘲気味に笑った。

 ふたりがいる遠浅の海は、とても明るいターコイズブルーで、波で砕けた陽光が、底のはくへ降り注ぎ、ゆらゆらとキラキラと、クリスタルの輝きにも似た、透明な光に満ち溢れている。

 しかし、海斗の表情は暗い。

 聞けば彼は、水泳の強豪校として知られる都立の水泳部に所属しており、去年はインターハイにも出場したが、最近はなんだかスランプ気味だという。


「前は泳ぐのが楽しくってしょうがなかったのに、今はあんま楽しくないんだ。それで気晴らしに、じーちゃんち来たんだけど……」


 そう語る海斗の姿は、小学生の陽子より、ずっと幼く頼りなく思える。


 親とはぐれた子供みたいや。


 筋肉質な身体にドキドキしていたことも忘れ、陽子は彼の手を取った。


「うちと一緒なら、絶対楽しいって」


 しんな眼差しでじっと見上げ続けていると、目を見開き強ばっていた海斗の顔がふっとほころぶ。


「何その自信」


 いきなりの笑顔に、陽子は心臓が止まるかと思った。


「ほ、ほいじゃあ、てれんこぱれんこせんと、はよ泳ごっ。頑張ったらごほうに、エエとこ連れてくけぇ」

「いいとこ?」

「うちだけの秘密の場所。ぶっちキレイなトコや」

「へえ、それはちょっと見てみたいかも」


 それからふたりは、ひたすら泳いだ。

 次の日も、その次の日も。

 硬かった海斗の泳ぎも、次第に本来のスタイルを取り戻していき、まだ本調子ではないものの、逆に陽子へアドバイスするまでになっていた。


「こんな泳いだのは久しぶりだよ。スゲー疲れたけど、まだもっと泳ぎたい気もする」


 水着のまま砂浜に並んで座り、夕日に染まる海を眺める。

 波は穏やかで潮風が心地よく、このままずっとこうしていたいと、海斗の横顔を見つめながら陽子は願った。

 ちょうど彼が振り向いて、ふたりの視線がふっと重なる。

 少し瞳を揺らしてから、海斗はニッと笑っていった。


「ねぇ、そろそろご褒美くれない? オレ、結構頑張ったと思うし、明後日の朝には帰るから」


 そのことは最初に聞いて知ってたが、彼の口から改めて聞かされ、陽子は強いショックを受ける。

 この世に永遠なんてものはなく、楽しい時も、いつかは終わりがくる。

 そんなの最初から知っていた。

 おまけに陽子は、彼を騙しているのだ。

 本当の彼女は海斗から見れば小さな子供で、本来なら関わることすらなかった相手。


 これは全部、土左衛門の魔法が見せてくれた夢なんや。

 やったら、ここは大人しく、大人らしく、おしまいにしよう。

 それも、ずっとステキな思い出として残るような、最高のフィナーレに。


 そう思って、陽子も笑った。


「わかった。明日連れてくけぇ、楽しみに待っちょき」


        *


「えっ? ここから飛び込むの?」


 海岸にそそり立つ岩の上で、しり込みする海斗を、


「飛び込み台から飛ぶんと同じじゃて」


と陽子は急き立てた。

 見せたいものはこの下の、ちょっと深いところにあるから、飛び込んでもらわないと困るのだが、海斗は、


「いや、オレ、高飛び込みの選手じゃないし」


と渋り続ける。


 確かにうちも、最初は怖かった。

 やけど、ちょっと勇気を出したら、ガラリと世界が変わったんや。

 海斗さんにも、それを味わって欲しい。


「やったら、うちが先に行くけぇ」


 青い空と海原へ躊躇ためらいなく身を投げた陽子が、揺れる波間から顔を出し、少し離れたところで待っていると、しばらくして海斗も飛び込んで来た。

 迷っていた割に、とてもキレイなフォームだ。

 長い潜水のあと、ようやく浮上してきた彼の元へ、陽子は急ぎ泳ぎ寄る。

 そして、手近な岩礁がんしょうまで案内すると、海面にわずかに覗く頂部へ掴まって休みながら、せっつくように尋ねた。


「ねぇ、どうやった?」


 あえて何も説明せず、ただ彼の感想を求める。


「あー……最初、プールや浅瀬と違って、底の方がスゲー暗く見えて、なんかちょっと怖かったけど、急いで上目指して泳いでったら、海面に揺れる太陽の光がスッゲーキレイで、まるで陽っ……いや、オレを導いてくれる希望の光みたく思えたよ、なんて──」


 照れ臭そうに出された答えに、陽子は嬉しくてたまらなくなる。


「あのねっ、うちが見せたかったんは、それなんよっ。水の中から見える太陽の光っ」


 ターコイズブルー明るい緑みの青アクアマリンつよい青ウルトラマリンこい紫みの青プルシャンブルー暗い紫みの青

 色を持たないはずの水は、沈みゆくほど青を深くし、やがては岩と同化して、無限の闇と化していく。

 だが反対に天を仰げば、空を映した明るい水面みなもに、白く浮かんだ日輪が、に砕けて揺らめいて、奇跡のように美しい、陽子の好きな光景がある。


 ここは元々、この町で生まれ育った陽子の両親の秘密の場所──デートがしづらいせまい町で、人知れず泳ぎに来ていたところであった。

 陽子の名も、ふたりがここで見た、海中を照らす太陽にちなんで付けられたものだという。

 その話を聞いたときから、自分もいつか大好きな人が出来たら、一緒に来たいと思っていた。

 海斗をここへ連れて来たのは、たまたまみたいなものだったけど、今では一緒に来れてよかったと心から思える。

 少しうつむき、そのことを伝えるべきか迷っていたら、かすれた声で名を呼ばれた。

 おもてを上げると、すぐ目の前に顔があり、驚いて後ろへ下がろうとするが、それより早く、ほんの一瞬、鼻や口が確かにぶつかる。

 特に強く感じたのが、柔らかな唇越しに歯同士が軽く当たった衝撃。


 想像してたんと、なんか違うけど──今、まさか、キスしたんっ!?


 そうと意識した途端、土左衛門の言葉が脳裏に甦る。


『その魔法、キスで解けるから──』


 うわーっ、あかん、どないしよう!?

 魔法もう、解けちょるん?


 陽子の頭は、キスより、そっちで一杯になった。

 一方海斗は気まずげに、陽子から視線をらしている。

 逃げるなら今しかないだろう。


「さいならっ」


 陽子は短く言い捨てると、顔を隠すよう海斗に背を向け泳ぎ出す。

 一路、きらめく沖を目指して。


 助けてーっ、どざえもーんっ!


 水を掻きながら頭の中で懸命に叫ぶと、


「しゃーねぇなぁ」


という低音ボイスが聞こえ、陽子の身体は銀の輝きに包まれた。


        *


 一年後の夏、陽子は一人、秘密の場所へ泳ぎに来ていた。

 前はそれが楽しみだったが、今はそこまで楽しくない。

 一人でいるのが寂しくて、つい誰かを探してしまう。


 海斗さん……。


 あの日、光に包まれたと思った次の瞬間、陽子は土左衛門と最初に会った岩場にぽつんと突っ立っていた。

 姿は元に戻っていて、土左衛門もどこにもいない。

 すべてが長い夢に思え、急いで帰って確かめると、時は確かに流れていた。


 海斗には、あれから一度も会っていない。

 クラスメイトが従妹いとこと知って、さりげなく話を聞こうとしたけど、結局それも出来なくて、どうなったかも全く知らない。

 きっとスランプから脱却し、東京で大活躍してることだろう。

 女のコにもモテモテで、もう陽子のことなんか、すっかり忘れているかもしれない。


 それでもうちは忘れんけぇ。


 なんか急にむなしくなって、そろそろ帰ろうかと思ったとき、岩の上で何かが光った。

 見上げると小さく人影らしきものが見える。

 陽子は慌てて岩礁に隠れた。

 秘密の場所といっても私有地ではない。

 たまたま誰かが紛れ込んでくる可能性もある。

 どうせすぐに帰るだろうと、しばらく様子をうかがってると、縁に立ったその人は、そこから海へと身を投げた。

 見覚えのあるキレイなフォームにハッとする。


 まさか、まさかっ。


 長い潜水のあと、ようやく浮上してきたのは、茶髪の少年、やはり海斗だ。

 彼は、陽子が隠れた岩の反対側へ泳ぎ寄ると、そこでほっと一息吐き、小さく陽子の名を呼んだ。


 うちのこと、覚えとってくれたん?


 思わず返事しそうになって、陽子は慌てて口をつぐむ。

 今の自分は、彼が知る陽子ではない。

 あれから5センチ背は伸びたけど、それでもまだまだ小学生だ。

 高校生が相手にしてくれるはずないだろう。


 うちが、大きくなるまであと数年。

 それまで待っちょってくれますか?

 そしたら絶対伝えたい。

 海斗さんが好きなほ、って。

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